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『柊兄妹、ゲーセンに行く。 』
柊・夢稀8455)&柊・眠稀(8445)&(登場しない)


 今日も『白銀の聖域』と呼ばれる自習室で、眠稀は心地よい寝息を立てて寝ている。愛用の枕に顔をうずめ、暖かな日差しを全身で浴びていた。
 教師でさえ入室を躊躇する教室に、眠稀そっくりな少女……いや、少年が入ってくる。彼は白銀の髪をポニーテールにしており、見た目はまるっきり女の子だ。それでも仕草と服装はしっかり男の子している。
 彼はスライドドアを開け放ち、すやすやと寝ている眠稀に近づくと、肩に手をやって揺り起こす。
「俺様だ、夢稀だ。ほら、起きろ」
 双子の兄の登場に、眠稀もむにゃむにゃと目をこすりながら起きる。
「うーん。ふあ?」
 寝起きの妹はいつもこんな感じ。夢稀は目を開けたのを確認すると、外へ遊びに行くことを提案する。
「え? まだ学校は、授業やってるのに……?」
「あのよ、眠稀。今は春休みだ。学園に来てるのは、部活のある在校生くらいだぜ?」
 ぶっきらぼうに説明する兄の話を聞いている間にも、眠稀はまた姿勢が前に倒れそうになる。彼女はなんとか我慢して「んん」と言いながら身を起こし、おもむろに「じゃあ、どこ行くの?」と問うた。
「近くのゲーセン」
「わかった」
 端的な答えに、端的な同意。眠稀は素直にお気に入りの枕を片付け、机の横に掛けてあったバッグにノートパソコンを入れてお出かけの準備を始める。
 他の連中なら「眠い」や「怠い」の一言でシャットアウトだが、夢稀の言うことは素直に聞くようだ。兄のせっかちな性格も考慮し、手早く準備を済ませる。
「いいよ。行こう」
 夢稀は妹を引き連れ、学園の外へ。目指すはゲームセンターだ。


 白銀の双子が訪れたゲームセンターは健全性を保つためか、明るい感じの内装となっている。
 眠稀が周囲を見渡すと、対戦型格闘ゲームやクレーンゲームでいっぱい。入口に近い一角だけプリントシール機が何台も並んでいる。遊ぶとは、まさかこれか……眠稀は無表情のままで尋ねた。
「まさか、僕様と並んで撮らないよね?」
「確かにさ、今も俺様と似た顔を見てるけどよ。写真は別だと思うぜ? 今日のお目当てはそれじゃない、あっちだ」
 夢稀が生徒や学生とすれ違いながら目指した先は、なんとクレーンゲーム。そこには『豆狐』という丸っこい小さな狐のグッズが、今や遅しとご主人様を待っている。
「ああ、コンコンか……」
 眠稀は独特の言い回しで、納得を表現する。
「そう、こいつは新商品。さらに限定カラー。しかも尻尾が増量と聞いては、もう取らずにはいられない」
 超がつくほど可愛い物が好きな夢稀は、ポケットから1枚の百円玉を取り出しながら、妹に向かって決意表明する。
 眠稀はその時、問題のポケットから「ジャラッ」という重そうな音が聞こえた気がしたが、そこは敢えてツッコまなかった。だって、いつものことだから。
「じゃあ、僕様はあっちにいる」
 眠稀は格闘ゲームのコーナーに向かい、どれで遊ぼうかと観察を始めた。

 愛しの豆狐をゲットすべく、夢稀の戦いが始まる。相手は丸の形をしているので、アームの上に乗せても安心できない。些細な振動でもコロンと落ちてしまうことがあるからだ。相手がぬいぐるみということを逆手に取り、両方のアームでガッチリ挟んでしまうのが攻略法だが、夢稀は敢えてそれをしない。
「あの形を崩してまでゲットするなど、俺様にはできない‥‥!」
 少年の信念はアームをも説得する。数回のチャレンジで、一匹目を見事にゲット。まずは手に乗せ、しばし眺めてみる。
 その一瞬に、豆狐さまがつぶらな瞳が何かを訴えたらしく、眠稀は「もう一匹だ!」と戦闘を再開した。家に帰ればたくさんの友達がいるが、そこまでの道中が寂しい。ガラス越しにいるたくさんの仲間からもう一匹を選び、それをゲットして道中のお友達にしてあげた。これでもう、帰りも安心だ。
 夢稀はポケットに一匹ずつ入れ、他のクレーンゲームもチェック。すると今度は丸っこいライオンを発見する。
 これは眠稀にあげようと、再びバトル開始。
「おっ。これ、豆狐より大きいのか」
 大きいということは、安定感があるということ。これは楽勝か。
 その予想は見事に当たり、ライオンは2コインでゲット。納得のフィニッシュを迎えられて大満足の夢稀だった。

