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『いざ、宮廷作法修行中! 』
桂木 涼花(ec6207)&リーディア・カンツォーネ(ea1225)

●ちょっと前の話
 とてもとても暑かった今年の夏は、桂木涼花(ec6207)にとって、少しだけ違う暑さの夏だった。
 ブランシュ騎士団所属の騎士オベル・カルクラフト(ez0204)に会った、少し後。
 涼花は、ウィリアム3世との婚礼を前にしたリーディア・カンツォーネ(ea1225)に、面会を願い出た。
 かつては、共に時を過ごした冒険者仲間とはいえ、今や国王の伴侶となるべき女性。婚礼や式典の準備に忙しい王宮内にあって、リーディア本人もとても忙しい。
 ブランシュ騎士団の緑分隊長であるフェリクス・フォーレ(ez0205)の養女として、王に嫁するに相応の身分といった形式的なものの段取りはついていたが、実際のところ、他国の出身、聖職者からの還俗、現役の冒険者……ノルマン王国内の貴族出身ではない妃とあって、王宮内の女官を始めとして妃教育真っ只中。
 リーディア本人も学ぶ姿勢が大変強く、もっぱら夫であるウィリアム3世(ez0012)の方が、根を詰めすぎないように糸を緩める役を買って出ている感があるくらいだ。単に自分が市中にお忍びに出たいだけだという話もあるが。
「で、どうされました? 涼花さん」
 限られた時間をやりくりし、友人に再会したリーディアは、ストレートに訊ねた。
 心当たりもあったので、もし当たっていれば、涼花に協力してあげたいとも思っていたのだ。
「リーディアさんにお願いがありまして……」
 果たして、リーディアの心当たりは大正解。
 涼花の『願い』は、貴族社会における基本事項から、一緒に勉強させて貰えないかというものだった。勿論、席を共にすることもができないものもあるだろうから、可能な範囲でご一緒させて頂ければと、ジャパンの士族らしい……というより、涼花らしい凛とした雰囲気で頭を下げる。
 リーディアは、ははーん、と心の中で大きく頷いた。頷く相手は、ブランシュ騎士団で赤を帯びたエルフの老騎士だ。むしろ、ぐっと親指立てて友人を応援したいところだが、目下『王妃らしい振る舞いを、常日頃から!』と言われ続けているので堪える。
 聖職者であった頃から変わらない、生気に溢れた瞳を鮮やかに煌かせ、一つだけ訊ねた。
「涼花さんのお気持ちは、定まりましたか?」
「はい。オベル様に少しでも追いつきたいが為、です」
 打てば響くように返ってきた頼もしい答えに、リーディアは笑顔で頷いた。


