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『Sweet Dream【Chocolate Hug】 』
サヴィーネ=シュルツ(ga7445)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 お菓子のように甘く優しいひととき。
 その瞬間に、見る夢は――。


「バレンタインか……」
 サヴィーネ=シュルツは天井を見つめて呟いた。
 世間ではバレンタイン、誰もがそれぞれに想いを抱いて心を贈る。だがサヴィーネはベッドに横たわっていた。「手」を動かそうにも動かない。そして「足」も。
 これまでの依頼などでサヴィーネの義肢に重ねられた負担は決して小さくはない。そのため、義肢の大規模な調整に入っていたのだ。
 恋人の様子を、ベッドの端に座って心配そうに見つめるのはルノア・アラバスター。
「どこか、痛い、ところ、ない……?」
 サヴィーネの額から頭頂部へと丁寧に手で何度も撫でつけ、穏やかな声を降らせる。
「まぁ、毎度のことさ。心配するほどじゃないよ」
 ルノアの手を握りたい衝動に駆られるが、今はじっと我慢だ。軽く目を細めて手の感触を堪能する。
 義肢の調整はせいぜい一日、二日で済むのだが、ルノアが看護を買って出てくれたことは嬉しかった。
 しかしどうしたものだろう――サヴィーネは眉を寄せる。
「どう、したの?」
「なんでもない」
 首を傾げるルノアに笑顔を見せて誤魔化す。彼女はまだ首を傾げたままだが、それ以上何も訊かずに立ち上がると、サイドテーブルに置かれた林檎とナイフを手に取り、皮を剥き始めた。
「この、林檎……、とても、甘い、の」
 そう言って細い指先で林檎を回しながら、ナイフの刃を皮に滑らせていく。これだけならば非常に微笑ましくて照れ臭くて、幸福な光景なのだが――サヴィーネはルノアに悟られないように頬を引き攣らせて凝視していた。
 ――危ない、危ない、あ、そんなことしたら親指が、あ、あ、どうしてそれで指が切れないのか不思議……あ、あ、あぁぁぁぁぁっ。
 できないことを数えるほうが難しいようなサヴィーネには、ルノアの危なっかしい手つきがもどかしくてたまらない。だが、どうすることもできない。ひたすら「皮を剥いても林檎が赤い」「皮を剥いたら実がなかった」などという状態にならないことだけを祈る。
 十分経ち、二十分経ち――三十分が過ぎる頃、ようやく林檎の皮が剥けた。ちょっと……いや、かなり不格好になってはいるが、実はそれなりに残っている。そして赤くない。サヴィーネは安堵の吐息を漏らしながら、額に玉のような汗を浮かべる恋人を見つめた。
「頑張ったな」
 その言葉に、ルノアは少し頬を染めて笑う。比較的綺麗な一切れをフォークで差し、サヴィーネの口元へと持って行った。
「……はい、あーん?」
「……、あ、あーん」
 思わず周囲を確認してから口を開けるサヴィーネ。ここは自分の部屋だ。誰かに見られているわけではないというのに、少しばかり気恥ずかしい。口に広がる、少し酸味のある甘みに浸りつつ、次の一口もまた頬を染めて受け止める。
 ルノアはそれは嬉しそうに林檎を運び、他愛もない話を聞かせてくれていた。依頼で何があっただの、友達がこういうことを言っていただの。楽しそうに話す姿に、サヴィーネも嬉しくなる。
 だが、同時に若干の不安もあった。
「それで、丁度、その時に、ね……?」
 話を続けようとしたルノア、しかしサヴィーネはそれをそっと制止するように首を振る。
「あぁ、そう言えばね、ノア――」
「なに……?」
「林檎の芯は……、その、困る」
 しかも、小さな茎つき。若干申し訳なさげなサヴィーネに、ルノアは何を思ったのか茎を抜いて捨てると、芯を皿の上で細かく砕き始めた。どすどすと振り下ろされていくナイフの勢いは結構凄い。
「細かく、した、から……これで、大丈夫」
「……ありがとう、ノア」
 サヴィーネは芯のみじん切りを受け入れた。ここには自分しかいない。「他の人にも分けてあげて」という離れ業は通用しないのだ。だが、危なっかしい手で自分のために必死になって林檎をむいてくれたのは素直に嬉しい。
「今まで食べたどんな林檎よりも美味しいよ」
 それは、本心からの感想だった。

