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『茶話小景。〜君と、君との 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 そこは小さなお茶屋さんだ。お品書きに書かれているメニューは決して多くはない。けれどもお願いすれば、叶う限りの希望のメニューを揃えてくれる。
 恋人との久し振りのデートのために玖堂 羽郁(ia0862)がその店を選んだのは、彼が手に入れた草紙にそんな紹介文が載っていたからだった。巷で評判の甘味屋を集めて紹介したその草紙は、今日のデートのために真っ先に購入したものである。
 場所もそう遠くはないし、草紙に載っていたお品書きも羽郁の好みに合っていた。そうして何より大切な事には、きっと彼女も気に入ってくれるだろう、と草紙に載っていた他のどのお店よりも強く感じられたからで。
 薄茶のロングコートを閃かせながら、待ち合わせの場所に向かう。いつもとはがらりと雰囲気を変えて、今日の羽郁はジルベリア風の服だ。ロングコートの中には白Yシャツとズボンを身につけていて、青ネクタイをきゅっと締め、黒のベストで全体を引き締めている。
 ブーツの足下が、街角を楽しそうに通り抜けた。羽郁が歩く度に緩く編んだ三つ編みの尻尾がぴょんぴょん跳ねる。
 そうして待ち合わせの場所に着くと、恋人、佐伯 柚李葉(ia0859)もちょうどやって来た所だった。明るい色のコートの下からワンピースが覗き、首元には春色の透かし編みのストールを巻いている。
 柚李葉は羽郁の姿を見ると、ぁ、と小さく口を開けた。それからにこっとはにかんで、胸の辺りで小さく手を振る。そんな姿も愛らしいと、羽郁は胸の中で小さくぐっと拳を握りながら、彼女に手を振り返した。

「ちょうど良いタイミングだったな♪」
「うん」

 頷きながら2人、連れ立って歩き出す。もちろんここで、草紙を取り出すような羽郁ではない。ここに来るまでにちゃんと、目的のお店までの道は頭の中に叩き込んできた。
 どことなしに賑やかな町を、2人で歩く。幾つかの小路を通り抜け、覚えてきた目印に間違いない事を確認して、角を何度か曲がり。
 ふいに柚李葉が、あれ、という顔で首をかしげた。なんだろう、と思いながら最後の角を曲がると、そのお茶屋さんがすぐ目の前に現れる。閑静なたたずまいの、落ち着いた、けれども決して古臭い訳ではないお店。
 ほっ、と内心息を吐き出して、柚李葉を振り返る。そうして笑顔を浮かべかけて、ぽかん、とした彼女の表情を見て首をかしげる。

「‥‥柚李葉?」
「まさか‥‥本当に? あの頃と全然変わってない‥‥」
「‥‥へ? 柚李葉、この店知ってたのか!?」

 そうして呆然とした彼女の唇から零れてきた言葉に、今度は羽郁の方がびっくりして目を見開いた。うん、と頷く柚李葉の眼差しは、けれどもまだどこか戸惑う風だ。
 あちらこちらをきょろきょろ見回し、中を背伸びで覗き込みながら、実はね、と話してくれたことには。

「‥‥柚李葉の思い出のお店?」
「そうなの」

 こっくり、羽郁を見上げて懐かしそうに微笑んだ彼女の顔に、ほんの少しの落胆と、けれどもそれを上回る幸せを感じて羽郁は目を細めた。
 甘味草紙でこのお店を見つけたとき、きっと彼女も気に入ってくれるに違いない、どんな顔で喜んでくれるだろうか、と色々想像を巡らせたものだ。けれどもこのお店の事を柚李葉は最初から知っていて、それはほんのちょっとだけ、彼女を驚かせようとわくわくしていた気持ちがしぼむ事実で。
 だがこのお店でなければ、柚李葉のこんな表情は見られなかっただろう。彼女にこんな表情をさせる、彼女の思い出の店で新しく2人の思い出を刻む事など、出来はしなかっただろう。
 それを思うと羽郁は、なんていう幸せなのだろう、と奇しき縁に眩暈すら感じる。知らず、年相応の少年のようにも見える笑みを浮かべながら、柚李葉を促してお茶屋の暖簾を潜り抜けた。
 中で出迎えてくれたのは、おっとり笑顔が優しい妙齢の女性。

