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『茶話小景。〜守り、願い 』
一 千草(ib4564)


 神楽の町はもうそろそろ、ぬるんできた空気とちらほらほころび始めた花の蕾に彩られ、そぞろ歩くにも良い季節になってきた。となればちょっとそこらを散歩してこようかと、ほんの少しだけ浮かれた足取りでのんびり行き交う人があちら、こちらと見られるのも当たり前のことだろう。
 見上げれば、春の気配が見える白みがかった青空。時折吹き抜ける風はまだ冷たいけれども、思わず身をすくませてしまうような、身を切られる寒さはそろそろなりを潜めている。
 一 千草(ib4564)がやってきていたのは、そんな神楽の街中にある、とある小間物屋だった。様々の品を扱っているその店には、ほんのちょっとした日用の雑貨に置物、髪飾りや帯留めも並んでいて、外観からして男の自分には、ちょっとだけ寄り付き難いお店だ。
 けれどもなぜ千草がそこに居るのかといえば、大切な姉の白藤(ib2527)がふらり、と足を踏み入れたからで。今も傍らで、何か心惹かれる品はあるだろうかときょろきょろ店内を見回す姉を伺うように見てから、何だか怒られるのを恐れる子供になったような気分で、おず、と千草も店内のいかにも女性が好みそうな、愛らしく華やかな品の数々に目を走らせる。
 こうして2人で買い物に、でようと誘い合わせていたわけではない。けれども家でのんびりしていたら、義弟に『たまには実の姉弟でゆっくりしたらどうだ』と言われたものだから、せっかくに好意に甘えてやってきたのである。
 何となく心が浮き立っているのは、だから、何も春が程近くなってきた陽射しや空気のせいばかりではなくて。大好きな姉とのんびり過ごせる、そんな計らいに感謝をしていたら、ふと姉の声が耳を打った。

「あ。この髪飾りいいなぁ‥‥」
「‥‥どれ?」

 足を止めてある一点を見つめる白藤の言葉に、千草も耳をぴくりと動かして、その視線の先を覗き込んだ。これ、と指差してくれた場所にあったのは、ひらりと舞う桜の細工も見事な髪飾りだ。隣には揃いと思われる蝶の帯留めが、まるで桜に戯れるような様子でちょこん、と置かれている。
 よく磨かれた真鍮に、きらりと小さな輝石。いいなぁ、ともう一度呟いた姉の言葉に、その下に書かれていた値段へと視線を走らせた千草の、期待を込めて揺れた尻尾は、途端にパタリと力なく落ちた。
 姉が心を留めただけあって、その桜の髪飾りはお値段の方もなかなかに結構なものだった。少なくとも、咄嗟に自分の懐に入っているお財布の中身を思い出そう、と努力する事すらやめてしまうくらいには。
 ぽふぽふ、と白藤がそんな千草の肩を叩き「行こうか」と微笑んで促した。その微笑を見れば、姉とて最初から欲しいと思って言っていたわけではないのだと、解ったけれど。
 クルリときびすを返して小間物屋を出て行く姉の背に、一度だけためらってから、千草は真鍮の飾りへと手を伸ばした。桜の髪飾りではない、蝶の帯留めのほうだ。姉がいいなと言ったものとは違うけれども、これだって同じくらい素晴らしく綺麗で、きっと白藤には良く似合う。
 だから大急ぎで店員の小僧に手渡すと、ニッと笑った小僧は慣れた手つきで帯留めを紙に包んでくれた。なんだか誤解されているような気もするが、白藤に気付かれる前に戻らなければと、礼もそこそこに千草はお代を渡し、慌てて店の外に飛び出す。
 ちょうど、白藤は振り返って、弟がついてきていない事にようやっと気付いたところだった。「あれ?」と小さく首をかしげているのに、慌てて声をかける。

