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『六花、惑う。 〜雪見酒 』
フガク3573


 きーん、と凍り付くような冷たい空気の中で、静かな町を歩く。しっかりと油断なく防寒対策はしてきたけれども、服の隙間から僅かに忍び込んでくる寒気が身に染みて、ぶる、とフガクは大きく身を震わせた。
 足元から這い上がってくるような寒さに知らず、急ぎ足になりながら人気のない聖都を歩く。すれ違う人が少ないのは、誰も彼も、この寒さで外出などしたくはないからだろう。
 はぁ、と知らず、漏らした息が白く濁った。その行方を追うように意味もなく空を見上げたら、厚く垂れ込めた雪雲からひらり、はらり、と舞い降りてくる白い雪片が1つ、2つ。まるで遊んでいるかのように、フガクの視線の先でくるくるくると回りながら落ちて来て、すぅ、と地面に吸い込まれて消えた。

(寒いと思ったら‥‥)

 幾つも、幾つも。聖都を白に染め上げようとするかのような六花は、フガクが見守る中であっという間に数を増して、少しずつ、少しずつ町を白へと染め上げていく。
 やれやれ、と無意識に首をすくめながら六花降る空を見上げた。
 聖都に雪が降るのは珍しい。まったくないという訳ではないけれども、どうせならこれから家にとって返して、ぬくぬくとしながら降ってくる雪の風情を楽しみたい、と思う程度には珍しい。

「これから仕事じゃなきゃ、のんびり楽しめたのにさ」

 だから思わずフガクが己の不運をぼやいたのは仕方のないこと、なのかも知れなかった。いや、お仕事はとっても大事なのだけれど。何しろ大事な飯の種だ。
 それに今日の仕事はそれほど、難しいという訳でもない。内容としては貴族の家の警備だけれども、その実情はといえば、その貴族の家で親族会議が行われている間、門の前で立っていて不審者が近付かないか誰何していれば良いだけの、簡単な仕事だ。
 とはいえ。この寒さ、しかもこの雪の中で『ただ立っているだけ』と言う仕事は、結構な拷問とも言える。

(ま、とにかく、依頼受けた以上は行かなきゃね)

 どうかすると雪が舞いあがっていくようにも見える空から視線を外し、フガクは改めて白く染まりつつある聖都の中を、さく、さく、さく、と積もり始めた雪を踏みしめて歩き出した。
 雪が降り出すのは予想外だったけれども、一応きっちりと防寒対策はしてきた訳だし。あとはついでだから身体を暖める為に、どこかでお酒でも調達すれば――

「‥‥ッて、あら?」

 どこか手頃でよさげな酒屋はないかと、きょろきょろしながら歩いていたら、見知った相手を見かけて思わずフガクは足を止めた。
 正確には、見知った、なんてもんじゃない。実の弟のように可愛がっている、大切な家族。

「いさなじゃないのよ、どしたの?」
「ああ、兄さんか‥‥いいところで会った‥‥」

 だから気安さと、果たしてこんな所で何をしているのだろう、という純粋な疑問から声をかけたフガクに、かけられた松浪・心語(まつなみ・しんご)はどこか、ほっとしたような声を上げた。これはますます不思議な事だ、と首を傾げるフガクを見上げ、「これから仕事?」と尋ねてくる。
 それは事実だったので、フガクは無論と頷いた。そうしたら心語は柳眉を曇らせ「では、迷惑か‥‥」とわずかに視線を落とす。
 どうにも埒があかないと、フガクは重ねて促した。

「だからいさな、どしたのさ。こんな所で何してんの?」
「俺は‥‥昨日、短期のアルバイトが終わってな。一晩泊って、今帰るところだ」
「へぇ。どんなバイトよ」
「ああ‥‥雪が降りそうだから、工期を短縮するとかで‥‥建築現場で人を急募していたのでな」

