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『[ snow backgammon ] 』
眞宮・紫苑2661


「しまった……」
「――――?」
 一人の男の声と同時、近くに居た青年が何事かと振り返る。
「いや、なんでもないんだ。ちぃっとばかり……どこかで何かを失敗した気がするだけだ」
「はぁ?」
 理解できないと言わんばかりに眼鏡を押し上げた青年は「正月早々何やってんだ、あんたは」と吐き捨てると席を立った。
「まぁ……この辺りで害は無いみたいだから大丈夫、か? 気のせいだろ…気のせい」
 辺りを見渡し安堵の息を吐いた男は、そのまま椅子の背もたれに背を預けると、今にも雪の重みで落ちてくるんじゃないかと思う天井を仰いだ。
 外は寒い。そして、このおんぼろの小屋も隙間風だらけで寒い。早く春が来ないものかと、男は白い息を吐いた。


  □□


「――っ、なんだ!?」
 辺りの景色、空気が一瞬にして変わった。足元には懐かしいアスファルトの感触を覚え、肌が痛むほどの寒さは一気に和らぎ、その変化に止めた足は動くことを許されない。
「そこに眞宮さんということは、やっぱり柾葵が居ませんね?」
 隣にはいつの間に現れたのか洸の姿があった。洸も周囲の変化に気づき、そして紫苑の声に反応したらしく、ずれ落ちたサングラスを押し上げ辺りを見渡す。
「……だな。だが、どうやらこの状況じゃあいつが迷子ってわけじゃねぇだろうな」
 言うならば、二人だけが突然妙な場所に紛れ込んだと言うのが相応しいかもしれない。
 洸の問いに答えながら、紫苑は動かないと感じた足をもう一度動かそうとした。けれど両足はやはりその意思対し動くことはなく、地面に付いている。洸もその異常にすぐ気づいたようで、先ほどからしきりに膝を動かしていた。
 足以外はどうかと思えば問題なく動く。膝が動くのだから、足の裏が地面から離れないこと以外は不自由ない。しかし言うならば肝心部分が動かない、そんな状況に紫苑の不快感は増す一方だった。それは洸も同じなのか、苛立った様子を感じ取る。
 銃や予備の弾は勿論、煙草も普段と同じ場所に所持していることを素早く確認すると、何か起きた――主に襲われた時の迎撃方法を頭の中で一気に組み立てた。
 左右にはコンクリートの塀が続き、先には十字路が見える。足が動かない限りそこに辿り着くことはないが、仮にそこから何かに襲われた時、辺りで隠れられる場所は電柱くらい。ただし、やはりそこまで辿り着ける保証はない。
「何ですか此処は。少し懐かしいような気も」
「知ってる場所か?」
 そうなると、空間が変わったと言うよりは飛ばされたという推測に辿り着く。けれど、よく見れば確かにこの景色には見覚えがある気もする。そう遠くはない頃――。
「……洸、何だソレは?」
 ふと辺りの景色から洸へと視線を戻した時、紫苑はその異様さに思わずそれを指して言ってしまった。
「なんか今急に手元にきたんですけど、眞宮さんから見て何ですかこれ?」
「どうみてもサイコロだな」
 洸の両腕に納まっている巨大な正方形。その六面にはそれぞれ違う数だけ小さな丸が描かれている。
「すごろくや賭博なんかで振る?」
「にしちゃでけぇな」
「重い、んですけど」
 中身が詰まっているのか、重さに耐えかねた洸がそれを地面へと落とした。彼の足が動き出したのはそれと同時のこと。
「おい?」
「っ、勝手に……!?」
 洸の足は五歩進みその場に又止まった。
「また動かないし」
「さて…また妙なトコだな」
 どうやらこの動かない足は、サイコロを振ればその目の数だけ勝手に動くらしい。しかもよく見れば、ご丁寧に地面はすごろくのマス状になっていた。
「ガキになった次は双六か? 面倒臭ぇなぁ……」
