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『茶話小景。〜桃花幻想 』
タカラ・ルフェルバート(ib3236)

 そこは小さなお茶屋さんだ。お品書きに書かれているメニューは決して多くはない。けれどもお願いすれば、叶う限りの希望のメニューを揃えてくれる。
 その閑静な佇まいの、落ち着いた、けれども決して古臭い訳ではないお店の前で、タカラ・ルフェルバート(ib3236)はいっそ清々しいとすら言える笑みを浮かべて、彼の主を見つめていた。

「上手く抜け出せたと思ったのに‥‥どうして、判ったのよ‥‥」
「僕は、一ノ姫様のことなら何でも判っているんですよ?」

 がっくりと肩を落として、実に恨めしそうにタカラを見上げてきた玖堂 真影(ia0490)に、そんな言葉と共に涼しくも艶やかな笑みを返す。そうして不意に、そよ、と吹いてきた春の温もりをほのかに宿す風に髪を揺らされ、ほんの少し気持ち良さそうに瞳を細めた。
 むぅ、と僅かに唇を尖らせて、そんなタカラをさらに恨めしげに睨みあげてくる真影を、見下ろす。
 けれどもタカラにとっては、彼女の行動を予想するのは実に簡単な、他愛ないとすら言って良い程度の事だったのだ。
 真影が、氏族の次期当主にと定められてからもうしばらくが経つ。それ以来彼女は、開拓者としての仕事を請け負う暇もほとんどない位に忙しくしていて――その間、何をしていたかと言えばずっと、長としての勉強をしていたのだ。
 この頃は特にそれが酷くなってきて、石鏡の本邸にある、窓も殆どない塗籠のような部屋に父の命令で閉じ込められ、毎日毎日、朝から晩まで長に必要な教養を納めたり、祭事作法を叩き込まれたり。部屋の外に出してもらえるのは厠と風呂の時のみで、それだって常に見張りが真影の側に居る始末。
 一体、こんな生活を続けていて、気が滅入らない人間が居るだろうか? 長になるために必要なことだと、もちろん真影にだってわかっているからこそ文句も言わず従っているのだろうけれど、それにしたって限度というものがある。
 だから、そろそろ彼女が屋敷を抜け出すだろうという事は、彼女の次第に光を失っていく瞳を見ていれば、すぐに判る事で。そうして逃げ出した後に真影が向かうとすれば、その先はたった一つしかないだろうとも、思っていて。
 案の定、予想した場所に先回りして待って居たら、追っ手を気にする風で真影がやってきた。そうして「‥‥何故、そこに?」と呆然と尋ねてくるものだから、なんて予想通りなのだろうと「お待ちしておりました、一ノ姫」と涼やかに微笑んで見せたのだ。
 そして話は、冒頭へと戻る。

「そろそろ抜け出される頃かと思いまして。二ノ君様の仰っていた甘味屋辺りかな、と」
「‥‥そう」

 微笑みを浮かべたまま、立て板に水を流すように己の推理を説明するタカラに、真影はうんざりした顔を隠しはしなかった。それはとても予想通りの反応だったから、タカラは当たり前の顔で真影のご機嫌斜めを受け止める。
 毎日毎日、明けても暮れても精進料理。当然、潔斎中の彼女に気晴らしのお菓子なんてものも与えられる訳もなく、それが真影のストレスに拍車をかけているようだった。そんな時に真影の双子の弟が、何でも巷でちょっとした評判になっているという甘味屋の事を姉に教え、しかも彼自身も恋人を誘ってデートに行く予定だと話して行って。
 だったら真影がつかの間の自由を得て、そこに向かわない訳がないと確信した。そうして予想通り、彼女はやってきたのだ。

「ご無事でようございました」

 実に卒のない、折り目正しい態度で一礼してみせ、頭を上げたタカラを、睨むでもなく、けれども好意的とは到底言い難い眼差しで真影が見上げた。その眼差しには、せっかくの自由を邪魔されるという以上に、自分と彼女の間にあるたくさんのあれこれを思い、戸惑いに揺れているように見える。
 だからタカラは艶やかに笑ってつい、と眼差しを背後のお茶屋へと向けた。

「さぁ姫、お勉強も脱走も頑張られたご褒美に僕が奢りますよ。こちらの甘味屋で一休み致しましょう」
「‥‥ホント?」
「えぇ、もちろん。何でも姫のお好きなものを‥‥ッと、外では『真影』でしたね」

 何でも奢る、の一言に敏感に反応し、目を輝かせた真影に、クスクス笑いながらタカラは頷きを返す。どうやら、あっと言う間にご機嫌が直ってしまったらしい。こんな所は年相応の女の子だと、タカラは笑みを深くする。
 こうして、タカラと真影の突発甘味屋デートは幕を開けたのだった。





