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『初春月の宴 〜花の都の宵盛り〜 』
ライラ・マグニフィセント(eb9243)&リリー・ストーム(ea9927)&桂木 涼花(ec6207)&セイル・ファースト(eb8642)&鳳 双樹(eb8121)&デニム・シュタインバーグ(eb0346)


「この度は、お招き頂きましてありがとうございます」
「いや、こちらこそ。招待に応じてくれて感謝さね」
 深々とお辞儀する桂木 涼花(ec6207)に、新年会の発起人であるライラ・マグニフィセント(eb9243)はからりと笑う。
 新春の宴は、パリの冒険者酒場・シャンゼリゼの大ホールの一室を借りて行われていた。
 有事の際の団結力は世界屈指。そんな都市に集う冒険者達だからこそ、ギルドが閉ざされてからもなお、季節に集い、語らう。
 近況を伝えあうために、旧交を温めるために。
 テーブルの上には、シャンゼリゼの名物料理が並び、新しいワインの樽も開けられ、酒が飲めない者のためには、果実水やお茶などが揃えられていた。
 勿論、シャンゼリゼの名物『古ワイン』も用意済み。今日ばかりは看板娘・アンリの銀のトレイも――やっぱり飛ぶかもしれないのだが。
 所狭しと並べられた料理の中でも、ひときわ目を惹くのは、きれいで可愛らしいお菓子たち。
 もちろん、見た目だけでなく、味もお墨付きのものばかり――お菓子屋・ノワール自慢の品々が並んでいるのは、新年会を取り仕切っているのが、主人のライラだからこそ。
 宴の準備は万端。
 満を持して、パリの冒険者たちの新年会は始まった。

 準備を手伝っていたデニム・シュタインバーグ(eb0346)だからこそ知る、お勧め料理を取り分けてもらっていた鳳 双樹(eb8121)は、ホールに響いてきた声に顔を上げた。
「本当に賑やかですわね」
「全くだ」
 華やかな声の主は、ノルマンの戦乙女・リリー・ストーム(ea9927)。傍らには、相変わらずラブラブな夫・セイル・ファースト(eb8642)と……。
「こちらが噂の……」
「わー、かわいいです!」
 女性陣がのぞきこんだのは、セイルとリリーの腕の中で笑う子供たち。
 真っ先に感嘆の声をあげたのは、夫妻と親しい双樹だった。
 きらきらと瞳を輝かせて、子供たちを見つめる妹分に、リリーは小さく笑み零す。
「抱いてみる?」
「……えっ、あの……良いんですか?」
「勿論ですわ。大丈夫、もう首もすわってますもの」
 半年以上も『お母さん』をしているリリーは流石に慣れたもの。遠慮なく腕の中の我が子をすすめるが、首がすわったとはいえ、一歳にも満たない赤子を抱くのは勇気がいる。
(「ああでも、とってもかわいいです……!」)
 ふっくらした頬をばら色に染め、嬉しそうに双樹に手を伸ばす幼子の魅力に勝てるはずもなく、リリーから受け取り……腕に抱く。
「お二人にそっくりですねぇ」
「息子さんはセイル似でしょうか?」
 リリー夫妻の子息をあやす腕の中を覗き込むデニムに、双樹は顔を綻ばせた。こうして寄り添っていると、まるで未来の予行演習のようで……いやいや、まだ早いです、私。
 瞬間的に顔が真っ赤に染まった双樹の様子には気付かず。デニムはセイルが抱く娘と見比べる。
「娘さんはリリーさん似で……きっと、将来美人さん間違いなしですね」
「今のところは私似ですけれど、成長と共に変わっていくというからどうかしら」
「いや、リリーに似て美人間違いなしだ!」
 小首を傾げたリリーに皆まで言わせず言いきるセイルは、娘に頬ずりをしている。酒が入っているであろうことは、見ればわかるが、いやしかし。
「うわー……セイルさんもこんな風になるんですね……」
「かわいいぞー、お前らも早く結婚しちまえ。ったく、いつの間にか妹に手ぇ出してやがって」
「出……っ、いや、ちょっと報告が遅くなりましたけど、そんな……!」
 デニムを冷やかしながらも、出来あいを隠さぬ娘をあやす姿は、さすがに堂に入っている。
 今からこの溺愛ぶりでは、娘が嫁に行く時はどんな騒動になることやら。