「なら、この重いサイコロ振り続けてゴールを目指せとでも?」
 洸は心底面倒そうな声色で、更に嫌そうな顔をみせる。
「だろうな。桜を探さないとならんし、さっさとあがるか」
 早くこの状況から抜け出したいことに洸も同意すると、今度は紫苑の足元にサイコロが転がってきた。まるでそれが意思を持ち、早く振れと言わんばかりだ。数歩先を行った洸も「早くしてください」と彼を見ている。
 足は依然として動く様子がない。けれど、不用意に屈むのも両手が塞がる状態になるのも嫌だった。
「(なんとか蹴れねぇか?)っと!」
 紫苑が強く考えると同時右足が浮くのを感じ、思い切り足音のサイコロを蹴り飛ばす。触れた瞬間の硬さは確かなものだけれど、重さがあるわりにそれは勢いよく洸の真横を通り抜け彼方まで飛んでいった。
「…………まさか、蹴りませんでした?」
「おおっ、想像以上に飛んだな」
 見えなくなるほど飛んでしまったのは問題だったかと思いきや、どこかでサイコロが着地したのか、紫苑の足が動き出し洸の隣で静止する。
「わりぃ。次は当たらねぇよう気をつけるな」
「いや…大人しく振ってくださいよ」
 悪態を吐くと同時、どこからともなく戻ってきたサイコロが洸の腕に再び納まった。
「面倒なんだよ、それに重いんだろ? 別に投げるルールでもねぇだろうし」
 そもそもこのゲームのルールはどこからも告げられていない。どこからも注意が無いということは、問題はないということだろう。洸もそこは感じ取ったようで、大人しく再びサイコロを振った。


 最初こそ順調に進んだ道のりも、やがて一回休みや数マス戻るなどの指示が出てくる。しかも指示は頭の中に響いてくるため、マスに止まるまでそこが安全か危険かも分からない。
 幸い二人の距離はそれほど離れることはなく、紫苑が危惧する出来事もまだなかった。
 ただ、油断はならないとサイコロを蹴り洸を追い抜くと、突如紫苑を取り巻く景色が変わる。咄嗟に懐へ忍ばせた左手。それは次の瞬間ゆっくりと下ろされた。
「おいおい……こりゃ、まさか俺の別荘じゃ――」
 後から追いついてきた洸が、「やっぱりさっきからどこか懐かしい筈だ」と呟き辺りを見渡す。
 概観は勿論、窓から少しだけ見える中の様子も紫苑が知る自分の別荘そのもの。けれど何かがおかしい。いくらなんでもたった数歩程度で来れるような距離でもない。洸も何かを感じてはいるようで、辺りの気配に気を使い始めたことが分かった。
「……っと、この地面の感触――今度はあの田舎道ですか?」
 そして、今度は洸が最初にその急激な変化を目の当たりにする。洸が言葉にするよう、確かにこの辺りの景色は二人が共に柾葵を探した時見たものと全く同じだ。それ以前、思い返せば最初の場所から別荘までは紫苑が二人を連れ帰った道。そして別荘から此処までは、全て三人で歩いてきた道だった。
「一体どういうことだ? 今まで歩いて来た距離を、速いペースで辿ってるような」
 幸い天候までは再現されていないものの、広がる風景や足元の感触はまるっきりあの時と同じものだ。
 それから又何度かサイコロを振り辿り着いた先も見覚えのある場所だった。
「――あの丘か」
 特に印象に残っている場所が具現化されている、そんな印象がある。だから間の道はとても曖昧で、霞がかっている気もした。
 辿り着いた丘では、それまで青かった頭上の風景も一新し星空が広がる。けれど、そこにあの日の感覚はない。その引っかかりに紫苑は首を傾げた。
「俺はほとんどそこには居なかったけれど……此処がその場所と同じだとするなら、良い場所ですね」
 そう言って洸は少し楽しそうに辺りを見渡している。多分この空ではなく、辺りの雰囲気が気に入ったのかもしれない。
「なぁ、洸」
 少し上機嫌に見える彼に声をかけると、数歩先行く洸は首を傾げながら紫苑を振り返り見る。
