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『夢乗る船に。 〜夢の軌跡 』
賀 雨鈴(ia9967)

 冬の日が暮れるのは早い。せっかくのお正月、おめでたい気持ちのままで蝋燭の明かりの中、和やかに過ごしていてもやっぱり夜が来るのは早い。
 いつもならそれが何だかもったいないような気がして、ずるずるずる、と蝋燭を消した月明かりの下でもう少しだけ、と密やかな時間を過ごしたりもするものだ。だというのに「もうそろそろ寝ましょうか」と賀 雨鈴(ia9967)と守紗 刄久郎(ia9521)がいそいそ用意を始めたのは、日が暮れてからそう時間も経っていない夜の始めだった。
 寝間に敷いた布団は1組。その上に仲良く互いの枕を並べて。それから2人、手分けして戸締まりや火の始末を確認して、また寝間へと戻ってくる。

「じゃあ刄久郎さん、準備は良い?」
「ああ」

 まるでとっておきのイベントでも始まるかのように、きらきら目を輝かせた雨鈴の言葉に、刄久郎がこっくり頷いた。頷き、小さな文机をよいしょと持ってきて、ほんの少し乱れた寝間着の襟元をきっちりと正した。
 どうやら刄久郎もこれから始める『おまじない』を楽しみにしているらしい。そう思ったら何だか夫が可愛らしく、雨鈴はクスリと笑みをこぼしながら文机の上に紙を2枚、並べておいた。
 それは少し大きな四角い千代紙だ。綺麗な千代紙をくるりと裏向けると、そこには何も書かれていない、真っ白な紙面がある。
 その白をじっと見つめて、『おまじない』の手順を頭の中で繰り返しながら、ほんの少しだけ息を吸って、吐く。緊張していたわけではないけれども、いつもよりちょっとだけ背筋をぴんと伸ばしたら、なんだか改まった気持ちになった。
 文机の上には、真新しく磨り下ろした墨の入った硯がある。さすがに筆まで新調というわけにはいかないけれど、綺麗に洗って乾かしたそれを取り上げ、筆先にたっぷりと墨を含ませた。
 丁寧に、丁寧に。筆の先を整えていたら、刄久郎が「なあ」と声をかけてくる。

「何て書くんだっけ?」
「もう。ちょっと待っててね、お手本に書いてあげるから」

 今日は特別な夜だから、いつもよりほんの少しだけ雨鈴も刄久郎に優しい。もちろん刄久郎を嫌いというわけじゃないし、大切なのだけれども、ついつい自由奔放に振る舞ってしまうものだから、そうして刄久郎がそれを許してくれているから、結果として彼に寂しい思いもさせていたりする。
 でも、今日は特別な夜だから。新しい年の始まった最初の夜だから、今日くらいは。
 そんなことを思いながら、雨鈴は一文字、一文字、慎重に紙の上に筆を乗せて綴っていった。別に字が下手なつもりはないけれども、夫の見本にするのだから、よりいっそう丁寧に。

『なかきよの
 とおのねふりの
 みなめさめ
 なみのりふねの
 おとのよきかな』

 そうして紙の真ん中に書き上げた字が、ほんの少し歪んでいるように見えて、あら、と雨鈴は首を傾げた。だがもう一度改めて見ると、別に悪くはないような。
 うーん、と考えているうちに横からのぞき込んだ刄久郎が、そうだった、と呟きながら豪快な筆運びで一気に『おまじない』を書き上げた。あっちこっちに墨が飛び跳ねたけれども、それはそれでまた夫らしい。
 文字からして雄々しい『おまじない』に満足そうに頷いて、刄久郎はまた、確かめるように雨鈴を見た。

