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『夢を売る店 ――続・お料理教室―― 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)

 冬から春へ向かう季節は、甘い香りに満たされている。
 蕾を開こうとする花達の香りと、花の様に可愛いお菓子の香り。
 花束と、ケーキと、とろけそうな笑顔。
 甘い季節に見る夢は、とびきり甘くて幸せな夢――


 二月にしては暖かい、ある日の午後。足に手紙を結びつけた一羽のスワローが、風に乗ってエカリスの空を滑る様に飛んでいた。
 目指すは郊外にある一軒家。物干し台で真っ白なシーツが盛大にはためくその家に、スワローは真っすぐ飛んで行く。
「……あれ、ホープ? どこ行ってたの?」
 シーツの裏からひょっこりと顔を出したクレイ・リチャードソン(リチャード・クレイ・シアレント)は、洗濯ばさみを持ったままの手を挙げて、スワロー……ホープを留まらせた。朝食の後で遊びに出かけるのは彼女の常だが、お昼を過ぎても戻らないのは珍しいと、少し心配になってきた所だった。
「……あれ、手紙が付いてる。誰だろ……?」
 ホープの足から小さく折り畳まれた紙を外し、広げてみる。
「あ……」
 にこー。そこに書かれた文字を見た瞬間、クレイの顔にお馴染みの笑みが広がった。
「覚えてて、くれたんだ」
 にこにこ、にこにこ。
 クレイは物干竿からお日様の匂いがする洗濯物を外すと、弾む足取りで家の中へ駆け込んで行った。

「勿論、覚えてるですの」
 翌日、宿屋「止まり木」を訪ねたクレイに、エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)――エリが答えた。
「クレイさんの言った事ですもの」
 今度は、チョコレートケーキの作り方を教えて下さいね‥‥そう言ったクレイの言葉を、エリは忘れていなかった。そして、料理超初心者かつ妙な所で恐ろしい程に不器用なクレイでも上手に作れるようなレシピを考え続けて苦節‥‥何ヶ月だろう。
 漸く、どうやっても失敗する事のないであろうレシピを完成させたのだ。
「じゃ、これ着てくださいですの」
 クレイを自宅の台所へ引っ張って行くと、エリは割烹着と三角巾を差し出した。
「あ、僕……エプロン持って来たよ。ほら、可愛いでしょ?」
 クレイは淡い緑色のエプロンを荷物から引っ張り出し、エリの前に広げて見せた。真ん中にある大きなポケットには、子犬のアップリケが付いている。
「おとーさんと、お揃いなんだ。おとーさんのは薄い水色でね、ここに山猫のアップリケが付いてるの」
 エリは想像してみた。クレイのお父さん、ヴィスター・シアレントが、そのやたらと可愛らしいエプロンを身に着けて台所に立っている様を。
 ぶんぶんぶん。慌てて首を振り、脳裏に浮かんだイメージを吹き飛ばす。
「クレイさんも、一緒にお料理するんですの?」
 少しは上達したのだろうかと、淡い期待を込めて尋ねてみる。しかし、答えは‥‥
「うん。僕、ゆでたまご係」
 にこー。
 そうか。いや、そんな事じゃないかとは思っていたけれど。
「あとね、おでん」
 この前エリに教えてもらったおでんだけは、自分ひとりで作れる様になったらしい。
「おとーさん、すっごくおいしいって褒めてくれるんだー」
「じゃあ、チョコレートケーキも褒めてもらえる様に、頑張りましょうね」
「はいっ!」
 とても良いお返事と共にエプロンを装着、頭には三角巾を被り‥‥いや、ほっかむりじゃないから。結ぶのは顎の下でも、鼻の下でもないから。
「こう、ですの」
 エリがやって見せる。
「あ、そっか……こぉ?」
 そうそう、それで良い。そして頭の上にはホープを乗せて、準備完了。