「なんですか、急に改まって?」
「柾葵を殺す以外に目が治らないとしたら、その時は柾葵を殺すのか?」
 唐突の問い。けれど、今この場に柾葵が居ないのは良い機会だと紫苑はずっと思っていた。いざこうして問いかければ、洸は目を逸らさないまま。ただ手中のサイコロを投げては身を任す。二人の距離が今までで一番離れ。けれど止まった先の指示なのか、洸はそのまま後ろ向きに戻ってきては、隣でバツが悪そうな顔をし足を止めた。
「急に改まったと思ったら何です、それ? だって、他の方法探すって」
「どうしても方法が見つからなかった場合の話だ。どうだ?」
 今度は紫苑がサイコロを蹴り先へ進む。その後方に洸が続き、紫苑は彼の様子を確認しながら返答を待った。結局洸は俯き考えている素振りは見せたものの、どれだけ経っても答えを出すことはない。
「まぁ、結論出すには早いケド…殺す時の鉄則は、与えられた情報は自分で徹底的に洗うコトだな」
 そうして又隣に並んだ洸にそう言うと、彼は黙ったまま紫苑をチラッと見て小さく一言。
「まるで殺しのプロみたいな考えですね」
 苦笑いを浮かべた。
「騙されました…っても取り返しはつかねぇからな」
 洸の比喩のような言葉にはあえて何も返さず、それだけを言うと紫苑はまた先を行く。洸もそれ以上何も言わず、又同じ行為を繰り返した。話に夢中になっていて気づかなかったが、いつの間にか辺りの景色は変わっている。
「この雰囲気……この場所は知らないけれど、そういえばこの街でしたね。二人と別行動してる間に、俺が桂から色々なことを聞かされたのは。あの後柾葵に警戒されて大変だったな」
 苦笑いを浮かべその時のことを振り返る言葉に、紫苑はようやく引っかかりの答えを見つけた。今まで辿ってきた道と見て来た景色は、紛れもなく自分が見てきたものだ。だから、そこには必ず洸視点のものがない。故に、自分が過去に見た記憶から生まれた星空に紫苑が感動を覚えなかった反面、洸は初めての光景――その雰囲気に感動した。あの別荘だって、垣間見た中の様子は二人を助けた後の食事が並んでいて、今の景色を見ているという様子ではない。
「一体なんだってんだ……此処は?」
 どれだけ考えても言葉にしても、紫苑にはこの場所の目的や意図が分からなかった。
 ただ、そうして辺りの様子に気を配っている間、洸が重いと悪態を吐き続けていたサイコロを抱えたまま振っていないことに気づく。
 どうしたのかと問おうとした矢先、彼は紫苑に背を向けたまま口を開いた。
「春に咲くって言う、綺麗な桜をこの目で見たいのは事実です。けど、そんなちっぽけな望みのために柾葵を殺してまで、この世界を見たいとは思わない。どちらかを殺せばどちらかが利益を得るなんてどうかしてる」
 言い終わると同時投げられるサイコロ。先を行く洸に、紫苑も又わずかながら近づいていく。
「それがお前の、洸の答えなんだな?」
「ええ。元はと言えば俺には失った世界でなく最初からなかった世界だからね……固執は無い。けれど、与えられた情報はとことん洗ってやりたいと、そんな今更な欲は出ましたよ」
 少し楽しそうにそう言うと、洸は重いサイコロを頭上高く放り投げた。
「そりゃいいことじゃねぇか」
 たとえ方法が見つからなくとも柾葵を殺す気はない、その確認が取れたすぐ後には、それでも真相は確かめようとする洸の姿を見て、紫苑もサイコロを蹴飛ばす。
「でも真実を知ってるのは、そして全てを隠しているのは多分あいつなんだ。何をどう洗えば良いか、さっぱり分かりません」
 そう言った洸は、諦めたよう溜息を吐いて紫苑を見た。
