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『Sweet Dream【Rain】 』
遠倉 雨音(gb0338)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 お菓子のように甘く優しいひととき。
 その瞬間に、見る夢は――。


 少しずつ春めいてきているのは空気の匂いでわかる。
 湿気を帯びたその匂いは、雨が近いことを予感させた。まだコートは手放せないが、雪になることはないだろう。街にはパステルカラーが増え、ウィンドウには春物を身に纏ったマネキンが並ぶ。
 寒さが和らいできたからだろうか、心なしか行き交う人々の背筋も伸びているような気がする。実際、コートのポケットに手を入れて歩く必要性は感じず、自然と下ろされた手は相手の手に触れて、そのまま指が絡み合う。
「雨に……なるだろうか」
 藤村 瑠亥は空を仰ぎ、呟いた。
「大丈夫です、傘……持ってきましたから」
 瑠亥の左側を歩く遠倉 雨音は、繋いでいないほうの手で持った傘を見せた。華奢なデザインの傘を見て、瑠亥が目を細めた。
 ――気づいた……?
 雨音は瑠亥の表情を観察する。
 少し大きめの傘。この傘にしたのには理由があった。雨音は瑠亥が傘を持ってこないことを予想していたのだ。二人で一緒に入るには、これくらいの大きさがあったほうがいい。瑠亥の表情から、彼が恐らくそのことに気づいたのだろうと推察する。
「大きいでしょう? これでも女性向けなんですよ」
 雨音はそう言って、傘の先で歩道を軽く突いた。
 それから、ふたりは無言で――こつこつと、雨音が突く傘の音のリズムに合わせてゆっくりと歩き続けた。
 沈黙に絡みつく想い。
 雨音も瑠亥も、その想いは口にしない。ただ、ふたりの間に流れる空気がそれを語り、ちくりと心に刺さり続けていた。
 雨音は時折、瑠亥の横顔を盗み見る。
 こうしてふたりで出かけるのは久しぶりだ。だが、雨音の心は揺れていた。
 デートを楽しみたい。けれど――胸の奥で不安に似た気持ちがさざ波のように寄せては返しているのも事実だ。
 瑠亥の表情はいつもどおりだが、しかしどこか緊張の色が見える。やはり彼もその胸の内にはあらゆる想いが渦巻いているのだろう。それでも雨音と繋いだ手を離すことはなく、その体温は常に掌や指先から伝わってくる。
 この手を、離さないで――その想いが、膨れあがる。
「あのコート、雨音に似合いそうだ」
 そう言って瑠亥が指さしたのは、細身のスプリングコート。ディスプレイされているのは淡いクリーム色だが、どうやら他の色もあるようだ。店に入って見てみないかと誘われ、雨音は小さく頷いた。
 自動ドアではなく、自分で開けるタイプのシックなドアを瑠亥が押し開けると、からん、と乾いたベルの音が鳴る。先に入るように促され、雨音は少し遠慮がちに奥へと進んだ。
 まだ、ぎこちない。
 手を繋いでいるのに、遠く離れているような気がする。
 どうすればいいんだろう――。
 しかしそう思った瞬間、雨音の視界に小さな人形が飛び込んできた。
 それは、アクセサリーの販売棚に飾ってある黒犬の人形だ。右目が赤く、左目が青い。少し不器用そうな、それでいてクールな表情の黒犬は、瑠亥によく似ていた。
「さっきのコート、あるか……?」
 背に声を掛けられるが、黒犬から目が離せない。それをそっと掌に載せて、雨音は瑠亥を振り返った。
