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『夢乗る船に。 〜柚が香 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 用意したのは少し大きな四角い紙。何も書いていない紙をじっと見つめて、ほんの少しだけ息を吸って、吐く。
 今日は特別な夜。特別な明日を控えた、特別な夜。
 だから、いつもよりちょっとだけ背筋をぴんと伸ばして文机に向かって座ったら、なんだか改まった気持ちになった。それとも近付いてくる『その日』が待ち遠しかったり、知らず知らず緊張していたりする気持ちが、今更ながらにふわりと存在を主張したのかもしれない、と佐伯 柚李葉(ia0859)は小さなため息を吐く。
 もう一度、さっきより深く息を吸って、吐く。そうしておもむろに、さて、と筆を取り上げて、一文字、一文字、慎重に紙の上に筆を乗せて綴っていく。

『なかきよの
 とおのねふりの
 みなめさめ
 なみのりふねの
 おとのよきかな』

 そうして紙の真ん中に書き上げた字を、柚李葉はもう一度頭から読みなおし、うん、と小さく頷いた。ちゃんと乾くのを待ってから、書いた文字を隠すように折り込んで、帆掛け船を1つ、折る。

 年の最初の夢見る夜に、こうして折った帆掛け船を枕の下に挟んで寝たら、良い夢を見ると聞いた。
 だから丁寧に、丁寧に。どうか良い夢が見れますようにと、願う柚李葉の脳裏に浮かんだのは明日、佐伯の家にやって来る恋人の姿。数ヶ月前に彼の家に招かれて遊びに行ったことはあるけれど、彼が佐伯の家にやってくるのは初めてだから。
 良い夢が見れたなら、なんだか上手く行く気がした。だから帆掛け船に願いを込めて、枕の下にそっと差し込む。
 そうしてどきどきしながら布団の中に滑り込んだけれど、なかなか睡魔はやってこなくて。もう一度、頭の中で明日の手順をさらっている内、ふわぁ、と小さな欠伸が一つ。
 とろりと訪れた睡魔を逃すまいと、柚李葉はぎゅっときつく目を閉じた。
 ――明日。目覚めた時に抱いた夢が、彼のものであれば良いのに。





 今日のために用意した、椿をあしらった振袖を身に纏って、気付けば柚李葉はそこに座っていた。そこ――佐伯のお屋敷の一角にある、小奇麗な客間。長い髪は、今日はきっちりと結い上げてあって、そこに挿さっている簪は恋人の玖堂 羽郁(ia0862)から贈られたもの。顔にはうっすらと化粧を施してあるのが、何となく感じられる。
 一体なぜ、こんなところに。一瞬だけそう考えてから、ああそうだった、と思い出した。

(今日は羽郁が来るんだった)

 柚李葉の大切な、大好きな恋人。彼がやってくるから自分はこうして、とっておきの着物に身を包み、精一杯のおしゃれをして、客間で彼の来訪を待っていたのだ――そのはずだ。何となくふわふわした心地を感じながら、柚李葉はほんの少しだけもぞりと足を動かした。
 あら、とそれに気付いた養母が笑みを含んだ声を上げる。

「緊張してるの?」
「うん‥‥」

 これが養父や義兄が相手であれば首を振る所だったけれど、相手が養母だったから柚李葉は素直に頷いた。養父も義兄も、今日は居ない。だから大丈夫、と言葉にはせず呟く。
 それでも、もし、という不安はあった。もし彼らが何らかの理由で用事が早く終わって、帰って来たらどうしよう。そうして羽郁がやって来ている事を聞いて、顔を出したらどうすれば良いのだろう。
 柚李葉が、彼らを嫌って居るという事は決してない。もし嫌っているのなら逆に、もっと心は楽だったかもしれないけれど。
 ちら、と養母を見ると、目顔で『なぁに?』と尋ねられる。ふる、と小さく首を振って、もぞ、と居住まいを正す。

(解ってる、から‥‥)