 彼が言うことには自分の母に関しては昔少し調べようとしたのは勿論、桂から話を聞いた後柾葵の事件に関しても新聞記事は探していたという。一般的な事件概要、そして真相や繋がりを知るために。けれど事件が起きたという新聞記事を見つけることは出来ず、結局全ての話を整理して辻褄が合うということに今まで納得していたということだ。
「たとえ過去を見せると桂が言っていても、作り変えられた過去を見せられる可能性だってある。八方塞だ」
「過去を見せるだぁ?」
 思わず訝しげな顔をすれば、洸は苦笑いを浮かべ「そういう能力も持っているらしいですよ?」と、曖昧に答えた。
「俺が生まれてから柾葵の家族が死ぬまでの現場を一気に見せてくれるって。最初は不安もあったけれどそれもありかなって。そんな最中、あなたが迎えに来た」
「あぁ。あん時か」
 やがて紫苑が洸を追い抜き。
「殺したのはお前じゃないんだから気にするなって、そう言ってくれたのはあなたですよ――紫苑さん?」
 言いながら洸が紫苑の一歩前で足を止めた。
「俺から一つ絶望を取り除いたのだから、この世界で生きていくことへの希望くらい持たせてください」
 言い終わると洸は踵を返し、丁度紫苑と向かい合う形となる。そうなることは、足の制限を考える限りあり得ないはずだというのに。
「どうやらこのマスに限っては自由に動けるらしい。その代わり一回休み、ですけどね。まぁ丁度いいや」
 そして上着のポケットに伸びた洸の手は、中からサングラスを取り出した。今掛けているものとは色も形も違う。
 一体何かと黙って見ていれば、洸は無言のままそのサングラスを紫苑へと掛けた。
「なんだよ、コレは?」
 濃いブラウンのレンズ越しに洸を見ると、彼はいたずらが成功した子供のようなあどけない笑みを浮かべ。
「俺のお気に入りです。俺の眼と言っても過言じゃない。だからせめて、見えない俺に代わって此処を通しあなたに桜を見てもらいたい」
 そう言うと同時、二人の間にサイコロが転がり込んだ。紫苑はそれを軽く蹴ると、目の数だけ前へと進み洸を追い抜かす。そして止まった先で顔だけ振り返り、掛けられたサングラスを少し下げ言った。
「んなら、コレはすぐお前に返すことになるかもしれないぜ?」
 いつの間にか前を向いていた洸は首を傾げ、苦笑いを浮かべる。恐らく紫苑の言いたい意味は理解できないまま。
「? ……桜を見た後なら。そうすれば、俺にもその光景が観得るかもしれませんからね」
 苦笑し、サイコロを蹴る紫苑から目を離す。
「ねぇ、俺は確かにあいつを許せないけれど……会ってみてから考えてみれば、あいつはあいつが言うほど悪い奴じゃないと思うんですよ。確かに俺が関わってきた人間の中で多分一番酷い奴に変わりはないし、柾葵にとっても憎むべき相手なのかもしれないけれど」
 二人の距離は離れ、洸が振ったサイコロは彼の足を一歩しか動かさない。届く声は、いつの間にか小さかった。
 紫苑が蹴るサイコロは大きな目ばかりで、二人の距離は開く一方だ。時折振り返りながらもサイコロを蹴飛ばすと、ようやく洸が指示もあり数歩後ろまで一気に追いついてきた。
「……あんな奴でも俺の親だから、もしかしたら心のどこかで庇ってるのかな?」
 苦笑いと共、洸は左手でしきりにピアスを弄っている。そのピアスが気づけば青く光って見えた。
「やっぱり俺一人で乗り込むべきだったかな。分からないことが多すぎる」
 苛立たしげに空を仰ぐ。そんな洸の言動と同時、紫苑はかすかな異変に素早く辺りの気配を探った。何かが、確かに近づいている。この状態で足を進めるのはいささか気が引けたが、此処に居る限り相手が向かってくる様子もなく、結局サイコロを蹴飛ばし足を進めた。瞬間、視界が吹雪で塞がれる。
「その感じ、戻って来たんですか?」
 それまで感じなかった寒さを取り戻し、今度は雪に埋もれ動けなくなった足。
「いや…まだ戻っちゃいねぇし、わざわざ乗り込む必要もねぇ、だろっ」