「それで帆掛け船を折る――んだったよな」
「墨が乾いてからね。そのまま折ったら、刄久郎さんの千代紙、墨だらけでぐちゃぐちゃになっちゃうから」

 今にも千代紙を折り出しそうな刄久郎に、ちょっとだけ怖い顔を作って指摘する。とは言っても『おまじない』なのだから、もしかしたらそれでも良いのかも知れないけれども、墨でぐちゃぐちゃになった千代紙の行く末を思うとちょっと困るのだ。
 年の最初の夢見る夜に、この『おまじない』を書いた紙で折った帆掛け船を枕の下に挟んで寝たら、素敵な夢を見るのだという。それを教えてくれたのは誰だったのか、そうと聞いたらやってみたくなるもので。
 だから綺麗な千代紙を用意して、いつもより早く布団の用意をして。いつもは少しでも起きていたいと思ったりするけれど、今日だけは眠りに就くのが何となく待ち遠しくて。
 千代紙をひらひら動かしたり、手でパタパタと扇いだりして、墨がちゃんと乾くのを待ってから、書いた文字を隠すように折り込んだ。丁寧に、丁寧に。どうか素敵な夢が見れますようにと、願いを込めて、帆掛け船を折る。
 本当の所を言えば、いつもとは違う『おまじない』にわくわくしてはいるけれど、日常が幸せだから、余り見たいっていう夢はない。せめて夢の中だけでも、と願うことも殆どない。
 けれども――きっちり折り目をつけながら、雨鈴はちらりと刄久郎に視線を向けた。

(刄久郎さんはどんな夢を見るのかしらね?)

 もし雨鈴が見たいと思っている夢があるとしたら、それは刄久郎が見る夢だ。否、別に夢じゃなくても良い。誰かが見ている夢を、こんな夢を見たよと話に聞くだけじゃなくて、直接知ることが出来たらきっと面白いだろうのに。
 そう考えるのは、自分が吟遊詩人だからだろうか。それとも他の皆も同じように、人が見ている夢を知りたいとおもったりするのだろうか?
 考えていたら刄久郎と目が合った。こちらの考えていることが解ったわけではないだろうが、「さて、どんな夢が見れるやら」と苦笑する。
 そうね、と頷き雨鈴は自分の枕の下に、折り上げた帆掛け船をそっと差し込んだ。刄久郎が自分の枕の下に放り込んだ帆掛け船は、文字と同じく豪快で、ほんのちょっと歪んでいる。
 これで準備は完了だ。あとは眠るだけ、と夫婦揃って布団の中に滑り込む。滑り込んで、冬の寒さにすっかり冷えた布団がぬくもるのを待つうちに、とろりと瞼が重くなる。
 ――明日。一体どんな夢を抱いて、目覚めの朝を迎えるのだろう。
 普段あまり夢を見ないのだけれど、と頭の片隅で思いながら、雨鈴は眠りの中に滑り落ちていったのだった。





 そこは見知らぬ神社だった。いや、知っている場所かもしれないのだけれど、神社なんて幾つでもあるものだし、幾つも行った事があるから、日頃馴染みのある神社か、よほど特徴のある神社でもない限りそうそう覚えてはいない。
 ここはどこだったかしら、と雨鈴はこっくり、首を傾げた。隣には刄久郎が居る。夫の顔を見て、ああ初詣に来たんだ、と雨鈴は考えた。

(‥‥初詣?)

 もうしなかったかしら、と一瞬首を傾げたけれど、現に雨鈴は神社にいる。どこの神社かわからないけれども、新年に神社にいる以上、やっぱりこれは初詣なのだろう。
 賑やかな神社だ。がらんがらん、と大きな鈴の鳴る音と、周りの人たちの賑やかな話し声が聞こえてくるけれど、一体何を言っているのだかは聞き取れない。それだのに「もうすぐだな」とわくわくした口調の刄久郎の声だけははっきりと耳に届く。

「そうね。どんなお願いをしようかしら」

 その言葉に微笑みながら頷いて、雨鈴はまなざしを前の方へと向けた。初詣の順番を待っている人達の向こうに、神社の屋根がまず見える。その下に大きな鈴。赤い紐がだらりと下がって、その向こうの社殿の中にもっふりと鎮座する巨大なもふらさまと目が合った。
 大もふ様はたくさんの人達のたくさんのお願い事を聞いて、もふもふのんびり頷いている。なんだか楽しそうね、と思ってからまたふと、違和感を感じて首を傾げた。
 あの巨大さと言い、あのもっふりとした貫禄と言い、あれは間違いなく大もふ様だろう。それは良いのだけれど。

