▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『白銀の少女へ 』
柊・眠稀8445)&(登場しない)


 この学園には、白銀の聖域があるという。高等部が入る棟の4階、その一番隅っこの部屋が少女の居城だ。
 教師たちは「ひとりの生徒が部屋を占有させてはならない」と、早々に立ち退くよう指導する。いろいろなアプローチを仕掛けるも、相手にはまったく効果なし。たまにふらっと授業に出席したかと思えば、またいつもの場所に戻ってくるのだ。こんなやり取りが2週間も続けば、教師の方が根負けしてしまう。立ち退きに執念を燃やす教師もいるが、最終的に教頭が「あの部屋は使ってないから」ということで騒動をまとめた。しかし、これでは教師側の面目が立たない。そこで問題の部屋を「自習室」とし、誰の立ち入りも阻まないフリーな空間にすることを決めた。
 かくして、少女はお気に入りの場所を手に入れたのである。

 ある日の昼休み。
 そんな事件があったことを知らないひとりの女子生徒が、偶然にも少女の領域へと足を踏み入れた。
「失礼しま〜す……」
 彼女はスライドドアを開き、ゆっくりとした足取りで部屋の中へと進む。ふと顔を上げると、「あ!」と声を上げた。
 よく見れば、ここは使われていない教室。そのくせ、机や椅子は規則正しく並んでいる。いずれは何かの目的で使われるのだろうか……彼女はそんなことを思いながら部屋を出ようとしたが、窓際に白銀の髪の少女が寝ているのを見つけた。
 その光景は、誰が見ても「寝てますね」と答えるだろう。机にふかふかの枕を置き、突っ伏して寝ているのだから。
 今はまだ昼休みだが、絶対に寝過ごす……彼女はよかれと思って少女を起こした。
「ちょ、ちょっと。あの……そろそろ午後の授業が始まりますよ?」
 少女は「うーん?」と小さな声を上げると、眠そうな目をこすりながら「誰……?」と発する。続けて「学籍番号は?」と尋ね、引き出しからノートパソコンを取り出した。
 彼女は素直に答えるが、「それで何がわかるの?」と不思議そうな顔を浮かべる。すると少女は名前からクラス、所属する部活動までズバズバと言い当てるではないか。期待してなかった分、彼女の驚きも大きい。
「すっごーい! ねね、あなた名前は?」
「ねむ……え、僕様? 僕様は、柊 眠稀……」
 膝まであろうかというツインテールの髪をわずかに揺らし、眠稀は生徒に名前を告げた。だが、少女は話を続けるわけでなく、ただ静かにパソコンを叩くのみ。しかも視線は窓の外である。
「……み、眠稀ちゃん? も、もうちょっと話、しない?」
 さすがに相手も、沈黙に耐え切れずに声を発する。しかし眠稀の返答は、実に素っ気ない。
「だって、怠いからさ」
 眠いに怠いと、あらゆる意味で素直な眠稀。それでも手は動いている不思議。彼女は「こっちの話を聞く気がないわけじゃない」ことを知り、とりあえず気になったことを声にする。
「えっと……なんでここにいるの? ここ、使ってない教室みたいだけど」
 眠稀はその問いに答えるべく、視線を教室に向けた。天井、窓際、孤独な机……いろんなものを見て答える。
「ここはお気に入りの場所。ポカポカしてて暖かいし、ネット環境もいいから。ヴァルキリーも喜ぶしね」
「ヴァルキリー? それって何?」
 疑問を投げかける相手に向かって、眠稀は自分のノートパソコンを指差す。
「僕様が作った電脳意識」
 いかにも難しそうな単語をさらっと言うあたり、眠稀の未知なる才能が伺える。それは普通の女子生徒でも察しがつく。ゲームとかでよく聞く人工知能とも違うのだろうし、とにかくスゴそうというのが率直な感想だった。
 彼女は「眠稀ちゃんって天才なんだね!」と褒めるが、眠稀は「そんなことないよ」と言う。
「好きだから得意なだけだよ。まだ僕様の知らないこともたくさんあるよ」
 前向きな気持ちが夢への原動力……ふと、彼女は呟いた。眠稀はノートパソコンを片付け、また枕を出して昼寝の準備を整える。
「新体操、がんばって。子どもの頃からやってるんだもんね。ふぁあ……眠い」
 彼女は眠稀の言葉に目を丸くした。初めて会った人の心を察するのを「天才」と呼ばずしてなんとする。彼女は「ありがと」と言い残し、静かに教室を出た。
 そして白銀の少女は再び眠りにつく。はたして彼女の言葉は届いているのだろうか。それは眠稀にしかわからない。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年02月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.