▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【転寝之夢〜追憶模様】 』
浅井 灰音(ia7439)


●午睡の回顧

 ――夢を、見た。

 窓辺の椅子に腰掛けて、一人静かに本を読む午後のひと時。
 硝子窓越しの陽気に、湯気の立つカップは紅茶の香りを漂わせ。
 穏やかで気だるい微睡みが、睡魔を誘う。
 心地よい誘惑に任せ、うつらうつらと舟を漕ぎ出すのは……。


   ○


「あなたが武器を持つ事は許しません、灰音」
 今にして思えば、その一言が浅井灰音にとって全ての始まりだったのかもしれない。
 浅井家の当主である母は、かつて開拓者だったという。
 落ち着きのある女性だったが、武器を手にしたいと打ち明けた彼女へ、いつになく強い口調でそう告げた。
 そうでなくても親に対して少なからぬ反感を抱いていた十七歳の灰音にとって、母の言葉は自身の意志を縛る以外のナニモノでもなく。
「許さなくても、私は私の意志で武器を取るから!」

 ――それで、口論になったんだっけ。

 母へ反論しながら、そしてそんな自分を見ながら……同時に、どこか乖離した意識で灰音は思い出す。
 思い出してから、これは夢である事にぼんやりと気がついた。
 今まさに母と絶賛口論中な自分と、第三者の目でそれを眺めている自分。
 夢であるなら当然と、奇妙な感覚へ特に疑問を感じる事もなく。
 そうこうしている間に灰音は青い髪を翻し、相容れぬ母へ決別の背を向けた。
 自室に戻った彼女は自分が持つ金品を全て集め、ひっそりと荷をまとめ始める。

 ――でも両親に反発しても、決して心の底から嫌っていた訳ではなかったんだよね。

 開拓者仲間の間で、ムードメーカー的な存在だったという母と。そんな母に振り回されていた苦労人ながら、最大の悩みは『娘に身長を抜かれた事』だという父。
 あの時は、ただひたすら……既に成人した自分を縛る家と両親が、もどかしかっただけ。
 やがて全ての準備をすませると灰音は筆を取り、念のために簡単な書き置きだけをしたためる。


 そうして、母と口論したその夜に。
 両親が寝静まった頃を見計らい、灰音は黙って朱藩にある浅井家を飛び出した。


   ○


「あぁ、どこに目をつけてやがんだ、てめぇ!?」
 荒々しい声に、道行く人々は面倒事を避けるかの如く、急ぎ足でその場を通り過ぎていく。
 ただ一人、灰音だけが足を止めて声の主を振り返った。
「……何か用?」
 赤い瞳で鋭く見上げれば、彼女より幾らか身長の高い大柄な男は片方の肩をこれ見よがしに回す。
「ぶつかっておいて、何もクソもねぇだろ。痛ぇじゃねぇか」
 そこそこの人通りに、肩が触れる程度ならあったかもしれない。だが痛みを感じるか怪我をする程ぶつかった覚えなど、勿論ない。
「ふぅん……見かけだけで、軟弱だね。あんた」
 更に明らかに理不尽な因縁をつける相手へ謝る言葉など、灰音は持ち合わせていなかった。
「何だぁ。やろうってのか。あぁ?」
 答えずに返す視線が気に入らなかったのか、片眉を吊り上げたゴロツキは肩をいからせて気勢をあげる。
 提げた刀へ手をかける相手から目をそらさず、灰音は着物の帯に差した獲物の位置を細い指で確かめる。
 そこにあるのは刀ではなく、ジルベリア製の剣。
 家を飛び出した灰音はその後、道場へ入門したり誰かへ師事する訳でもなく、独学で剣術を学び始めていた。
 ごろつきの出方を警戒しながら、じりと間合いを計る。
 ぞろりと抜かれた刀身が、陽の光に鈍く輝いた。
 自分へと向く切っ先に、腕の動きがいくらか硬くなる。
 それが木刀や竹刀ならば見慣れたものだが、害意のみで向けられた真剣と対するのは初めてだった。
 知らずと灰音の表情が強張り、逆にごろつきはニタリと品のない笑いを浮かべる。
 間合いを詰める一歩が、無造作に踏み出され。
 ぶんっと、刃が風を切った。
 とっさに灰音は後ろへ跳んで、初撃の間合いを外す。
 一拍遅れで、すらりと剣を抜き。
 構え切らぬうちに、二撃目が襲ってきた。
 柄から伝う、びぃんと腕が痺れる感覚と衝撃。
 にやけた相手の顔に、構えた剣の腹へわざと当てられた事を悟る。
 攻撃へ出ようとすれば、今度は切っ先を払われた。
 力任せの大振り、一撃一撃が見かけより重い。
 自分に受け切る力がないか、それとも相手が侮って腕力に物を言わせて打ち込むためか。

