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『Sweet Dream【Rain】 』
藤村 瑠亥(ga3862)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 お菓子のように甘く優しいひととき。
 その瞬間に、見る夢は――。


 少しずつ春めいてきているのは空気の匂いでわかる。
 湿気を帯びたその匂いは、雨が近いことを予感させた。まだコートは手放せないが、雪になることはないだろう。街にはパステルカラーが増え、ウィンドウには春物を身に纏ったマネキンが並ぶ。
 寒さが和らいできたからだろうか、心なしか行き交う人々の背筋も伸びているような気がする。実際、コートのポケットに手を入れて歩く必要性は感じず、自然と下ろされた手は相手の手に触れて、そのまま指が絡み合う。
「雨に……なるだろうか」
 藤村 瑠亥は空を仰ぎ、呟いた。
「大丈夫です、傘……持ってきましたから」
 瑠亥の左側を歩く遠倉 雨音は、繋いでいないほうの手で持った傘を見せた。華奢なデザインだが、彼女が持つには少し大きく思われる傘に瑠亥は目を細める。
 恐らくは、瑠亥が傘を持ってこないことを予想していたのだろう。二人一緒に入るにはこれくらいの大きさがちょうどいいに違いない。
「大きいでしょう? これでも女性向けなんですよ」
 雨音はそう言って、傘の先で歩道を軽く突いた。
 それから、ふたりは無言で――こつこつと、雨音が突く傘の音のリズムに合わせてゆっくりと歩き続けた。
 沈黙に絡みつく想い。
 瑠亥も雨音も、その想いは口にしない。ただ、ふたりの間に流れる空気がそれを語り、ちくりと心に刺さり続けていた。
 瑠亥は時折、雨音の横顔を盗み見る。
 こうしてふたりで出かけるのは久しぶりだ。だからというわけではないが、ちゃんとしなければと思う。自分の気持ちも、含めて。
 彼女の表情はどこか強ばっていて、デートを心の底から楽しんでいるようには見えなかった。それでも瑠亥と繋いだ手を離すことはなく、その体温は常に掌や指先から伝わってくる。
 この手を、決して離してはならない――その想いが、膨れあがる。
「あのコート、雨音に似合いそうだ」
 視界に入ったのは、細身のスプリングコート。ディスプレイされているのは淡いクリーム色だが、どうやら他の色もあるようだ。店に入って見てみないかと誘うと、雨音は小さく頷いた。
 自動ドアではなく、自分で開けるタイプのシックなドアを瑠亥が押し開けると、からん、と乾いたベルの音が鳴る。雨音に先に入るように促せば、彼女は少し遠慮がちに奥へと進んだ。
 まだ、ぎこちない。
 手を繋いでいるのに、遠く離れているようだ。
 だがきっと、これからショッピングや食事などをしていくうちに、互いの距離は縮まるだろう。
 瑠亥は吐息を漏らしながら扉を後ろ手に閉めた。
「さっきのコート、あるか……?」
 雨音の背に声を掛けるが、彼女は答えない。俯き、微動だにしない。
 もしかして何か傷つけるような行動でもしてしまったのだろうかと瑠亥は不安になるが、しかしすぐにその不安は消え去ってしまった。
「瑠亥さん、この人形……瑠亥さんにそっくりです」
 雨音は小さな黒犬の人形を掌に載せていた。アクセサリーの販売棚に飾ってあった人形らしい。どうやら彼女はそれに見入っていたようだ。
 右目が赤く、左目が青い。少し不器用そうな、それでいてクールな表情の黒犬は、確かに瑠亥によく似ていた。
「こっちの犬は雨音によく似ている」
 販売棚には他にも人形があり、瑠亥はその中から雨音によく似た雰囲気の目が印象的なゴールデンレトリバーを手に取る。その瞬間、先ほどまであった距離は縮まったのを感じた。
 それは雨音も同じだったようで、明らかに先ほどとは違う表情を浮かべている。目を輝かせて、嬉しそうに人形を見比べていた。瑠亥もその様子を見て少し表情を緩める。
「これはあのひとに似てる。こっちはあの子に……」