「セイル殿も、愛娘には頬がゆるみっぱなしのようさね」
「本当に……子はかすがいと申しますからね」
 セイルとリリーの子供に会うことができて、微笑みを誘われるのはみな同じ。
 頬をおさえながら、ほうと息をつく涼花にライラが笑う。
「涼花殿も、結婚すればすぐさね」
「……私は、まだ、そのような…………ライラさんや双樹さんの方が、先かと」
 真っ赤になって、ふるりと顔を振る涼花に、ライラはますます笑みを深める。
「子供は天からの授かりもの。……そうさねぇ、授かった時には大切に受け止めたいものさね。地図を手にのりだした冒険も、新大陸発見の成果を得られたことだしね」
 今日、テーブルに並ぶ料理には、新大陸発見の成果――新大陸産の香辛料が使われた品も並んでいる。これまで味わったことの無い、魅力的な新しい刺激。
 けれど、食べ慣れないものを『美味しい料理』に仕上げるライラの腕は、すごいと思う。
「以前、酒場に差し入れて頂いた楓糖のお菓子もやさしい甘さで美味しかったですけれど……」
 定番のシフォンケーキを一口。楓糖とは違う美味しさが、口の中に広がる。
 かすてらとも違うふわりとした口当たりが美味しい。
 ノワールの定番のお菓子は、他にポン・ヌフやタルト・タタンも並んでいる。
 どのお菓子もそれぞれに美味しく、酒場に差し入れられる機会を楽しみにしている冒険者も少なくない。離乳食へ挑戦を始めた頃合いの子供たちには難しいけれど、その分、お母さんが美味しく頂けばいい。
 久しぶりの仲間と会って、美味しい食事を囲めば、酒もすすむ。美酒よりも馴染んだ味が恋しくなって、古ワインの注文が重なるのも、パリならではの光景だ。
 仲間達の幸せそうな雰囲気は、周りにいるものも心がほっこりあたたかくなる。
 これが幸せのおすそわけだろうかと、のんびり時間を過ごしていた涼花は、入り口に目をやり。そのまま目を丸くした。大きな音を立てたわけでもない扉をかえりみたのは、冷たい空気が流れてきた気がしたからだったけれど……。
 酒場の入り口に立っていたのは、ブランシュ騎士団・藍分隊長のオベル・カルクラフト(ez0204)だった。ブランシュ騎士団の白い鎧装束ではなく、落ち着いた雰囲気の簡素な服装。もっとも、華美に飾らないだけで、質の良いものを着ているのだろうが。
 賑わう大ホールを見まわして、すぐに涼花を見つけたのだろう。真っ直ぐに歩み寄り、掛けられる声。
「さすがというべきか、盛況だな。……如何された?」
「……いえ、あの……お忙しいのは承知しておりましたので、本当にいらして頂けるとは……」
「………………」
 まさかという想いから、あわあわと涼花が見上げたオベルの表情は静かで、いつもと余り変わらない。……ように見えたが、僅かに細められた瞳の色に何かを見つけ、小首を傾げる。
「……っ!?」
 いきなり、ぺちんと額を指ではじかれた。
 声にならない悲鳴を飲み込み、額を押さえている間に、オベルはライラへ挨拶をしていた。向けられた背を見上げるが、勿論表情などは見えなくて。手加減はされているのだろうが、不意打ちは応える。
「冒険者殿らの新年の祝いの席に、お招き頂き忝い」
「いいや、人は多い方が賑やかで良いものさね。こちらこそ、お忙しいところをいらして頂いてありがたい限りさね」
 新年会への差し入れは、ランス産のワイン。主催たるライラへは、馴染みのイギリスの茶商から手に入れたお勧めの茶葉を。橙分隊に所属するライラの夫君にまで話が及んだことは聞いてはいたが、やはり先ほどの仕打ちについてはわからない。
 色々思考が迷走し始めたところで、ようやくオベルが振りむいた。
「王都滞在時期と合ってタイミングが良かったと、ライラ殿と話していたんだが……本当に顔を出す程度の時間しかとれなかったが、こうして涼花殿の顔も見られて良かった」
「……本当ですか?」
 弾かれた額の痛みはもう無いけれど、どうしてはじかれたのかがわからない。
 疑念は、もやのように心に掛かり、オベルの言葉が素直に心におちてこないくて、訝しげに問うと、今度こそオベルの眉間に皺が寄る。
「無理なら無理だと伝えるくらいの甲斐性はあるつもりなんだが」
「……そ、そこですか?」
 デコピンの理由にたどり着き、涼花は肩を落とした。自身がどれだけ勇気を出して手紙を送ったかを、分かってもらえる日は来ないかもしれない。
 それでも、会えれば嬉しいと思う気持ちは、二人同じと信じて良いのだろうか。
「これを、涼花殿に」
 そういってオベルが外套の内から取り出したのは、一輪の赤い薔薇。棘が取り除かれた枝には、リボンが結ばれている。
「屋敷の庭できれいに咲いていたので。……今日は薔薇だが、涼花殿の好む花も教えてもらえるとありがたい」
「……花、ですか?」
 受け取った薔薇を見つめ首を傾げると、オベルが頷く。
「花でも、茶でも。好むものも、好まぬものも……な。私も未だ涼花殿ご自身を良く知らない――太刀筋がまっすぐで、存外思い切りのよい刀の使い方をするくらいしか」
 夏の手合わせのことを言われて、涼花の頬に朱が走る。
「勿論、私に聞きたいことがあれば遠慮なく」
 ウィリアム三世や赤様を始めとした王宮の人々に訊ねられるくらいなら、直接聞いてくれる方がありがたいというのは本音なのだろう。距離の問題上、王都にいる面々より回答が早いということはないだろうが。
 一通りのあいさつをすると、オベルは早々に酒場から帰ってしまった。
 本当に顔出しだけ……それだけでもと来たらしい。
 薔薇をみつめたままの涼花に、ライラが微笑む。
「涼花殿の願いが叶って良かった。新年会を催した甲斐もあるものさね」
「…………はい」
 手の中で咲く薔薇に負けないくらい、顔を真っ赤に染めたまま、小さく頷いた。



