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『ラスト・ホープから愛をこめて 』
御坂 美緒(ga0466)

 太平洋上に位置する人口浮遊島ラスト・ホープ(L・H)の商店街。
 バレンタイン・デーも近いとあり、菓子屋はむろんのこと、アパレル店やアクセサリーショップまで各店がおのおの華やかな看板やポップで店を飾り、各種ギフト用品の特売セールに余念がない。
 そんな商店街の歩道を、御坂 美緒(ga0466)は幾つもの買い物袋を両手一杯に抱え、現在の自宅である兵舎への帰路についていた。
 まだ女子高生のような外見と小柄な体格の美緒が重そうな荷物を抱えて歩く姿は一見危なっかしいが、能力者である彼女は非覚醒時でも大の男を凌ぐ体力の持ち主でもあるので、この程度の荷物など何ほどのこともない。
 その日彼女が購入したのは既製品のチョコではなく、主に本命用手作りチョコを作るための各種材料。やたら量が多いのにも理由がある。
「もうすぐ恋する乙女の勝負の日! 頑張るのです♪」
 やはりバレンタインの贈り物を買うため商店街へと急ぐ若い女性傭兵やUPCの女性軍人、軍学校カンパネラの女生徒たちなどとすれ違いながら、美緒の心は既にバレンタイン・デー当日へと飛んでいた。

「兵舎」といっても能力者の傭兵各人に割り当てられた部屋は、超高層ビルの一角にあるこぎれいな1Rマンションといった雰囲気である。
 自室に帰った美緒は買ってきた食材一式をキッチンのテーブル上に置き、手を洗うとさっそくエプロンを身につけた。
「やっぱりバレンタインのチョコは、手作りが基本なのです♪」
 買い物袋の1つを開けると、中から材料となる市販の板チョコがどっさり現れた。
 その中から一枚を手に取り、包装紙と銀紙を取り去ると、まないたの上に置き、包丁を使って細かく刻み始める。
 板チョコの角の方からキャベツの千切りの様に細かく切っていき、全て切れたら今度は縦に刻んでさらに細かくしていく。
「全体を均等に刻むのがコツなのです。ちょっとめんどくさいけど……」
 刻み終えたチョコはボウルに入れ、新たな板チョコをまないたに乗せる。
 手作りチョコの第一段階とはいえ、かなり根気と時間を要する単調な作業だ。
 トン、トン、トン……
 何枚もの板チョコを刻む作業の傍ら、美緒はふと顔を上げ、部屋の壁に掛けた大きなコルクボードに目をやった。
 ボードの一角には、白波を蹴立てて洋上を行く航空母艦の空撮写真が、色付きのプラスチック画鋲で留められている。
 東南アジアのプリネア王国からただ1隻の「義勇軍」としてL・Hに来航した空母「サラスワティ」。
 プリネア王女自ら艦長を務め、満載排水量約3万5千トンと現代空母としてはやや小振りだが、その船体に最新の対バグア戦用装備を詰め込んだ精鋭艦である。
 ただ建造当初、諸般の事情からプリネア海軍は空母に搭載するためのKVをまだ保有していなかった。
 そのため「サラスワティ」は出撃の度に依頼を出し、傭兵達の搭乗するKVを雇って作戦を遂行するという異例の戦術を採用した。
 傭兵である美緒が搭乗員としてプリネア海軍の空母に乗り組んだのも、それが切っ掛けである。
 一般的に傭兵は依頼を達成すれば同じ戦場に再び赴く必要はないが、美緒の場合、依頼を受けて「サラスワティ」に幾度か搭乗するうち、艦長の王女や艦のクルーたちとすっかりうち解け、まるで自分もプリネア海軍の一員になったような気分がしたものだ。
(皆さん、元気でやってるでしょうか……?)
 美緒の脳裏に、傭兵仲間や「サラスワティ」のクルーたちと共に世界各地の海と空を駆け巡った記憶が蘇る。
 戦闘だけではない。
 くだけた性格のサラスワティ艦長(プリネア王女)は同艦がL・Hに停泊中、空母の飛行甲板を会場に使い、季節ごとのイベントやパーティーも度々催した。
 美緒自身が「サラスワティ」の依頼や艦上イベントに参加した際に撮った記念写真が、思い出のポートレートとしてコルクボード狭しと貼り付けられている。
「これで最後の一枚なのです♪」
 買ってきた板チョコを全て刻み終えると、次は大鍋にお湯を沸かし、別の小鍋に入れた刻みチョコを湯煎で溶かし始める。
 口で言えば簡単だが、お湯とチョコレートの温度にそれぞれコツがあり、温度計とにらめっこで慎重に木べらをかき回しチョコを溶かしていく。
 やがてチョコがすっかり液状に溶けると、予め用意したアルミホイル製の型へと流し込む。
 まずは試作も兼ねて、一口サイズのチョコレートを沢山作り始めた。
 ちなみに美緒は傭兵でありながら、普段女性と縁遠い「サラスワティ」の男性クルーたちのために女性傭兵も参加する艦上イベントの開催を度々王女に進言したことから彼らの信望を集め、非公式ながら「サラスワティ福利厚生組合長」に就任している。
 つまりいま量産しているのは、「福利厚生組合員」である男性クルーたちへ贈る義理チョコだ。
「彼らも日々頑張っているので、ご褒美です♪」