 養父の気持ちも、義兄の気持ちも。解ってるつもりだからこそ、柚李葉は辛い。
 日頃は養母と同じく、柚李葉には優しい父として接してくれる養父だけれど、彼が「佐伯家の養女として柚李葉を引き取りたい」と言った妻の願いに首肯したのは、柚李葉が志体持ちだったからだ。だから、優しくしてくれる。そうして時々、佐伯の家のためにどう柚李葉を使うのが一番有効なのか、品定めするように柚李葉を見る。
 そうして引き取られた義妹である柚李葉を、義兄が快く思っていないことも、知っていた。柚李葉よりも5、6歳年上の義兄は、お義兄さん、と呼べば応えてくれるけれども、決してそれを認めていないのだと柚李葉を見る眼差しが何より雄弁に語っている。
 だから。それが寂しくて、辛い。
 そんな事を考えながら養母と2人、客間でじっと座って待っていたら、やがて家人がやってきて、来客を告げた。それに養母がおっとりと「お通しして」と頷き、悪戯をたくらむように柚李葉を見て「来たわね」と微笑む。
 うん、とまた頷いた。ついに羽郁が来た、と思うとどきどきして、何だかじっと座っているのが難しい。けれども駆けて行って羽郁を出迎えるのも、と落ち着かない気持ちでそわそわ視線を動かした。
 そうして耳を澄ませていたら、やがて廊下を軋ませる足音が聞こえてくる。2つ。1つは先ほどやって来た家人で、もう1つは羽郁のものだろう。
 カラリ、と客間の戸が開いて、お連れ致しました、と家人が頭を下げた向こうに、羽郁の姿が見えた。今日の羽郁は銀糸で藤を刺繍した純白の狩衣を身につけ、頭には黒烏帽子を被り、狩衣の中の着物と指貫は藍色に揃えた、物語の中に出てくる貴公子のような姿をしている。ちら、と柚李葉を見て微笑んだ姿は、いつもよりも少し大人びて見えた。
 だがすぐにその眼差しが、戸惑うような色に変わったのを見て、柚李葉は少し困って視線を揺らした。羽郁からは事前に、ご両親にきちんと挨拶をしたいから、と聞いていた。なのに養父の姿が無いのはなぜなのかと、いぶかしんでいるのが解るから。
 どうしたら良いだろう、と柚李葉は考える。わざわざ養父と義兄が居ない日を選んだ事を、羽郁にはまだ告げたくない。と言って養父が不在の理由をどう説明すれば良いのか――後から思えば素直に理由を説明すれば良いだけなのだけれど、後ろめたさが手伝ってか、頭が回らない。
 応えられずに居る柚李葉の代わりに、おっとりと微笑んだ養母が口を開いた。

「せっかく遊びにきてくださったのに、ごめんなさいね。主人は今日、どうしても抜けられない寄り合いがあったの」
「そうでしたか」
「う、うん‥‥そうなの。お養父さんは色々と忙しくて‥‥」

 心の中で養母に感謝しながら、柚李葉はこくこく頷いた。それからふと気付いて、にこ、と精一杯の笑顔を浮かべる。羽郁が来たらそうやって出迎えようと、あんなに決めていたのに。
 それから身体をほんの少し羽郁のほうへ向け、お養母さん、と振り返って呼ぶと、なぁに、と歌うように優しい声が返ってきた。いつもと変わらないその声に、ほっ、と肩から力が抜ける。
 だから安心して言えた。

「お養母さん。こちらは玖堂羽郁さん。私の大事な、大好きな人です」
「お初にお目にかかります。石鏡の巫覡氏族【句倶理の民】宗家・玖堂家が長男、羽郁と申します」

 柚李葉の紹介にあわせて、羽郁はすっと頭を下げる。これを、と持っていた漆塗りの器を出した羽郁に、ご丁寧に、と養母は穏やかに微笑んだ。中には羽郁の手作りのお菓子が入っているらしい。
 佐伯の家は貴族の傍流で、その伝を使って色々と手広く商売をしている。たまにちょっとした身分のある人もやってきたりするから、羽郁の名乗りに養母がまったく動じなかったのは、それで慣れているからだろう。
 けれども、さらに羽郁が続けた言葉に、養母は目をまぁるくした。

「昨年如月より貴家の姫君・柚李葉殿とご懇意にさせて頂いております。ご挨拶が遅れました事、お詫び申し上げます」
「まぁ‥‥! 柚李葉、聞いた? 姫君ですって、素敵ね」
「お、お養母さん‥‥」

 まるで自分がそう言われたように、嬉しそうに柚李葉を見た養母に、見られた柚李葉も顔を真っ赤にした。ちら、と羽郁を見て照れくさそうな笑顔になって、もぉ、と呟く。
 それは確かに、姫君、なんて言われて柚李葉もちょっと――ううん、かなりびっくりしてドキドキしたけれど。それを少女のように喜ぶ養母に、改めてそう言われたら何だか恥ずかしくて、居心地が悪いような、こそばゆいような。
 けれどもいつの間にか、羽郁がやってくるまでに感じていた緊張が薄らいでしまったのは、きっと養母のおかげだ。そうしてもしかしたら、羽郁が初めての恋人の家にあってそれほどの緊張を覚えていないように見えるのも。
 うるさい位に高鳴る胸を押さえて、ふぅ、と小さく深呼吸をして居たら、そうだわ、と養母が少女のように声を上げた。ん? と視線を巡らせると、ふぅわり微笑んだ養母と目が合う。

「柚李葉。せっかく、羽郁さんの為にお雑煮を用意したんだもの。お出ししましょ? そうだわ、下さったお菓子も一緒に頂きましょうか」
「あ、はい‥‥羽郁、ちょっと待っててね」
「ああ」