 雨音は人形を手にとって次々に見せてきた。コートを見るという目的はすっかりどこかに行ってしまったが、彼女が楽しそうにしているのだからこれでよかったのだろう。
 これからもっと色んな店を見てショッピングもいいだろう。食事もいい。少しでも雨音が楽しめるようにしたいのだから。
「こっちはあいつだな」
 そして瑠亥も一緒に人形を眺め始めた。


「降ってきましたね……」
 食事を終えてレストランから出ると、霧雨が世界を覆っていた。雨音はしない。静かな、静かな――潤い。
 雨雲の向こうでは陽が落ちたようで、すっかりと暗くなってしまっている。街灯に照らされて見える雨粒は、何十年も前の映画のようだった。
 雨音は傘を開く。瑠亥は躊躇うことなくその傘に入った。そして傘を受け取ると、彼女が雨に濡れないように傘を少し傾けて歩き始める。もちろん、反対の手で抱えている荷物も濡らさないように。全て彼女が選んだ品物ばかりだ。
「瑠亥さん、濡れちゃいますよ?」
 雨音が瑠亥の右肩をしきりに気に掛けていた。細かな雨粒は少しずつ瑠亥の右肩を冷やしていく。しかし瑠亥は傘の角度を変えるつもりはない。
「……あとで、拭いてあげますね」
 雨音もそれ以上は言わず、微笑を浮かべる。
 雨が降り始めたことで少し気温が下がったのか、吐く息は白い。
 そういえばバレンタインはもっと寒い時期だったな――瑠亥は、そうひとりごちた。


「少しここで休憩しよう」
 公園にさしかかると、瑠亥はそう言って雨音を屋根のあるベンチへと誘った。途中の自動販売機で暖かい飲み物を買って。
 雨は少し激しさを増しており、ぱたぱたと雨音が響いている。
「ありがとうございます。……でも、先に拭いてあげますね」
 飲み物を受け取った雨音はその温かさを少しだけ掌で堪能し、すぐにハンカチを取り出して瑠亥の右肩を拭き始めた。
 雨音の吐息が、肩や頬にかかる。
 瑠亥は目を閉じ、彼女が拭き終わるのをじっと待ちながら思考の渦に落ちていく。
 ――自分の想いを改めて伝えたい。
 彼女に対する自分の想いは、今日一日で嫌と言うほどに思い知らされた。
 こんなにも愛しくて、こんなにも大切で――なくてはならない存在。
 傷つけたくはない。傷つけてはいけない。失うわけには、いかない。
 彼女を求めている。そして彼女も求めてくれている。
 当たり前のように一緒にいる時間をもっと増やしたい。もっと――触れていたい。
 だから――。
「……雨音」
 右肩に伝わる感触が途絶えたとき、瑠亥は瞼を開けて呟いた。
「瑠亥、さん……」
 雨音はじっと瑠亥の目を見つめてくる。そして次の言葉を促すかのように瞬きをした。
 瑠亥はコートのポケットから小さな箱を出し、それをゆっくりと開いていく。
「受け取って……もらえるか。バレンタインの返しと……もうすぐ来る、誕生日のプレゼントだ」
 指輪という安直なものではあるが、こういうものがないとうまく気持ちを伝えられない。瑠亥は胸の内を駆けめぐる想いを落ち着かせるように、一度大きく息を吐いた。
 俺は、臆病だから――。
 そして、声に出さずに呟く。
 箱を持つ手が震える。なんだろう、これは。
 こんなこと――今までにあっただろうか。
 雨音は、これを受け取ってくれる。そう信じている。
 だが――自分はどこまで臆病なのだろう。
 一秒でさえも、この待っている時間が重くのしかかる。
「……こういうの、はめたことなくて……」
 沈黙を穏やかに打ち消し、雨音は指輪に手を伸ばした。瑠亥は反射的にその手を握り、首を振る。自分がはめてやると――目で語って。
 そして瑠亥は雨音の左手をそっと取り、指輪をその薬指にはめていく。
「……似合います、か?」
 薬指の指輪を見つめていた雨音は、瑠亥に見せるように軽く左手を挙げて笑む。
「……ああ、似合う。似合う……よ」
 瑠亥はそう言うのが精一杯だった。だが、まだ言うべきことが残っている。これを伝えなければ、自分は後悔するだろう。
「もう、ぶれないよ。俺は、雨音を愛している……」