 無音だったこの空間に銃声が響いたのは、紫苑が言い終わる前かほぼ同時のこと。
「おおっ、再会早々発砲なんて、俺ほんっと嫌われてるねぇ〜」
 紫苑が銃口を向けた先――真正面には翠明が佇み、彼は笑いながら弾がのめり込んだ雪原を振り返り見た。
「ちっ、本体がねぇのかよ」
 また面倒なことになったと内心悪態を吐きながら、わけの分からない空間だ。弾がすり抜けたことはあまり気に留めず、紫苑は銃を下ろした。ただしこちらの攻撃が通じなくとも、向こうからは何か仕掛けられる可能性は捨てきれず警戒は怠らない。
「狙いはばっちりだったんだけどな。知り合いに頼んで思念体を飛ばしてるんでね、どうこうしようとするだけ無駄だ」
「ならこの空間もあんたの仕業なのか?」
「半分は。こうすれば、話し合いの場が設けられるかなと。もう半分はこの空間を作り出してる奴の趣味だから誤解ないよう。あ、ゴール目指して賽は振り続けたほうがいい。でないと、一生目覚めなくなるからさ?」
 翠明の言葉が真実かは分からないけれど、早くこのゲームを終わらせる目的はある。舌打ちと共、サイコロを抱えたままの洸に早く振るよう促すと、紫苑は訝しげに翠明を見た。
「話し合いだと? 本当の目的はなんだ」
「洸があまりにも強く望むからね、お父さん心配になって本当のことを教えに来たわけよ」
 紫苑の問いに答えながらも、彼の視線はサイコロの数だけ近づいてきた洸へと向けられる。
「本当のって、俺は…そんな言葉には惑わされないから」
「惑わされるも何も――ま、疑ってかかってくれてたようで嬉しいなぁ」
 言いかけた言葉を止めると不自然な笑みを浮かべ、続きを言葉にする。
「でも洸、そもそもお前の母親を殺したのが実は俺じゃなかったらどうする?」
 その言葉に洸が揺らぐことはなく、冷静に話を聞いていた。だから、紫苑も慎重にその様子を見守る。
「それを怨んで生きてたんだろ? さて、そうなると誰がお前の母親を…そして俺の妻を殺したか」
「怨むと言うより、真相を確かめたかった。聞きたかった」
 言いながら洸が足を進めると、翠明は僅かに後退した。
「俺より悪いのは柾葵の親父――俺の義兄。そして事の発端は柾葵の出生にも関わると、俺は思っている」
「また戯言を……洸が元凶ってシナリオの次は柾葵が元凶だぁ? 今日は随分お喋りなんだな」
「息子が真実を知りたいって願うなら、親も饒舌になるって。今後どう動くかも気になる」
 サイコロを蹴り飛ばした紫苑は、やはり翠明をすり抜けていったサイコロに不快感を抱きながら足を進める。
「それでも、お前は柾葵を殺さない?」
 その問いに対してだけ洸は顔を顰めた。そして手中のサイコロを、分かっていながらも翠明に投げつけ、彼はそれを避けるふりをする。
「当たり前だよ。殺したのは柾葵自身ではない。それに、今は別に見えることに固執していない」
「ふぅん? 柾葵は洸を殺す気もないし、洸にもその気はない、っと」
 即答した洸に対し面白くなさそうな顔を見せた翠明は、確認するよう呟くと紫苑を見た。その表情を瞬時に真面目なものへと変えて見せ。
「なぁ、眞宮。柾葵が目覚めた後、俺以外のことで何かヘンなこと思い出していなかったかい?」
「ヘンなこと、だと?」
 何を聞かれているのか分からず、けれど記憶を手繰り寄せると、確かに今まで失っていた分の記憶を取り戻していた以外に何か――確かに柾葵は言ってた。とても大事な何かを他の誰かの手によって忘れさせられ、多分翠明がそれを知っていると。
「思い当たる節がありそうだなぁ?」
 紫苑の表情と言うより、一瞬考えて見せた素振りから何かを察した翠明は、ほくそ笑むとそう言った。同時、表情が少しだけ険しいものに変わる。
「洸、お前に真実を話すのは簡単だし躊躇いはない。けれどお前に話すと柾葵へ筒抜ける、だから真実は話せないんだよ」