 静かで居心地の良い店内では、あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話しに花を咲かせている客が思い思いにくつろいでいた。さざめくような話し声は、それでいてちっとも耳にうるさく感じられない和やかさがある。
 そんな店内を、真面目そうな青年に案内されて、タカラと真影は席に着いた。ぐるりと中庭を囲むように配された席の1つで、視線を向けると今を盛りと華やかな気配を振りまく、桃の花が揺れている。
 ちらり、とその濃い桃色を眺めた後、タカラは真影の反対側からお品書きに目を向けた。抹茶餡蜜を注文した後、渡そうとする彼女に手を振って断り、白玉みつ豆を注文する。
 畏まりましたと、青年が注文を確認して店の奥へ引っ込んでいった。それをちらりと見送った真影が、次いでタカラの方へと向きなおる。そんな真影を、タカラは穏やかな眼差しで見つめ返した。
 真影は、本当は自分の従妹に当たる。けれどもその事実は一族の中では、決して明らかになってはいけない秘密として厳重に秘匿されていて。それを知っているのは当の宝以外では、主であり真影の父でもある伯父と伯父の筆頭家令、そしてタカラの父と、真影たち双子の姉弟だけだ。
 それはタカラの出生に関係があって。父が傍流・玖守家の婿になるより昔、その頃父が恋仲だった神威人との女性との間に生まれたのが、自分なのだ。
 だからタカラは正真証明、真影と同じ玖堂の血筋を持っていて。けれどもその出生の秘密ゆえに、決して玖堂の血筋であることも、自分たちが従兄妹である事も、今までもこれからも明らかになる事は、ない。
 そんな従妹の顔を見下ろしていたら、真影の唇が動いた。と思うと、その口をついて出てきたのは、憤然やる方ないため息と愚痴で。

「‥‥私だって、頑張ってるのよ? でも、幾ら長になるために必要だからって‥‥」

 そう、彼女の唇から零れ落ちた愚痴は次から次へと繋がって、あっと言う間に奔流になった。幾つも、幾つも、色々な言葉で、真影の唇が愚痴を紡ぐ。
 真影自身も、その事実にどこか驚いているようにも見えた。それでいて、言葉が止まる気配は見えない。見えない事に、真影の瞳に焦燥が走る。
 だから‥‥

「ええ、真影は頑張りました。ちゃんと解ってますよ」

 真影を見つめながら、噛んで含めるようにそう告げると、自分を見ているようで見ていなかった真影の眼差しがタカラを捕らえた。驚いたように軽く目を見開いた彼女に、真影は頑張りました、ともう一度、眼差しに思いを込めて告げる。
 彼女が長になる為に頑張るのは、当然の事だと他の者は言うかもしれない。彼女は長に選ばれた、ならば長たるに相応しく在れるように努力するのは、当たり前なのだと。
 けれども、真影は確かに頑張っていたのだ。

「愚痴は幾らでも聞きますよ」

 だから微笑み、ちょうどやってきた白玉みつ豆に添えられた匙を取りながら言ったら、真影がほっ、と息を吐き出した。そうして自分の抹茶餡蜜を食べながら、今度こそ遠慮のない愚痴を吐き出す。
 それに一つ、一つと頷きながら白玉みつ豆を食べ。その器が空になり、ちょっと温めの緑茶を飲んで一息ついた頃。
 ねぇタカラ、と真影に呼ばれた。

「何ですか?」

 改まった、けれどもさりげなさを装おうとしている口調に、眼差しを向けるとほんの少し堅い顔をした真影が居る。わずかに目を瞬かせた、その視界の隅で濃い桃色が揺れていた。
 どうして、と。紡がれた言葉を聞く。

「どうして、あたしの愛妾候補、受けたの?」

 あぁ――と、胸の中で言葉が揺れた。意味は良く解らなかったけれども、あぁ、と確かに揺れていた。
 だがその内心を悟らせるわけもなく、タカラは不思議そうに見えるだろう仕草で、首を傾げる。

「愛妾推挙受諾の理由? 僕の意思ですよ?」
「意志、ですって? 父への忠義? 氏族での権力が欲しいから?」

 告げた言葉は掛け値のない真実だったのだけれど、真影は途端、噛みついてきた。否――多分、曖昧な言葉で誤魔化されることに、怯えていた。
 ふと、過去を想う。一体そこにどんな意図があったのか、自分と幼い真影が従兄妹として引き会わされてから、真影は実の兄のようにタカラを慕ってくれた。
 けれどもある日、タカラはそんな彼女の前から姿を隠し。ようやく一族に帰還を果たして、伯父の側近衆に潜り込み、真影の愛妾候補にまでなった。
 それはタカラの中では故あっての事だけれども、何も知らない真影にとっては裏切りとすら感じたのかも、しれない。
 だから、貴方の心が知りたいの、と真っ直ぐ告げられた言葉にしばし、真影があれから過ごした日々を想う。そうして微笑み、真影の顔を覗き込む。

