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『茶話小景。〜花サフランの面影 』
玖堂 真影(ia0490)

 そこは小さなお茶屋さんだ。お品書きに書かれているメニューは決して多くはない。けれどもお願いすれば、叶う限りの希望のメニューを揃えてくれるという。
 その閑静なたたずまいの、落ち着いた、けれども決して古臭い訳ではないお店の前で、玖堂 真影(ia0490)はがっくりと肩を落とした。

「上手く抜け出せたと思ったのに‥‥どうして、判ったのよ‥‥」
「僕は、一ノ姫様の事なら何でも判っているんですよ?」

 真影の言葉にそう、涼しくも艶やかな笑みを返すのはタカラ・ルフェルバート(ib3236)である。春の温もりをほのかに宿す風に、ほんの少し気持ち良さそうに髪を揺らして瞳を細める様は、いっそ飄々としている。
 むぅ、とわずかに唇を尖らせて、真影はそんなタカラの顔を恨めしげに睨み上げた。
 真影が、氏族の次期当主にと定められてからもうしばらくが経つ。それ以来彼女は、開拓者としての仕事を請け負う暇もほとんどない位に忙しくしていて――その間、何をしていたかと言えばずっと、長としての勉強をしていたのだ。
 この頃は特にそれが酷くなってきて、石鏡の本邸にある、窓も殆どない塗籠のような部屋に父の命令で閉じ込められ、毎日毎日、朝から晩まで長に必要な教養を納めたり、祭事作法を叩き込まれたり。部屋の外に出してもらえるのは厠と風呂の時のみで、それだって常に見張りが真影の側に居る始末。
 こんな時、せめて食に楽しみを見いだせれば、それはそれで体型が気になる乙女としては困った事になったかも知れないが、気持ちは楽になっただろう。けれども長となるべく潔斎中だからと運ばれてくるのは精進料理ばかり、多くの年頃の乙女には必須のお菓子だってもちろん禁止。
 一体、こんな生活を続けていて、気が滅入らない人間が居るだろうか? 長になるために必要なことだと、もちろん真影にだってわかってはいるのだけれど、それにしたって限度というものがある。
 じわじわと、息の詰まる感覚。ちっとも気が休まらなくて、一体いつまで頑張れば良いのか判らなくなって。
 だから、屋敷を抜け出した。見張りの一瞬の隙をついて、ほんのちょっと休憩しに行くだけだからと自分に言い訳をして。
 そうしてつかの間の自由を得た真影がそのお茶屋に向かったのは、ずっとお菓子を食べられなかった反動という以上に、弟から話を聞いていたからだ。何でも巷でちょっとした評判になっているというお店で、それを教えてくれた弟自身も恋人を誘い、デートに行く予定だという。
 会えるかも、とも少しは思ったけれども、それが理由のすべてじゃなくて。ただ、弟の口から出たお茶屋に興味を惹かれて、せっかくだから行ってみたいと思ってて。
 それなのに、追っ手を気にしながらようやく辿り着いてみれば、そこには嫌と言うほど見慣れた姿の青年が待っていた。そうして「‥‥何故、そこに?」と呆然と尋ねた真影に向かって、「お待ちしておりました、一ノ姫」と涼やかに微笑んですら見せたのだ。
 そして話は、冒頭へと戻る。

「そろそろ抜け出される頃かと思いまして。二ノ君様の仰っていた甘味屋辺りかな、と」
「‥‥そう」

 微笑みを浮かべたまま、立て板に水を流すように己の推理を説明するタカラに、真影はうんざりした顔を隠しはしなかった。どうせタカラだって、真影がそんな反応をするだろう事くらいは判っているはずだ――何でも判っていると嘯くのだから、その程度はお見通しでなければ困る。
 案の定、タカラは当たり前の顔で真影のご機嫌斜めを受け止めて「ご無事でようございました」と一礼してみせた。実に卒のない、折り目正しい態度。
 そうして頭を上げたタカラを、睨むでもなく、けれども好意的とは到底言い難い気持ちで見上げた。父の側近衆の1人であり、やがて長に立った折には愛妾となるかもしれない従兄の顔を。
 その眼差しをどう受け止めたのか、タカラは艶やかに笑ってつい、と眼差しを背後のお茶屋へと向けた。

「さぁ姫、お勉強も脱走も頑張られたご褒美に僕が奢りますよ。こちらの甘味屋で一休み致しましょう」
「‥‥ホント?」
「えぇ、もちろん。何でも姫のお好きなものを‥‥ッと、外では『真影』でしたね」