●そして今
 若き王が花嫁を迎えて初めての収穫祭は、豊作に恵まれたこともあって、近年で1番の賑わいとなった。そんな秋を終え、冬に入り、今は聖夜祭を待つ頃合。窓の外に吹く風は、日に日に冷たさを増すばかり。
 マントの姫領主を特別講師に招いての『リーディア王妃主催・貴族社会における基本事項の復習も兼ねたお勉強会』もつつがなく終わり、今はお疲れ様のお茶の時間。
 侍女達へてきぱきと指示し、お茶会の用意を整え、客人を迎えたリーディアの姿は、すでに王妃としての采配を心得ているように見えて、涼花には少し眩しかった。
 今日もこっそりと(?)講義の相伴に預かりに訪れたものの、追いかけたい相手との距離は縮まる気がしない。本日の講師は、ノルマン王国一地方を預かる、現役で領主業を務めるクラリッサ・ノイエン(ez0083)。年も近く、同じ女性とあれば、領を治める方の、心持ちやお覚悟、普段感じている事等色々聞いてみたいと思っていたのだが。
(「……本当に大丈夫でしょうか」)
 心の中で、大きなため息をこぼし、涼花は紅茶が注がれた白磁のカップに視線を落とした。その名の通り深い色合いを湛えた茶は、涼花が親しんだものとは味も香りも異なる。元は同じ茶の葉なのに、土地にあわせて製法でここまで変わるとは。世界は広い。
 国が違えば文化も違う。まして、洋の東西も違う涼花にとっては、改めて知ることや驚くことも多かった。
「詰め込みすぎてしまったでしょうか?」
 カップに視線を落としたままの涼花をみて、リーディアが心配そうに眉を下げた。
「いえ、決してそういうわけでは……!」
「そんなに考え込まれなくても大丈夫ですよ」
 弾かれたように顔を上げた涼花に、おっとりした声が掛かる。やわらかに微笑んでいるクラリッサは、その笑みだけ見れば、領主ではなく、ただの貴族令嬢にしかみえない。
「一生懸命動いてみれば、なんとかなるものですよ。何も考えず、目の前のことから目を逸らしているのは問題ですけれど……学ぼうという姿勢をお持ちなんですから、大丈夫です」
 クラリッサが、聖夜祭に合わせてパリ入りする予定を前倒したと聞いた時は、涼花は青くなったものだが。講師を頼まれた時に、それとなくリーディアから事情を聞いたらしく、それならば……と率先して受けてくれたらしい。
「私の場合、いきなり実地でしたけども……心構えから入られてますもの、今の学ぶ姿勢を忘れなければ大丈夫」
 大丈夫ともう一度くり返し微笑むクラリッサの揺らがない言葉に、領主を務めるものの片鱗がみえた気がした。
「ただ、私は結婚していませんから、そのあたりの心構えは、リーディアさんに」
 バトンを投げられたリーディアが目を瞬かせる。
「クラリッサさんは、ご結婚は?」
「……そうですね、ご縁があればという状態でしょうか」
 王妃の私室に設けられた内々の茶会ということもあって、建前ではなく、限りなく本音のようだ。困ったような微苦笑を見れば、結婚そのものに乗り気でないのは明らかだ。
 ウィリアム3世の妃候補と目されていた頃も、結婚に対しては一歩引いていたようだし、どちらかといえば恋人と言うより兄妹のような間柄だった。それは今も変わらない。
「それに、今はマントの民が子供のようなものですから。やりたいことはたくさんあるのに、色々足りなくて。結婚しなければならないのでしたら、個人的には、中のことをお任せできる方がいらっしゃればと思うんですけれど」
 難しいんですよねと笑うクラリッサは、侯爵夫人であった母親のことを引き合いに出し、講義の続きのような話を始めた。
 奥向きのこと……屋敷内の人の管理や貴族同士の付き合い、色々采配を振るうのは妻の務め。大貴族ほど、たくさんの人を、上手く使わなければいけない。人を上手く使うことができれば、それは夫たる相手にもかえる力になる。
「家内、奥向きのことは妻が……というのは、わかります」
 武家に生まれた涼花も、夫を支える妻の背を見てきた。
「領を治める方の心持ちやお覚悟を伺っても宜しいでしょうか?」
「それは私も伺ってみたいです」
 一地方を預かるのが領主であれば、一国を預かるのが王の仕事。クラリッサが領民を子供というのなら、国の民はリーディアの子供だ。
「これは、きっとお願いになってしまうかもしれませんけれど……『誰か一人だけ』にならないように、心を配って頂ければ、と思います」
 真っ直ぐに二人を見つめ、クラリッサは静かに、けれど揺らがぬ声音で、願う。
「今、貴女の目の前に一人、お腹を空かせた子供がいます。貴女の手には、その子の飢えを癒すことの出来るお菓子があります。……どうされますか?」
 涼花の視線が、茶卓に置かれた焼き菓子に移る。
『手にある菓子を、子供に与える』
 そんな単純な話をしているわけではないことは、二人にも分かる。
 クラリッサは小さく微笑む。
「でも目の前にいた子だけを助けても、他にもたくさんそんな子がいます。その日は良くても次の日はという話もあります。……見捨てろというわけじゃないんですよ。誰か一人ではなく、皆が飢えずに済むように――『皆』のためになることをするのが、領主です」
 個でできることと、政治でできることを混同しない。
 誰かができることは、誰かに頼み。領主だからできること、領主でなければできないことをするのだと日々己に言い聞かせ、学び、動いている……心がけているのだという。
 だからリーディアには、領主にはできないことを望むのだ、と。
「私人としての立場と公人としての立場、そのバランスを取るのが難しいかもしれませんが……リーディアさんは身近に良いお手本がありますから、大丈夫ですよ。お二人とも、どうぞ頑張ってくださいね」
 果たして、良いお手本――ウィリアム3世が、王妃の私室に入ってきたのは、その頃だった。というより、王妃の私室にふらりと入ってこれる人なんて限られている。
 女同士の気のおけないお茶会に堂々と入ってきた夫の姿に、リーディアは目を丸くした。