 心語の言葉に、なるほど、とフガクは頷いた。下手に雪に降られてしまえば次に工事を再開出来るのがいつになるか解らなくなるし、場合によっては基礎から組み直さなければならなくなることもある。それよりは人足を増やして仕上げてしまった方が良い、と言う訳だ。
 で、バイトを終えて今帰るところは解ったが、その心語がなぜ雪の降り出した聖都の片隅でぽつねんとしているのか。
 疑問はフガクの表情に現れたらしく、ちら、とこちらを見上げた心語は、その視線をそのまま自分の背後へとスライドした。つられてフガクもそちらを見ると、ようやくそこに、馬車が1台止まっているのが目に入る。
 作りからして乗り合い馬車の類だろう。先ほどから少しも動いていないのは、もちろん、フガクと心語の会話が終わるのを待ってくれている――と言う訳ではないのは、馬車の後ろでうんうん唸っている御者を見れば一目瞭然で。

「‥‥つまり、乗り合い馬車が雪で滑って、轍にはまって抜けなくなった?」
「ああ‥‥家に帰ろうと馬車に乗ったはいいが、この有様だ‥‥」

 確かめたフガクに、こっくりと心語が頷きを返した。
 なるほどねぇ、と苦笑い混じりのため息を吐く。ただでさえ聖都には滅多に雪が降らないものだから、防雪対策というものはほとんどないに等しい。そりゃあ、乗り合い馬車だって雪に滑ろうというものだ。
 どうやら心語も似たようなことを思っているらしく、困っている、と言うよりはいっそ感心したような風情だ。

「‥‥都会は自然の力には脆いものだな」
「ま、ね。じゃ、いさな、良いところに来たってのはもしかして‥‥」
「おーい、あんた! 立ち話してないでさっさと馬車を押してくれ!」
「‥‥って事ね」

 この状況で何が「良いところ」だったのか、もちろん解らないフガクではない。まして、たとえこの場に心語が居なかったとしても、このまま見捨ててさっさと仕事に向かうのは、何とも後味が悪いではないか。
 はいはい、と心の中で頷きながら、動かない馬車に歩み寄る。ちら、と馬車の中を覗いてみると、他に客はいないようだ。
 心語の問いかけるような、確かめるような眼差しに、苦笑して頷いた。

「俺とお前で、この馬車を轍から押しだしゃいいのね。了解」
「ありがたい‥‥済まないが、頼む」
「はいはい。そんじゃいさな、俺と一緒に馬車の後ろに回って。御者さんは乗って、お馬さんに馬車引っ張れって言ってくれる?」
「ああ、解った」

 そうと決まればさっさと役割を振って動き出したフガクの言葉に、頷いた心語と御者がそれぞれ与えられた持ち場に走った。そうして御者が手綱を握り、心語がフガクの隣で馬車を押す体制を整えたのを確認する。
 いいかい、と御者にも聞こえるように大きな声で合図をして、フガクは心語と頷き合った。

「はいそんじゃ、せーので押しますよ〜」
「ヨーッ! ハイッ! 踏ん張れッ!」
「む‥‥後少し、か‥‥」
「よし、もっかい行くよ。せーの!」」

 ギシ、ギシ、とかすかに軋んだ音を立てる馬車を、力を合わせて全力で押す。轍はなかなか深いらしく、1度や2度では動かない。
 せーの、せーのッ! と雪空の下で何度も声を掛け合って、幾度目かでようやくガタン! と馬車が轍からはずれる音がした。
 ガタガタガタ‥‥ガタッ。
 そのまま緩く走り出した乗り合い馬車が、もうここいらで大丈夫だろう、と言うところまで来てぴたりと止まる。それから御者がぴょいと馬車から飛び降りてきて、さすがに肩で息をするフガクと心語の元まで駆けてきた。
 ぺこ、と帽子を取って頭を下げる。