 ……相手は、私をナメてかかっている。

 ぎりと、奥歯を噛み締めた。
 確かに灰音にとっては、初めて真剣でやりあう『実戦』だ。
 攻撃へ転じる隙を見出さなければ、彼女に活路はない。
 一撃のたびに間合いを取り直し、後ろへ退くが。
 やがて壁に行き当たり、後方を塞がれる形となった。
「ほぉら、最初の勢いはどうしたぁ? もう後がないぜ、ひっひっひ」
「くっ……」
 追い詰められて灰音は相手を睨み返すが、僅かに揺れる自分の剣の先にハッとする。

 ……落ち着け。

 大きくひとつ息を吐き、呼吸を整えた。
 胸がむかつくニヤニヤ笑いではなく、白刃の軌跡へ集中する。

 ……落ち着いて、相手の動きをしっかりと。

 所詮は、力任せに刀を振るうごろつきだ。
 男の力量自体は、大したものではない……だから。

 ……気圧されずにしっかりと見て、動きに合わせれば。

 ぶれていた剣の切っ先が、止まった。
 大きく振り下ろす一刀を、鋭く灰音は見上げ。

 ――ギィンッ!

 刃のぶつかる、鈍い音。
 勢いをそらすように、剣の構えを傾け。
 受け流した体より、前へ一歩を踏み込む。
 ガンッ! と、二度目の剣戟。
 下がりながら返された刃を、打ち払い。

 ……ああ。こういう、事か。

 開拓者だった両親より受け継いだ天性の勘か、あるいは独学で積んできた結果か。
 瞬間、灰音は理解した……本当の真剣による戦いの、その一端を。
 これまでにないゾクゾクと胸をくすぐる感覚に、ちらと灰音は口唇を舐めた。
 優勢だったごろつきの勢いは、見る間に劣勢となり。
「はぁッ!」
 気合いと同時に一閃すれば、手を離れた刀が宙を舞った。
「……これで、終わりだね」
 形勢逆転した相手に、灰音はニッと笑みを返す。
「この女ぁ……ッ!」
 数人の取り巻きが、一斉に白鞘や合口を抜いた。
 直線的に突っ込んでくる凶刃を、軽々と灰音は身を翻して避け。
 足を引っ掛け、小手を打つようにして、あしらっていく。
 それは最初の男と比べれば、呆気ないほど単純な『作業』で。

 ……つまらない。

 ゾクリとするような感覚も何も、そこにはなかった。
「次の相手は、誰かな?」
 笑みと共に剣を向けて問えば、取り巻き達の顔が青くなる。
「お、覚えてやがれ!」
 よくある捨て台詞を吐き、男達は一目散に逃げ出す。
 無様な後ろ姿を眺めながら、原因不明の奇妙な高揚感が冷めていく様を灰音はぼんやりと感じていた。


   ○


 初の『実戦』を踏んでから、二年後。
 灰音は神楽の都にある一軒の建物を、じっと見上げていた。
 あれから彼女は様々な相手と『手合わせ』をし、またごく下級のアヤカシに挑んだ事もあった。
 そんな二年の経験をへて行き着いたのが、目の前の建物……開拓者ギルドだ。
 武器を帯び、防具で身を固めた者達が頻繁に出入りする、その様子を見つめた末。
 意を決した灰音は、扉へ手を伸ばす。
 ――彼女の知らぬ世界、そして未だ見ぬ相手と『仕合う』ために。


   ○


「あれ……私、寝ていた?」
 かくりと大きく舟を漕いだ反動で、灰音は目を開いた。
 開いたままの本へ目を落とし、それから思い出したようにカップへ手を伸ばす。
 触れた磁器はまだ温かく、紅茶はゆるやかに湯気を立ち上らせ。
 意識が途切れてから、さして時間がたっていないのだと気付いた。
「なんだか、懐かしい夢を見ていたような……」
 おぼろげな記憶を辿ってみるが、はっきりとは思い出せない。

 ――ただ……そう。

 彼女が開拓者となってから、既に一年が過ぎている。
 その間に沢山の人々と出会い、開拓者の友人も増え、腕を競う相手を見つけ、好敵手と呼べそうな相手とも出会った。
 それでもまだ、足りない……と、彼女の胸の奥で何かが告げ。
 疼く感覚の正体を探すように、膝の本から顔を上げれば、彷徨う視線はふと外へ流れる。

 ……窓の向こうにはどこまでも青い空が、ただ一面に広がっていた。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
風華弓弦 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年01月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.