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『華の都に淑気満つ〜迎えの膳 』
高千穂 梓(ec4014)&シェアト・レフロージュ(ea3869)&リュリス・アルフェイン(ea5640)&リディエール・アンティロープ(eb5977)&エルディン・アトワイト(ec0290)

 華の都は巴里に、その冒険者酒場はある。
 最も華やかで、活気があり――懐かしい場所。
 新年を祝い集った冒険者達は、仲間達と気の置けないひとときを過ごすのだ。

●乾杯
 大ホールの一室を借りて、彼らは新年を祝っていた。
 世界各国で冒険者として活動している面々が集結しての宴席である。テーブルには既に重箱や食器類が並べられており、今まさに祝宴が始まろうというところであった。
「パリのお人の口に合うと嬉しいんだけどね」
 そう言って高千穂 梓(ec4014)が重箱の蓋を開けると、覗いた面々から感嘆が漏れた。

 重箱の中に詰められていたのは、海の幸や山の幸。
 一の重には祝い肴、二の重には口取りを、焼き物の三の重と、煮物が詰められた与の重。
 ジャパンの古式に則って詰められた目出度い料理の数々は、初めて見る者も多い伝統料理の数々。
 新年を迎え祝う膳――御節料理が目にも美しく冒険者達の前に並んでいたのだ。

「綺麗ですね‥‥まるで宝石箱のようです」
 この日の為に用意したのだろうか、藍の着流しで羽織姿に身を包んだリディエール・アンティロープ(eb5977)が、初めて目にした異国の祝い膳に目を輝かせた。その華やかさ美しさは、ジャパンの風習を知らずとも、慶事の料理だと見て取れる。
「それぞれに、おめでたい謂れがあるのでしたよね」
 懐かしいと目を細めたシェアト・レフロージュ(ea3869)はジャパン滞在の経験がある。本格的な御節は初めてだと、にっこり笑んだ。
 遠国の風習で祝うノルマンの正月。何でもありの巴里大ホールは国境すら意に介せぬ懐の深さがある。
「不思議でノルマンらしい光景ですね。確かオトソも飲むのでしたよね?」
 そう言ってシェアトは古ワインの入った屠蘇器を持ち上げた。
 料理人を生業とするリュリス・アルフェイン(ea5640)は本日ジャパンの板前風の装いだ。梓やホールの料理人達の手伝いという裏方仕事もこなしつつ、友と旧交を温める。
 シェアトに注いでもらい唇を湿したリュリスが返杯を――と、シェアトは戸惑った表情を浮かべた。
「どうした?」
「私はお酒を控える時期ですけど‥‥」
 大丈夫でしょうかと不安気なシェアトの言葉の意味を悟ったリュリスは「おめでとう」そう言って、寧ろなみなみと朱塗りの杯に注ぎ返した。
「あいつの分もだ」
 この場に居らぬ友――シェアトの大切な人の分もと、目出度い酒をなみなみ注ぐ。
 幼子を宿しし母の身であれど、今この時だけは祝いの御酒を口にしても神様は許してくれるだろう。少し遠慮がちに微笑んで、シェアトは杯を受けた。
 自身の杯にも酒を満たし、リュリスが杯を上げる。
「おめでとう、二人の‥‥否、皆の無病息災を祈って‥‥乾杯」

●祝い膳、願い膳
 御節料理とはジャパンに於いて季節の節目に食される祝い膳の事である。
 ジャパンでは年間数度の節目を節句と称し、祝事とした。また節句に催す宴を節会とし宮廷行事とされていたものが、市井にも祝事として伝わったものである。年数度の節句の内、特に正月の祝いを重要視して現在に至る。
 酒肴になり保存も利くよう作られた御節料理には、それぞれ目出度い言葉や謂れが添えられている。いわば縁起物であった。

「これを使っていただくのですか‥‥」
 御節料理は勿論、箸を使うのも初めてらしいエルディン・アトワイト(ec0290)は、あてがわれた箸をああでもないこうでもないと捏ね繰り回している。
 こう持つんだよと梓に指南されたものの、初めて握る二本の棒切れは思い通りに扱われてくれない。一本が握れればもう一本が明後日の方向を向くといった具合だ。
 これで食物を掴むというジャパンの人は何と器用なのだろうと尊敬の眼差しさえ向けた末に、やがてナイフとフォークで構いませんよねという結論に至ったようだ。
 まずは海老の焼き物を取り分け用と、トングに持ち替えて――盛大に粉砕した。
「‥‥えーと、どうしましょう?」
「す、少し脆かったかね‥‥今取り分けるから待っておくれな」
 初っ端からのハプニングに苦笑して、梓は取り箸を手に取った。エルディンの取り皿を受け取ると、海老だったものと昆布巻きを取ってやる。
「はい、おめでとうございます」
 海老には長寿の、昆布巻きは『よろこぶ』に通じるのだと解説を交えてエルディンに返した。
「喜ぶ‥‥中に何が入っているかお楽しみ、という訳ですね」
 にこにことナイフとフォークを手にしたエルディンが、謎めいた事を口にした――と誰かが考える間もなく、彼は昆布巻きを綺麗に解体した!
「‥‥おや? 皆さんどうしました?」
 呆気に取られている面々を他所に、エルディン自身は至って美味しく食しているようだ。初めてのジャパン食も気に入った様子で、何よりである。
 しかしこのままでは勿体無いので、シェアトはさり気なくエルディンに耳打ちした。
「ふふ、エルディンさん、昆布はそのまま食べるんですよ」
「‥‥なんと、食べられるのでしたか!」
 耳寄り情報にエルディンの耳がぴこぴこ陽気に動いたものだから、一同思わず吹き出した。
「まめに田作り、昆布に海老‥‥それぞれに謂れがあるのですか」
 黒豆は『まめ』に通じ、カタクチイワシの煮干を煮絡めた田作りは豊作祈願。昆布は『よろこぶ』に通じ、海老は長寿祈願――
 梓の解説を口の中で繰り返して、一口。リディエールはくすりと微笑った。
「言葉遊びのようですけれど、意味を知ってから食べると、効果がありそうな気がするから不思議です」
 ジャパンには言葉には力が宿るという考え方があり、それを言霊という。御節料理もまた、新しい年を迎えるにあたり人々の願いと祈りが籠められているに違いない。
 人々が幸せを願って食す正月の料理――御節料理とはそうした儀式的な料理と言えるかもしれない。

