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『気ままな午後。〜ミニシューと妹と〜 』
シャルロット・パトリエール7947)&ナタリー・パトリエール(7950)&扇・都古(NPC5354)



「…………」
 何度も反芻してしまう。
 あの時の、扇都古の本気で困った顔と……拒絶の言葉。たしなめる言葉を。
 シャルロット・パトリエールは何度目かの溜息をついた。
 今、このマンションの部屋には一人だ。誰もいない。誰かがいれば、こんな溜息などつけるはずもなかった。



「ただいまー」
 いつものようにドアを開けて中に入ると、今日は一瞬だけ遅れて返事があった。
 ナタリー・パトリエールはその少しの『間』に奇妙な気分になる。
「おかえりなさい」
 リビングで出迎えたのは彼女の姉だ。美しい女性だと思うし、色香もある。
「今日はシュークリームを作ったの。食べるでしょ?」
「うん」
 太る、という概念がないのだろうかとちょっと思ってしまうのだが、姉の作ったものを断る理由もない。なにしろ美味しいのだから。
「ミニシューにしてみたの」
「うわっ」
 運ばれてきた皿には小さな、ミニのシュークリームが大量に乗っている。まさかこれを全部食べろと言うのでは……。
 テーブルの上に置かれて、「さあ」と言われてこちらを見られた。
 「さあ」の続きはこれだ。「召し上がれ」だろう。
「………………」
 可愛いし、美味しそうだが…………。
 カロリーのことが頭を過ぎる。いくら運動をしたり、カロリー消費をしても……一時的とはいえ『太る』のはちょっと、と考えてしまうのは昨今の女性ゆえだ。
(ええい、今日はいい!)
 『今日は』というのは昨日も使ったような気がするが、この際いいことにしておく。なにより、気になることがあるのだ。
 ナタリーが鞄を置き、素直にテーブルの前に座ると、すぐ横にシャルロットが座ってきた。
 その素早さにびっくりして身を引く。
「ね、姉さんっ、なんでそんな近くに座るの!」
「え? だってナタリーと一緒にお喋りしながら食べるのがいいんじゃない」
 にこにこと笑顔で、しなだれかかってきそうになるのでなんとかそれを防ぐ。
 いくら仲がいい姉妹とはいえ、度が過ぎるのは勘弁して欲しい。恥ずかしいからだ!
 ミニシューを口に入れると甘みが広がり、パリパリに焼けたシューが香ばしくて美味しい。絶品だ。
「美味しい!」
「本当? なら良かったわ」
 微笑する姉に頷いて、もう一つと口に入れる。ちょうどいい大きさのせいか、いくらでも入りそうだ。
「そういえばナタリーのバンドはうまくいってるの?」
「と、突然なに?」
「突然というか、気になっていたのよね」
 軽く首を傾げるシャルロットは、ナタリーを見ながら自分もミニシューを食べる。
「ほら、新しくボーカルの子が入って、ちょっと一時期不機嫌だったじゃない」
「……べつに不機嫌になってない」
「そうかしら。でもその子、今ではすごくいい仲なんでしょ?」
「なんか気持ち悪い言い回ししないでってば! い、今は……仲良しよ? ただ、ちょっと危なっかしくて目が離せないっていうか」
「そうなの? どういう子なの?」
「………………」
 姉の趣味を知っているだけに、ナタリーは黙り込んでしまう。きっとボーカルの娘を気に入ってしまうであろうことがわかっているので、紹介はなしだ。
「ふつーの子」
「ふつー? 珍しいのねぇ」
「歌がすごくうまいだけの子よ」
 話を打ち切ろうとすると、シャルロットが「そうそう」と思い出したかのように言ってきた。
「女装してる男の子とはどうなっているの?」
「ぶっ」
 ミニシュークリームと一緒に用意されていた紅茶を飲んでいる時に、その話題か!
 ナタリーは吹き出しそうになるのを堪え、なんとかカップをソーサーに戻した。震える手で。
「姉さんには関係ないでしょ! なんにもないわよ」
「なんにもないことはないでしょうよ」
「なんにもないったら、なんにもないっ」
「真っ赤なのがあやしいわねぇ」
「あやしくないっ!」
 耳まで赤くして怒鳴ると、シャルロットがくすくすと笑っているのが目に入った。完全にからかって遊んでいる。
「…………」
「ん? どうしたの、ナタリー」
「姉さん、どこかおかしいんじゃないの」
「なにが?」
「元気がないじゃない」
「どこもべつにおかしくないし、元気は有り余ってるわよ?」
「うそ!」
 ナタリーが睨む。
「とぼけたって無駄よ。姉妹なんだもの!」
「…………」
 唖然とするシャルロットは、やっと観念したのか……しょんぼりと肩を落とした。



