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『夢乗る船に。 〜藤が花 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 用意したのは少し大きな四角い紙。何も書いていない真っ白な紙をじっと見つめて、気持ちを落ち着けるようにほんの少しだけ息を吸って、吐く。
 今日は特別な夜。新たしき年の始めの、一番最初の夢見る夜。
 だから、いつもよりちょっとだけ背筋をぴんと伸ばして文机に向かって座ったら、なんだか改まった気持ちになった。それとも近付いてくる『その日』が待ち遠しかったり、知らず知らず緊張していたりする気持ちが、今更ながらにふわりと存在を主張したのかもしれない、と玖堂 羽郁(ia0862)はわずかに苦笑する。
 もう一度、さっきより深く息を吸って、吐く。そうしておもむろに、さて、と筆を取り上げて、一文字、一文字、慎重に紙の上に筆を乗せて綴っていく。

『なかきよの
 とおのねふりの
 みなめさめ
 なみのりふねの
 おとのよきかな』

 そうして紙の真ん中に書き上げた字を、羽郁はもう一度頭から読みなおし、よし、と小さく頷いた。ちゃんと乾くのを待ってから、書いた文字を隠すように折り込んで、帆掛け船を1つ、折る。

 年の最初の夢見る夜に、こうして折った帆掛け船を枕の下に挟んで寝たら、良い夢を見ると聞いた。
 だから丁寧に、丁寧に。どうか良い夢が見れますようにと、願う羽郁の脳裏に浮かんだのは数日後に迫った恋人の家への訪問。数ヶ月前に彼女を自宅に招いたことはあるけれど、彼女の家にきちんと挨拶をしたことはなかったから、ついに、という気持ちが強い。
 良い夢が見れたなら、なんだか上手く行く気がした。だから帆掛け船に願いを込めて、枕の下にそっと差し込む。
 そうしてなんだかくすぐったい気持ちで、布団の中に滑り込んだ。
 ――明日。目覚めた時に抱いた夢が、彼女のものであれば良いのに。





 手みやげにと作ってきた練切を入れた容器を持って、気付けば羽郁はその家の前に立っていた。その家――都の中ほどにある、小奇麗なお屋敷。自分は銀糸で藤を刺繍した純白の狩衣を身につけ、頭には黒烏帽子を被り、狩衣の中の着物と指貫は藍色に揃えた、大仰になり過ぎない程度に改まった正装になっている。
 一体ここはどこだろう。一瞬だけそう考えてから、ああそうだった、と思い出した。

(柚李葉の家だっけ)

 羽郁の大好きで大切な恋人。佐伯 柚李葉(ia0859)の家を訪ねて、自分はこうして石鏡からやってきたのだった――そのはずだ。何となくふわふわした心地を感じながらも、羽郁はずっしりと心地よい重みの容器のふたをかぱりと開け、中の練切が崩れていないか確かめた。
 そうそう簡単に崩れたりするものではないけれど、柔らかいお菓子のことだ、衝撃で歪んでしまうことはある。せっかく、羽郁自身の印でもある藤の花を模した練切を作ってきたのだから、一番綺麗な状態で渡したいし。
 そう考えて今朝、幾つも幾つも作った練切の中から一番良いものを選ぶ羽郁を見て、女房が「真剣勝負ですわね、郁藤丸様」とくすくす笑ったのを思い出す。当たり前だ、と羽郁は心の中で女房の言葉に頷いた。
 当たり前だ。今日は羽郁にとってとても重要で、どうかしたらアヤカシ退治よりよっぽど緊張する日なのだから。
 狩衣が乱れていないか全身を見回して、烏帽子の位置がずれていないか確認する。それからぴんと背筋を伸ばしてお屋敷の門扉を叩き、礼儀正しく来意を告げると、横の潜り戸から男がひょいと顔を出した後、しばしお待ちを、と頭を下げてまた引っ込んだ。
 そのまま言われた通り、時折吹く寒風に微かに肩を揺らしながら、じっと待つ。やがて先ほどの男が戻ってきて、ご案内します、と門扉を大きく開いて。
 そうして、先に立って歩く男の後に続き、羽郁はその屋敷に足を踏み入れた。それほど大きなお屋敷ではない――もちろん、玖堂家と比べればたいていのお屋敷は大きくないが――けれども、隅々まで気配りの行き届いた素朴な庭に、彼女から良く聞く養母はきっとこんな人なのだろう、と思う。
 これからその人に会うのだ、と思うと、緊張するような、ほっとするような。1度も会った事がない人なのに、いつも恋人から可愛いとすら感じるエピソードを聞いているからか、これから初めて会う人だとは思えない。
 やがて、通された客間でその人と対面した時にも、羽郁のその印象は変わらなかった。少し緊張した面もちで養母の右斜め前にちょこんと座っていた柚李葉が、ほっとしたような表情になって、羽郁、と唇を動かしたのが見える。
 今日の柚李葉は椿をあしらった振袖姿だった。結い上げた髪には羽郁が贈った簪。そうしてはにかんだ笑みを浮かべる柚李葉は、いつもよりほんの少しだけ大人びて見えた。
 だが、そこに居るのは柚李葉達2人だけで、羽郁は心の中で首を傾げる。確か羽郁は柚李葉に、ご両親に挨拶をしたい、と言ったはずなのだけれど――問いかけるように向けた眼差しを受けて、少し困ったように柚李葉は視線を揺らす。
 代わりに口を開いたのは、おっとりと微笑んだ柚李葉の養母の方だった。

