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『Sweet Dream【Chocolate Hug】 』
ルノア・アラバスター(gb5133)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 お菓子のように甘く優しいひととき。
 その瞬間に、見る夢は――。


「バレンタインか……」
 ルノア・アラバスターは、天井を見つめて呟く恋人の声に表情を緩めた。
 世間ではバレンタイン、誰もがそれぞれに想いを抱いて心を贈る。だが恋人のサヴィーネ=シュルツはベッドに横たわっていた。
 これまでの依頼などでサヴィーネの義肢に重ねられた負担は決して小さくはない。そのため、義肢の大規模な調整に入っていたのだ。
 ルノアはそんな恋人の様子を、ベッドの端に座って見つめていた。
「どこか、痛い、ところ、ない……?」
 サヴィーネの額から頭頂部へと丁寧に手で何度も撫でつけ、穏やかな声を降らせる。
「まぁ、毎度のことさ。心配するほどじゃないよ」
 サヴィーネは軽く目を細めた。ルノアの手の感触を堪能しているのだろう。
 義肢の調整はせいぜい一日、二日で済む。そのあいだ、ルノアは恋人の看護を全て引き受けるつもりだった。
 ふいに、サヴィーネが眉を寄せる。
「どう、したの?」
「なんでもない」
 首を傾げるルノアに笑顔を見せて誤魔化すサヴィーネ。何を考えているのか気になるが、必要以上に訊くつもりはない。きっと訊けばくすりと笑んでしまうような、とても愛おしい思考だろうから。ルノアは立ち上がると、サイドテーブルに置かれた林檎とナイフを手に取り、皮を剥き始めた。
「この、林檎……、とても、甘い、の」
 そう言って細い指先で林檎を回しながら、ナイフの刃を皮に滑らせていく。これだけならば非常に微笑ましくて照れ臭くて、幸福な光景なのだが――サヴィーネが頬を引き攣らせて凝視していることにルノアは気がつかない。
 危なっかしい手つきで、ざしゅっ、ざしゅっ、と果汁が飛び散る音をさせながら皮を剥いていく。
 十分経ち、二十分経ち――三十分が過ぎる頃、ようやく林檎の皮が剥けた。ちょっと……いや、かなり不格好になってはいるが、実はそれなりに残っている。ルノアは達成感に浸り、額に浮かんだ玉のような汗を拭った。
「頑張ったな」
 サヴィーネがかけてくれる言葉に、ルノアは少し頬を染めて笑う。比較的綺麗な一切れをフォークで差し、サヴィーネの口元へと持って行った。
「……はい、あーん?」
「……、あ、あーん」
 思わず周囲を確認してから口を開けて受け入れるサヴィーネ。もしかして少し気恥ずかしいのだろうか。可愛い。ルノアは思わずそう感じてしまう。
 大好きな大好きな恋人。
 一緒に居られるだけでも嬉しい、掛けられる言葉、してもらえること、全てが嬉しくて幸せなルノア。今、こうして恋人の役に立てていることもたまらなく幸せで、だからこそなんでもしてあげたくなってしまう。
 お風呂も、トイレも、食事も、何もかも。
 他の誰にも譲りたくない、渡したくない――自分だけの、サヴィーネ。
 ルノアはそれは嬉しそうに林檎を運び、他愛もない話を始めた。依頼で何があっただの、友達がこういうことを言っていただの。
「それで、丁度、その時に、ね……?」
 話を続けようとしたルノア、しかしサヴィーネはそれをそっと制止するように首を振る。
「あぁ、そう言えばね、ノア――」
「なに……?」
「林檎の芯は……、その、困る」
 フォークに刺さった林檎の芯――しかも茎つき――を見て、若干申し訳なさげに言うサヴィーネ。
 ――あ、そう、か。
 ルノアはなるほどと思い、おもむろに茎をひっこ抜いて捨てると、芯を皿の上で細かく砕き始めた。どすどすと振り下ろされていくナイフの勢いは結構凄い。
「細かく、した、から……これで、大丈夫」
「……ありがとう、ノア」
 サヴィーネは芯のみじん切りを受け入れた。ほんの少し複雑な表情をしているように思えたが、すぐに笑顔になってみじん切りを次々に頬張っていく。
「今まで食べたどんな林檎よりも美味しいよ」
 それは恐らく嘘偽りのない言葉。ルノアは全身にあふれ出る幸福を感じていた。