 柚李葉は大きく頷いて、羽郁に断り立ち上がった。やってくる羽郁の為に養母と一緒に下拵えした、雑煮の存在をすっかり忘れていた。
 だから椿の柄の袖を揺らしながら柚李葉は客間を出て、ぱたぱたと厨の方へ向かう。そうして後は仕上げをするばかりとなった雑煮の鍋の前に立ち、手を動かしながら、戻ったら、と考える。
 客間に戻ったらまずは、雑煮を食べて。それから今度は改めて、羽郁が作ってくれたお菓子を食べながら、色んな話をしようと思う。
 たくさんの、色々な事。羽郁のお菓子がどんなに美味しいかとか、彼の舞がどんなに綺麗なのかとか。それから羽郁には養母の事を、一座に居た頃からとてもお世話になっていて、優しくしてもらっていた事を話さなきゃ。
 だから早く戻ろう、と柚李葉は手を動かしながら、耳を澄ませる。そうすればもしかして、客間で今頃養母と羽郁がどんな言葉を交わしているのか、聞こえてくる気がした。





 羽郁と一緒に居られたらな、と思い始めたのはそれほど最近の話じゃない。けれどもそれを望んで良いんだと、自分に許せるようになったのは、それほど昔の話じゃない。
 それがいつからか、なんて明確に解っているわけじゃないけれども。羽郁が柚李葉の傍に居てくれるのだということが、実感として感じられるようになって。そうして一緒に居られる事に、くすぐったいような幸せを味わえるようになって。

「お雑煮、美味しかった。柚李葉の家の味付けも今度、覚えたいな」
「あ、良かった。お雑煮って、おうちごとで独特の味があったりするから‥‥羽郁のお菓子もとっても美味しかった。お養母さんも気に入ったみたい」

 少女のようにはしゃぐ養母から解放されて、案内された柚李葉の部屋で、そんな他愛のない言葉を重ねる。幸い、養父も義兄もまだ帰って来ていない。このまま何も起こらず、この穏やかな時間が続けば良いのに、とこっそり願う。
 座布団に腰を下ろして、向かい合った2人の間に置いてあるのは籠に積み上げた蜜柑。ちょっと濃い目に淹れたお茶からは、暖かな湯気が立ち上っている。
 それはいつかの繰り返しみたいで。そうだ、と呟いた羽郁が柚李葉を見た。

「今回は柚李葉の子供の頃の話、聞きたいな?」
「子供の頃‥‥?」

 言われた言葉を繰り返し、柚李葉は少し首をかしげた後、うーん、と宙を見つめて考える。一座に居た頃の話は色々あって、一体どれを話せば良いのか。どの話をしていなかったか。
 そう、考え考え言葉を紡いでいるうちに、やがてすっかり日は暮れて、羽郁が帰らなければいけない時間になった。またすぐに会えるのにと思いつつ、言いようの無い寂しさを感じながら養母と2人、羽郁を門の先まで見送って。
 その姿がすっかり見えなくなった頃、お養母さん、と問いかけた。

「私、何時まで此処に居ても良いですか?」

 佐伯の家に引き取ってくれた事に、柚李葉は今でも限りない感謝をしている。佐伯の家に誰も子が無かったというならともかく、れっきとした息子が居たにもかかわらず、柚李葉を引き取りたいと言ってくれた養母。
 だからその恩を返すためになら、幾らだって、何だってしたい。それは掛け値なく、柚李葉の偽り無い気持ちなのだけれど。

「‥‥あの。私、大好きな人と幸せになる事で、恩をお返ししたいです」

 精一杯の気持ちでそう言って、ちら、と養母を見上げたら、彼女はちょっとだけ怖い顔をしていた。びく、と微かに肩を揺らして、そのままじっと彼女の顔を見上げる。
 柚李葉、と呼ばれて。はい、と応えた。

「あのね。あなたは私の、可愛い娘なのよ?」
「――‥‥ッ」

 養母はただそれだけしか言わなかったけれど、そこに込められた気持ちが痛いほど伝わって、柚李葉はくしゃりと顔を歪める。きっと、養父や義兄はそうは思っていないだろう。けれどもこの人がそう言ってくれるなら、その為だけにこの願いを貫こうと思えるから。
 頷いた柚李葉の手を引いて、何も言わず養母は歩き出す。その後について歩きながら、心の中で頭を下げる。
 それはとても、穏やかな時間だった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 16  / 巫女
 ia0862  / 玖堂 羽郁  / 男  / 18  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
また、大変申し訳ございませんでした(土下座

ちょっとハラハラするような、ほんわり幸せなような夢語り、心を込めて書かせて頂きました。
翌朝、夢だったと判ったお嬢様はほっと胸を撫で下ろされるのか、或いはこれからの事に改めて緊張なさるのか。
これが正夢になるのかどうかは判りませんが――取り合えず、お養母さんが妙に楽しそうなのがとても気になっています(ぉぃ

お嬢様のイメージ通りの、優しくてどこか危うげなお話になっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!新春!初夢(ドリーム)ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年02月04日

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