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『とりかえばや睡夢譚 』
桔梗(ia0439)

 もふらさまは人気者。
 あっちへ行ってももふもふ、こっちへ行ってももふもふ。
 みんなに愛されもふられて――いつのまにか、みんなを笑顔にしてしまうんだ。

●年の瀬に
 新年を明日に控えた大晦日の日の事。
 何時にも増して忙しない神楽の街を、小柄な少年が足早に通り過ぎていた。師ならずとも慌しいこの時期、開拓者の少年・桔梗もまた迎春準備に忙しい。
 両腕一杯に買い出しの荷を抱えて、桔梗は小走り気味に家路を急ぐ。
(大掃除、先に済ませておいて、良かったな‥‥)
 少しばかり厄介だった大掃除を思い出し急がなければと焦るのは、家で待っている黒毛白鬣のもふらさまの事も思い出したからだ。
『疲れたもふ‥‥抱っこするもふ!』
 手伝いたがる癖に、すぐに抱っこをせがむ甘えん坊のもふらさまの名は幾千代。桔梗に置いて行かれて、きっと拗ねているに違いない。
 案の定、玄関先で待ち構えていた幾千代を荷と一緒に抱きかかえ、桔梗は自室に入って行った。

 宥めすかして撫で梳いて、漸く機嫌の直った幾千代を膝に載せ。
 桔梗は自室で、ほっと小さく息を吐いた。
 大騒ぎの張本人‥‥もとい張本もふらの幾千代は、桔梗の膝を枕に眠っている。天真爛漫、甘えん坊で我侭も言うけれど、その我侭も憎めない無邪気な仔。
(幾千代は凄い、な‥‥)
 膝上の幾千代は無垢で自由で、人々に愛される。何処へ連れて行っても、もふらさまは縁起が良い、もふもふ可愛いと皆にもふられて。
(俺も、幾千代みたい、だったら‥‥)

 皆に愛されただろうか。
 愛される事に疑いを持たず、触れられる事にも怖れを抱かなかっただろうか。
 幾千代のように心地よく身を任せていられただろうか‥‥

 僅かな胸の痛みを抱え込んだまま、桔梗はふわと欠伸して。
 うとうと‥‥と‥‥舟を漕ぎ始めた――

●とりかえ
 何故だろう、優しく毛を梳いている手が誰か別の人のもので、梳かれているのが自分のような気がする。
 触れるのと触れられるのとでは大きな違いだ。落ち着かなくて、桔梗は瞼を上げた。

 桔梗が、見下ろしていた。

 己が、うつらうつらと舟を漕いでいた。
「お、れ‥‥!?」
 声を出したのは、桔梗ではなく黒もふもふの方で。
 もふもふはもふらさまで――つまり。
「俺、幾千代なのか?」
「‥‥ん、何もふ?」
 桔梗の声に桔梗の身体が目を覚ました。その口調は幾千代だ!

 人間姿の桔梗が言った。
「僕がいるもふ」
 最早疑うべくもない。桔梗の口を借りて幾千代が喋っていた。
 だが念のため、確認のためにと黒もふらの桔梗は尋ねてみた。
「お前、幾千代?」
「そうもふ。僕は誰が喋ってるもふ?」
 桔梗姿の幾千代に、幾千代姿の桔梗は落ち着くようにと言い置いて、自身もまた確かめてゆくかのように噛み砕いて説明した。
「俺は桔梗、だ‥‥こら幾千代、その身体で暴れるな」
 混乱してもふら気分で腕を振り回す幾千代(桔梗姿)を、もふら桔梗は全身でもふもふ押さえ込んだ。
「僕、桔梗もふ? 桔梗は僕もふ?」
「そう」
 改めてまじまじと人の手足を矯めつ眇めつしている幾千代に、黒もふ桔梗は互いの身体に心が入れ替わってしまったのだと思う、と結んだ。
 ――という事は。
 手足の観察を終えた幾千代、何か思いついたようだ。
「桔梗、抱っこするもふ!」
 いつもは抱っこしてもらう側の幾千代、桔梗の心が入った黒毛白鬣のもふらさまを大喜びで抱っこした。
 触れられ慣れていない桔梗は一瞬身を竦めたものの、幾千代が嬉しそうなので黙って抱っこされるままになっている。
「桔梗は何かしたいことあるもふ?」
 ご機嫌の幾千代が尋ねた。
 姿は変われど、桔梗は桔梗だった。生真面目な少年は黒もふらの姿でこう応えた。
「俺は‥‥初詣、行きたい」