「いらっしゃいませ。お召し上がりですか?」
「は、はい!」

 女性の言葉に、答えたのは柚李葉だった。ぴんと背筋を伸ばして、まるで幼い子供のように。それからはっと気付いたように顔を真っ赤に染めて小さく「また、来ました」と呟いた彼女と、そんな彼女を見守る羽郁をほんの少し不思議そうに見ていた女性は、不意に思い至ったように頬を緩ませて「いらっしゃい、お待ちしてたわ」と微笑んだ。
 今度は羽郁が、柚李葉と女性を見比べる番だ。そんな羽郁をちらりと見上げて、柚李葉は「後でね」とはにかみ。女性は穏やかな微笑のまま「それじゃ、席にご案内しますね」とお品書き、と筆で流暢に綴られた綺麗な冊子を胸に抱いた。
 こちらへどうぞ、と歩き出した女性の後について、ほんの少しざわめきに満ちた、けれども静かな店内を進む。あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせている客の声が聞こえてきた。
 案内されたのは見晴らしが良くて、暖かな日差しが程よく射し込む中庭に面した席だ。向かい合わせで席に着くと、机の真ん中に置いたお品書きをめくりながら、柚李葉が昔この店に来たときの事を楽しそうに教えてくれた。
 温かなお茶を持ってきた女性が、羽郁と柚李葉の前に湯飲みを置く。そうして「お決まりですか?」と首を傾げた彼女に、それぞれ注文を告げる――柚李葉はフルーツ白玉餡蜜を。羽郁は、抹茶風味の寒天ゼリークリーム載せに早積み苺をあしらったぱふぇを――せっかくだから柚李葉とは違う物を頼みたくて。
 それから、苺大福も出来ますか、と尋ねる。こちらは柚李葉の養母へのお土産に持ち帰るつもりだと、合わせて告げると女性は微笑んで、聞いてきますね、と奥へ引っ込んでいった。
 そのまま、女性が戻ってくるのを待ちながら他愛のない雑談を、重ねる。先日の依頼はどうだったとか、この頃の天気の具合とか。もうじきすればたくさんの花が咲くとか、そういえば庭の花がとか、そんな話を。
 やがて女性が2人の注文の品と一緒に戻ってきて、それぞれの前に器を置きながら、お土産は大丈夫だそうですよ、と2人に微笑んでいった。ほっと顔を見合わせて、安心して目の前に置かれた甘味の器を突付き始める。
 抹茶寒天はしっかりとお茶の香りの立った、けれども苦味はそれほど感じない味で。上品な甘さで口当たりの良いクリームが、まだちょっぴり酸っぱい苺を柔らかく包み込む。
 うん、と満足に頷いた。甘味草紙のお品書きを見たときからそんな気がしていたけれども、やっぱり、このお店は羽郁の好みに合うようだ。
 見ると柚李葉もフルーツ白玉餡蜜を口に運んで、ほっこり目を細めている。羽郁の眼差しに気付くと、にこっ、とはにかむように笑って白玉と一口大に切ったフルーツを載せた匙を、はい、と羽郁の前に出してくれた。
 その匙と、彼女のはにかむような笑顔を見比べると、柚李葉はちょっと恥ずかしそうな、どこか困ったような表情へと変わる。羽郁はそれを見つめながら、知らず、満面に笑みを湛えて柚李葉の持つ匙に、嬉しそうに口をつけた。
 わ、と差し出した柚李葉の方が真っ赤になって、おたおたと自分の手と羽郁の飲み込んだ匙を見比べている。そんな彼女の前に、今度は自分の抹茶寒天とクリームと苺を載せた匙をはい、と出すと、柚李葉は耳まで真っ赤になって救いを求めるようにちら、と羽郁を見上げた。
 期待を込めた眼差しで、そんな柚李葉をじっと見つめ返す。そうしてそのまま、しばしの沈黙。

