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『【初花月梅香幻想〜神楽之都夢逢瀬/黒曜之想】 』
アーニャ・ベルマン(ia5465)

●想いを形に

 時に形にしなければ、伝わらない事もある。
 あえて形にして、伝えたい時もある。

 近くにいても、遠く離れていても。
 通じ合っていても、一方通行でも。
 消えそうな言葉でも、小さなプレゼントでも。

 この想いを、形にして――。


●梅の香漂う、泡沫の
 うららかな春の日差しが、南向きの部屋を温かく照らす。
 目を覚まし、いつも通りに顔を拭おうとして……ふと、彼はその手を止めた。
 じっと凝視し、握ったり開いたりして感触を確かめてみる。
 肉球はなく、爪は出したり引っ込めたり出来ず、代わりに長い指をした……人の、手。
「そうか、俺は人間になれたのか」
 ぎゅっと拳を握ってから、改めて【彼】は自分の『変化』を再認識した。
 それから周りを見れば、彼が座る長椅子のもう一方の肘掛けで舞姫が微睡んでいた。
 もし自分が人ならば、それこそすぐさま交際を申し込みたい程に可愛く思う相手だが……哀しいかな、本来の彼は猫又の身。
 だからすぐさま、理解した――自分が夢の中にいるのだと。
「寝顔も、可愛いよな」
 じっと見守っていたい一方で、夢とはいえせっかく彼女と同じ姿に成れたのだからという思いもあって。
「アグネス?」
 愛しい名を口にすれば、長い睫毛がぴくりと震える。
「いい天気だぞ、アグネス」
 再びそっと声をかければ、アグネス・ユーリはようやく目を覚ました。
 いや、夢の中で目を覚ますというのは、少し違うのかもしれないが。
「……よね?」
 違えることなく彼の名を口にして、思わず【彼】はどきりとする。
 だが彼女の瞳に移る自分は、確かに人の青年の姿をしていた。
「うん、あんただわ。……何でだろ、不思議な感じ……?」
 不思議そうに自問自答しながらも、微妙に感じる違和感の正体を掴めずにいる。
 反応を確かめるように彼女を見ていた【彼】だが、彼女が気付くより前に、目覚めるより先に……そんな思いに駆られて、口を開いた。
「この陽気に、梅の花も見頃だろうな」
 日の差し込む窓に目を向けてから、再び彼女の様子を窺う。
「俺のとっておきの場所があるんだ。一緒に見に行かないか」
「とっておきの場所? もちろんよ!」
 花の如く、身を起こしたアグネスの笑顔にほっとして、彼は僅かに口の端を和らげた。

「わぁ、綺麗……」
 白や赤、黄や薄紅。
 さまざまな色と柔らかい香りにアグネスは足を早め、やがて束ねた黒髪を揺らして駆け出した。
 見渡すは一面の梅林、満開の梅の花。
 匂い立つ程ではないが、春待つ香が穏やかな風に混ざり。
 嬉しそうに花を楽しむ彼女の後を、ゆっくり【彼】がついていく。
「気に入ってもらえたか?」
「ええ、気に入ったわ。とっても!」
 足を止めたアグネスへ追いつくと、華やいだ笑顔が返ってきた。
「そうか、それならよかった」
 気に入った様子に、少し【彼】は安堵し。
「私ね、好きなのよ」
 不意の言葉に、また胸がどきりと鼓動を打つ。
「……好き?」
「梅の花。寒い中、もうすぐ春だよ、って告げてくれるような……この花が、好き」
 くるりとターンすれば、癖のある黒髪が風に揺れた。
「香りも大好き。実も美味しいよね。梅酒も……。……お酒、欲しくなってきたかも」
 隠さない言葉に押さえ切らず、思わず小さくククッと笑いがこぼれる。
 気付いたのか振り返ったアグネスに、【彼】は笑いを胸の奥へ押し込んで。
「酒なら、あるぞ」
「え、あるの?」
 目を丸くして驚く彼女へ、【彼】は後ろ手に隠し持っていたワインの瓶を差し出した。
「大好きっ」
 だきゅっ、と。
 心の準備をするより先に、アグネスは彼へ抱きつく。
 いつも慣れている事なのに、何故かいつもより鼓動が跳ねて。
 ああ、俺は今は猫じゃないんだ……と、改めて思った。
 くすくす笑いながら腕を解き、身を離したアグネスの手には、彼が持っていた瓶が握られている。
「……いつの間に」
 空になった手を見下ろして【彼】が苦笑すれば、悪戯っぽく彼女はウインクをした。
「一緒に、飲みましょう」
 早くと手招きするアグネスに促され、梅の木に囲まれた日当たりのいい場所へ腰を下ろす。

   ○

 ……で。
「ナンで、こんな事になってるんだろうな……」
 梅林に差し込む別の日なたでは、木の陰に身を潜めた20代半ばの青年がポツリとぼやいた。
「しーっ。静かにしていないと気付かれますよ」
 隣で同じように身を潜めていたアーニャ・ベルマンは、人差し指を口に当てて彼へ釘を刺す。
「ああ、分かってる」
 真剣な表情のアーニャに、相手は嘆息して応じ。満足した彼女はにっこり笑むと、再び酒を楽しむ二人――友人のアグネスと、彼女の相棒へ視線を戻した。
 雰囲気を壊さないよう、二人とはかなりの距離を置いた潜むアーニャは、メガネを解体して作った遠眼鏡越しに一喜一憂している。
「アグネスさん、猫が大好きですもんね〜」
 何気ない言葉だがアーニャはその違和感を意識せず、そしてアグネスの相棒も何も言わず。
「……まぁ、いいか。暇だしな」
 仕方なさそうな顔で溜め息をつきつつも、どうやら彼女に付き合う気らしい。
「でも知らなかったですよ〜、私の相棒さんがアグネスさんにラブだなんて〜」
「そうか? って、そうかもな」
 そんな会話の間にも、レンズ越しに見守る二人の距離が近付いて。
「いけ〜、そこだ〜〜」
 遠眼鏡でその様子をじっと観察しながら、アーニャは声援を送った。

