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『眠りの大食い姫〜最強のフードファイト 』
柊・眠稀8445)&(登場しない)


大安売り・大決算セールの旗をたなびき、ここが腕の見せ所と群がる奥様方で賑わう商店街を歩く一人の女子高生。
膝まで長い白銀色のツインテールに鮮血を思わせる紅い瞳。
誰もが振り返るほどの可愛らしい少女なのだが、どこか目がうつろで足取りも危ない。
危ないのだが、本当に危険と思われる場面は微妙な勢いで避けるものだから侮れなかったりする。

「お腹……すいた」
その女子高生・眠稀の口から零れ落ちたのは容姿から似合わぬ言葉。が、彼女を良く知る人物なら、あっさり納得、またかとため息をこぼすところ。
この眠稀、自分が興味を持ったことや機械いじりに睡眠などには凄まじい執着を見せるのも関わらず、生きる欲求第一位に輝く『食欲』を忘れてしまうという何とも笑えない癖を持ってたりするので、空腹で倒れること数え切れず。
そして本日ただいま、『非常に眠いんだがお腹が空いてま〜す』な状態で歩くという離れ業をやってのけていたのだ。

とにもかくにも学校の寮へ帰ろうと空腹なまま歩いていた眠稀だが、何かに気付いたのか、信じ難い速さで一軒の店の前まで後ろに下がると、眠そうな眼差しで一点を見つめる。
ウインドウにデカデカと張られていたのはドギツイ色使いの一枚のポスター。
―挑戦者、来たれっ!!疾風怒濤!驚天動地!天下無双のフードファイト開催中っ!!
『疾風怒涛』とか『驚天動地』とは思いっきり異議を唱えたいところだが、『フードファイト』の言葉は―普段は睡眠。でも、今は珍しく食欲優先の眠稀には大いに心がくすぐられる。
意味不明な単語がつらつらと書かれているが、要は時間無制限の大食い選手権を開催してるので挑戦者はいらっしゃ〜いということ。
さらには優勝者には景品を差し上げますと告げていた。
「これならタダでいっぱい食べられる……かな?」
一読するなり眠稀は小さく呟くと、危なっかしい足取りで暖簾をくぐった。


「サギダァァァァッ!!」
「く……苦し……しにゅぅぅ」
「も〜食えねぇぇぇぇぇぇぇっ」
「ゆ……ゆるひて〜」
唇を腫れ上がらせ、頭を抱えて絶叫するフリーターに限界点まで腹を膨らませて白目をむいてひっくり返る太目の大男。
ついでにグループで挑んだのか死屍累々と倒れ伏す学生一団。
そんな彼らを見下ろして悠々と勝ち誇る店主にその様子を見ていた常連客たちは一様に目をそらし、嘆息をこぼす。
時間無制限で出される料理を全て食べれば良し!どんなにデカ盛りだろうと余裕で食べれると普通の人間なら誰でも思うだろう。
だが、ここの店主が企画した大食い料理はケタが違う。
甘く見たが為に敗北し、泣く泣く―否、半死半生になりかけながら支払いを済ませていく自称・他薦のフードファイターたちを見送ること数十回。
暇つぶしにちょうどいいと思って見物していたが、さすがにこれは、と呆れてしまう。
「やれやれ、『時間制限なし』で食べきりゃいいのになぁぁぁぁぁ〜」
してやったりとばかりに笑いながら食べた分の代金を回収する店主に敗北したフードファイターたちは怨みの念を向けた。
だが全く気にもせず、またのお越しを〜と言いかけた店主の袖が数回引かれる。
うん?と不思議思って引かれた先を見ると、かなりぼんやりとした制服姿の少女が立っていた。
「なんだい?嬢ちゃん」
「大食い……僕様も挑戦する」
半分どころか大半を眠りの世界に行きかけている少女・眠稀の宣言に店主どころか、その場に居合わせた暇な常連客以下全員が呆気に取られる。
「あ〜お嬢ちゃん、本気かい?」
「おいおいっ、旦那」
「まさか、そんな子からたかる気か?!」
「止めとけよ、お嬢さん。ここでぶっ倒れてる連中がいい例だ」
さすがに良心が咎めたのか、常連客たちが慌てて制止するが、空腹で限界な眠稀には届かない。
一歩、店主の前に出ると静かに―だが、はっきりと告げた。
「お腹すいた。早く何か食べたい……」
「よしっ!挑戦してみな、嬢ちゃん!まぁ、食いきれなくても知らねーがな」
余裕全開で笑いながら奥の厨房に大声で数々の挑戦者たちを倒してきた料理を注文する。
居合わせた誰もが蒼くなり、無謀な挑戦をする眠稀に哀れみと同情の視線を送ったのだが―数分後、その立場は180度逆転する。