 そう、彼らは今も任務に就いている。
 現在UPC東アジア軍は東南アジア諸国連合軍と協力し、南洋の親バグア国家・カメル共和国攻略のため特別作戦「ガルーダ」を遂行中だ。
「サラスワティ」もまたプリネア本国の王国艦隊へ呼び戻され、同作戦を支援するべくオーストラリア大陸に近いカメル戦線で作戦行動中である。
 そして王国艦隊の指揮を執っているのは――。

 型に流した一口チョコを冷やして固めるため、トレイに並べて冷蔵庫に入れた美緒は、改めてキッチンに向き直った。
「練習終わり。むむっ……いよいよ本番なのです!」
 普段はのんびりマイペースな少女の顔が、ややシリアスに引き締まる。
 美緒の視線は、再び壁のコルクボード――その中央付近に向けられた。
 プリネアの民族衣装をまとい、浅黒い肌に秀でた容貌の美青年。
 プリネア皇太子にして国王代理、また最高司令官としてプリネア軍の指揮を執るクリシュナ・ファラームのポートレートである。
 とある依頼で美緒はクリシュナと出会い、その後「サラスワティ」艦上パーティーで幾度か親しく言葉を交した。
 聞けばクリシュナは政務と軍務に忙しく、まだ妃を娶る暇もないという。
 美緒の中で若き皇太子に対する憧れが恋に変わるのに、そう時間はかからなかった。
(身分違いの恋かもしれませんけど……このチョコレートに、目一杯の愛情を注いでみせるのです……!)
 先刻同様、湯煎で溶かしたチョコに、今度は卵黄を混ぜ薄力粉を振るう。
 色々考えた末、今年は少し手間をかけガトーショコラに挑戦することにしたのだ。
 特大ハート型枠の内側にバターを塗り、生地を流し込んでオーブンにかける。
 チョコが焼けている間、美緒はデスクに向かい、チョコに添えるメッセージカードを書くべくペンを取った。
 しばし悩んだ末――。
「ええい! 当って砕けろなのです♪」
 己に活を入れると、ペンを走らせカードにメッセージを書き込んだ。

『クリシュナ様へ。美緒より愛を込めて』

 やがて焼き上がったガトーショコラにメレンゲやクリーム、ホワイトチョコなどでデコレーションを施し、ギフト専用の箱に詰める。
 ケーキにメッセージカードを添えようとして、ふと思いついた美緒は、戸棚からハーブの小瓶を取り出し、ほんの少しカードに染みこませた。
「激務の疲れを癒やすよう、ラベンダーで香り付けなのです♪」

 クリシュナに贈る本命チョコの下にそっとカードを差し入れ、赤い包装紙とピンク色のリボンでラッピング。
 さらにクルー向けの一口チョコも全て丁寧にラッピングし終えた頃には、既に深夜の零時を回っていた。
 エプロン姿のままキッチンのテーブルに座り、ウトウトとうたた寝する美緒の夢の中に、南洋の青空とエメラルド色の海が広がる。
「サラスワティ」甲板上に人影はなく、そこで彼女は、いつかのクリスマス・パーティーの晩のように、クリシュナと2人きりで音楽に合わせ静かにダンスを踊っていた。
 ハッと目が覚め、夢であったことをちょっぴり残念だなと思う。
 顔を洗い、コートを羽織ると完成したチョコを24時間営業のコンビニに持ち込み、国際郵便でカメル戦線の「サラスワティ」に送るように手配した。
「次は猫の日(2月22日)記念の写真撮影を準備しないとです♪」


●エピローグ
 オーストラリア大陸北西、サブ海海上。
 プリネア王国艦隊旗艦「サラスワティ」ブリッジで、艦隊司令官クリシュナ・ファラームは、ひととき戦闘を忘れ午後のティータイムを過ごしていた。
「おや? 兄上は、健康のため甘い物は控えているのではなかったかな?」
 艦長である妹姫のラクスミ・ファラーム(gz0031)からからかわれ、思わず苦笑する。
「今日は年に一度のバレンタイン・デーだ。たまにはよかろう?」
 そういいながら美緒から届いたハート型のガトーショコラをナイフで切り分け、ふとチョコの下に敷かれたカードの存在に気づき、取り出してじっと眺める。
「良い香りだ……ラベンダーか」
 紅茶を一口飲み、メッセージカードに視線を落しながら、ラクスミに尋ねた。
「例のものは『福利厚生組合』の兵たちに届けたか?」
「うむ。彼らも大喜びじゃった……まあその、いつもバレンタインには何かと幸薄い連中じゃからのう」
「それはよかった」
 僅かに黙考し、
「早くこの戦(いくさ)も終わらせたいものだな。そのときは――ぜひプライベートな立場でL・Hを訪れてみたい」
 若き皇太子は顔を上げ、しみじみと呟く。
 その視線の先には、未だ戦塵に燻るカメル本土の島影が黒々と水平線に横たわっていた。

<了>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業(クラス)】
 ga0466 /御坂 美緒/女/17歳/傭兵(エレクトロリンカー)

 gz0031 /ラクスミ・ファラーム/女/16歳/プリネア王国王女(一般人)
  −  /クリシュナ・ファラーム/男/24歳/プリネア王国皇太子(サイエンティスト)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度のご発注、誠にありがとうございました。
 CTS本編でも度々お世話になりましたPC御坂 美緒さんのバレンタインストーリー。御坂さんの普段はマイペースで、でも恋には一途で前向きなキャラクターがうまくノベルで再現できたらなあ……と思いつつ書かせて頂きました。
 では、お楽しみ頂ければ幸いです。
Sweet!ときめきドリームノベル -
対馬正治 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2011年03月07日

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