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『2011年2月13日、バレンタイン・イヴ。 』
西村・千佳(ga4714)




 午前10時、バレンタイン・ディを翌日に控えた冬の休日。
 ラスト・ホープ外れのコンサート・ホールで複数のアーティスト・アイドルによるジョイント・ライブが行われていた。
 この手のイベントは一般的に、出番が早い「前座」をデビュー間もない新人がつとめ、トリを人気実力ともに兼ね備えた大物が飾ることが多いのだが、今回はそうではなく‥‥。

「みんな! 朝早くから来てくれてありがとにゃ☆ 一番乗りのマジカル☆チカと一緒に、盛り上がるにゃよ〜!」

 なんとトップ・バッターに人気絶頂のマジカル☆チカこと西村・千佳が現れたものだから、観客のテンションはいきなりフルマックスになっていた。
「今日はハートのドレスを用意してもらったにゃ♪ 皆にLOVEをめいっぱい届けるにゃよ☆」
 何しろバレンタイン限定の衣装を身につけた、マジカル☆チカがラヴ・ソング・メドレーを熱唱し、可愛らしいMCを繰り広げるのだから、盛り上がらなければウソである。
「皆もいっしょにー! せーの!『マジカル☆LOVE☆アタックにゃ〜♪』」
「『マジカル☆LOVE☆アタックにゃ〜♪』!!!!!」
 大歓声でホールが揺れる。観客の視線も関心も独り占めにした少女は、満面の笑みを浮かべて手にしていたバスケットを掲げた。
「ありがとにゃ! 僕からのLOVE、受け取ってにゃ☆」
 ステージから客席に向けて、千佳が撒いたのはピンクの紙に包まれた、一口サイズのチョコレート。
「うおおおおおおおおお!!!」
 観客席で大争奪戦が勃発したのは、勿論言うまでもない。
「また会おうにゃ☆ 皆とのデート、楽しかったにゃよ〜!!」

「おつかれさまにゃー!」
 出番を終え、バックヤードに引っ込んだ千佳はあわただしくステージメイクを落とし、ステージ衣装から私服に着替え始めた。トップアイドルがみるみる普通の女の子に変身していく様を、マネージャーが半ば呆れ気味に眺めている。
「もうチカちゃん、ほんとはトリの予定だったんだからね。チカちゃんクラスのアイドルが、この手のイベントでオープニングなんて、あり得ないんだから‥‥まぁ今回は、大盛況だったからよかったけど」
「ごめんなさいにゃ。どうしてもお昼から、大切な用事があるのにゃ」
 ぺこりと頭を下げる千佳に、マネージャーも口を噤んだ。
 デビュー当時からの長い付き合い、普段の仕事ぶりはすこぶる良好となれば、出演順変更の交渉をしてやるぐらい、お安い御用というものだ。
 事情も薄々は、察知している。そして千佳本人も
「チカちゃん、わかってるわね。アイドルとしての自覚だけは、忘れてはダメよ」
「‥‥あーうにゃ‥‥わかってるにゃ‥‥」
 最近は曖昧に笑って誤魔化すようになってきていたりして。




 午後1時。バレンタイン・イヴの昼下がり。
「笠原くん、お待たせにゃー!」
 コンサート・ホールと隣接する区画の遊園地で、千佳は待ち人を見つけていた。傭兵仲間というか後輩?の少年、笠原 陸人である。
「わ、千佳さんっ!」
 にっこりと微笑む千佳から、陸人は眩しそうに目を逸らした。
 今日の千佳は白いふわふわニットにピンクのマフラー、ミニスカートとブーツの可愛らしいコーディネート。髪型もうなじを出したオトナっぽいアップスタイルだ。
「ん、どうしたにゃ赤くなって?」
「い、いつもと雰囲気違うなって思って‥‥ってか、そんな軽い変装で大丈夫なんですか」
「うに、おめかししてきたにゃよ〜♪ 午前中ライブしてた本人が、隣の遊園地にいるなんて誰も思わないにゃ。『大丈夫だ、問題ない』にゃ☆」
 きぱっと言い切ると、千佳は陸人の腕にぎゅっと抱きついた。
「さ、僕おなか空いたにゃ♪ まずはごはんにゃ!」
「そそそそそうですね、もう1時すぎだし‥‥行きましょうっ」

