▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『旅路の果て 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)


 吐息さえも凍て氷る――北の果て。
 永遠にゆるむことのない凍った大地の上、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は大切な相棒である月竜・フロージュと共に、不思議な色合いを映す空のただ中にいた。
 目の前に広がる光景に、言葉も無い。
 ふわりと空に舞う月竜の背の上で感じる風は、身を切るような鋭さを持ち、やわらかさのかけらもなかったが、胸の奥に確かな熱があるから、凍えはしない。
 たった一言、『綺麗』という言葉を口にすることもできなくて。
 見上げ続けるその先にゆれるのは、天空に掛かる光の帯。
 まるで、夜空にひかれた七色に煌めくカーテンのような。
 この優麗な光の帯はそのような神であれば織り上げることが出来るのだろうか。
 あるいは、呼び名に名残をとどめる、暁の女神が忘れたもうたものなのか――。


「とうとう、来ちゃったんだな……」
 呟きは吐息に紛れ、霞む。
 ようやくたどり着いた北の果て。
 中空に掛かる光の帯を見上げながら、ユリゼはそっとため息を零した。
 勿論、全ては防寒着の中でのこと。不用意に口を開けば、身体の内から凍ってしまいそうな場所だから、出来る限り肌は出さない。
 瞬きをすれば、まつ毛に降りた霜が見えた。
 寒いとこぼすこともままならない北の大地。
 そこにある、奇跡にも似た光景を見る事が出来たから、ユリゼの口元には淡い笑みが浮かぶ。
 最初に目指した時は、たどり着くまでに吹雪に飛ばされ、危うく冒険者として情けないことになるところだった。そんなことは、冒険者仲間の皆にはもちろん内緒。
 身をもって学んだ分、今回はずっと共に旅をしてきたフロージュの分まで、きちんと装備を整えた。
 そうして、一人と一匹……二人揃って、ようやく。
『とうとう』とこぼれてしまうくらい、遠かった場所まで。
 距離も、時間も、想いも、重ねて重ねて、色々なものが重なり積もって辿り着いた、北の果て。
 始まりは、キエフの先。北の果ての大地に接する空。そこに、天に横たわる光の帯があると知ったから。
 見に行こうと旅立ったのは、もう1年と少し前のこと。
 けれど、光の帯を見ることは叶わないまま、パリに戻り、デビルロードに向かって、たくさんのことが起こった。出会いもあれば、別れもあった日々。
 流れるままに、北へ南へ……時に、月道の先まで旅をした。
 北の果てにあるという光の帯を、見てみたい。けれど、『まだ行けない』と、キエフに行っては引き返し、世界を転々とすることになった。
 空に掛かる七色の光の帯を目にしたら、旅が終わってしまうと思ったから。
 思っていたから、行けなかった。
 見るために旅をしていたけれど、旅が終わってしまったら、帰らなければいけないから。帰ったら、旅をしている間は、向き合わなくてすんだものとも向き合わなければいけないから……行けなかった。
 何時しか、何のために旅をしているのか、曖昧にかすんでしまったこともあったけれど、最初の目的は忘れなかった。忘れられなかった――果てにあるもの。
 そうして、長い長いまわり道にも思える旅を経て、捩れた縁や想いの糸が、少しずつ少しずつ解けてきた今ならば、行けそうな気がして。
 光を求める旅は、長い旅の朋と共に、北の果てへと至った。


「……それも今までの旅の成果、かな」
 顔を覆う布のうちで吸い込まれて消えてしまった声に、フロージュがついと頭を上げた。案じる気配が伝わってきて、ユリゼは微笑んだ。『大丈夫』という気持ちが伝わるように、とんとその背を叩く。
 揺らめく七色の光の帯を見上げれば、思い返されるのはフロージュと旅した日々。
 どれだけ伸ばしても届きはしないと知っていたけれど、それでもユリゼは片手をのばす。
 望んだ光が、手を伸ばせば届きそうなほど、近くに在る。
 どんな言葉も軽く、あるいは虚ろになりそうで口にできないまま。感情のままに、心に浮かぶ感動を表わしたくても、涙は凍ってしまうから流せない。
 今だって身体が凍りつきそうだけれど……胸の奥だけは、じんと熱い。
「ありがとう、フロージュ。……もう少しだけ、このまま。焼きつけたら……今度は、次は……」
 防寒のための厚い織物の内での囁きは、かすんで消えてしまったけれど、フロージュは淡い月色の身体を揺らし、大きな翼を広げ、応えた。


 いつの日か辿り着くことを夢見て、旅を続け。
 北の果てで『いつか』は、『今』になった。
 嬉しいも悲しいも、楽しいも苦しいもすべて……切ない想いを、重ね綴った日々。
 果ての旅路で望みも果てるかと思ったこともあったけれど……、きっと、願いも祈りも届いているはず。
 目指した光に出会うことができたのだから。
 強く願うことに出会えたから、きっと自分らしく生きられる。
 自分のために祈り願ってくれた、大切な友と朋のため、今度は誰かのために、何かを見つけ、信じている道を選びたいと思った。
 これからも、『いつか』を、『今』にするために、いつの日か辿り着く場所をめざし、旅を続けていくのだろう。
 ――世界の果てまで。
WTアナザーストーリーノベル -
姜 飛葉 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2011年02月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.