「瑠亥さん、この人形……瑠亥さんにそっくりです」
 人形を見せれば、瑠亥はじっとそれに見入って何かを考え込んでいる。やがて、「こっちの犬は雨音によく似ている」と、他の人形を手にとって雨音に見せてくれた。
 雨音によく似た雰囲気の目が印象的なゴールデンレトリバーに、雨音はふっと胸の奥の波が穏やかになるのを感じる。その瞬間、先ほどまであった距離は縮まったのを感じた。
 それは瑠亥も同じだったようで、明らかに先ほどとは違う表情を浮かべている。雨音はこれでデートを楽しめると思い、人形を次々に手にとって瑠亥に見せ始めた。
「これはあのひとに似てる。こっちはあの子に……」
 コートを見るという目的はすっかりどこかに行ってしまったが、楽しいからこれでいい。瑠亥も穏やかな眼差しで応えてくれて、次はどの店に連れて行ってくれるのだろうと、楽しみにもなってくる。
「こっちはあいつだな」
 そして瑠亥も一緒に人形を眺め始めた。


「降ってきましたね……」
 食事を終えてレストランから出ると、霧雨が世界を覆っていた。雨音はしない。静かな、静かな――潤い。
 雨雲の向こうでは陽が落ちたようで、すっかりと暗くなってしまっている。街灯に照らされて見える雨粒は、何十年も前の映画のようだった。
 雨音は傘を開く。瑠亥は躊躇うことなくその傘に入った。そして傘を受け取ると、雨音が雨に濡れないように傘を少し傾けて歩き始める。もちろん、反対の手で抱えている荷物も濡らさないように。全て雨音が選んだ品物ばかりだ。
「瑠亥さん、濡れちゃいますよ?」
 瑠亥の右肩が気に掛かる。細かな雨粒は少しずつ瑠亥の右肩を冷やしていく。しかし瑠亥は傘の角度を変えるつもりはなさそうだ。
「……あとで、拭いてあげますね」
 雨音もそれ以上は言わず、微笑を浮かべた。
 雨が降り始めたことで少し気温が下がったのか、吐く息は白い。
 そういえばバレンタインはもっと寒い時期だったな――瑠亥が、そうひとりごちた。


「少しここで休憩しよう」
 公園にさしかかると、瑠亥はそう言って雨音を屋根のあるベンチへと誘った。途中の自動販売機で暖かい飲み物を買って。
 雨は少し激しさを増しており、ぱたぱたと雨音が響いている。
「ありがとうございます。……でも、先に拭いてあげますね」
 飲み物を受け取った雨音はその温かさを少しだけ掌で堪能し、すぐにハンカチを取り出して瑠亥の右肩を拭き始めた。
 瑠亥の吐息が、微かに耳や頬にかかる。
 雨音は気づかないふりをして、瑠亥の肩を拭き続ける。瑠亥は目を閉じて押し黙ったままだ。
 ――瑠亥さん……。
 きっと、瑠亥は思考の渦に落ちているのだろう。雨音に対する想いを胸の内に巡らせて。
 雨音は微かに緊張し始めた。次に彼が口を開いたとき、何を告げるのだろうと。
 他愛のない会話ではないだろう。これからの自分たちのことを決定づける、大事な言葉を紡ぐに違いない。
「……雨音」
 雨音が拭き終わると、瑠亥は瞼を開けて呟いた。
「瑠亥、さん……」
 雨音はじっと瑠亥の目を見つめる。そして次の言葉を促すかのように瞬きをした。
 瑠亥はコートのポケットから小さな箱を出し、それをゆっくりと開いていく。
「受け取って……もらえるか。バレンタインの返しと……もうすぐ来る、誕生日のプレゼントだ」
 それは、華奢な雨音の指によく似合いそうな指輪だった。
 雨音は息を呑む。その指輪に込められた彼の想いが、全身を揺さぶる。
 指輪の箱が、震えている。
 瑠亥さん、震えているんですか――?