 遊園地の中のカフェで遅めの昼食をとった二人は、冬の遊園地に繰り出していた。
 空気は凛と冷たいが陽射しが降りそそぎ、北風も控えめ。絶好の行楽日和である。
「わぁ、周りみんなカップルですねぇ」
 トップアイドルと腕を組んでいるのが照れくさいのか、陸人は周囲を見回し人ごとのように呟く。
「僕達もデートにゃ☆」
「僕、そのうち千佳さんのファンに背中から刺されそうだなあ‥‥」
「何行ってるにゃ。君は能力者なんだから、そんなの怖がることないにゃ」
「いや、怪我するとかそーいう意味じゃなくて‥‥」
 ──僕なんかがマジカル☆チカを独り占めしていいのかなあって。
 語尾を飲み込んだ陸人の腕に、千佳がぎゅっと力を込める。
「よーし、今日は笠原くんを鍛えるにゃ☆ まずはあのジェットコースターからにゃ!」
 KVの操縦は問題ないが絶叫系には弱い陸人、ぎょっとした顔で別の方向を指さした。
「コ、コースターすんごい混んでますよ? 90分待ちだって! あっあれ面白そうじゃないですか? モンスターハウス!」
 指の先に在るのは、西洋風のおばけ屋敷だった。ミイラ男、フランケンシュタイン、ドラキュラといったモンスターが、ツクリモノの墓地の隙間から、入ってきてほしそうに、こちらを見ている!
「み!?お化け屋敷入るにゃ!?」
 千佳の一瞬のたじろぎを、陸人は見逃さなかった。
「あれぇ? 千佳さんひょっとして怖いんですかぁ?」
 鬼の首を取ったような物言いに、千佳の負けん気がむくむくと大きくなる。
「え‥‥? べ、別に怖くなんかないにゃ! お化け屋敷上等にゃ、さあ行くにゃよ!」
 言い切ってしまってはもはや後には引けない。
 千佳は半ばヤケで陸人を引きずるように、お化け屋敷にむかったのであった。
 もっとも
「大人2名様でガンスね。恐怖を楽しんでくるでガンス」
「うにぃぃぃぃぃ狼男!?」
「千佳さん、チケットもぎのアルバイトさんがマスクかぶってるだけですってば‥‥」
 入り口からこの調子だったのだから、中は言わずもがな、である‥‥。

「にゃーーーーー!! 棺桶からゾンビが出てきたにゃああああああ!」
「助けてにゃあああ!! ユーレイにとりつかれるにゃあああ!!!!」
「みゃううう〜〜〜 もう怖いにゃ〜〜‥‥」

 かくして数十分後。
 お化け屋敷の中で悲鳴を上げ続けた千佳は、涙目で出口にたどり着いていた。
「す、すみません千佳さんっ。そんなに苦手だなんて僕、思わなくって‥‥」
 腕にしがみついて小さく震える千佳に、陸人がおろおろとしていた。
 歴戦の傭兵であり先輩の姿としてはあまりにも意外である。
「ちょっと休憩しましょ。僕暖かい飲み物買ってきますから」
「いやにゃあああああ! 一緒にいくにゃああああ!!」
「‥‥もうお化け屋敷終わったんだけどな‥‥まぁいいか」
 とりあえず2人はベンチに並んで座って、ワゴンで買ったホットチョコレートを口にした。
 温かく甘い液体が喉から胃にじんわりと落ちてゆき、身体を中から暖めてくれる。
「う、うに、もう大丈夫にゃ」
「ほんとすみませんでした、気がつかなくて」
 落ち着きを取り戻した千佳に、陸人がほっとした顔を見せる。
 その口の端がやや緩んでいるのを、千佳が目ざとく見つけた。
「な、何で笑ってるにゃ?」
「いや何だか‥‥かわいいなあと思って。って失礼ですねすみませんっ」
 自分で口にした「かわいい」に照れたのか、少年はあらぬ方向を向いてココアの残りを煽る。
「にゅ、次は僕の好きな乗り物につきあってもらうにゃよっ」
「‥‥も、勿論ですよぅ。ジェットコースターでもフライングカーペットでも、僕がんばりますっ」
「違うにゃ。あれにゃ」
 ココアを飲み終えた千佳が、視線を少し先に送る。
 彼女が見つめる先には、夕陽を浴びてオレンジに染まった、観覧車があった。