「材料が、ない……」
 ルノアはキッチンのテーブルに広がる製菓材料を見て呆然とする。
 きっちんには焦げ臭い匂いが充満し、目の前にはほとんど使い果たしてしまった生クリームのパックや、チョコレートの包み紙。念のために二パック用意していた卵は全て電子レンジの中で爆発し、洋酒は先ほど全身に浴びてしまったので着替える必要があるだろう。
 一体何をどうやったらこんな状態になるのか、自分でもいまいちよく思い出せない。
 看護の傍ら、隙を見てはバレンタインのプレゼントを作っていたルノア。料理本のとおりに作っていたはずなのに、もうチョコレートと砂糖くらいしか材料が残っていない。冷蔵庫に牛乳くらいならあるかもしれないけれど。
「一度、片付け、て……」
 それから改めて、残った材料でホットチョコレートを作るしかなさそうだ。ルノアは一旦、散乱するボウルやハンドミキサーや鍋を片付けようとした。
 ――が。
「あ、あわわ……!?」
 がしゃーんっ。
 それはもう派手な音を立ててすっ転び、頭にボウルを被ってしまったり、まだ少し残っていた生クリームに手を突っ込んでしまったり。
「……が、がんばら、なきゃ」
 少し泣きそうになるものの、ルノアは気合いを振り絞って立ち上がった。
 まだ、焦げ臭い匂いは続いている。そういえば、先ほどチョコレートを「ゆせん」していたはずだ。慌ててコンロを見ると、鍋に入れたチョコレートとお湯が不気味に混ざり合って、ぐつぐつと煮えたぎっていた。
「ゆせん……した、のに」
 鍋に入れたチョコレートの上に、湯で蓋をして煮込んだのに。どうして焦げてしまうのだろう。ルノアは首を傾げ、焦げた鍋も片付け始めた。
 ――「湯煎」じゃなく「湯栓」をしていたのだが、最後までそれには気づかないままに。