 少し、焦げ臭い。
 うとうとしていたサヴィーネは、鼻腔をつく匂いに目を覚ました。
 キッチンでは何やらがたがたと派手な音がしており、時折ルノアの声も聞こえてくる。焦げ臭さには若干の甘みもあり、黒煙が筋となってこちらの部屋にまでたなびいてくるが、火事というわけではなさそうだ。
「何を作っているんだろう……」
 この甘い香りはチョコレートだろう。バレンタインだからきっと何か用意してくれているのだろうが――。
 そういえば、先ほどから時折キッチンに籠もっては何かをしていた。出てくるたびに頭にチョコレートが乗っかっていたり、腕に小さな火傷の跡があったり、鼻の頭に生クリームがついていたり、エプロンが裏返しになっていたり。
 ルノアの料理スキルがほぼ皆無であることは当然サヴィーネも知っている。一体何をしているのか、想像に難くないが――恐らくは、想像以上のことをしているのだろう。
「……がんばれ、ノア」
 心配ではあるが、彼女の気持ちが心地よい。サヴィーネは微かに笑んで、キッチンのほうを見つめる。
「しかし、どうしたものだろう……」
 思わず漏れる言葉。先ほどと同じ思考が脳裏を過ぎる。
 ルノアが看護を買って出てくれたことは嬉しい。
 嬉しいが、風呂もトイレも食事も何もかも、ルノアに任せることになる。
「……冷静に考えたら、すごく恥ずかしいぞ?」
 服を脱がしてもらったり、身体を洗ってもらったり、先ほどのように「あーん」だったり、口の周りについたものを拭いてもらったり、髪をといてもらったり、考えればキリがない。
 もちろん自分は何もできないのだから、されるがままというわけで――。
「自分から攻めることができないというのは、なんというか……」
 ――弱い。
 サヴィーネは気づかずうちに耳まで真っ赤になっていた。