「……そりゃどういうことだ?」
 足元のサイコロを退けるように蹴ると足を動かした。
「お前も近くで見たろ、あいつの力。感情が昂ってアレが制御不能になったのは今回で二度目。幸い今回は被害、出なかったがな」
 言葉が事実であれば、彼は一度目に遭遇しそこでは被害が出ていることになる。掛けたままのサングラスを押し上げると、紫苑はそこ越しに翠明を見据える。
「三度目が起きた時、俺には止める術がない。洸、お前がどうにかするか――出来るもんなら眞宮、お前がどうにかしな」
 紫苑に向けられた言葉と視線。
「でなけりゃ、あいつは今度こそ死ぬか最悪お前ら諸共、全滅」
 そこにはふざけた様子もなく、その台詞自体は忠言あるいは警告とも言える。
「――あんた、忘れんなよ? 俺が柾葵の希み…依頼を受けてるってコトを」
「その前に俺を殺すかい? まっ、それも悪くないかもしれないねぇ。その時は柾葵の精神状態に気をつけることだ」
 翠明は紫苑との距離を縮め、後ろに立つ洸には出来るだけ聞こえぬよう、最後は声を潜めそう言った。
「また…どういうつもりか知らねぇが――」
「出来れば、洸にも柾葵にも生き延びて欲しいからねぇ。お前が守るんだよ……殺し屋の眞宮サン」
 紫苑の言葉は彼の肩に触れることで遮り、その耳元でそっと囁く。
 思わず銃を翠明に向けるが、気づいた時彼は既にふわりと背後に居る洸の目の前に着地していた。
「施設はつまらなかったか?」
「……、息苦しくて辛くて早く出たいと思ってた。でも、あそこに居なければ生きていけなかったのも事実だから。感謝はしてる」
 翠明と対峙した洸は、何に対しての感謝かは明確にせず俯き口を閉ざす。その様子は紫苑からも確認出来る。
 こうして背後を取られているのは落ち着かないものの、翠明は依然何か仕掛けてくる様子は見せなかった。
「嬉しいもんだな」
「な、に?」
 洸が顔を上げると、その先にはまだ見たことのない彼の表情を見る。もとよりまだ出会って間もなく、いくら血の繋がりがあろうと他人も同然。たとえ、一般的に優しいと言える表情を彼が浮かべたとしても、それは驚くことではないのかもしれない。
「お前のそんな感情全てがだよ。俺の判断は間違いじゃなかったと、証明している気がして」
 笑みを浮かべると、翠明は洸に更に一歩近づいた。彼の身体は今透けて見えている。しかし、翠明が手を伸ばし触れた洸の髪の毛は確かに揺れ、彼はそのままくしゃくしゃと頭を撫でた。
「なっ……!?」
 驚く洸をよそに、翠明は彼のサングラスに手を伸ばすと、それを手に取り笑う。驚いたのは無論洸だけでない。
「生まれた頃、俺を真っ直ぐ見るお前の眼は怖かったが好きだった。今は見えないけれど、まだちゃんと俺を見てくれてるんだな」
 そして自分が掛けている眼鏡を外すと、それを洸へと掛けた。それは確かな物としてそこに存在する。
 今にも座り込みそうな洸の姿を見て満足げに頷くと、翠明は彼の背後に回りその耳元に囁く。
「ゴールは近い。俺は桜の木の下で待ってるよ。揃って、――――」
 語尾は紫苑の耳に届かない。ただ、最後翠明は確かに紫苑を見た。そこには殺意や嘲りはなく、ただ複雑そうに目を閉じると洸から離れ、手中のサングラスを掛けるとそのまま姿を消す。彼が言うゴールはこのゲームのことなのか、それとも旅のことなのか。
「なんで…なんで、あんな声で言う?」
 翠明が消えた後、紫苑の隣に並んだ洸はその場にしゃがみこんだ。
「どうした?」
 足元のサイコロには触れず、蹲ったようにも見える洸に声を掛けると、彼は顔を上げないまま声を絞り出す。
「紫苑さん、なんで……あいつは、あんな悲しそうな声で俺に、殺しにこいなんて言う? あんなの挑発じゃない…俺や柾葵を殺すどころか、まるで殺されるのを望んでるみたいだった」