―もくもくもくもく
ゆっくりと単調に食べる作業を続ける眠稀の周囲に次々と積まれていく『超』巨大皿の山。
皿が積み重ねていく度に店主の顔色は赤から白、白から青へと、それはそれは見事な三色変化を起こしていた。
数々のフードファイターを奈落の底に叩き込んで来た『超巨大皿・40人前のフルコース×3』が着実にきれいさっぱりと片付いていくのを見れば、蒼くなるなという方が無理だ。
頬のあたりを思い切り引き攣らせたウェイターは柔らかで上質の生地にたっぷりと肉餡やとろりと煮込んだ豚の角煮に数種類の豆餡を包んだ『変わり中華饅頭×40人前』の入ったセイロを先に運んだ生クリームとミニトマトで味付けしたホワイトソースで作った『玉子とエビのクリームパスタ×40人前』の3分の2以上を平らげた眠稀の前にわざとらしくドンと置く。
「饅頭は熱々が旨いからね〜冷めると、美味しく……」
「そうだな〜熱いうちに食わないともったいな……」
「……熱すぎて……食べれないから、あとでいい」
鼻高々に言うウェイターに店主はよくやったと会心の笑みをこぼすが、今にも眠りそうな眠稀の鋭いツッコミに石像と化す。
その間にも眠稀は黙々と食べる作業を続け、残りのパスタを食べ切るとちょうど良く冷め出したセイロを開け、ぎっしりと詰まった肉饅頭を食べ始める。
もくもくもくもくと速度を落とすことなく食べまくる眠稀に常連客だけでなく儚くも敗北した挑戦者たちは尊敬の眼差しで応援し始めていた。
「よーし!これで最後だ、お嬢さん」
「すげーなぁ、初の完食か?」
「お願いしやぁぁぁぁすぅぅぅぅぅ」
「どうかっっ俺らの無念をぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
やんやと喝采を浴びせる常連客たちに混じって無念たっぷりのフードファイターの叫びが木霊するが眠稀は気にもせず、6人は優に座れる丸テーブルにドドンッと置かれた『マンゴープリン・杏仁豆腐・豪華3種のムース×40人前』に『季節のフルーツロールケーキとタルト×40人前』をもふもふと幸せそうに口の中に放り込む。
甘い物は別腹、は女子の鉄則なんだろうが、ここまで来ると関係ない。
魂飛ばして放心していた店主たちが正気に戻った瞬間に目撃したのは、最後のフルーツタルトをそれはそれは幸せそうな笑顔を浮かべた眠稀が口に入れ、優雅に食後のお茶をすする姿。
「ごちそうさまでした」
どこか神秘的で淡々とした眠稀がフニャンと表情を崩した途端、店主たちは石像を通り越してものの見事に真っ白な灰と化したのだった。


「ああああああ、帰ってきたぁぁぁぁっ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ、心配したぁぁ〜」
「外に行った子たちにメールか電話〜帰ってきたって」
「良かった〜『また』お腹すいて倒れたのかって、しん……」
眠りの世界に意識を飛ばしかけ、よたよたと帰宅した眠稀を見つけ、慌てて駆け寄った寮の女子生徒たちは安堵の笑みを凍りつかせる。
『もってきやがれぇぇぇっ!』、『二度と来るなぁっ!!』と血を思わせる真っ赤なマジックで書かれた紙を張られた―両手に持ちきれないほどの大荷物を眠稀は手にしていたのだから、当たり前と言ったら当たり前な反応。
唖然となる同級生たちに眠稀は小さく幸せそうに微笑みながら、荷物をちょっと顔の辺りまで持ち上げる。
「景品、ゲット……」
「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!」
事も無げに言われた言葉に彼女たちの驚きとも呆れとも取れる叫び声が寮中に響き渡ったのだった。

FIN
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年03月07日

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