「どうした、の……? 顔、赤い」
 戻ってきたルノアがサヴィーネの額に手を当て、熱がないか確認する。サヴィーネは慌てて「なんでもない」と取り繕った。
 ちらりとルノアの状態を確認する。
 今度は頬に溶けたチョコレート。熱くないのだろうかと少し気になるが、本人は平然としているのでそれほどでもないのだろう。それから、首筋とか手の甲とか、露出している部分に点々とチョコレートがついている。エプロンは新しくなっており、服も着替えたようだ。
 心なしかしょんぼりとしているように見える。恐らく失敗に失敗を重ねてしまったのだろう。
「着替えたのか? それに、元気がない」
「え、あの、うん、ちょっと……」
 ドジ、しちゃった、から――消え入りそうな声で言うルノア。サヴィーネがくすりと笑むと、彼女は少し控え目にホットチョコレートを差し出した。
「コレしか、出来なく、て……」
 俯いたままのルノアは、少しつつけば今にも壊れてしまいそうなほどに落ち込んでいる。サヴィーネは「飲ませて?」と促した。
「熱い、から、気を、つけて」
 ルノアがサヴィーネの上体をそっと起こし、ホットチョコレートを飲ませる。喉に流れる甘くて熱い感触にサヴィーネは吐息を漏らし、ルノアを見つめた。
「美味しいよ、とても」
「本当……? よかった!」
 ぱぁっと顔が輝くルノア。先ほどまでの落ち込みは一瞬にして消え去り、今はもう尻尾を大振りにして喜ぶ子犬のようだ。
「コレ、も、あげる」
 ごそごそと、スティック状になっているチョコレート菓子も差し出す。サヴィーネは「ありがとう」と頷き、ちらりと棚に視線を移した。ルノアも釣られてそちらを見る。
「そこの引き出しの上から二番目、開けてごらん」
「ここ……?」
 言われるがままにルノアが引き出しを開けると、そこには綺麗にラッピングされた箱があった。丁寧に包装を剥がして中を見たルノアは、先ほど以上に頬を綻ばせてサヴィーネを見る。
 中は手作りのハートのチョコレート。手渡しというわけにはいかなかったが、喜んでもらえたようでよかった。
 サヴィーネは恋人の笑顔を目に焼き付ける。大切な笑顔。それは他の誰のものでもなく、自分だけのものなのだと思うとたまらなく嬉しい。
「それ、食べたいな」
 チョコレート菓子に視線を移して言えば、ルノアはぶんぶんと首肯し、てきぱきと箱から一本取り出して「あーん」。サヴィーネがそれを頬張り始めると、嬉しそうにベッドに飛び乗り――。
「……んくっ!?」
「……ん!」
 ――反対側からくわえて、ぽりぽりと食べ始めた。
 視線を交わらせたまま、無言で両端から食べ進めていく。
 ゆっくり、ゆっくり……互いの顔が近づくのを感じながら。
 唇が近づくにつれて自然と瞼が閉じていくけれど、でもそれさえももったいないと言いたげにふたりは瞼を開けて互いの目を覗き込み、鼻先が触れるのを感じる。
 あと少し、あと……少し。
 このひとときがとても長く感じる。まだチョコレート菓子はあるのだから、この一本が終わってしまっても次を食べればいいこと――。でも、少しでも長くこの感覚を味わっていたい。
 スティック状のクッキーをコーティングしているチョコレートは口の中で溶け、甘い感触を広げていく。もうすく恋人の唇と重なれば、きっとチョコレート以上の甘さを堪能できるのだろう。
 かさり、ふたりの睫が――触れた。
 そのまま睫を絡ませるように目を閉じ、そして――ふわりと、重なる唇。
 チョコレートの味を忘れるくらいの甘さにふたりとも酔いしれる。先ほどの菓子とは対照的に柔らかい感触は、いくら食べても食べ尽くすことができない。
「……ノア」
 少しだけ、唇が離れた。その瞬間に恋人の名前を呼んだサヴィーネは、そのまま唇をずらし――ルノアの頬についたチョコレートに触れる。
「あ……」
 頬を染め、一瞬だけ身体を強ばらせるルノア。しかしすぐにサヴィーネを強く抱きしめ、その髪をかきまぜるように撫で――再び睫を、鼻先を、そして唇を、絡みつかせて堪能する。
「……すき」
 その言葉はどちらが漏らした吐息だろうか。
 重なる心と吐息が、離れることはなかった。

 ――ハッピーバレンタイン


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga7445/ サヴィーネ=シュルツ / 女性 / 17歳 / イェーガー】
【gb5133/ ルノア・アラバスター / 女性 / 12歳 / フェンサー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■サヴィーネ=シュルツ様
お世話になっております、そして初めまして。佐伯ますみです。
「Sweet! ときめきドリームノベル」、お届けいたします。
今回、初めて書かせていただきますので、依頼の作戦卓や兵舎などを何度も確認してイメージを固めて書かせていただきました。
少しでもサヴィーネ様のイメージに合っているといいのですが……緊張します。何かありましたら、遠慮なくリテイクかけてやってくださいませ。
ルノア様との素敵なご関係にほっこりしつつ、そして途中で少し脱線しつつ、おふたりの甘いひとときを書かせていただきました。
サヴィーネ様のノベルは、サヴィーネ様視点となっております。ルノア様のノベルと比べてみてくださいね。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
また、お届けが若干遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
暖かくなってきましたがまだ寒い日も訪れることと思いますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2011年 3月某日 佐伯ますみ
Sweet!ときめきドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2011年03月23日

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