「ありがたい、助かった」
「‥‥無事に轍から抜けられて良かったね」
「俺も兄さんのお陰で助かった、これで家に帰れる‥‥」

 心語も本気でほっと息を吐いている。そりゃあ、疲れて帰ってきたと思ったらこんな所で立ち往生なのだから、災難も良いところだろう。
 雪はますます勢いがついてきて、そうそう止みそうにはない。この後は気をつけなよ、と声をかけると御者は深々と頷きを返す。
 ところで、と心語がフガクを見上げた。

「兄さん、このお礼は‥‥」
「お礼はいいから、俺を貴族の家まで送ってくれない? 仕事に遅刻しそうなのよ。いさなには寄り道になっちまうけどさ」
「寄り道? 俺は構わんが‥‥」

 頷きかけた心語は、寸前で思い出したようにちら、と御者の方を見やった。乗り合い馬車というのは普通、ある場所からある場所までという契約で複数人を運ぶか、最初から決まったルートを動くかだ。この馬車がどちらかは解らないが、いずれにせよ寄り道になってしまうことは間違いない。
 だが幸い御者の方も、そのくらいならば、と二つ返事で頷いた。ほっとしたように息を吐き、心語は「‥‥では御者殿、兄の依頼先まで一走り頼む」と告げる。
 ごそごそと乗り込むと、雪に染まりつつある聖都をがらがらと大きな音を立てて、乗り合い馬車は走り始めた。流れ始めた町の景色を見るともなく眺めていたら、心語が「兄さん」と声をかける。

「貴族の家って、どんな仕事だ‥‥?」
「うん? 簡単な護衛なんだけどさ」
「そうか‥‥ならば、俺が後で酒を買って差し入れよう。これから外で仕事なのだろう?」
「‥‥そうだけど。よく判ったね」

 護衛、だけでそこまで判るものだろうかと目を瞬かせたら、眼差しだけで念入りな防寒具を示されて、なるほど、と頷いた。確かに、貴族の家までただ行くだけなら、ここまでしっかりとした防寒対策は必要ない。
 それにしても、思わぬ所で思わぬ所から、酒が転がり込んできたものだ。悪いね、と肩をすくめたら、いや、と心語は首を振った。

「‥‥俺のせいで、兄さんに風邪を引かせては申し訳ないからな」
「いさなのせい、って訳でもないけど。ま、手伝いのお礼は今度、いさなにはゆっくりしてもらうから」

 楽しみにしてな、と笑ったらこっくりと頷きが返る。とはいえ酒を差し入れてくれるのなら、お礼どころかお釣りが出る位なのだけれど。
 それにしても、この雪はいつまで降っているだろうと、フガクは再び馬車の外へと視線を向けた。
 どうせなら心語が酒を差し入れてくれるまで、止まずに降り続いていれば良い。そうしたらこの気の置けない『弟』を誘って、のんびりとは行かないまでも、雪見酒とでもしゃれ込んで。2人で酒を飲みながら今日の災難を笑い飛ばせば、きっと楽しい仕事になるだろう。
 そう思うと何だか楽しい心地になって、知らず、フガクは鼻歌など歌いながら雪を眺め続けていたのだった。







━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 /    年齢     / クラス 】
 3434   / 松浪・心語 / 男  / 12歳(実年齢21歳) / 異界職
 3573   /  フガク  / 男  / 25歳(実年齢22歳) / 冒険者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご兄弟のちょっと困ったエピソード、心を込めて書かせて頂きました。
雪はただ眺めているだけだと風情があるのですけれど、実際に降るとこう、交通機関とかが色々大変な事になりますね;
蓮華は雪国の方にはあまりお邪魔した事がありませんが、確かにありそうなエピソードだと思いました(笑
そして体調へのお気遣いのお言葉、本当にありがとうございます(ほろ

仲良しのご兄弟の日常(?)のヒトコマが、お兄様のイメージ通りに表現出来ていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年12月29日

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