 何でも奢る、の一言に敏感に反応し、目を輝かせた真影に、クスクス笑いながらタカラは頷きを返す。なんだか微妙に誉められてない所もある気がするが、そんな細かい事はどうでも良い。
 あっと言う間に、落ち込んでいた気持ちが急浮上した。タカラの姿を見た時には、すわ念願のお茶屋を前にしてあえなく連れ戻されるのか、とがっくりしたものだけれども、こんなハプニングは大歓迎だ。
 こうして、真影とタカラの突発甘味屋デートは幕を開けたのだった。





 静かで居心地の良い店内では、あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせている客が思い思いにくつろいでいた。さざめくような話し声は、それでいてちっとも耳にうるさく感じられない和やかさがある。
 そんな店内を、真面目そうな青年に案内されて、真影とタカラは席に着いた。ぐるりと中庭を囲むように配された席の1つで、視線を向けると早くも綻んだ早咲きの花サフランが穏やかに揺れている。
 見るともなくそれを眺めながら、真影はお品書きをめくり、抹茶餡蜜を注文した。反対側からそれをのぞき込んでいるタカラに渡そうとすると、彼はそれを手を振って断り、白玉みつ豆を注文する。
 畏まりましたと、青年が注文を確認して店の奥へ引っ込んでいった。それをちらりと見送って、真影は目の前のタカラへと向き直る。
 この青年が真影の従兄だという事実は、実は一族の中では厳重に秘匿されている。それを知っているのは当のタカラ以外では、真影の父と父の筆頭家令、そしてタカラの父でもある叔父と、真影たち双子の姉弟しか居ない。
 それはタカラの出生に関係があって。叔父が傍流・玖守家の婿になるより昔、その頃叔父が恋仲だった神威人の女性との間に生まれたのが、このタカラなのだ。
 だから彼は正真正銘、玖堂の血筋を持っていて。けれどもその出生の秘密ゆえに、決して玖堂の血筋である事も、自分達が従兄妹である事も、今までもこれからも明らかになる事は、ない。
 そんな従兄の顔を見上げて、真影の口をついて出たのは、憤然やる方ないため息と愚痴だった。

「‥‥私だって、頑張ってるのよ? でも、幾ら長になるために必要だからって‥‥」

 一度、唇から零れ落ちた愚痴はあっという間に、真影自身にすら止めようのない奔流になって、次から次へと溢れ出ていく。それは、真影だって驚くぐらいに、幾つも、幾つも、色々な言葉で。
 こんなにも、自分は不満を抱いていたのかと驚いて、そうじゃないんだと自分の中で首を振る。長になる事に不満はない。不安はあるけれども、不満はない。
 でも、じゃあ、何で‥‥

「ええ、真影は頑張りました。ちゃんと解ってますよ」

 不意に、耳を打った言葉に驚いて目を軽く見開くと、タカラの優しい眼差しとぶつかった。真影は頑張りました、とその眼差しも告げている。
 それは、頑張って当たり前の事、で。真影は一族を負って立つ長になるのだから、そのために知識を蓄え、身を清め、朝から晩まで長として相応しく在れるように努力する、それは当たり前以外の何者でもない行為であり。
 けれどもそう、真影は頑張っていた。もし不満があったとするならば、真影がどんなに頑張っても、それが『当たり前』に過ぎなかったことだろう。
 だから。愚痴は幾らでも聞きますよと、やってきた白玉みつ豆に添えられた匙をとりながらそう言った従兄に、息を吐く。それは最初に彼の姿を見た時とは全く違う――安堵だ。
 真影も自分の抹茶餡蜜を食べながら、だから今度こそ遠慮なく、愚痴を吐いた。言葉を吐き出す度に、それにタカラが頷いてくれる度に、胸の中に詰まったものがふわりと軽くなっていく。
 やがて、抹茶餡蜜の器が空になり、ちょっと温めの緑茶を飲んで気持ちもほっこり暖まった頃。

「ねぇ、タカラ」

 真影は不意に、改まった口調で、けれどもさりげない様子でそう、声をかけた。何ですか? とタカラが常と変わらぬ眼差しを向ける。
 常と変わらぬ――幼い頃と、変わらぬ。

「どうして、あたしの愛妾候補、受けたの?」

 そんな常と変わらぬタカラに、それはずっと聞きたかった事だった。真影の愛妾候補に推挙された時、彼には断る道だってあったはずなのに、タカラはそれを受諾した。
 一体、どうして。そう、尋ねた真影の目の端に、中庭の花サフランが揺れる。
 そんな真影を不思議そうに見やって、こくり、とタカラは首を傾げた。