「……あれ、エリちゃん……小麦粉、ないよ?」
 きょろきょろ。クレイは調理台を見渡すが、そこに置かれているのは卵と刻んだチョコの山だけ。それに、見た事のない調理道具の数々。
「小麦粉は使いませんの」
「え……でも、ケーキって……小麦粉と、砂糖と……あと、なんだっけ」
 確かに普通はそうして作るものだけど。
「クレイさんはお料理の超初心者ですの。色々調べて一番材料が少なく簡単に作れるのにしましたの」
「でも、卵とチョコだけって……」
 本当にこれでケーキになるのだろうかと、思いっきり疑わしげな表情のクレイ。それに……何だか見た事のない魔道具があるけれど、これは一体?
「これは炊飯器と言って、お米と水を入れるとご飯を炊いてくれる道具ですの」
 すごい、いつの間に出来たんだろう、そんな魔道具。
「あ、そーだ! ごはん炊くのも、僕の仕事だよ」
 ゆでたまご以外にも、やらせてもらえる事があった様だ。ただ、それも料理とは呼べない気がするが。
「時々失敗して焦がしちゃうけど、おこげもおいしーんだよね」
 にっこにっこ。
 それで、チョコケーキと炊飯器にどんな関係があるんだろう。
「これは、最後に使いますの。まずはチョコを溶かしますの」
「はーい」
 元気に答えて、クレイが取り出したのは大きな鍋。
「お鍋使いません!」
「じゃあ、フライパン?」
 どっちでもないから。
「湯煎しますの〜」
「……ゆせん、って、なに?」
 かくーり、首を傾げるクレイ。聞いたこと、ないらしい。
「まずはお湯を沸かして……そのお湯にチョコ入れたボウルを浸けるんですの」
「こ……こぉ?」
 どっぷん!
 ボウルをまるごと、お湯の中に沈めた! 縁を超えて、お湯がボウルの中へ流れ込む!
「あーーー!」
 エリはクレイの手から慌ててボウルを救い出し、チョコまで流さないように気をつけながら、お湯を切った。
「……お湯、入れちゃったら……湯煎の意味がないですの」
 多少茶色くなったお湯を完全に流してしまうと、エリはそれを再びクレイの手に戻した。こうやるのだと、手本を見せながら。
「こう……かな」
 たぷん、ボウルの底をお湯に浸してみる。じわり、チョコの形が崩れ始めた。
「うわぁ、溶けてる溶けてるー」
 ボウルを傾けながら、楽しそうにヘラでくるくるかき回す。お湯で多少ゆるんではいるが、まあ許容範囲だろう。
「溶けたよー。次はー?」
 それが出来たら、今度は卵の用意。
「割ってください」
「はーい」
 がしっ、べちゃ!
「できましたぁ!」
「はい、やりなおしー」
「ええっ!?」
 どうして? ちゃんと割れたよ? カラも入ってないし!
「これじゃ黄身と白身に分けられないですの」
 だから奇麗に割ってくださいね、と、もうひとつ手渡す。
「うーん……こう、かな」
 がしょっ!
「……あれ? また、潰れちゃった……」
「はい、どうぞ」
 動じる事なく次の卵を手渡すエリ。
「卵は十分用意してますの」
 そう、こんな事もあろうかと。
「よし、今度は失敗しない……!」
 気合いを入れて次の卵に挑むクレイ。こんこん、とんとん……割れない。
「……うー……生卵は、難しい……ゆでたまご剥くのは得意なんだけどなー」
 ゆで卵のカラ剥きに上手いも下手もなさそうな気がするけど。
「よし、今度こそー!」
 そして何度目かの挑戦で漸く奇麗に割れた二つの卵。スプーンで黄身をすくって別のボウルに移す。
「じゃあ、残った白身をよーく泡立ててくださいですの」
「あわ……えと……」
 きょろきょろ。‥‥何を探してる。
「洗剤じゃ、ないですの」
 クレイの視界から危ないものを片付け、エリは泡立器を渡す。
「……これ、なに?」
「泡立器ですの。こうやって……」
 かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。お手本を見せる。
「こうやってよーくかき混ぜると、泡立ったみたいに真っ白になってきますの」
「……こぉ?」
 ぐるぐる、かしゃかしゃ。
「……まだ……かなぁ……」
 かしゃかしゃかしゃかしゃ……
「……まだ……ぜんぜん……だね……」
 かしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃ……
「……これ……うで、つかれる……」
 かしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃ……
「……そっか、だから……」
 ごにょごにょ。
「クレイさん……何か失礼な事考えてませんか?」
「か、かんがえて、ませんっ!」
 ぶんぶんぶん。
 どうりで、エリは小さい体なのに大剣とかゴールデンハンマーとか平気でぶん回せる腕力がある訳だ、なんて思ってませんから!
「え、えと、えと……僕も毎日これやったら、おとーさんみたいに片手で大剣使えるよーになるかなって!」
「無理ですの」
 誤摩化してみたけれど、ばっさり一刀両断。
 それにしても、いつまでカシャカシャやってるんだろう。時間的にはもうそろそろ、角が立ってきても良い頃なのに……。
 嫌な予感がして、クレイの手元を覗き込むエリ。
「クレイさん」
「なに?」
「ボウルの中身は?」
 予感的中。やってくれました、お約束。
「……あれ?」
 気がつけば、淡い緑色のエプロンのあちこちに小さな雲が浮かんでいる。そしてホープはいつの間にか、クレイの頭の上からエリの肩に避難していた。
 うん、一生懸命なのはわかるけど。今度はもっと慎重に、中身を吹っ飛ばさない様に掻き混ぜましょう、ね。
「はい、卵」
「えー、また最初からぁ?」
 文句言わない。
「……うん……そうだね。おいしぃチョコケーキのために、頑張る!」
 今度は大丈夫。卵だって、それほど失敗しなかった。白身は一個分くらい吹っ飛ばしたけど、念のために三個使ったから問題なし。
「出来た!」
 ツンと角の立った、立派なメレンゲが。
「それが出来たら、今度はさっきの溶かしたチョコに黄身を混ぜるんですの」
 だがしかし。白身と格闘するうちに、チョコは再びカチンコチン。手際が悪いにも程がある。
「……はい、もう一度温め直してくださいですの」
 エリは怒らない。根気よく、辛抱強く、焦らず急がず……これぞ指導者の鑑。
「これは失敗しないよ。さっきと同じで良いんだよね」
 自信たっぷりに宣言するクレイ。カシャカシャのコツは、もう掴んだ。
 しかし、ここでもエリのダメ出しが出る。
「そんなにカシャカシャしなくても大丈夫ですの」
 さっきの白身とは違うんだから。ほら、また飛び散るから、静かに静かに。
「それが出来たら、最後の行程ですの」
「え、もう!?」
 もう、と言うには時間がかかりすぎている気がするが、そこは気にしない。
「そこに泡立てた白身を混ぜて、切るように混ぜ合わせるですの」
「切る……包丁?」
 違います。
「さっきチョコを溶かすのに使ったヘラで、メレンゲの泡を潰さないように、こう……ですの」
「こう……かな」
 先生のお手本通りに、丁寧に混ぜる。暫くすると、何となくチョコケーキの生地っぽい感じになってきた。
「これを炊飯器のお釜に入れて……」
 スイッチオン!
「あとは?」
「待つだけ、ですの」
「ええっ!?」
 待つだけで良いのか。どきどき、そわそわ。でも、ただ待つだけというのも何だか落ち着かない。
「待ってる間にクッキー作りますの。卵いっぱいありますし」
 今度は潰れた卵でも大丈夫、黄身も白身も一緒に混ぜ合わせ、小麦粉と砂糖とバター……全部一緒にこねこね、こねこね。
「あ、型抜きなら僕にも出来るよ!」
 星にハートに動物、鳥……わいわいきゃいきゃい、まるで仲良し姉妹の様だ。片方は24歳男だけど、気にしない。