「せっかく遊びにきてくださったのに、ごめんなさいね。主人は今日、どうしても抜けられない寄り合いがあったの」
「そうでしたか」
「う、うん‥‥そうなの。お養父さんは色々と忙しくて‥‥」

 そう説明した後、にこ、と柚李葉は笑顔を浮かべた。それから養母を振り返り、お養母さん、と呼びかける。
 なぁに、と歌うように優しい声が返って、柚李葉がほっとしたのが、わかった。ああ、彼女はこの人のことを、本当に大切に思っているんだな、と感じる。

「お養母さん。こちらは玖堂羽郁さん。私の大事な、大好きな人です」
「お初にお目にかかります。石鏡の巫覡氏族【句倶理の民】宗家・玖堂家が長男、羽郁と申します」

 柚李葉の紹介にあわせて、羽郁はすっと頭を下げた。これを、と携えてきた練切の器を前に置くと、ご丁寧に、と穏やかな笑顔が浮かぶ。
 佐伯の家は、貴族の傍流なのだと聞いた。その伝を使って色々と商売をしているとかで、羽郁の名乗りに動揺の色を見せなかったのもきっと、そういう繋がりで慣れているのだろう。
 けれども、さらに羽郁が続けた言葉に、彼女は目をまぁるくした。

「昨年如月より貴家の姫君・柚李葉殿とご懇意にさせて頂いております。ご挨拶が遅れました事、お詫び申し上げます」
「まぁ‥‥! 柚李葉、聞いた? 姫君ですって、素敵ね」
「お、お養母さん‥‥」

 まるで自分がそう言われたように、嬉しそうに柚李葉をみた養母に、見られた柚李葉も顔を真っ赤にした。ちら、と羽郁を見て照れくさそうな笑顔になって、もぉ、と呟く。
 それは、自分の前では見せない態度で。羽郁が初めての恋人の家にあってそれほどの緊張を覚えずに済んでいるのと同じように、きっと柚李葉が初めて恋人を家に迎えてそれほどの緊張を覚えていないように見えるのも、養母のおかげなのだろう。
 話を聞いていた時とはまた違った親しみを覚え、目顔で小さく礼をすると、彼女はほんの少し、不思議そうに目を瞬かせた。そうしてふぅわり微笑んで、そうだわ、と少女のように提案した。

「柚李葉。せっかく、羽郁さんの為にお雑煮を用意したんだもの。お出ししましょ? そうだわ、下さったお菓子も一緒に頂きましょうか」
「あ、はい‥‥羽郁、ちょっと待っててね」
「ああ」

 養母の言葉に頷いて、柚李葉は椿の柄の袖を揺らしながら部屋を出ていった。その背中が消えるのを見送った羽郁が、ふ、と視線を正面に戻したら、こちらを見ていた柚李葉の養母と視線がぶつかる。
 失礼を、と頭を下げたら、良いの、と彼女は首を振った。そうしてまっすぐな眼差しで、あのね、と嬉しそうな笑顔でこう言った。

