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『Xmas Dream【穏やかで静謐な、聖夜の赤き花束】 』
デリク・オーロフ0029


 聖なる日、はらはらと舞う雪が運ぶ夢は、どこか遠くの赤き花束。


 鏡面世界に、はらはらと舞い落ちる雪片。
 平行世界である現実世界でも、この瞬間に雪が舞っているのだろうか。そこに住む人々は、どのような想いを抱いているのだろう。
 雪片を手のひらに受け取れば、じわりと形を歪ませていく。徐々に、徐々に、手のひらの熱と同化してその冷たささえ消えてしまえば、ただたゆたうだけの小さな水滴の塊となる。
「この世界ニモ、雪は降るのデスね……」
 それは当たり前のようなことだけれども、改めて考えるとどこか不思議でさえあった。
 デリク・オーロフは雪片を次々に受け止めては、水滴になるのを確認して軽く手を振る。散ったそれらは、隣に佇む女の頬に、髪に、ぽつりぽつりと影を落とす。視界の端には黒き根が這い、そのどす黒さが女の美しさを際だたせているようでもあった。
 女は、言葉を発しない。ただじっと夜空を「見つめて」いるだけだ。
 星幽界からの分身がこの鏡面世界に存在できる時間はあと少し。その間に、彼女は何を思うのか。デリクはその横顔をじっと見つめていた。
「ホロビさん、アナタは何を思ってイルのデスか」
 デリクは静かに問う。女――ホロビは、ひどくゆっくりとデリクのほうを向いた。
「……さあ?」
 小さく首を傾げ、ホロビはデリクを真似て手のひらを空へと向ける。落ちる雪片を握りつぶすと、また手のひらを空へと――。
 果たしてそれは、雪片を「壊して」いるのか、「捕まえて」いるのか。
「ホロビさん、コレを」
 デリクは両手をホロビの前に差し出した。しかし、そこには何もない。ホロビは怪訝そうにするでもなく、ちらりと確認しただけで再び夜空を見上げようと――して、一瞬だけ固まった。
 ふわりとデリクが両腕を舞わせれば、その動きに意識が奪われた瞬間にどこからか大きな薔薇の花束が出現し、デリクの両腕に抱かれてしまう。魔法なのか、それともちょっとしたトリックなのか。しかしそれはデリク本人にしかわからない。
「どうゾ」
 差し出した深紅の花束は、柔らかくも凛とした香りを放つ。ホロビは鼻腔を突く薔薇の香りを暫し堪能すると、「どういうつもり」と唇を動かした。まだ、花束は受け取らない。デリクの真意を読み取ろうとしているのか、指先で軽く花弁のひとひらを撫でるだけだ。
 デリクはホロビの指先を目で追う。自分が差し出した花束に触れてくれている、それだけでも嬉しい。
「……私はホロビさんのことが好きデス」
 彼女の指先を追いながら、言葉を紡ぐ。ぴくりと、指先が反応した。しかしすぐに何もなかったかのように花弁を愛撫し続ける。
 寂しいと声をあげて泣き叫び、闇の底から這い上がってきたホロビ。
 デリクはその真っ直ぐな純粋さを愛おしいと思う。
「……ホロビさんの絶望と孤独ハ、そう簡単に癒せるものではナイ。それはワカっています」
「わかっていて、言うのね」
 ホロビの指先が止まった。何かを思案するように吐息を漏らす。彼女は今、何を考えているのだろう。世界のことだろうか、それとももっと違うことだろうか。
 彼女が何を考えていようが構わない。今、こうして共にいられるひとときが大切であり、言葉を交わす瞬間全てが幸福なのだ。デリクは思わず笑む。
「傍らデ孤独を分かちアい、触れあい、共鳴スルことで、安息を得ているノは私の方。アナタのためにならこの腕の中の深紅の薔薇を、もっと深い色に染めることも厭わない」
 その言葉にさらりとホロビの髪が揺れ、次の言葉を待つかのような沈黙が流れる。
 デリクは、この花束をホロビが受け取ってくれるはずだと確信していた。なぜなのか理由は自分でもわからないし、この想いまでも受け取ってもらえるとは思っていない。だが――確信だけが、この胸にある。
 得られる安息、共鳴し震える心。触れ合えばその孤独を共有し、また新たな安息を得る。デリクはただ、真っ直ぐにホロビを見つめた。
 一歩、前に出る。
 そして、花束をホロビの胸元へとそっと押しつける。
「今宵……アナタの望むがままに」
 その言葉が終わる前に、ホロビは花束を抱きしめていた。しかしその表情に変化はない。デリクの言葉を信じているわけではなさそうだった。ただ反射的に花束を抱きしめてしまったのかもしれない。