「刄久郎さん。大もふ様って、石鏡に居るんじゃなかったかしら?」
「新年だから神社にいたって良いんじゃないか? 大もふ様だし」

 雨鈴の言葉に、刄久郎は全く疑問を感じてない様子でそう言った。そう言われればそう言うものだという気がしてきて、そうね、と雨鈴もこっくり頷きを返す。まあ、大もふ様だし。その一言で何となくすべてが解決してしまうような、それは見事なもふもふ具合だったので。
 粛々と順番は進み、やがて雨鈴たちの番になった。お賽銭を放り込んで、がらんがらんと大きな鈴を鳴らして、パンパンと手を叩いて。

「むむむ!」

 無言で祈りを捧げた雨鈴とは対照的に、何やら真剣な唸り声を上げて祈りを捧げる刄久郎。一体何をそんなに真剣に、と思わず目を開けて夫を振り返ったら、予想以上に真剣な、いっそ鬼気迫ると言っても良いくらいの刄久郎の表情が目に飛び込んできて、見てはいけないものを見た気持ちで雨鈴は目を逸らした。
 ごほん、と後ろから咳払いが聞こえる。振り返ると、すっかり大もふ様の前を占領してしまっている夫婦に、後ろに並んでいる人達からジトッとした眼差しが注がれているではないか。
 ちょっと刄久郎さん、と雨鈴は慌てて夫の袖を引いた。だが夫はどこ吹く風、周りの様子にも気付いてない素振りでおもむろに雨鈴の肩をガッシと掴み、吐息が触れそうな距離までぐぐっと顔を近づけてくる。

「ちょ、ちょっと‥‥刄久郎さん?」
「雨鈴‥‥好きだ! 結婚してくれ!!」
「‥‥‥‥は?」

 そうして言われた言葉に、ときめくより先にきょとん、と雨鈴は目を瞬かせた。いや、結婚してくれって。あなたと私は今、夫婦よね? と当たり前の事実を心の中で再確認する。
 そんな雨鈴の戸惑いをよそに、刄久郎は顔を真っ赤にしながらもごくごく真剣な顔で、結婚指輪でもある紫水晶の指輪を袂から取り出し、俺と結婚してくれ、ともう一度繰り返した。だがその結婚指輪はすでに雨鈴の指にあるはずで、と視線を落としたらそこには、あるはずの指輪がどこにもない。
 えぇ? と混乱する。混乱している間にもなぜか場面はどんどん進み、いつの間にか雨鈴の指には件の紫水晶がきらりと新年の光を受けて輝いている。

(これ‥‥まさか‥‥‥?)
「雨鈴‥‥」
「‥‥って、ちょ、ちょっと! 刄久郎さん‥‥ッ」

 目まぐるしく変わりすぎる状況に、ようやく1つの可能性に思い至った雨鈴がはっと意識を眼前に戻すと、結婚の誓いの接吻よろしく夫の顔が近付いてくる所だった。とっさに焦って、真っ赤になりながら逃れようとするけれども、いつの間にか雨鈴の体はしっかりと刄久郎に抱きしめられていて身動きが取れない。
 初詣の人々のざわめきが遠くに聞こえた。雨鈴の予想通りならそんなに気にすることもないのかもしれないけれど、だからって。初詣客の皆々様の前で、大声でプロポーズされた挙句に、誓いの接吻。
 プチ、と何かが切れた音が、した。

「〜〜〜ッ、刄久郎さんッ! いい加減に目を覚ましてッ!!」

 バチーンッ!!
 夫の頬を張り飛ばした妻の怒声が、新年の蒼空に高らかに響き渡り。もふ、とまったりのんびり、大もふ様が追随するように鳴き声を上げた。





 ――ガバッ!
 勢い良く布団を跳ね上げて起き上がり、雨鈴は肩で大きく息をした。何だかまだ顔が赤くて熱いような気がして、両手で無意識に頬を押さえる。

(や、やっぱり夢‥‥ッ)

