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『茶話小景。〜銀光 』
フラウ・ノート(ib0009)

 天儀の街角にある、そこは小さなお茶屋さんだ。お品書きに書かれているメニューは決して多くはない。けれどもお願いすれば、叶う限りの希望のメニューを揃えてくれる。
 そんな落ち着いた佇まいを持つお店の暖簾をぽーんと跳ね上げて、フラウ・ノート(ib0009)は小走りに店内へと駆け込んだ。ずっと、家からこんな調子で駆けてきたものだから、軽く息が弾んでいる。
 はぁ、はぁ、と肩が上下した。けれども呼吸を整えるのももどかしくて。

(どこかしら?)

 フラウは精一杯の背伸びをして、きょろきょろ店の中を見回した。静かで居心地の良い店内のあちらこちらで、穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせている、何人もの客が目に留まる。
 だがその中に、フラウが探していた相手は居なかった。この店で待ち合わせていた、彼女の恋人。もし店の中に居るのなら、絶対に見落とすはずもない。
 なんだ、とかすかな落胆が胸に去来した。けれどもその直後、小さな苦笑いが口元にこみ上げてくる。

(そりゃそうよね)

 待ち合わせの時間までには、実はほんの少し早いのだ。けれども絶対に遅れたくなくて、そうして早く会いたかったから、ちょっと早めにお店に着くかな? と思う頃に家を出て、それからずっと、小走りに駆けて来たのだから。
 だから、彼が居ないのは当たり前で。それに落胆する自分がおかしくて、苦笑いを零したフラウに店員が声をかけてきた。

「お客様。お召し上がりですか?」
「あ、はい‥‥えっと、待ち合わせなんです」

 それは優しそうな笑顔を浮かべた、妙齢の女性だった。お店のお仕着せが良く似合っていて、まるでお店に溶け込むかのような印象のある女性。
 フラウの言葉を聞いて、そうですか、と店員は頷いた。それからほんの少しだけフラウを見つめると、お席にご案内しますね、とメニューを胸に抱えて歩き出す。
 その後を追って、フラウも店内を歩き出した。たくさんの、色々な人達。楽しそうだったり、嬉しそうだったり、ただ時間を楽しむように寛いでいたり。
 フラウが案内されたのは、綺麗に手入れされた庭が良く見える席だった。庭の向こうには、たった今フラウが駆け込んできた店の入り口があって、今もちょうど、誰かが入って来るのが見える。
 ちら、と店員を見上げると、にこ、と微笑んだ彼女はメニューを置いて奥へと入っていった。それを目の端に捕らえながら、フラウは座った席の上で意味もなくもぞもぞと足を動かし、姿勢を変える。

「‥‥ふぅん」

 呟きながら何となく服の裾の辺りを払っていると、戻ってきた店員が水の器を置いていった。それを見て、そう言えば喉が乾いていたのだと思い出す。だって家からずっと、駆けて来たのだから。
 こく、と器に口を付けると、あっという間に飲み干してしまった。喉が渇いていた、以上にもしかしたら、緊張もしていたのかもしれない。
 自分でも少しびっくりしながら空になった器を机に戻し、また、店の入り口を見る。そこに求める人の姿がない事を確かめて、ほんの少し落胆して、でも時間はまだだものね、と自分に言い聞かせて。
 無意識に手が、髪に伸びた。何度も手ぐしを通して撫で付けて、それが終わると服が乱れて居ないかを紐の一本、ひだの1つに至るまで引っ張ったり折りたたんだりして。こっちのほうが良いかな、やっぱり前の方が良いかな、と考えて、それからまた髪を弄って。
 そわそわ、きょろきょろと何度も入り口を確かめながら、そうして身嗜みを整えていたら、ついに彼の姿が目に入った。途端、ドキッ、と周り中に響き渡るんじゃないかと思うほど大きな心臓の音がして、フラウはビクリと引っ張っていた髪から手を放す。
 慌てて、ピン! と背筋を伸ばして椅子に座りなおした。そうしてしばらく、じれったいような気持ちでじっと待っていたら、先ほどの女性の店員がにこにこ穏やかに微笑みながら、彼を案内してフラウの元へとやってくる。