 さすが、母は偉大である。
 夜も更け始めた頃合い、眠たくてぐずり始めた子供達を、あっという間に寝かしつけてしまったリリーの手腕に小さく拍手を送った双樹に残されたのは、大はしゃぎだった子供たちの無垢な笑顔、小さな命が抱く確かな温もり。
 いつか自分も愛する家族を持てればいいなと思っていたら、傍らに寄り添う恋人に名前を呼ばれた。
「双樹」
「はい、何でしょう?」
 やさしい夜色の瞳に、改めて見つめられ、デニムは少しだけはにかむように微笑み。
 けれど、意を決して大切な話を切り出した。
「君に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの、ですか?」
「うん、これなんだけど……開けてみて」
 デニムが差し出したのは小さな飾り箱。
 促され、双樹が箱を手に取ると、そこにあったのは――オパールが飾られた指輪。双樹が瞳を瞬かせる。
「結婚して欲しい」
 真摯に告げられた言葉に、頬が染まったのが自分でもわかった。
 顔が、熱い。
 たった一言返せばいいのに、言葉が出ない。
 心は勿論決まっている。
 そうなれたらいいと願っていた心の想いを掬ってくれた恋人に返す一言。

 言葉に詰まってしまった恋人の表情を、双樹の騎士は決して読み違えることは無かった。
 頬を桜の色に染めて、潤む瞳で己を見上げる双樹へ、ふわりと微笑みかけ。
 小箱から取り上げた指輪を、そっと彼女の左手の薬指へ、贈る。
「絶対に、幸せにするからね、双樹」
「……はい」



「……おや」
「……あら」
 ライラと涼花の声に気付き、リリーが顔をあげた。微笑みを浮かべて人差し指をあてる。
 たくさんの大人たちに囲まれはしゃいでいた子供たちは、騒ぎ疲れて乳母車の中で眠っていた。
 むずがり、ぐずっている時は、地獄のデビルに負けないくらい困らせられるが(セイルはデビル相手の方が簡単だと言うかもしれない)、寝顔はまさしく天使そのもの。
 酔いつぶれて眠るセイルに膝を貸しながら、リリーはいいようの無い幸福感を感じていた。
 愛する夫の、自分よりも固い黒髪を、優しく指で梳く。今は羽毛のようにやわらかい息子の髪も、いずれセイルの髪のようになるのだろうか……。
 ――想いが結実した証、我が子の未来に想いを馳せる。
 乳母車で眠るわが子の、無垢な両手に握られているのは真っ白な未来。
 冒険の中で出逢い、結ばれた縁は、次の未来へと繋がり続いていく。
 淡い恋心から、確かな愛へ。
 それは親愛も友愛も問わず、時が経つごとに心に降り積もっていく大切な想い。
 デニム達が手伝ってくれたから、そして招待に応じてくれた仲間達がいたから開けた新年会。
 ライラが時間を掛けて準備し仕込んだ料理の数々は、皆の笑顔に変わっていった。
 思いの丈を込めて作った料理が、皆の心の中に刻まれていくならば、腕を振るった甲斐もあったというものだろう。
 次の年も、その次の年も、ずっとずっと新しい年の訪れを祝えればいい。
 愛する人々と守り抜いた花の都で。
 ライラは穏やかな笑みを浮かべ、新しい命や未来が、今この時も色々な形で結ばれるのを見つめながら、そう思った。
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Asura Fantasy Online
2011年01月26日

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