 雨音は指輪ではなく、瑠亥の手に視線を移した。
 俺は、臆病だから――。
 彼の手が、そう語っているような気がする。
 雨音はその手がたまらなく愛おしく感じた。手だけではない。自分を包み込む両腕も、受け止めてくれる胸も、見つめてくれる双眸も、名を呼んでくれる唇も――何もかもが、たまらなく愛おしい。
 切なくて、苦しくて――戸惑いももちろんあった。
 でも、信じている。
 そして、失いたくはない。こんなにも、こんなにも自分は瑠亥を――。
 気がついたら、指輪に手を伸ばしていた。
「……こういうの、はめたことなくて……」
 だが、瑠亥が反射的に雨音の手を握り、首を振る。自分がはめてやると――目で語って。
 そして雨音の左手をそっと取り、指輪をその薬指にはめてくれた。
「……似合います、か?」
 薬指の指輪を見つめていた雨音は、瑠亥に見せるように軽く左手を挙げて笑む。
「……ああ、似合う。似合う……よ」
 瑠亥は掠れる声で言って頷く。
「もう、ぶれないよ。俺は、雨音を愛している……」
 そして、その言葉と共に、雨音は瑠亥に強く抱きしめられた。想いの全てが、そこにあると――悟る。
 もう離れない。
 離さないで。
 こんなにも――愛してる。
「――私も愛しています、瑠亥さん。貴方がそれを望んでくれるのなら、これからもずっとお側にいます……」
 瑠亥の耳元で囁けば、瑠亥は抱きしめる手を少しだけ緩め、見上げる雨音の顔を覗き込み、そして――。
「雨音……」
 唇を――触れ合わせる。
 雨音は抱きしめ返しす。触れ合わせていただけのキスは、重なり、絡まり、吐息は漏れなくなる。
 ――互いの吐息さえ、離したくはないから。
 瑠亥は雨音の身体を自分の膝に乗せると、全身で包み込むかのように抱きしめ直す。もちろん、そのあいだも互いの吐息を貪る想いは途切れやしない。
「瑠亥さん、ずっと……ずっと、お側に……」
 ほんの一瞬唇が離れるたびに、雨音が囁く。
「あぁ、ずっと、側に……」
 瑠亥が言葉を返して、再び重なる。
 雨音の腰の下まである髪を丁寧になでつけ、掌ですくい上げ、首筋を探して髪の間を指が滑る。その感触に雨音はぴくりと身体を強ばらせる。しかしすぐに彼の指先が自分の脈を感じているのだと悟ると、全身から力を抜いた。
 密着した胸からは彼の鼓動が伝ってくるが――もしかしたらこれは自分の鼓動かもしれない。
 雨音はその指先で、瑠亥の首筋に触れて同じように脈を探す。ほどなくして力強いそれを見つけ、指先に全神経を集中してその感覚を刻み込む。
 ここにいるのだと――自分の半身ともいうべき存在は、ここにいるのだと。
 全身で、瑠亥を感じていた。
「……雨音がしませんね……。雨、やんだようです」
 ふと、雨音が気づく。
「雨音はここにいる」
 瑠亥は首を振って微かに笑み、両手で雨音の頬を包み込んだ。雨音もまた、笑みを浮かべて頷く。
「ここに……ずっと」
 指輪が、何かの光を反射して輝く。雨音が光源を探せば、瑠亥の肩越しに見えるのは真円を描く青白い月。
 雲の切れ間から、月が優しく覗いていた――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb0338 / 遠倉 雨音 / 女性 / 24歳(外見) / イェーガー】
【ga3862 / 藤村 瑠亥 / 男性 / 22歳 / ペネトレーター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■遠倉 雨音様
お世話になっております。そして初めまして、佐伯ますみです。
「Sweet! ときめきドリームノベル」、お届けいたします。
今回、非常に緊張して書かせていただきました。初めて書かせていただきますので、そういった点でも緊張しております。少しでもイメージに合っているといいのですが……。
もし何かありましたら、遠慮なくリテイクかけて下さると幸いです。
内容に小ネタ(?)を仕込んであります。お二人のマイページやOMC、発注文などから色んなものをこっそりと拾わせていただきました。
小さなものばかりではありますが、よろしければ探してみてください。
遠倉様のノベルは、遠倉様視点となっております。藤村様のノベルと比べてみてくださいね。
お二人の未来が幸せなものでありますように。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
土日を挟んでしまいましたので、お届けが若干遅れてしまって大変申し訳ありませんでした。
随分と暖かくなりましたがまだ寒暖の差は激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2011年 4月某日 佐伯ますみ
Sweet!ときめきドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年04月11日

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