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『【初花月梅香幻想〜神楽之都夢逢瀬/琥珀之時】 』
アグネス・ユーリ(ib0058)

●想いを形に

 時に形にしなければ、伝わらない事もある。
 あえて形にして、伝えたい時もある。

 近くにいても、遠く離れていても。
 通じ合っていても、一方通行でも。
 消えそうな言葉でも、小さなプレゼントでも。

 この想いを、形にして――。


●梅の香漂う、泡沫の
 うららかな春の日差しが、南向きの部屋を温かく照らす。
「アグネス?」
 微睡む意識に入り込んでくる、心地よく低い男の声。
 知っているような、知らないような……?
「いい天気だぞ、アグネス」
 もう一度、名を呼ばれた彼女、アグネス・ユーリがうっすらと目を開けば。
 長椅子の片側に腰掛けた黒髪の青年が、黒眼鏡越しに様子を窺っていた。
 年は彼女より少し上、おそらく20代の半ば。
 彫りの深いジルベリア人の容貌に、引き締まった身体を黒いスーツで包み、白いシャツに黒いタイを締めている。
「……よね?」
 ふっと何気なく、アグネスは【彼】の名を呼んだ。
 呼んでから僅かな疑問が胸の底で揺らいだが、何が疑問かすら判らないまま、それは拡散していく。
「うん、あんただわ。……何でだろ、不思議な感じ……?」
 寝ぼけているのかなと、思考の隅でおぼろげに思う。
 口にし慣れた名前と、気配。うん、相手を間違える筈はない。
 そんなアグネスの覚醒を待つように、じっと【彼】は距離を取って腰掛けたままで。
「この陽気に、梅の花も見頃だろうな」
 日の差し込む窓に目をやってから、再び彼女へ視線を向ける。
「俺のとっておきの場所があるんだ。一緒に見に行かないか」
「とっておきの場所? もちろんよ!」
 黒い瞳を輝かせてアグネスが身を起こし、【彼】は僅かに口の端を和らげた。

「わぁ、綺麗……」
 白や赤、黄や薄紅。
 さまざまな色と柔らかい香りに、アグネスの表情もまたぱっと華やいだ。
 見渡すは一面の梅林、満開の梅の花。
 匂い立つ程ではないが、春待つ香が穏やかな風に混ざり。
 束ねた黒髪を揺らして駆け出すアグネスの後ろから、ゆっくりと【彼】が歩いてくる。
「気に入ってもらえたか?」
「ええ、気に入ったわ。とっても!」
 木々の間を舞うように、くるくると花を見て回っていたアグネスは追いついた青年へ笑顔で答えた。
「そうか、それならよかった」
 彼女が気に入るか気がかりだったのか、どこかほっとした【彼】は安堵の表情を浮かべた。
「私ね、好きなのよ」
「……好き?」
「梅の花。寒い中、もうすぐ春だよ、って告げてくれるような……この花が、好き」
 くるりとターンすれば、癖のある黒髪が風に揺れる。
 外の風はまだ冷たいが、それを胸の奥まで吸い込んで。
「香りも大好き。実も美味しいよね。梅酒も……。……お酒、欲しくなってきたかも」
 呟けば、ククッと微かに笑う気配が風に混じった。
 何気なく振り返れば、彼女を見る【彼】は何気なく口元を手で隠し……それでも、どこか楽しげな様子までは隠しきれていない。
「酒なら、あるぞ」
「え、あるの?」
 最初から、彼女を驚かせるつもりだったのか。
 目を丸くしたアグネスへ、後ろ手に隠し持っていたワインの瓶を【彼】が差し出した。
「ふふっ、大好きっ」
 だきゅっ、と。
 思わずアグネスは手を伸ばし、思いっきり【彼】へ抱きつく。
 不意を突かれて驚いたのか、一瞬だけ【彼】が息を呑み。
 くすくす笑いながら身を離したアグネスは、手にした瓶を嬉しそうに抱いていた。
「……いつの間に」
 空になった手を見下ろして【彼】が苦笑すれば、彼女はウインクをしてみせる。
「一緒に、飲みましょう」
 早くと手招きをしたアグネスは、梅の木に囲まれた日当たりのいい場所へ腰を下ろした。

   ○

 ……で。
「ナンで、こんな事になってるんだろうな……」
 梅林に差し込む別の日なたでは、木の陰に身を潜めた20代半ばの青年がポツリとぼやいた。
「しーっ。静かにしていないと、気付かれますよ」
 隣で同じように身を潜めていたアーニャ・ベルマンは、人差し指を口に当てて彼へ釘を刺す。
「ああ、分かってる」
 嘆息まじりでも応じれば満足したのか、真剣な表情だったアーニャはにっこりと笑み。再び酒を楽しむ二人――友人のアグネスと、彼女の相棒へ視線を戻した。
 雰囲気を壊さないよう、二人とはかなりの距離を置いた潜むアーニャは、メガネを解体して作った遠眼鏡越しに一喜一憂している。
「アグネスさん、猫が大好きですもんね〜」
 その言葉の違和感を、どうやらアーニャ本人は自覚していないらしい……おそらくは、アグネスも。
 故に今は夢を見ているのだろうと、アグネスの相棒はぼんやり理解していた。
 そう。現実ならば自分もまた人ではなく駿龍だが、こうして人の姿を取っていて。だが彼の姿に対しても、アーニャが疑問を抱く様子はない。
「……まぁ、いいか。暇だしな」
 ふっとまた溜め息をつき、仕方なさそうな顔で彼女に付き合う。
 奇妙な夢を見ていると自分でも思う反面、夢だからいいやとも思いながら。
「でも知らなかったですよ〜、私の相棒さんがアグネスさんにラブだなんて〜」
「そうか? って、そうかもな」
 そもそも【彼】は猫又だから、言うに言えないよな……などと、そんな事を考え。
「いけ〜、そこだ〜〜」
 遠眼鏡でじっと観察しながら、声援っぽいものを送るアーニャに苦笑し、アグネスの相棒は二人を見守った。