「‥‥ッ」

 やがて何かの決意を固めたような眼差しで、柚李葉はぎゅっと目を瞑り、羽郁の差し出した匙をぱくん、と飲み込んだ。その瞬間の、羽郁の心情をとても一言で表現することは出来ない――強いて言えば『ぐっ』とガッツポーズを握りたい、そんな心境。
 せっかくだから『あーん♪』て食べさせ合いたい、と思っていたのだ。だからこそ、彼女と違うメニューの甘味を頼んだわけで――そうして、どのタイミングでそれを切り出そうかな、どうもって行けば一番自然に彼女に受け入れてもらえるかな、なんて忙しく考えていたわけで。
 それなのに、柚李葉の方から匙を差し出してくれたこの行幸を、見逃す手が、一体どこにあると言うのだろう?
 そんな事を考えながら、もごもごと口を動かす柚李葉の、恥ずかしさと、それから口の中にふんわり広がる甘さにほっこりとした、複雑な表情をにこにこ見つめる。とても、この上なく、完膚なきまでに幸せな一時だ。
 だが、その穏やかなひとときの流れで、羽郁が口にした言葉を耳にした瞬間、柚李葉の顔がさっと強張ったのが、解った。 

「柚李葉。今度、玖堂の本邸に遊びに来ないか?」

 それは今日、柚李葉と会ったら絶対に言おうと思っていたことだ。羽郁の実家であり、一族である句倶理の里・玖堂家本邸への招待。姉や父はもちろん彼女が遊びにくると言うだけで喜ぶし、一族の人間だって多くが彼女を見たいと望んでいる。
 けれども。

「‥‥私で良いの?」

 ことん、と匙を置いて目を伏せ、呟いた柚李葉の表情は、決して明るいものではない。
 以前に招いた別邸ですら、まるで違う世界に紛れ込んでしまったように驚いていた柚李葉だ。まして今、羽郁が招いた玖堂家の本邸は、その別邸とは比にならないくらいに大きく、広い。
 寝殿造の丘城となった本邸は、東西南北の建物に加えて、玖堂家が祭事を行う祭神殿を備えている。そこで働く使用人だってもちろん、別邸よりもはるかに多い――大体百人程度か。
 その事は柚李葉にも、何かの折に話してあった。だからこそ、そんな大きな屋敷に自分が招かれる、という事に彼女は戸惑い、場違いなのではないかと不安を感じているのだろう。

「だって、私は元々は‥‥何処の家の子か解らないのに‥‥」
「でも。俺は『柚李葉』に遊びに来て欲しいんだ」

 瞳を伏せて、匙の動き止めた柚李葉の手の上に自らの手を重ね、だから羽郁は真剣な眼差しでそう訴える。彼が妻にと望み、玖堂家本邸に来て欲しいと願っているのは、どこかの名や身分のある姫君ではないのだと――そう思い込んでいるようにすら見える彼女の、不安を何とか解消したくて。
 柚李葉がずっと、自分の出自や身分を気にしているのは気付いていた。きっと、そうさせるだけのものが句倶理にもある。
 けれども羽郁の亡き母だって、最初から一族に歓迎されていたわけではない。母は理穴のとある下級氏族の出身で、父が一目惚れして口説き落とした。けれどもそんな母と父が付き合う事に、句倶理は反対をしたのだ。
 一族の人間ではないから。言葉にすれば解りやすく、それゆえにその意思を翻す事はなかなか容易ではないように思えた、その理由。
 それを翻すために、母が取った行動は極めてシンプルだった。

「母上は志体と明かして、実力を見せるために包丁1本で猪をなぎ倒し、菜箸を投げて飛んでる雉を撃落として、一族に認めさせたんだ」
「ぇ‥‥ッ」
「句倶理は強い力・心・運を持つ者が頂点に立つ一族なんだ。そして柚李葉はもう、一族に歓迎されてる――だから何の気兼ねも要らないんだ。ただ、俺の育った里に遊びに来て欲しい」