 仕方ない――デリクはふとそう思う。
 自分の全てを見せることのないデリク。そしてそこに秘めた黒さがあることも、ホロビは知っている。だからこそ、言葉の真意を疑っているのだろう。
 ホロビに対する愛に偽りはない。恐らく、それもホロビはわかっているはずだ。だが、信じるべきかとなると話は別――そう言いたげに、腕の中の花束を揺らす。
「否定するつもりはないけれど、受け止めるつもりもないわ」
 言葉を漏らすホロビ。しかしその言葉にはどこか柔らかさもあった。デリクは頷き、右手を静かに差し伸べる。声に出さずに口の中で呟く言葉は、ホロビには届かない。
 いくつかの、単語。
 いくつかの、想い。
 そこに「メリークリスマス」という言葉があったかどうかは定かではない。だが、今この瞬間、デリク達が身を置いているのは聖夜のただ中であり、雪化粧を纏った世界は静謐な空間にさえ思えた。
 一曲踊りませんか――デリクの手は、そう語っているようだ。
 ホロビは暫く花束の香りを堪能し、その手を放置する。それでもデリクは手を下ろすことなく、彼女の答えを待っていた。
「別に聖夜というものを特別視するつもりはないけれど」
 ホロビは言う。この雪にだって、特別な感慨は抱かないとさえ付け加えて。
「……この薔薇に免じて、その手を取ってあげてもいいわよ」
 分身であるこの身体に残された時間は少ないが、この世界にいられる限界まで踊ってあげるわ――。
 ひどく穏やかな彼女の吐息。
 静寂を好みながら孤独を厭うホロビにとって、この白き聖夜の静寂とデリクから寄せられる感情は、ひどくアンバランスで心地よいものなのかもしれない。
 冷たい指先の感触が、デリクの手のひらに伝わる。先ほど溶けていった雪片とは違う、刹那的な冷たさ。だが、それをきゅっと握りしめれば、彼女の手はデリクの体温に染まっていく。
「ホンの、ひとトキですが……アナタの時間を、私にくだサイ」
 そしてデリクはその腕に刹那の存在を抱き留める。薔薇の花弁が数枚散り、地に落ちる前に雪片を纏う。
 揺れる、赤きドレス。
 薔薇よりも赤く、甘美な芳香。
 静かに舞う雪はリズムを刻み、デリクとホロビのステップを誘っていく。
 二人は言葉を交わすことなく、繋いだ手に、抱いた腕に、互いを感じているだけだ。ゆるりと流れる時間は、まるでこの瞬間が永遠に続くようでさえあった。恐らくは、ホロビの分身が消えたあとも……星幽界にある本体にはこの感覚が残り、デリクとの聖夜を記憶に刻むことだろう。

 いつしか雪はやみ、白き世界は一層の静寂を纏い始める。
「……もう少しダケ、こうシテいても構いませんカ?」
 デリクが笑みを浮かべれば、ホロビは躊躇うことなく頷き返す。
 ――メリークリスマス。
 ホロビの唇が、そう動いたような気がした。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0029 / デリク・オーロフ / 男性 / 35歳 / 魔術師】
【NPCA056 / ホロビ / 女性 / 不明 / 滅ぼす者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■デリク・オーロフ様
初めまして、ライターの佐伯ますみです。
「SnowF! Xmasドリームノベル」、お届けいたします。
かなり好きなように書かせていただいた気がしますが……このような感じで大丈夫でしょうか? 緊張しております。
ホロビさんの反応は、自然と指が動いておりました。お二人のひとときが少しでも楽しい思い出となれば幸いです。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
ここ数日、かなり冷え込みが強くなっております。
インフルエンザも猛威を振るい始めますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2011年 1月某日 佐伯ますみ
SnowF!Xmasドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
東京怪談 The Another Edge
2011年01月18日

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