   ○

「ふ……いい心地」
 程よく酔いが回ったか、ほぅと隣でアグネスは艶めいた息を吐いた。
 傍らに手を付き、身を乗り出すようにして、すっと【彼】の顔を覗き込む。
「お酒のお礼に、踊りはどう……?」
 目を細めて問う仕草が、どこか猫のようだと頭の隅で思いながら、【彼】は頷き返した。
「是非、ゆっくりと見たいものだな」
「じゃあ。もうすぐ来る、春を願う踊りがいいかな」
 ワインのグラスを彼の手に残し、優雅に立ち上がる後ろの姿を【彼】は視線で追い。
 たった一人の観客のために、うやうやしくアグネスが一礼した。
 ステップを踏めば、しゃらしゃらと鈴が鳴り。
 緩やかな衣に風をまといながら、軽やかに踊り手は舞う。
 差し伸ばす手は弧を描き、天を示し。
 冬の長いジルベリアで、春待つ幾つもの町や村で頼まれ、披露してきた祈りの踊りを【彼】は愛しそうにじっと見つめていた。
 一挙手一投足、細やかな仕草や表情の一つ一つ全てを見逃さず、そして心へ刻むかの如く。
 舞を終えると片足を引いて交差し、両手を広げたまま、ふわりとアグネスが頭を下げる。
 顔を上げた清しい笑みを【彼】はじっと見つめ、それから思い出したように両手を打ち、拍手を贈った……人の流儀に倣って。
 嬉しそうに微笑んだアグネスは彼の隣へ戻り、すとんと腰を下ろす。
 その距離は、さっきよりずっと近い。
「素敵な踊りだった」
「ありがとう」
 再び満たしたグラスを【彼】が勧めれば、受け取ったアグネスはこくりとワインを喉へ流し込む。
 それからこつんと、彼の肩へ柔らかな髪が触れた。
「どうした?」
「ふふっ、不思議ね。あんたとは、こうしてるのが自然な気がするの」
「アグネス……」
 すぐ傍らでじっと見上げる瞳に、想いを告げるか否か【彼】は迷う。
 これが午睡の夢だとしても、夢から覚めた時にアグネスがそれを覚えているかどうか。
 もしも、仮に覚えていたら……?
「ね、大好きよ。だって、可愛いんだもの。……ん、可愛い?」
 自然と言葉を口にしてから、かくりと小首を傾げるアグネス。
 自分の姿と言葉の差異に、違和感があったのか。でも今の姿を『可愛い』と言われる事には、【彼】も胸中複雑で。
「その言葉は光栄だが、可愛いは……ちょっとな」
「でも、そう思うの。不思議ね」
 軽く抗議すれば彼女は笑い、グラスに残ったワインを飲み干す。
「だが、これでやっと言える」
「……ん?」
 目覚めても、このひと時を彼女が覚えていても、いなくても。
 例え、夢と共に忘れ去ってしまっても……自分の想いは変わらないと、ある種の『覚悟』を【彼】は決め。
 意を決して細い肩へ置いた手に力を込めて、彼女を抱き寄せた。
「アグネス、俺はお前が……」
「どしたの、急に真面目な顔し……っん……」
 問いは、そこで途切れる。
 二人の間に、距離はなく。
 おとがいに指をかけ、【彼】は彼女の言葉を封じた。
 いつもの様に彼を撫でる、たおやかな指。
 束の間、驚いていたアグネスも、そっと目を閉じ……。

   ○

 目を、開く。
 くしと先が白い前足で顔を拭ってから、じっとそれを見下ろす。
「……夢、覚めちまったのか」
 長椅子の肘掛けに身をもたせかけ、眠っているアグネスの膝の上にミハイルはいた。
 未だ眠りの中にいる彼女へそっと顔を近付け、ちらりと顔を舐めて。
「ん……?」
 身じろぎする様子に目を覚ましたかと、慌てて膝からぽんと降りる。
 夢は、夢。
 彼女がそれを覚えているかどうかは分からないし、同じ夢を見ていた保証はもっとない。
 それならば彼が見た夢もまた、今は夢のままであれ……と。
「ミハイルさーん、どこですか?」
 やがてアグネスに続いて目を覚ましたアーニャの声にも素知らぬ振りで、二つに分かれた黒い尻尾が少しだけ開いた扉の向こうへするりと消えた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia5465/アーニャ・ベルマン/女性/外見年齢22歳/弓術師】
【ib0058/アグネス・ユーリ/女性/外見年齢20歳/吟遊詩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「Sweet!ときめきドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 年末の温泉イベシナ以来のご無沙汰となります。今回はノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございました。
 夢の中のひと時、そして相棒さんの擬人化と、いつもはないシチュエーションを楽しく書かせていただきました。
 書かせていただくのは二度目となる、ミハイルさん。きっちりと書くのは今回が初めてとなりましたが、イメージに沿っているかどうか……少しはらはらしつつ。合わせて、今後をひっそりと見守らせていただきます。
 ただ残念なのですが、「夢オチでも、それが擬人化した相棒でも、「発注したPCさん以外のPCらしき人」の名前を出しちゃダメ」という決まりがありまして。故にミハイルさんもヴィントさんも、夢の中では【彼】といった表現になっております。そこは申し訳ありません……!
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
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舵天照 -DTS-
2011年03月22日

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