 シェアトは箸で器用に黒豆を摘み口へと運んだ。
 ふっくら炊き上がっている黒豆は、豆本来の旨みを壊す事なく上品な甘さに仕上がっている。一粒ごと丁寧に味わって、顔を上げた彼女はにっこりと笑んだ。
「美味しい。これ、お菓子にも使えそうですね」
 彼女なら、どんな菓子を作るだろう。
 巴里で有名な菓子職人でもある友人を思い浮かべ、シェアトは独りごちる。
 今ごろ友人は同じ大ホールの一角でその腕を振るっている事だろう。友人達の居る方角から、何やら重いものが落下したような大音響がしたような気がするが――気のせいだ多分。
 ふとエルディンの方を見遣れば、彼は至って美味そうに伊達巻を食べていた。
 黄金色の厚焼き玉子をびろーんと伸ばし、ナイフとフォークでサイコロ状に切り分けて。
「形が可愛らしくて、甘くて美味しいですね」
(‥‥‥‥)
 最早見た目は伊達巻ではなかったけれど、エルディンが満足そうに食しているので訂正するのは止めておこう。食事は美味しく食べるのが一番だ。
 伊達巻だったものを食べ終え、今度は田作りとにらめっこを始めたエルディンを他所に、シェアトは梓から雑煮の椀を受け取った。
「江戸風の雑煮だよ」
 聞けば、ジャパンの東西で雑煮に違いがあるのだとか。
 京風は白味噌に丸餅なんだよと言われて見れば、椀の中身は澄まし仕立てで焼き角餅だ。ジャパンは狭いようで地域により食文化が異なるものらしい。
 雑煮もまた、具沢山で目にも鮮やかだ。リディエールは雑煮にも謂れがあるに違いないと気になっているようで。
「そうだねえ、雑煮はハレの日‥‥目出度い時の料理だね」
 そもそも餅が祝い事に用いられる縁起物の食材であり、神様のお下がり餅に野菜を加えて煮たものが雑煮の始まりであったと聞く。
「目出度い事は重なる方がいいからね、雑煮もお代わりしておくれよ」
 雑煮に飽きたら善哉もあるからねと梓は笑って言った。

●締めは優しい甘さで
 食事がひと通り終わった頃、リュリスがデザートの盆を運んできた。
 乗っているのは餡のタルトと抹茶羊羹、それから中津川名物の栗きんとん。
 タルトと羊羹はリュリス、栗きんとんは梓の手に成るもので、どれも甘さ控えめに仕上げられている。

 御節料理のとは違うんだよと説明された栗きんとんは栗菓子だ。御節に詰められている同名のものは粘り気を帯びた甘味の強い栗料理だが、これは茶巾絞りに纏められた団子状の菓子である。
 御節に雑煮・善哉と来て、食後の甘味も腹に入るものだろうかという所だが、作り手の気遣いが冒険者達に別腹を作らせたようだ。
「ほう‥‥これは美味な」
 一口、エルディンが顔をほころばせた。ほろほろと優しい甘さが口の中で解けるのを、梓が淹れた渋茶が引き締めてくれる。
 気に入ってくれたなら嬉しいよと、梓は地元の味が好評なのが嬉しそうだ。
 続いてリュリスの心尽くしが皆に振舞われる。
「味は保障する」
 彼が言葉少なくぶっきらぼうに言うのはいつもの事、そして本人がそう言うという事は、本当に美味だという事でもある。
 タルトを切り分けて貰ったシェアトは、一口味わって「美味しい」心から笑みを浮かべた。見慣れた形態の菓子に小豆の組み合わせは新鮮で、美味だ。エルディンもタルトは普通に食べている。
「綺麗ですね」
 竹楊枝を添えて出された白い小皿は磁器、抹茶羊羹を載せれば透き通った繊細さがまさに宝石のようで、リディエールが目を細めた。抹茶羊羹に切れ目を入れた梓は翠の美しさに暫し見惚れていた。ジャパンの食材は扱い慣れていないだろうに、見事な出来だ。
「さすがだね、リュリス」
 ただ一言、それは最大の賛辞。
 内心反応が気になっていたリュリスは一安心。
 殊更に言いはしないが、実はかれこれ3ヶ月特訓したのだ。密かな努力は美味しく実を結んだと言えそうだ。

 皆で此処に集った縁を祝おう。
 ここは巴里の大ホール。冒険者達が集う場所。
 多少の騒ぎは日常茶飯事。おまけに今日は新年とあれば、思い出に残る宴席を――
WTアナザーストーリーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
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2011年03月14日

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