●元旦の街で
 一人と一匹は、神楽の街へ繰り出した。いつもとは逆のふたり、もふらの桔梗が人の幾千代に抱っこされてのお出かけだ。
 年越し準備を済ませて眠っている間に元旦を迎えていた神楽の街は、賑やかで活気に溢れていた。神社へ向かう参道は着飾った人々がを華やかに行き交い、参拝客を当て込んだ屋台が立ち並んでいる。
「何か変、もふ‥‥」
 常とは違う視界に、幾千代は落ち着かなさげだ。人間の足で歩く事にも違和感を感じているようで、頻繁に立ち止まってはきょろきょろ、なかなか先へ進まない。
 いつもより頭ふたつ分くらい低い位置から街並みを眺めていた桔梗が、そっと幾千代に歩くよう促した。このままでは初詣前に日が暮れてしまう。
「幾千代、急いで」
「後脚で歩くの‥‥疲れたもふ」
 人の姿を取ってはいても、幾千代は幾千代だった。
 往来のど真ん中で、桔梗の姿形のまましゃがみ込もうとするのを懸命に宥めて、幾千代を道の隅っこへと移動させる。逆転していると抱えて運べないから大変だ。
「桔梗さん? どうしちゃったですか、だいじょぶですかっ!?」
 幾千代がへたっていると、女の子の声が近付いてきた。神楽開拓者ギルドでよく見かけている梨佳だ。
「僕もう駄目もふ」
 桔梗の姿で言ったものだから、梨佳は目をぱちくりさせた。代わりに、桔梗の腕の中にいた小柄なもふらさまが「俺は、こっち」事の経緯を梨佳に語ったのだった――

 寸刻後。
「そういう事ってあるんですね〜」
 開拓者さんすごい。
 何の疑問も差し挟まずに、梨佳は桔梗の説明を納得して聞いた。不思議と物分りの良い梨佳は、桔梗と一緒に人型の幾千代を励まして一緒に参拝すると言う。
 それではと一緒に境内に入った二人と一匹は、すぐに人混みに飲み込まれた。
「あれ、桔梗どこもふ?」
「桔梗さん、幾千代さんが抱っこしてたんじゃなかったですか!?」
 人間二人が気付いた時には、小さな黒いもふらさまは参拝客の波に流されていた。

 流されて、幾千代の腕から放り出された桔梗が、人々の足元を右往左往していた。
(梨佳? 幾千代どこ、だ)
 自分よりも遥かに大きなものに囲まれ揉みくちゃにされて、桔梗は身を縮込ませた。幸い誰も踏みはしなかったけれど、視界一面人の足、先の見えない混雑振りは二度と此処から抜け出せないのではという不安に駆られるものだ。
 桔梗は持ち前の落ち着きを以て、健気にも同行者達を探そうと試みた――その時。
 誰かが桔梗に、触れた。
「おかーさん、もふらさまがいるよ?」
 撫で撫で撫で。
 無邪気な声と悪気のないスキンシップの主は参拝客の幼女だ。怒るに怒れず、それ以前に恐れの方が先に立ち、桔梗は身を竦ませた。
「あらあら、迷子のもふらさまね。怖がらせちゃ駄目よ、小春?」
 もふらさまが怯えているのに気付いた母親は、娘の手をそっと押さえて優しい声で言った。
「こわがってるの?」
「小春も迷子になったら不安でしょう? お父様やお母様とはぐれたら‥‥ね?」
 想像したか涙目になった娘をぎゅっと抱き締めて、母親は桔梗をそっと抱き上げた。
 気遣いは感じるが、やはり知らない人に触れられるのは落ち着かない。身を固くしたままの桔梗を怯えているのだと解釈した母親は、桔梗を連なる屋台の端っこへ移動させてくれた。
「さよなら、もふらさま。おかーさんにあえるといいね」
 悪い人に連れてかれませんようにと言葉を添えてひと撫でし、母娘は離れて行った。

(‥‥ありがと)
 さっきより随分見通しよくなった場所で、きょろきょろ。
 辺りは随分暗くなって来ている。参道の屋台には提灯が付き始めていた。
(幾千代、おなかすいてない、かな)
 香ばしい匂いを嗅げば、幾千代に食べさせてやりたかったなと考える。
 身と心が入れ替わってなければ。俺が幾千代を抱っこして屋台巡りして‥‥そんな事を考えていると。
「幾千代さんっ、いましたよ桔梗さんいましたっ!」
 梨佳の声がして、今度は抱き上げられた。
 次いで目に映ったのは己の顔が至近距離で。
「桔梗!? 探したもふ!」
 口元にイカヤキのタレが付いていたけれど。林檎飴の欠片も残っていたけれど。
 心の底から心配したのは痛いほど伝わってきた――だって、それは。

 ――俺、泣くとこんな顔なんだな‥‥

●まどろみのゆめ
 もふもふしたものが、ぺしぺししていた。
「桔梗、起きるもふ」
 瞼を開けると、目の前には黒毛白鬣のもふらさまがいる。
 ちょっぴり偉そうに「僕の毛の手入れをするもふ」などと、寝惚け眼の桔梗に指図する甘えん坊のもふらさま。
「幾千代‥‥?」
 ぺしぺしする幾千代も昼寝から目覚めたばかりのようで、少しばかり毛が偏っていた。
 桔梗の側に愛用のブラシを置いて、幾千代が催促している。
「早くもふ。綺麗な毛並みで年越しするもふ!」

 辺りはすっかり暗くなり、数刻後には新しい年が訪れようとしていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia0439/桔梗/男/14/巫女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご指名ありがとうございます♪

わたくしごとの経験上ですが‥‥
小柄な人は人混みで迷子になると、相当な恐怖を感じるものです。
ちっちゃなもふらさま、きっと凄く怖かっただろうなーと思います。
もしもそんな場面に遭遇したなら、どうか親切にしてあげてくださいませ。
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2011年01月24日

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