 普段は熟睡して気がついたら朝だった、ということが多い雨鈴だから、『おまじない』はしたけれどもまさか、本当に夢を見るとは思ってなかったのだ――しかもあんな夢を。
 好きだ、と叫ばれて、プロポーズされて、接吻(未遂)。夢はその人の無意識の願望を映していると言うけれども――ちら、と隣でいまだ、寝息を立てている夫を見下ろす。あんな風にもう一度、好きだ、って言って欲しいのかしら――今だって雨鈴は十分すぎるくらいに幸せなのに?
 ぷに、と刄久郎のほっぺたを人差し指で突いたら、むにゃ、と寝ぼけた声が漏れた。くす、と思わず苦笑が漏れて、ぷにぷにぷに、と何度も夫のほっぺたを突く。そのせいだろうか、何か夢の中で起こっているのだろうか、時折むぅと眉を寄せながら、夫は相変わらず眠ったままだ。
 ふと脳裏を、ほんの少し歪んだ気のする『おまじない』の文字が浮かんで、消えた。あの夢がもし本当に、刄久郎も見ていた夢なら面白いのに。だとしたら今頃刄久郎は、夢の中の雨鈴のご機嫌を必死に取っているのかもしれない。
 そう考えたら微笑ましく、夢の中で思い切り引っ叩いてしまったのにほんの僅かな罪悪感も覚えて、雨鈴はそっと夫の頬に唇を落とした。夢の中のこととは言え、かなり痛かっただろう。何しろ羞恥の余り、わりと手加減ができなかったので。
 むにゃ、と刄久郎の唇からまた、寝ぼけた声が漏れた。と思ったらぱっちり目が開き、ごくごく間近にあった雨鈴としっかり目が合って。

「あ、刄久郎さん、起きたの‥‥?」
「うれぇ‥‥」

 声をかけたら、ぽやん、とした声色で名を呼ばれた。――どうやらまだ寝ぼけてるらしい。
 しょうがないわね、とため息を吐いた雨鈴を、寝ぼけた眼差しの刄久郎の手がぐっと引き寄せた。え? と思っていたらぐぐぐっと、まるで夢の中のように刄久郎の顔が近付いて来て。

(ま、また‥‥ッ)

 かぁっ、と頬に血が上がったけれども、幸いここは神社ではなく、夫婦が暮らす家の中。人目は気にしなくても良いわけで。何となく今も夢の続きのような気がして、まあ良いか、と雨鈴は知らず、肩に入っていた力を抜き。
 瞬間、ぴたり、と夫の動きが止まった。

「〜〜〜ッ!?」
「‥‥刄久郎、さん?」
「〜〜〜ッ、こ、これは‥‥い、いや、夢の中じゃ‥‥その‥‥ッ」
「ぇー‥‥と‥‥‥?」
「‥‥‥ッ、ぬがぁ〜〜〜〜〜ッ!!!」

 伺うように名を呼んだら、しどろもどろに訳の解らない事を並べ立てた挙句、ボンッ! とこれ以上なく耳や首まで真っ赤に染めて、ごろんごろんごろんッ! と頭を抱えて布団の上を転がりだす。ものすごく、この上なく恥らっている、らしい。
 何だか置いてけぼりにされて、呆然と雨鈴は羞恥にのた打ち回る夫の姿を見下ろした。そうしていうちに、何だか愉快になって来る。一体新年から夫婦揃って、何をしているのかしら――って。

「ふ、ふ‥‥ッ、あはははは‥‥‥ッ」

 そう考えたら込み上げてくる笑いが堪え切れず、雨鈴はお腹を抱えて笑い出した。笑って、笑って、笑い過ぎてお腹が痛くなって、それでもまだまだ笑いは治まらない。


 笑う門には福来る。どうやら今年も、夫婦は円満に過ごせそうだ。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia9521  / 守紗 刄久郎 / 男  / 22  / サムライ
 ia9967  /  賀 雨鈴  / 女  / 18  / 吟遊詩人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご夫婦の(?)初夢の夜、心を込めて書かせて頂きました。
熟睡傾向で夢を見ない、というのもまたお嬢様らしいのかな、と思ったのですけれども(苦笑
そうしてご夫婦で初夢の話をして、がっくりうなだれるご主人様のお姿を幻視致しました(ぇぇ

お嬢様のイメージ通りの、いつもとちょっとだけ違う特別な夜になっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!新春!初夢(ドリーム)ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年01月17日

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