「愛妾推挙受諾の理由? 僕の意思ですよ?」
「意志、ですって? 父への忠義? 氏族での権力が欲しいから?」

 そうして返ってきた言葉に、真影は知らず、語気を荒げて問いただす。タカラの意志だというのなら、それは一体どんな意志だったのか、知りたかった。
 初めて会ったのは3歳の時。父と叔父から内密だがと断られ、従兄だと紹介されたタカラを、真影は実の兄のように慕っていた。
 けれどもタカラはある日突然、真影の裳着の前に彼女の前から姿を消して。久しぶりに帰ってきたと思ったら、いつの間にか彼は父の側近衆におさまり、おまけに真影の愛妾候補の1人にまでなっていて。
 それをどう受け止めれば良いのか、真影は正直、持て余していた。どうして自分の前から姿を消して。どうして自分の愛妾候補になって。一体、どうして。
 だから――

「タカラ、貴方の心が知りたいの」

 そう、告げた真影をしばらくの間、タカラはじっと見つめていた。何かを確かめるように――何かを探しているかのように。
 だがやがて、タカラは微かな笑みを浮かべる。その微笑に、何かを感じてはっと目を見開いた真影をからかうように覗き込み、イタズラでも仕掛けるような空気を纏って口を開いた。

「権力はあるに越した事ないけど、それが無くても立ち回れるし。貴女の父君への忠義は勿論あるけど‥‥僕が決めた主は、貴女です」

 そうして言い切られた言葉に、息を呑む。あたし? と胸の中で呟いた言葉は、無意識に唇から滑り落ちて、机の上に落ちて、弾けた。
 その言葉を拾い集めるように微笑んで、ええ、とタカラは真っ直ぐな眼差しで、頷いた。頷き、「真影、覚えてますか?」と首をかしげた。

「‥‥何を?」

 聞き返した言葉は正確じゃない。タカラとの思い出ならきっと、真影は一つ残らず覚えて居るという自信があった。兄のように大好きだった従兄。彼と、真影と、弟、3人で過ごした日々を忘れはしない。
 だから。正しくは、何を、じゃない。どれを、だ。一体タカラは、どの思い出の事を『覚えているか』と聞いたのだろうか?
 そんな真影の心を、タカラはちゃぁんと解っていたようだった。浮かべた微笑を深くして、囁くような言葉で真影の言葉に答えるでもなく、答える。

「初めて会った頃、僕は貴女から『多嘉良(たから)』と真名を貰った。そして僕に貴女の真名『王理(おうり)』を教えて下さった」

 そうして紡がれた思い出は、真影とタカラ、ただ2人だけのもの。もちろんその事だって、真影はちゃんと覚えている――昨日のことのように鮮明に。
 あの頃の真影は、俄かに出来た年上の遊び相手がただただ嬉しかったのだと、思う。優しさを与えられ、守られ。きっとそれが嬉しくて、真影は弟にすら内緒でタカラに自分の真名を教えたのだ。
 玖堂家は皆、普段名乗る名前とはまた別に、真名という特別な名前を持っている。それはとても、とても大切なもので――真名を誰かに教えるという事は、その相手に絶対の信頼を寄せているという意味であり、さらには己の命をも相手に委ねたという意味を、持つ。
 それをどこまで真剣に、幼い日の真影が受け止めていたのか――今となっては、あの頃の自分にしか判らないけれども。

「あれ以来、僕は貴女にお仕えしようと決めたんです」

 そう、まっすぐな眼差しで真影を見つめ、微笑むタカラにとっては、文字通りの意味だったのだろう。あの頃から年上だった遊び相手は、幼い従妹の戯れと侮ることもなく、長の血筋に連なる姫として軽はずみだと叱ることもなく、真影の真名を受け止め、与えた真名を己のものとした。
 ――だから。
 告げられた言葉に、真影はどう言葉を返したものか、とっさに判りかねてタカラの眼差しを受け止めた。ただ、受け止め続けた。
 目の端に、微かな風に揺れる花サフランを捕らえながら。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0490  /    玖堂 真影     / 女  / 18  / 陰陽師
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート  / 男  / 27  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅れてしまいまして、本当に申し訳ございません(土下座

お嬢様と従兄様のシリアスまったり(?)なひととき、心を込めて書かせて頂きました。
なかなか、複雑なご事情があられるようで、きちんと書き切れていれば良いのですが‥‥至らなければ、申し訳なく;
サブタイトルはちょっと遊んでみました(←

お嬢様のイメージ通りの、まったり甘味屋突発デートになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年04月08日

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