 妹の鋭い声に、シャルロットは迷う。言うべきだろうか。情けない、のに。
 でも……ナタリーは都古と年齢も近いし、なにかいいアドバイスをくれるかもしれない。
「あの、ね」
 あのね。
「二ヶ月前に初めて会ったの、その子には」
「『その子』?」
「扇都古って女の子。ナタリーと年はそう変わらないと思うのだけど、人探しをしに、東京に一ヶ月に一度だけやって来ているの」
「…………」
「まだ2回しか会ってないのだけど、すごい確率だと思わない?
 その子が一度しか来ない日に、二度も会ってるのよ? 一ヶ月に一度ずつ」
「それで?」
 問われて、シャルロットは目を伏せた。
 思い出してしまう。数日前に言われた言葉を。
「都古はね、すごく忙しい身なの。たった1日しかその人探しに時間が割けない身なんですって」
「へぇ……厳しい家なのね」
 妹はなんだか嫌な顔をしている。直感的にシャルロットがなにかやってしまったのを見抜いたようだ。
 今はいないメイドの娘と一緒に彼女に数日前に会ったことを、たどたどしく説明した。
「都古に似合いそうな服を見つけたの。彼女のためにケーキも焼いたわ。一緒にたくさん話して欲しくて」
「欲しくて?」
「カフェに誘ったの。お茶をしましょうって」
「…………人探しで忙しい子を、誘ったの!?」
「たまにはそういう息抜きだって必要じゃない」
 上目遣いに妹を見上げると、妹は呆れたような目で見てくる。まさしく「やっちゃったね……」みたいな空気が流れた。
 ナタリーは顔を片手で覆い、その指の隙間からシャルロットを見てくる。
 どう返そうか、妹が迷っているのが見て取れた。



 問題は、姉と一緒にいた存在だ。どうせケンカ腰で物事を運んだか……姉を必要以上に擁護したに違いない。
(あの人は、姉さんのことになると時々見境がなくなることがあると思うし……)
 やれやれ。
 そもそも自分だってバンド練習で忙しい時に姉に構われたらかなりのストレスになるのだ。
 誰だって、集中したいことというものはある。そこに横槍を入れられたら、よほどのことがない限り……怒るはずだ。
「その人、怒ったの?」
「怒った、というよりは……諭してくれたというか」
「さとした?」
 理解できない。怒るだろう、普通そこは。
 ナタリーは顔から手をどけて、まじまじとシャルロットを見てくる。
「自分より大人なんだから、相手の都合を考えて欲しいって言われたの」
「…………」
 まともだ。とんでもなくまともな意見だ。
(その扇さんて子、すごいかも……)
 姉をこれだけ落ち込ませられるというのもすごいが、その場面で怒らずに……。
(あっ!)
 わかってしまった。怒ったのではなく、たぶん。
(ドン引きまではいかなかったけど、引いちゃったのね……姉さんたちに)
 行動原理が理解できないと思われたのだろう……おそらくは。うわぁ……。
 さて、姉にどう言えばいいのか。
 扇都古の言っていることは全面的に正しい。忙しい人間相手にお茶に誘うなど、普通ならありえないことだ。いい年齢の大人がすることではない。……よほど空気を読んでいないならべつだが。
 しばし、リビングを沈黙が支配した。
 ナタリーは視線をあちこちに動かしていたが、よし、と決めて姉に向き直った。なんだか姉の瞳がうるうるしているような気がするのだが……。
「こんなこと言ったらなんだけど、姉さん、少し思い上がっていたんじゃないかしら?」
「……おもいあがり?」
「姉さんは美貌もカリスマもあるし、人懐こい性格も持ってるわ」
 シャルロットが好意を示せば、大抵の人間は好意で返してくる。
「それに慣れすぎたために、そんなことが起こったんじゃないの?」
「………………………………」
 しーぃぃーん。
 再びリビングが静まり返り、さすがにナタリーが言い過ぎたかと思ってしまう。
(お、怒った?)
 ビビってしまうが、いきなりふわっと抱きしめられた。突然の行為にナタリーがぎょっと目をみはる。
「あなたに諭されるなんて……大人になったわね」
「…………」
 そ、そうだろうか?
 ナタリーは自分が大人になったとは思っていない。ただ、自分が都古の立場に立って考え、そして姉のことをよく知っていたから出た言葉だっただけだ。
 姉の背中をぽんぽんと優しく叩く。
 大人になるっていうのはたぶん、そういうことじゃないわよ姉さん。
(そうやって転んで、何度も転んで、起き上がって、また歩いて、走って)
 また転んで。その繰り返しをしてもきっと誰も『大人』にはなれない。
 大人になるっていうことはたぶん……扇都古のように、『我慢』できた時のことだろう。
 ナタリーならば、あの場面で怒っていた。練習中に邪魔をするなと怒鳴ってしまうことだろう。それが、姉妹ではなく赤の他人なら尚更。
 だが都古はそれをしなかった。
(おうぎ、みやこ、かぁ……)
 この甘えん坊の姉に、いい影響を与えてくれればいい……。そう、願う。



 顔をあげてナタリーを離したシャルロットは、にっこりと、しっかり笑顔を作った。
「今度都古に会った時は、まずそのことを謝るわ! そして、彼女に本気で力になりたい!」
「会ったらって……一ヶ月に一回しか会えないんでしょ? また会うなんて難しいんじゃないの?」
 元気が出た姉を見て安心したのか、ナタリーはミニシューを一つ、口に運んでいる。
 シャルロットは自信満々に笑顔で言った。
「ううん、絶対に会える。そんな気がするの。都古と私は縁があるのよ」
「……すごい自信」
「それに謝るためにも絶対に会わなければね!」
 自分で作ったシュークリームを頬張り、美味しさにシャルロットは顔をほころばせた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2011年03月08日

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