   ○

「ふ……いい心地」
 程よく酔いが回ったか、ほぅとアグネスは息を吐いた。
 傍らに手を付き、身を乗り出すようにして、すっと隣で酒を飲む男の顔を覗き込んでみる。
「お酒のお礼に、踊りはどう……?」
 目を細めて問えば、酔いのせいか少し表情の柔らかくなった【彼】が頷く。
「是非、ゆっくりと見たいものだな」
「じゃあ。もうすぐ来る、春を願う踊りがいいかな」
 ワインのグラスを彼の手に残し、優雅に立ち上がる後ろの姿を【彼】は視線で追い。
 たった一人の観客のために、うやうやしくアグネスが一礼した。
 ステップを踏めば、しゃらしゃらと鈴が鳴り。
 緩やかな衣に風をまといながら、軽やかに踊り手は舞う。
 差し伸ばす手は弧を描き、天を示し。
 冬の長いジルベリアで、春待つ幾つもの町や村で頼まれ、披露してきた祈りの踊りを【彼】は愛しそうにじっと見つめていた。
 舞を終えると片足を引いて交差し、両手を広げたまま、ふわりとアグネスが頭を下げる。
 見惚れていたのか、じっと見つめる【彼】は思い出したように拍手を贈った。
 嬉しそうに微笑んだアグネスは彼の隣へ戻り、さっきよりずっと近い距離へすとんと腰を下ろす。
 そんな彼女へ、ワインを満たしたグラスを【彼】が勧めた。
「素敵な踊りだった」
「ありがとう」
 礼と共にグラスを受け取り、こくりとワインを喉へ流し込む。
 それからこつんと、傍らの青年の肩へアグネスは頭をもたせかけた。
「どうした?」
「ふふっ、不思議ね。あんたとは、こうしてるのが自然な気がするの」
「アグネス……」
 すぐ傍らでじっと見上げる瞳を、【彼】は何か言いたげに見つめ返す。
 言葉を口にしないのは躊躇いなのか、それとも別の理由なのか。
「ね、大好きよ。だって、可愛いんだもの。……ん、可愛い?」
 自然と言葉を口にしてから、その僅かな違和感にかくりと小首を傾げるアグネス。
「その言葉は光栄だが、可愛いは……ちょっとな」
「でも、そう思うの。不思議ね」
 どこか抗議するような【彼】に笑って、グラスに残ったワインを飲み干した。
「だが、これでやっと言える」
「……ん?」
 低い呟きに顔を上げれば、黒眼鏡越しでも真摯な表情が判った。
 肩へ置かれた手に力がこもり、それなのにそっと彼女を自分へ抱き寄せて。
「アグネス、俺はお前が……」
「どしたの、急に真面目な顔し……っん……」
 問いは、そこで途切れた。
 二人の間に、距離はなく。
 おとがいに指をかけ、【彼】が彼女の言葉を封じる。
 梳くように指で触れた彼の黒髪は、柔らかく。
 そのままアグネスは、目を閉じて……。

   ○

 目を、開く。
 長椅子の上で腕を伸ばし、猫のようにアグネスは伸びをした。
「……ん〜……良く寝た。夢、見てた気がするんだけど……」
 夢の内容は、よく覚えていない。
 春近い陽だまりで微睡んだせいか、何だかとても心地のよい夢だった気はするのだけれど。
「……何か、どきどきしてない?」
 夢の名残りか、胸の奥で残った正体不明な熱への、仄かな疑問。
 ただそれも嫌な感じではなく、むしろ……。
 長椅子の片側で身を起こす人影に、一瞬どきりとする。
「うにゃ。アグネスさん、おはようございます」
 目をこするアーニャに、何度か目を瞬かせてからアグネスが笑った。
「すっかり寝ちゃってたね、アーニャ」
「みたいです。すみません」
「ううん。あたしもなんだか、夢を見ていたみたい……」
 それから、ふと形のよい唇に指を当て。
「あと、猫に舐められたような気がする」
「あれ? そういえば、ミハイルさんは……」
 寝る前には近くにいた猫又が消えているのに気付いて、きょろきょろとアーニャは相棒の姿を探す。
「ミハイルさーん、どこですか?」
 主の呼ぶ声にも素知らぬ振りで、二つに分かれた黒い尻尾が少しだけ開いた扉の向こうへするりと消えた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia5465/アーニャ・ベルマン/女性/外見年齢22歳/弓術師】
【ib0058/アグネス・ユーリ/女性/外見年齢20歳/吟遊詩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「Sweet!ときめきドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 依頼の方では、いつもお世話になっています。今回はノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございました。
 夢の中のひと時、そして相棒さんの擬人化と、いつもはないシチュエーションを楽しく書かせていただきました。
 ノベルはわりと自由にゴニョゴニョ出来るので、いろいろと楽しんでいただける幅は広い感じなのです。はい。
 そんな訳で、いつもと違った雰囲気にドキドキしていただけるノベルになっていれば良いのですが……。
 ただ残念なのですが、「夢オチでも、それが擬人化した相棒でも、「発注したPCさん以外のPCらしき人」の名前を出しちゃダメ」という決まりがありまして。故にミハイルさんもヴィントさんも、夢の中では【彼】といった表現になっております。そこは申し訳ありません……!
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
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舵天照 -DTS-
2011年03月22日

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