「権力はあるに越した事ないけど、それが無くても立ち回れるし。貴女の父君への忠義は勿論あるけど‥‥僕が決めた主は、貴女です」
「‥‥あたし?」

 その言葉に、呆然とした顔になった真影を見て、どこか胸のすく思いがした。だから、どことも知れず飛び散ってしまった言葉を、そこに込められた感情を拾い集めるように、タカラは微笑む。
 彼女は、予想していなかったのだろうか。それとも、予感くらいはあったのだろうか。

「真影、覚えてますか?」
「‥‥何を?」

 聞き返された、確かめるような言葉に苦笑する。タカラと真影の間にはたくさんの思い出があり過ぎて、覚えているかと尋ねられても、どの思い出の事だか解りはすまい。
 タカラにとっては、まさに運命が変わったと言っても過言ではない、あの瞬間。

「初めて会った頃、僕は貴女から『多嘉良(たから)』と真名を貰った。そして僕に貴女の真名『王理(おうり)』を教えて下さった」

 あの頃の真影は、俄かに出来た年上の遊び相手がよほど嬉しかったのだろうか。それとも少しばかりは、それ以上の感情も持っていてくれたのだろうか。
 玖堂家は皆、普段名乗る名前とはまた別に、真名という特別な名前を持っている。それはとても、とても大切なもので――真名を誰かに教えるという事は、その相手に絶対の信頼を寄せているという意味であり、さらには己の命をも相手に委ねたという意味を、持つ。
 その真名を、真影はタカラに教えてくれた。さらには、真名を持たなかった自分に真名を与えてくれた。
 それがタカラにとってどんなに特別な出来事だったのか――この従妹姫は知らないだろう。従妹でも、主の娘でもなく、ただ1人の姫として裳着すらまだ向かえてなかった幼い少女が、自分の心に住み着いた瞬間。
 彼女から姿を隠し、里を出たのは、だからだ。真影を守るための力を手に入れたくて――そして何より、生まれながらに陰陽師の素質を持っていた真影と同じ職でありたくて、陰陽師になるべく修行した。
 だって、タカラが玖堂の血を持つ事は、永遠に明かされてはいけない秘密だ。けれども真影のそばに居続ける為に、真影を護るために、真影の側近になろうと思えば玖守の血筋である事が最優先で、だがタカラがそれを得る事など到底出来はしない。
 だから力を手に入れて、実力で側近に立つしかなくて。そうしてただの側近ではなく、より真影に近付く為には、長に選ばれた彼女の愛妾候補に立つ事が1番で。
 真影に告げた、愛妾候補に立ったのは自分の希望だというのは、だから掛け値のない真実。もう1人の愛妾候補は伯父の鶴の一声で決まったけれども、そこに並び立つタカラは氏族ないの推挙で決まった。推挙されるべく、裏で色々動き回り、あちらこちらに手回しをした。
 そうまでしてでも。

「あれ以来、僕は貴女にお仕えしようと決めたんです」

 まっすぐな眼差しで真影を見つめ、微笑んでそう告げると、彼女は戸惑うように瞳を揺らしながらタカラを見つめ返す。ただ、見つめ返している。
 その瞳の色は幼い頃と変わらないと、密かに恋慕う姫を見つめながらタカラは笑みを深くした。

(心に既に住まう人がいても僕は貴女をお慕いしています、真影――言葉で伝える事はしませんけど、ね)

 そう、思いながら真影を見つめるタカラの視界の端に、濃い色の桃花がのどかな春の陽を撒き散らしていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0490  /    玖堂 真影     / 女  / 18  / 陰陽師
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート  / 男  / 27  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅れてしまいまして、本当に申し訳ございません(土下座

息子さんと従妹様のまったりほのぼの(?)なひととき、心を込めて書かせて頂きました。
サブタイトルは従妹様のものと同様、ちょっと遊んでみましたが‥‥息子さんは初めてお預かりさせて頂きますので、イメージに合っておりますかどうか;
ひっそりこっそり思い続ける男性は、なかなか素敵に浪漫溢れるものがありますね(ぐっ

息子さんのイメージ通りの、穏やかで甘やかなひとときになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年04月08日

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