「こちらです」
「どうも」

 やってきた彼はまず、案内してきた店員に短く礼を言ってから、フラウの前に腰を下ろした。そうしてどこか珍しそうに周りを見回した後、フラウをまっすぐ見て、かすかに微笑み。
 それからふと、不思議そうに何も置かれて居ない机の上を見下ろした彼を見て、あの! と慌ててフラウはメニューをひったくるように手に取った。勢い良くめくりながら、顔を赤くして恋人に訴える。

「こ、これから! これからちょうど注文する所だったの! どれが良いかなって、その、ね! い、色々‥‥あ、これが良いなって思ってたのよ、うん!」
「ふぅん?」

 真っ赤になりながら、どう見ても明らかに適当に開いたページに載っていたメニューを指差したフラウを見て、だが彼は面白そうに笑みを深めたまま、何も言わなかった。それが逆にいたたまれないと言うか、恥ずかしいと言うか。
 照れ隠しに、パタン! と勢い良くメニューを閉じた。それから押し付けるようにメニューを渡して、「選んだら!」と怒ったような口調で告げると、にやにや笑いが返ってくる。
 ぐっ、と意味のない敗北感を噛み締めるフラウを見て、クス、と店員が見守るように微笑んだ。それから2人の注文を確認して、また奥へと引っ込んでいくと、あとに残されたのは真っ赤になったフラウと、ニヤニヤ笑いの彼だけだ。
 しばし、フラウにとっては気まずいような、気恥ずかしいような沈黙が流れた。ちら、と見上げたら、相手のほうはすっかりこの状況を楽しむ風情なのがまた、気に食わない。
 けれども、うぐぐ、と拳を握って居たらすぐに先ほどの店員が戻ってきて、2人の前にそれぞれ注文の品を置いていった。フラウの前には、先ほど勢いで適当に注文したケーキセット。何となく、安心してほっと息を吐く。
 一口、ケーキを口に運んでみたらとろりと溶ける甘さが美味しかった。そう思ったら自然と顔にも笑顔が浮かんできて、ぱくぱくぱく、と元気にフォークを動かし始める。
 そんなフラウを微笑ましそうに――いや、これはフラウの願望の混じった主観だったかもしれないけれども――見た後で、恋人もまた、自分の前に置かれた飲み物に手を伸ばした。一口飲んで、軽く目を見張る。美味しかったらしい。
 そうなったらもう、先ほどのやりとりなんてなかったも同然だ。自然と浮かんだ笑顔のまま、フラウは口を開いた。

「これからどうする? 行ってみたい所があるんだけど――」

 今日のために色々と聞いたり、調べたり、考えてきた場所や、お店や、その他のこと。すごくすごく楽しみで、どんな順番に回るのが良いかとか、彼が好きなのはどんな場所だろうかとか、何度も何度も考えたのだ。
 だから。

「こないだ、あそこ、行ってみたいって言ってなかった? だからその後に――」
「うん、それで?」
「あっちのお店も気になってたのよね。だから――」

 あっちが良いかな、こっちはどう? と動かしているフォークと同じくらい忙しく話すフラウに、頷いたり、首を傾げたりしながら聞いていた恋人は、時折にやりと笑って「それ、全部行こうと思ったら身体がいくつあっても足りない」なんて憎まれ口を叩くのだ。そのたんびにフラウが顔を赤らめたり、うろたえたり、拳を握ったり、懐からスリッパを出し突っ込んだりするのを、どうやらすっかり楽しんでいるらしい。
 けれどもそれがイヤじゃないのがまた腹が立つというか、気恥ずかしいというか。恋人だって、その、フラウが――だからこそ、なのだし。
 そんなことを考えながら、あっと言う間に食べ終わったケーキセットのお皿を名残惜しそうに見つめていたら、フラウ、と呼ばれた。ん? と顔を上げてまなざしを向けると、恋人の、もしかしたら初めて見たかもしれないくらい、真剣な眼差しとぶつかる。
 何か言おうとして、眼差しに気圧されて再び口を閉ざした。と、同時に恋人が懐を探り、何かを取りだしたのが見える。
 何か――小さな箱。フラウの掌にだって収まるかもしれないその小箱は、恋人の大きな手の中にあるとなおさら小さく見える。
 これを、と渡され。
 受け取って、恐る恐る、蓋を開けて。