 自分の言葉を確かめるように、そして想いの全てをそこに乗せて瑠亥は雨音を強く抱きしめる。
 もう離さない。
 離れられない。
 こんなにも――愛してる。
「――私も愛しています、瑠亥さん。貴方がそれを望んでくれるのなら、これからもずっとお側にいます……」
 耳元で囁く愛しき声に、瑠亥は全身が熱くなるのを感じていた。
 抱きしめる手を少しだけ緩め、見上げてくる顔を覗き込み、そして――。
「雨音……」
 その、大切な名と共に、唇を――触れ合わせる。
 抱きしめ返してくるのは雨音の両腕。触れ合わせていただけのキスは、重なり、絡まり、吐息は漏れなくなる。
 ――互いの吐息さえ、離したくはないから。
 瑠亥は雨音の身体を自分の膝に乗せると、全身で包み込むかのように抱きしめ直す。もちろん、そのあいだも互いの吐息を貪る想いは途切れやしない。
「瑠亥さん、ずっと……ずっと、お側に……」
 ほんの一瞬唇が離れるたびに、雨音が囁く。
「あぁ、ずっと、側に……」
 瑠亥が言葉を返して、再び重なる。
 雨音の腰の下まである、愛しき髪。それを丁寧になでつけ、掌ですくい上げ、首筋を探して髪の間を指が滑る。
 とくん、と指先に伝わる雨音の脈。
 密着した柔らかな胸からもそれは伝わるが――もしかしたらこれは自分の鼓動かもしれない。
 雨音の指先が、瑠亥の首筋に触れて同じように脈を探す。先ほどはめた指輪の冷たい感触も伝わってきて、瑠亥はたまらなく幸せな気持ちになる。
 ここにいるのだと――自分の半身ともいうべき存在は、ここにいるのだと。
 全身で、雨音を感じていた。
「……雨音がしませんね……。雨、やんだようです」
 ふと、雨音が気づく。
「雨音はここにいる」
 瑠亥は首を振って微かに笑み、両手で恋人の頬を包み込んだ。雨音もまた、笑みを浮かべて頷く。
「ここに……ずっと」
 指輪が、何かの光を反射して輝く。雨音が光源を探せば、瑠亥の肩越しに見えるのは真円を描く青白い月。
 雲の切れ間から、月が優しく覗いていた――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga3862 / 藤村 瑠亥 / 男性 / 22歳 / ペネトレーター】
【gb0338 / 遠倉 雨音 / 女性 / 24歳(外見) / イェーガー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■藤村 瑠亥様
お世話になっております、佐伯ますみです。
「Sweet! ときめきドリームノベル」、お届けいたします。
今回、ノベルとはいえお二人の大事な日となる内容でしたので、非常に緊張して書かせていただきました。少しでもお気に召すノベルとなっているといいのですが……。
もし何かありましたら、遠慮なくリテイクかけて下さると幸いです。
内容に小ネタ(?)を仕込んであります。お二人のマイページやOMC、発注文などから色んなものをこっそりと拾わせていただきました。
小さなものばかりではありますが、よろしければ探してみてください。
藤村様のノベルは、藤村様視点となっております。遠倉様のノベルと比べてみてくださいね。
お二人の未来が幸せなものでありますように。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
土日を挟んでしまいましたので、お届けが若干遅れてしまって大変申し訳ありませんでした。
随分と暖かくなりましたがまだ寒暖の差は激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2011年 4月某日 佐伯ますみ
Sweet!ときめきドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年04月11日

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