 そうこうしている間に、ケーキの方も出来上がった。炊飯器のふたを開けると……ふわぁん。
「うわぁ、チョコのにおいー」
 少し冷めるのを待って型から取り出すと、どこから見ても立派なチョコケーキが現れた。
「えっと、こういうの……ガトーショコラっていうんだっけ」
 チョコケーキよりも難しそうな名前なのに、こんな簡単に出来るなんて。いや、クレイにとってはこれでも結構難しかったのだけれど。
「でも、僕の家には炊飯器ないし……エリちゃん家じゃないと作れないね」
 お父さんに買ってもらおうか。
「オーブンでも出来ますよ」
「え、そうなんだ……僕がオーブン使うと、何故かいつも爆発するんだけど」
 あぁ、やっぱり。うん、そんな事じゃないかと思って炊飯器を使ってみたんだけど、どうやら正解だったらしい。
「うん、やっぱり買ってもらおー。帰ったらおねだりしてみるね」
「このケーキの出来映え見たら、ヴィスターさんも感激して何でも買ってくれそうですの」
「そうだよね、ね!」
 では、最後の仕上げに白のチョコペンでメッセージを。
「んー、なんて書こうかなー……おとうさん、ありがとう……?」
「それじゃ父の日ですの」
 バレンタインなんだから、もっとこう……ねぇ?
「うん……あ、見ちゃだめ!」
 隠してるし。

 結局どんなメッセージを書いたのか、クレイは教えてくれなかった。
「じゃあこれ、お土産ですの。こっちはホープちゃん達に」
 帰りがけ、エリは一緒に作ったクッキーと、粟入りの特製クッキーを持たせてくれた。
「ありがとう、すっごく楽しかったよ。ケーキも上手に出来たしね」
 にこぉー。
「また色々教えてね、僕、がんばるから!」
 ケーキの箱を大事そうに抱え、帰って行くクレイ。
 今度来る時は、もう少し料理の基本が出来るようになっていると良いのだけれど……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】
【hz0032 / クレイ・リチャードソン / 男性 / 24歳 / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。STANZAです。
ご依頼ありがとうございました。
まさか本当にチョコケーキまで教えて頂けるとは思わず、王子共々大喜びです。
その割に納品が遅いのは……多分、喜びすぎたせい(ぇ
書き終えてしまうのがなんだか勿体なくてー(ぇぇ

という事で、とても楽しく書かせて頂きました。
またいつかご縁があれば、よろしくお願い致します。
Sweet!ときめきドリームノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2011年04月11日

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