「柚李葉は、私の可愛い娘なんです」
「――はい」

 それは、見ているだけでもよく解ったから、羽郁は素直に頷いた。一見して脈絡のないその言葉は、そこで途切れたきりどこへも続かなかったけれども、だから逆に良かったのだと思う。
 柚李葉が戻ってきたら、と羽郁は考えた。彼女が戻ってきたら、まずはお雑煮を食べて。それから今度は改めて、お菓子を食べながら色んな話をしよう、と思う。
 たくさんの、色々な事。羽郁が生まれ育った句倶理の民の事や、今後も柚李葉とはお付き合いをさせて頂きたいこと。そして出来るなら、彼女と結婚したいという事も、それとなく伝えたい。
 早く戻って来ないかなと、だから羽郁は耳を澄ませる。柚李葉の足音なら、きっと聞き分けられる自信があった。





 柚李葉と結婚したい、と言うのは何も、子供じみた憧れの話ではない。もちろん一番大切なのは柚李葉の気持ちだけれども、もし彼女が羽郁の妻になってくれるのならば一族の者達も歓迎すると言ってくれているし、それによって佐伯家に不利益が生じないようバックアップもしていく所存だ。
 それは羽郁自身が開拓者として着々と功を上げている、ということが認められたからでもあるし。父や姉が、彼ら自身の目でも柚李葉という人を見極めたうえで、一族に進言をしてくれたからでもあって。
 羽郁はその事実に深く感謝している。だが、そこまで具体的な話はきっと、まだ告げる時期ではなくて。今はそれとなく将来の夢を語りながら、少しずつでも一緒に歩ける未来を目指して行ければ良い。
 だって羽郁の妻になるという事は、句倶理の民に組み込まれると言うことだ。石鏡に人知れず存在する、9つの一族からなる氏族――中でも羽郁の玖堂家はその筆頭にして宗家。その花嫁として迎えられる事は、きっと必ずしも良い事ばかりではない。
 けれども、思うのだ。柚李葉も多分、自分と同じ方向を向いてくれているに違いないと。戸惑うようだったあの頃から、少しずつ、自分の傍に寄り添ってくれているような感覚は、きっと気のせいじゃないはずだから。

「お雑煮、美味しかった。柚李葉の家の味付けも今度、覚えたいな」
「あ、良かった。お雑煮って、おうちごとで独特の味があったりするから‥‥羽郁のお菓子もとっても美味しかった。お養母さんも気に入ったみたい」

 少女のようにはしゃぐ柚李葉の養母から解放されて、案内された柚李葉の部屋で、そんな他愛のない言葉を重ねる。結局、柚李葉の養父は帰ってこなかったけれども、その後、その話題が出てくることは一度もなかった。
 座布団に腰を下ろして、向かい合った2人の間に置いてあるのは籠に積み上げた蜜柑。ちょっと濃い目に淹れたお茶からは、暖かな湯気が立ち上っている。
 それはいつかの繰り返しみたいで。そうだ、と羽郁は柚李葉を見た。

「今回は柚李葉の子供の頃の話、聞きたいな?」
「子供の頃‥‥?」

 そう、言ってみたら柚李葉は少し首をかしげた後、うーん、と宙を見つめて考え出した。どの話をしようか、迷っているのかもしれない。
 まだまだ日が暮れるまでには時間があるから、後もう少しだけまったりしよう。まったり、のんびり、帰らなきゃいけなくなる時間まで。2人きりで穏やかな時間を重ねたい。
 だから、羽郁は柚李葉の口が動くのをじっと待つ。やがて彼女の唇が、彼女の幼い頃を紡ぎ始めるのを待っている。
 それはとても、楽しみな時間だった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 16  / 巫女
 ia0862  / 玖堂 羽郁  / 男  / 18  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ちょっと緊張するような、ほんわり幸せなような夢語り、心を込めて書かせて頂きました。
翌朝、夢だったと判った息子さんがどうなさるのか、少し楽しみな気も致します(笑
けれども息子さんなら前向きに、良い予行演習になったとか、恋人さんと夢でも過ごせて良かった、とかもお考えになりそうだなぁ、と‥‥

息子さんのイメージ通りの、緊張したりまったりしたり、なお話しになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!新春!初夢(ドリーム)ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年01月31日

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