●成果は?
「どうされたのですか? 陛下」
「うん? 夫が自分の奥さんに会いに来るのはだめなのかい? それに『陛下』じゃないよ、リーディア。こ場はプライベートな場所だからいつものように呼んで欲しいな」
 しっかりちゃっかり、リーディアの隣りに席を作らせたウィリアム3世は、しれっと奥さんへ『お願い』する。
「……えと、あの……」
 にこにこと奥さんを見つめ、待っている。
「……あのその……えーと……」
 やっぱり、にこにこと奥さんを見つめ、待っている。
 結局、笑顔だけれど退かない体勢なのを悟ったリーディアが折れる。
「……ウィル……は、どうしてこちらに? 午後の執務は?」
「終わったよ、というか終わらせてきた。クラリッサも来ているのに、私だけ仕事なのは寂しいじゃないか」
 きっと、いや、間違いなくお茶の時間を狙ってきたのだろう。リーディアは、騎士団長さん、赤様、内務大臣さんたちごめんなさーいーと心の中で詫び倒す。
「ふふふ、すっかり仲良しご夫婦ですね」
「ええ、本当に」
 傍で見ている分には、妻に会いたくて仕事を片付けてきた夫というらぶらぶ夫婦に見えるらしい。
 ほんわりと笑みを浮かべてお茶を頂くクラリッサと涼花の感想に、ウィリアム3世はようやく妻以外の者の姿を見つける。
「こちらは?」
「私の学友、桂木涼花さんですよー♪」
「……ああ」
 あっさり納得したウィリアム3世の表情からみつけたモノに、涼花は茶卓の下に潜りたくなった。
(「……一体、どこまで……広がってしまっているのでしょう」)
 王様にまで筒抜け。そもそも、頼ったのが王妃様なのだから、ある意味当然なのかもしれないが……。
「それじゃ今度の報告は、自分でくるように言いつけておこうか」
 国王の口から、さらりと出てきた言葉に、涼花は青くなった。慌てて首を横に振る。決して、彼の勤めの邪魔をしたいわけではないのに。
「……いえっ、そんな……」
「良いんだよ、オベルはランス領主としての仕事もあるんだから、パリにいてもやる事はあるんだ。それに、オベルに限った話じゃないけど、分隊長達は呼ばないと、こないからね」
 王の婚礼のあった年、豊作となったことを祝っての収穫祭に分隊長が顔を揃えたばかり。婚礼、収穫祭と続いてパリにいたため、次の新年はこれ幸いに団長のヨシュアス・レイン(ez0013)と赤分隊長のギュスターブ・オーレリー(ez0128)以外は、なんやかんやと式典に顔を出さないかもしれない。
 自分が結婚してからというもの、ブランシュ騎士団団長以下、独身騎士たちに結婚をすすめているらしい。君主から突き詰められてしまうと、流石に団長や分隊長とはいえ、そうそう逃げ切れるものでもなく。未だに独身貴族を貫いている者達は、今まで以上に城に寄り付かなくなった。
「結婚は良いものなのにね」
「……ウィルがそれを言うんですか……」
 頑張って追いかけて追いかけて、追いかけるのさえ簡単にはいかない背中を見てきた苦労を思い出して、ちょっと恨めしそうに見つめるリーディアにウィリアム3世は首を傾げる。
「奥様はご不満なのかな?」
「……うっ、そ、それは……」
 ついと、寄せられた顔は、吐息が触れそうなほどに間近で、しどろもどろになるリーディア。悔しいことに王様は結構な美形な上、結婚を決めるくらいに大好きな相手。結局いつも勝てなくて、これも惚れた弱みなのかと思ってしまう。
「そうですね、お兄様達を拝見しているとそう思います」
 クラリッサも国王夫妻のやり取りにくすくすと笑って頷く。
「どうぞ、頑張って下さいね。私でできることでしたら、夢を叶えるお手伝い、ご協力いたします」
「そうですとも、涼花さん。私と赤様で責任を持って応援しますから!」
「まあ、色々世話焼きさんには事欠かないから、自分のペースでね」
 多くの臣民になんのかんの言われながらも、自分のペースで愛する妻を迎えた青年の言葉は流石に説得力がある。
 ほけほけと、お茶を飲むウィリアム3世を横目に、リーディアは涼花へ顔を寄せ、そっと囁いた。
「藍様のペースですと進みませんから、涼花さんのペースですよ」
 恋を叶えた王妃からの最大の助言に、涼花は瞳を瞬かせ。顔を見合わせると、二人で笑う。
 ウィリアム3世のペースでは纏まらなかったかもしれない結婚を、幸せな形で引き寄せたのはリーディア自身の力が大きい。
「確かに、その通りですね」
 国も言葉も文化も違うことは最初から知っていたこと。
 拠って立つ剣すら違うことを確かめて、それで惹かれたのだから。
 己の心を信じ、涼花はカップの中の紅茶を一口飲んだ。彼が好む味は、涼花が親しんだ茶の味とは違うものだけれど――追いかけると決めたのだから。

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2010年12月29日

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