「‥‥‥ッ」

 そうして中にあったものを見て、フラウははっと息を飲み――次の瞬間、耳まで真っ赤に染まって、がたん、と無意識に腰を浮かせた。何となくの予感は、あったけれども。実際にそれを見ると、何とも言い難い気持ちが浮かび上がってくる。
 それは、指輪だった。台座の上で静かに光る、銀色のシンプルな装飾の指輪――その意味が分からない、フラウではない。
 けれども。

「そ、そぉ。えっと。そう! あ、預かっておくわ。うん!!」

 声を上ずらせながら、それでも冷静を装い普段と変わらない表情を必死で作った。恥ずかしかったのかもしれないし、混乱していたのかもしれないし。自分でも良く解らないまま、必死に、冷静を取り繕う。
 そうしながら、ふるえる手でぎくしゃくと小箱の蓋をきっちり締めて、懐へ大切に仕舞った。ぎぎぎ、と音がしそうな堅い動作で、けれどもフラウ自身はあくまで冷静な態度を装い、恋人へと向き直る。
 そうして。

「ん。預かっといて」
「〜〜〜ッ!」

 あくまで、こちらはほんとにいつもと変わらない調子に戻ってそんな事を嘯く恋人に、カチン、とくる。フラウがこんなに動揺してるって言うのに、何だ、この冷静な態度。
 半眼で睨みあげるように、テーブルの下の足を蹴りあげると、涼しい顔でむに、とほっぺたをつねられた。「おぉ、良く伸びる」なんてコメントにまた腹が立って、ガシガシ蹴りまくるけれども、ちっとも堪えた様子がない。
 うぐぐ、とほっぺたを引っ張られたまま睨み上げたら、恋人はぱっと手を離した後、涼しい顔で「そろそろ行くか」と促した。ちら、と眼差しを向けた先には、席が空くのを待っている2人連れの姿がある。

「そ、そーね。早く行かなきゃ時間がなくなっちゃうもの」

 後でもう一度リベンジしてやる、と心に誓いながら、ガタン、と席を立った。懐に大切に納めた小箱の存在を無意識にもう一度確かめて、先に立って店を出ようとする恋人の後を追う。
 会計を済ませて、にこにこ笑う店員に見送られて店を出た。街はフラウの内心なんて関係なくのどかだ。見上げれば青く晴れた空がどこまでも広がっている。
 ほんの少し空を見上げて、それからフラウは、すでに歩き出している恋人の背中を見つめた。息を少し吸って、吐いて、また吸って。

「‥‥さ、早く行きましょ」

 相変わらず、耳まで赤くなった顔で冷静を装いながら、フラウは恋人の背中を追いかけ、彼の腕にぎゅっとしがみついた。ドキドキしながらちらりと見上げると、小さな笑顔が返ってくる。
 ポンッ、と真っ赤になったのが、解った。けれどもフラウはそのまま身を寄せるように、恋人の腕に自分の腕をしっかりと絡めて。


 そうして2人は、幸せそうに寄り添いながら、街を歩きだしたのだった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / クラス】
 ib0009  / フラウ・ノート / 女  / 15  / 魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

この季節は何と申しますか、色恋のお話が華やかになりまして、蓮華も拝見していて楽しい限りです(笑
お嬢様のご様子が、何ともお嬢様らしく、微笑ましく――いえあの、かなり色々と補正(?)が入ってますが、大丈夫でしたでしょうか(ぁ
相方様のイメージとか――しかもかなり人生の一大事なノベルでしたが‥‥えぇと、あの、これでも精一杯努めさせて頂いたのですが、糖分が低すぎたのではないかと心配で‥‥(目逸らし←

お嬢様のイメージ通りの、どきどきわくわくする、ケーキのように甘いお話になっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年03月15日

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