 それが紫苑には聞こえなかった最後の台詞。
「痛っ……痛い、よ…」
 いつの間にか嗚咽交じりの声。左耳を強く押さえる手。そこから漏れる、少し前にも見た強く青白い光。
「おい洸、お前一体どうし――…」
 思わずしゃがみこもうとした紫苑に、反射的か洸が顔を上げた。
「…………」
 両方から涙を流し紫苑を見るその目には光も表情も無い。かと思えば、青白い光は消え洸がかぶりを振る。
「…すみま、せん……進みましょう。ゴールも近いはずでしょう?」
「あぁ、確かにそれらしき行き止まりが見える」
 平静を取り戻して見せた洸に、紫苑は彼のピアスを確認すると、ようやく銃をしまいサイコロを蹴った。
 そうして足を進め続け、ようやくゴールのマスに止まったのは紫苑が先。
「ちゃんとお前もあがるんだぞ」
 ようやく足の自由を取り戻し振り返りそう言えば、二歩後ろの洸は笑い。
「当たり前でしょう? こんな所に一人で居たってしょうがないし。此処に居るのは凄く、疲れるから」
 いつものように言葉を返してきた。


 □□


 二人が目を覚ましたのはほぼ同時のこと。眠る時は離れていたはずなのに、気づけば互いがすぐ隣に居る挙句、目の前には二人の目覚めを喜んだ柾葵の姿。
 長い夢でも見ていたのかと起こした身体。そのどこかに違和感を覚え、二人が起きてすぐ行った事はその正体を探し出すこと。そしてそれは程なく、二人同時に上着のポケットの中から見つかった。
 どちらともなく思わず漏らした言葉。それに柾葵が首を傾げた。
 紫苑と洸、それぞれの手には確かにサングラスと眼鏡がある。

 気づけば前日までの吹雪は今治まり、先へ進むことを促すかのようだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
→PC
 [2661/眞宮・紫苑/男性/26歳/殺し屋]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]←main!
 [ 翠明・男性・32歳・教師/? ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 こんにちは、いつもありがとうございます、ライターの李月です。
 しょうもない裏設定ですが、おんぼろ側の琉已と翠明には繋がりがありまして、今回彼自身がこれまでの旅路を直接傍観する目的がありました(桂からは話を聞かされてるだけなので)失敗したのか何なのか、多少不安定なバグも発生しているのですが、その傍観行為に更に翠明が干渉した結果が今回のお話です。
 紫苑さんは主に聞き手に回る方向性になってはいますが、言葉や考え方は確かに洸へと作用しています。
 足がぴったり付いているのですが、蹴る時だけは無効化が密かに影響。
 今回はっきりしたのは、やはり洸には柾葵を殺せないと言うところ。それは諦めももちろんあるものの、どんな理由があろうともどうしても殺せない優しさのような、甘さのような部分が。そして自分の眼で見れない代わりにそれを観てくれと言うよう彼自身は今、見ることを諦めてます。彼の中で果たして桜の選択肢が無いのか、あっても何か他に思うところがあるのか……。
 今の所決して悪い方向ではないのですが、洸がネガティブ気味で多少考え方のすれ違い、そして異変も多少生じているようです。
 何か問題などありましたらご連絡下さい。

 では、又の機会がありましたら。
 李月蒼
SnowF!新春!初夢(ドリーム)ノベル -
李月蒼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年02月07日

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