 そんなホクホク顔の兄が向かう先は、眠稀のいる格闘ゲームのコーナー。妹もそれなりにゲームを楽しんでいるらしく、順調にクリアーを重ねていた。
 夢稀はしばし後ろに立って観戦しようとしたが、ゲーセン内に起こった妙なことに気づく。
「あれ、もしかしてゲームのキャラか? じゃなかったら、ただのコスプレ野郎ってことになるけど……」
 当たり前の話だが、コスプレ野郎のわけがない。彼の正体は、眠稀が無意識に実体化させてしまったゲームキャラクターだ。
「特殊警察だ! 手を上げろ! マナーが悪いぞ、貴様ぁーーー!」
 むやみやたらとゲーム台を叩く学生に向かって、防弾ジャケットを着た男性が拳銃を突きつけている。ゲームから出てきたくせに、律儀にゲーセンの治安を守っているようだ。
「まーた、やっちまったか……」
 夢稀にとっては『いつものこと』だが、ゲーセンにしたら初めてのこと。どうやら彼女が遊んだ筐体で選択したキャラクターが次々と実体化しているらしく、神話に出てきそうな女騎士から野生で生き抜いた獣の少女まで出現する始末。お客は皆、見覚えのあるキャラクターだからか、すぐさま逃げるという選択肢を忘れてしまっていた。
 そこへトドメと言わんばかりに、肌を大胆に露出したボンテージ姿の女王様が登場。容赦なく鞭を振るい、誰彼構わず叩いていく。
「オーーーッホホホホホ! 男なんて、すべて私の下僕よ! そこのあなたっ、犬におなり!」
「うぎゃあぁぁーっ! 痛い痛いっ! お尻が痛い! やめてくれーーーっ!」
 何も悪いことしてない青年が捕まってしまい、四つん這いにさせられて尻を叩かれ続ける。そこへさっきの警察官が出てきて、素行の悪い奴にチェンジするよう拳銃で要求した。すると女王様はしぶしぶターゲットを変え、尻に足を乗せてご自慢の鞭捌きを披露する。
 店員はなんとか混乱を止めようと考えるも、被害を受けているのは迷惑なお客様。「自分に被害が及ばないなら、それでいいか」と言い聞かせ、他の善良な客を先に避難させていく。
 こんな騒動になっていても、眠稀は至ってマイペース。今のゲームを存分に楽しんでいる。さすがの夢稀も「これはマズい」と察し、妹の手を引き、混乱に乗じてゲーセンからの脱出を試みる。
「あっ……まだゲーム続いてるのに」
「このままだと、ゲーセンが続かねぇんだよ!」
 無表情で逃げる夢稀だったが、心中は穏やかでない。これが眠稀のせいだとバレたら厄介だ。今はとにかく逃げるしかない。
 夢稀は妹と3匹の動物を連れて、無事にゲーセンを脱出した。後ろからはゲームキャラクターたちが、まだ自分勝手に大暴れしている。いずれは消えてしまうだろうが、この混乱はしばらく続きそうな気配だった。


 数日後、あのゲーセンは「怪奇現象の起きるゲームセンター」として有名になった。
 一部の常連客からは「危険は伴うが、夢の叶うゲームセンター」と紹介されたが、眠稀がゲームに触れない限りは何も起こりはしない。妙な話題だけ広まったことを知った夢稀はホッと胸を撫で下ろした。
「む、かわいい。ゲームセンターも楽しかった」
 例の教室で、眠稀は兄からもらったライオンを見ながら率直な感想を述べた。そして「また連れてって」と言う。夢稀はどう返事しようかといろいろ考えているうちに、眠稀はさっさと枕に顔をうずめて寝てしまいましたとさ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年04月04日

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