 上昇するゴンドラの窓越しに、巨大な移動島、ラスト・ホープの街並みと海が見える。
 西日に照らされきらきらと輝いたそれらは、まるで精巧なミニチュア模型のようだ。
「きれいにゃねー」
 千佳が窓から下を覗き込み、歓声を上げた。
「今度は、夜来たいにゃね♪ 夜景はもっとキレイなはずにゃ」
「そ、そうですねっ」
 向かいに座る陸人は何気なさを装って返事したが、内心ドキドキしていた。
(今度? 夜? 千佳さん、僕とまた遊びに行こうって言ってくれてるのかな‥‥)
 だがそれを確かめる事はしない。下手に確かめることで現状を壊すのは、彼の望むところではないようだ。
 ゴンドラはゆっくりと上昇を続ける。
 窓の上端に、最高度を示すポールが見え始めた時、千佳がふいと立ち上がった。
「千佳さん、危な‥‥」
 そのままくるんと向きを変え、陸人の隣に座る。
「笠原くんっ」
 そして手にしていたバッグから、可愛らしくラッピングされた包みを取り出した。
 透明のセロファンごしに、大きなハート型のチョコレートが透けて見える。
「はい、これ頑張って作ったにゃ♪」
「え、僕に!? いいんですか!? ありがとうございます!!」
 喜びを隠さない陸人に、千佳が微笑みながら頷いた。そのまますっと身体を寄せ、上目遣いで横顔を見つめる。
「千佳さ‥‥?」
「笠原くん、大好きにゃよ〜♪」
 陸人に訝しむ間を与えず、頬に唇を寄せ、一瞬触れて離れた。
「え‥‥あの‥‥あの‥‥それってどういう‥‥」
「秘密にゃ♪」
 呆然とする少年ににこり、ではなくにやりと笑み返し、千佳は向かいの席に戻る。
「にゅ、地上が近くなってきたにゃ!」
 なるほど彼女の言うとおり。
 窓の外を見ると、遊園地の雑踏がすぐ足元まで迫ってきていた。




 午後7時。
 すっかり暮れ、冷え込みの増した冬空の下を、二人は並んで駅まで歩いていた。
「ごめんにゃ笠原くん、これから次のステージの打ち合わせがあって‥‥もっとゆっくりしたかったんだけどにゃ」
「お仕事ですもの仕方ないですよ。マジカル☆チカを独り占めしたら、バチがあたりますっ」
 互いの指先は、触れそうで触れない距離。
「チョコレート、家に帰ったら兄貴に見せびらかしちゃおう。マジカル☆チカに貰ったって言っても、信じてくれないかもだけど!」
「‥‥笠原くん、今ここにいる僕は、マジカル☆チカでは、ないにゃよ」
 ぽつんと、千佳が呟いた。
「‥‥わかってます」
 陸人も短く返事をする。
「でもそう思わないと、僕は──」
 言葉を続けかけた時。
 すれ違った3人組の少年が千佳の正体に気がついた。
「なぁ今の! マジカル☆チカじゃないか?」
「マジで! すっげーかわいい!」
「おいサイン貰おうぜサイン‥‥!」

 3人組が踵を返し、走ってくるまでの数十秒。
「陸人くん、ごめんにゃ、またにゃ!」
「楽しかったです、お仕事がんばって!」
 千佳は陸人が停めたタクシーに早足で乗り込み、慌ただしくその場を立ち去った。

「あれチカは? なああんた、マジカル☆チカと一緒にいなかったか?」
 一人その場に残った陸人は、素知らぬ顔で3人組に返す。
「‥‥マジカル☆チカ? ちょっとわかんないですねぇ」
 だって僕が一緒にいたのは──。

 千佳さん、ですから。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ga4714/西村・千佳/18/女/ビーストマン
gz0290/笠原 陸人/17/男/ドラグーン


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千佳ちゃんこんにちはです! クダモノネコです。
バレンタインディのお忍びデート、笠原くんを誘って下さりありがとうございました!
千佳ちゃんのノベルは、コンサートや楽屋のシーンを描くのがとても楽しかったりします♪
トップアイドルのオフの1日、楽しんでいただけたなら幸いです。
ご発注ありがとうございました。
Sweet!ときめきドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年02月14日

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