 言いながら、羽郁の脳裏によぎったのは双子の対たる姉の事だった。彼女はそれこそ一族に実力を認めさせ、陰陽師でありながら巫覡の一族の頂点に選ばれた――柚李葉に出会うまでは、文字通り唯一の半身だった姉。
 もし彼女を知らなければ、きっと今でも羽郁はただ姉だけを見つめていた。姉以上に心惹かれる相手が現れるなんて思ってもみなかったし、想像もつかなかった。
 けれども今は柚李葉が居て、彼女を妻に迎えたいと願う。そんな気持ちを与えてくれた柚李葉に感謝しているし、ギリギリの瞬間に姉と柚李葉のどちらを選ぶと言われれば、迷わず柚李葉を選ぶだろう。
 だがそれは、姉との絆が弱くなったわけではない。柚李葉を選ぶ事と、姉との絆はまた、まったく別のもので――それは決して揺らぐものではないのだと。自信を持っている反面で、それを告げれば逆に柚李葉に不安を与えてしまうのではないかと、実は心配しているのだけれども。
 柚李葉はしばらくの間、考えるように瞳を揺らしていた。揺らして、けれどもやがて確かめるような眼差しをそっと羽郁へと向ける。

「‥‥欲張りで、良い?」
「‥‥‥」
「私、は。あんまり強くないけど‥‥」

 そうして柚李葉は、力になりたいのだと、囁くように告白した。羽郁の。真影の。養父母の。そう‥‥願える事が、すでに彼女の強さであろうと思うのに。
 うん、と。ぽふり、手を伸ばして机の向こうの柚李葉の小さな頭を撫でたら、ぱちくりと目を瞬かせて、それからはにかむように微笑む。
 それを欲張りというのなら、もっとずっと欲張りになってくれて良いのだと思う。羽郁に聞くまでもなく、もっと貪欲に。‥‥けれども始まりを思えば、彼女のその言葉は千金にも値する尊いものだ。
 そのままにこりと微笑み合って、それ以上に答えを求める事はなく、再び甘味の攻略に取り掛かる。きっと、そのうち答えは貰えるのだろうと思ったし、何より甘味は美味しいうちに食べるのが一番だ。
 だから匙を動かしながら、また他愛のない雑談に興じる。抹茶寒天のほんのりした苦味を味わって、中庭の花が綺麗に咲き誇っているのに感心して。
 やがて食べ終わり、そろそろ行こうかと会計を済ませると、すでに頼んだお土産は用意されていた。柚李葉に手渡された紙包みは、羽郁が頼んだ苺大福だろう。羽郁に手渡された器には、柚李葉が選んでくれた、父や姉へのお土産が入っているはずだ――粒餡の白い兎饅頭と、漉し餡の薄紅色の兎饅頭。
 それぞれのお土産を手に持って、にこ、と微笑んでお店を出る。そうしてまだ、どこか夢見るような心地でお茶屋を振り返りながら、町を歩き始めた柚李葉の後ろから、羽郁は少し足早に歩み寄った。

「‥‥柚李葉。今日は、楽しかった」

 耳元で囁きながら、羽郁は彼女をすっぽりとコートで包み込むように背後から抱き寄せた。びっくりして動きを止めた彼女の頬に、チュッ、と小さくキスをする。
 一瞬の沈黙の後、ボンッ、と柚李葉の真っ赤に、それこそつま先からてっぺんまで染め上がったのが解った。そんな彼女の反応が可愛くて、愛しくて、コートの中でぎゅっときつく抱きしめる。
 こうやって、少しずつ。時間と想いを重ねて、彼女の中の不安を取り除いていければ良い。
 そう願いながら羽郁はじっと、噛み締めるように腕の中の彼女のぬくもりを感じていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 16  / 巫女
 ia0862  / 玖堂 羽郁  / 男  / 18  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

息子さんと恋人さんのお茶屋さんでの甘い一時、心を込めて書かせて頂きました。
ぇー‥‥と、色々とやり過ぎてる感がひしひしと胸に迫ってきております、本当にすみません(スライディング土下座
ちなみに蓮華がまず、書きながらお砂糖吐きすぎて七転八倒していたとかそんな(ぁ
ダイイングメッセージはきっと、お砂糖の味がすると思います(まだ言うか

息子さんのイメージ通りの、甘くてほんのり切なくて、心通うノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年03月28日

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