 悪戦苦闘の末にようやくホットチョコレートを完成させると、ルノアは着替えてサヴィーネの元へと戻った。トレイに乗せたホットチョコレートに溜息を落とす。自分の不甲斐なさにしょんぼりとして。
 サヴィーネは耳まで真っ赤になっており、ぼんやりとしていた。
「どうした、の……? 顔、赤い」
 慌てて額に手を当て、熱がないか確認する。サヴィーネは「なんでもない」と取り繕った。
「着替えたのか? それに、元気がない」
「え、あの、うん、ちょっと……」
 鋭い問いを投げかけてくる恋人に、「ドジ、しちゃった、から」と消え入りそうな声で言うルノア。しかしサヴィーネが優しく笑んでくれたので、少し控え目にホットチョコレートを差し出した。
「コレしか、出来なく、て……」
 俯いたままのルノア。申し訳なくてサヴィーネの顔を見ることができない。だが、サヴィーネは「飲ませて?」と促してきた。
「熱い、から、気を、つけて」
 ルノアがサヴィーネの上体をそっと起こし、ホットチョコレートを飲ませる。サヴィーネはこくりと一口飲み干すと吐息を漏らし、ルノアを見つめた。
「美味しいよ、とても」
「本当……? よかった!」
 ぱぁっと顔が輝くルノア。先ほどまでの落ち込みは一瞬にして消え去り、今はもう尻尾を大振りにして喜ぶ子犬と化している。
 よかった、よかった、よかった!
 失敗、した、けれど、美味しい、って、言って、もらえた。
 うれしい、うれしい……!
「コレ、も、あげる」
 ごそごそと、スティック状になっているチョコレート菓子も差し出す。サヴィーネは「ありがとう」と頷き、ちらりと棚に視線を移した。ルノアも釣られてそちらを見る。
「そこの引き出しの上から二番目、開けてごらん」
「ここ……?」
 言われるがままにルノアが引き出しを開けると、そこには綺麗にラッピングされた箱があった。丁寧に包装を剥がして中を見たルノアは、先ほど以上に頬を綻ばせてサヴィーネを見る。
 中は手作りのハートのチョコレート。サヴィーネが自分のために作ってくれたのかと思うと、もうそれだけでどうにかなってしまいそうだ。
 それに引き換え、自分は――と一瞬だけ思うが、しかしサヴィーネも自分と同じで、ルノアが作ったものならどんなものでも喜んでくれると知っている。今、自分とサヴィーネはまったく同じ気持ちでいるいのだろう。
 そう思うと、たまらなく幸せだ。
「それ、食べたいな」
 サヴィーネがチョコレート菓子に視線を移して言えば、ルノアはぶんぶんと首肯し、てきぱきと箱から一本取り出して「あーん」。サヴィーネがそれを頬張り始めると、嬉しそうにベッドに飛び乗り――。
「……んくっ!?」
「……ん!」
 ――反対側からくわえて、ぽりぽりと食べ始めた。
 視線を交わらせたまま、無言で両端から食べ進めていく。
 ゆっくり、ゆっくり……互いの顔が近づくのを感じながら。
 唇が近づくにつれて自然と瞼が閉じていくけれど、でもそれさえももったいないと言いたげにふたりは瞼を開けて互いの目を覗き込み、鼻先が触れるのを感じる。
 あと少し、あと……少し。
 このひとときがとても長く感じる。まだチョコレート菓子はあるのだから、この一本が終わってしまっても次を食べればいいこと――。でも、少しでも長くこの感覚を味わっていたい。
 スティック状のクッキーをコーティングしているチョコレートは口の中で溶け、甘い感触を広げていく。もうすく恋人の唇と重なれば、きっとチョコレート以上の甘さを堪能できるのだろう。
 かさり、ふたりの睫が――触れた。
 そのまま睫を絡ませるように目を閉じ、そして――ふわりと、重なる唇。
 チョコレートの味を忘れるくらいの甘さにふたりとも酔いしれる。先ほどの菓子とは対照的に柔らかい感触は、いくら食べても食べ尽くすことができない。
「……ノア」
 少しだけ、唇が離れた。その瞬間に恋人の名前を呼んだサヴィーネは、そのまま唇をずらし――ルノアの頬についたチョコレートに触れる。
「あ……」
 頬を染め、一瞬だけ身体を強ばらせるルノア。しかしすぐにサヴィーネを強く抱きしめ、その髪をかきまぜるように撫で――再び睫を、鼻先を、そして唇を、絡みつかせて堪能する。
「……すき」
 その言葉はどちらが漏らした吐息だろうか。
 重なる心と吐息が、離れることはなかった。

 ――ハッピーバレンタイン


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb5133/ ルノア・アラバスター / 女性 / 12歳 / フェンサー】
【ga7445/ サヴィーネ=シュルツ / 女性 / 17歳 / イェーガー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ルノア・アラバスター様
お世話になっております、そして初めまして。佐伯ますみです。
「Sweet! ときめきドリームノベル」、お届けいたします。
今回、初めて書かせていただきますので、依頼の作戦卓や兵舎などを何度も確認してイメージを固めて書かせていただきました。
少しでもルノア様のイメージに合っているといいのですが……緊張します。何かありましたら、遠慮なくリテイクかけてやってくださいませ。
料理に関しまして、過去の依頼などからあのように書いてみました。林檎とか、林檎とか、卵とか。
ルノア様のノベルは、ルノア様視点となっております。サヴィーネ様のノベルと比べてみてくださいね。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
また、お届けが若干遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
暖かくなってきましたがまだ寒い日も訪れることと思いますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2011年 3月某日 佐伯ますみ
Sweet!ときめきドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2011年03月23日

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