「――ごめん、姉さん! その、栞が気になって‥‥」
「そうなの? だったら買ってあげたのに」

 小さな包みを懐に突っ込みながら、咄嗟に思いついた言い訳を口にしたら、姉はちょっと残念そうな顔になってそう言った。白藤を悲しませてしまったかと、ますます焦って千草は「これは俺が欲しかっただけだから」とぶんぶん首を振る。
 じっと、しばらくの間、白藤の視線が千草の上に注がれた。それからこく、と首を傾げた彼女に、こく、と頷きを返す。
 そうしたら、白藤はほっとしたように微笑んで、じゃあ行こうか、と改めて千草の手を取った。ぇ、と戸惑う千草を置き去りに、楽しげな足取りで白藤が歩き始めた方角は、千草がたまに覗く本屋さんだ。
 家を出る時、どこに行きたいと聞かれたから、どこでも良いと千草は言った。「俺は姉さんの行きたいところについていく‥‥。だから行きたい所は姉さんに任せる」と。
 それは千草にとっての揺るぎない真実で。けれども向かう先が本屋だと、気付いた千草の胸の内に、浮き立つ気持ちが沸き起こってきたのは否めない。
 だから真っ直ぐに本屋へ向かう白藤の後を、千草は大人しくついて歩いた。まるで子供に返ったように――やがて本屋が近付くにつれて、その気持ちは高ぶってきて。
 店が見えた瞬間、ピタリ、と足を止めて看板を見上げた千草を見て、白藤がくすりと微笑んだのが聞こえた。そんな笑い声を聞きながら、右へ、左へとせわしなく視線を動かす千草を、ほら、と白藤が引っ張る。

「千草はどんな本が良い? やっぱり薬の本かな」
「うん‥‥」
「‥‥今日は私からの贈り物だからね?」

 そうして姉の言葉を聞きながら、じっと本棚に目を走らせていた千草は、不意に付け加えられた言葉にぱち、と目を瞬かせた。それから何か言おうと、口をパクパク動かして、白藤をじっと見る。
 本は決して安い買い物じゃない。まして専門的な知識の書かれたものともなれば、先ほどの桜の髪飾りなんて比じゃないお金が掛かるものだ。
 けれども。白藤の眼差しに含まれた気持ちを感じ取って、千草はやがて、こくりと頷きを返した。それにほっと嬉しそうな笑顔になった姉を見て、良かった、と千草もまたほっとする。
 そうして、千草は本棚に収められた書物を確かめながら間をすり抜け、薬草の種類を絵付きで解説した草紙を集めた辺りへと向かった。あまり数自体は多くないのだけれど、それでも幾つかある書物の中身を、1冊1冊丁寧にめくって確かめる。
 幾ら草紙になっているからと言って、中身がすべて信頼の置けるものばかりじゃない。中には明らかにいい加減な事ばかりが書かれたトンデモ本まであるから、買う前にしっかりと確かめなければならないのだ。
 そうしてようやくこれぞと言う本を見つけ、喜びに顔をほころばせた千草は、だがその値段を思っておず、と尻尾を本の少し申し訳なさに揺らしながら白藤を振り返った。目の端に映った店主が、ほんとに買えるのか、と言いたげな顔でこちらを見ているのが解る。
 けれども白藤はくすりと笑い、店主が告げた金額をきちんと払うと、千草の顔を覗きこんだ。そうして「良い本が見つかって良かったね」と微笑んだ姉に、うん、と頷きを返してから、でも本当に良かったのかと戸惑うように白藤を見返す。
 無理を、しているのではないかと――いつも浮かべている微笑みと同様に。けれども白藤はそれに気付かなかったようで、本屋をあっさり出て行った。そうして青い空を見上げて、眩しそうに目を細めている。
 それから辺りを見回した、姉の視線がある一点で止まった。それは一軒のお茶屋さんのようだ。神楽に幾らでもありそうな、町にするりと溶け込んだ外観のお店。

「あそこで少し、休んでいこうか?」

 ひょい、と千草を振り返ってそう言うと、白藤はすたすたとそのお茶屋さんに向かって歩き出していた。慌てて後を追いかけて、隣に並んで暖簾を潜ると、出迎えてくれた店員らしい妙齢の女性が「いらっしゃいませ、お召し上がりですか?」と声をかけてくる。
 それに白藤が頷きを返すと、かしこまりました、と女性は1つ、頷いた。もう1人の店員らしい、生真面目そうな青年にちらりと眼差しを向けながら「おしながき」と表に書かれた冊子を取り、「こちらへどうぞ」と2人を先導して歩き出す。
 そうして静かで居心地の良い店内の、あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせているお客様達のさざめくような声の間を通り抜け、千草達が案内されたのは対面の席だった。向かい合って座ると、見計らったタイミングでおしながきが差し出される。
 それを開いた白藤の反対側から覗き込んだ千草は、あれ、と目を見張った。向かいで白藤も首をかしげている。
 めくってみても、メニューはあまり多くはない。お茶屋さん、と言われて誰もが連想するような品揃えだけなのだけれども、それにしてはここにくるまでに机の上に並べられていたお菓子は、もっと種類が豊富だったような。
 千草と白藤の疑問に答えるように、女性がにっこり微笑んだ。

「そちらに書かれていないものでも、ご所望のものがあればお気軽にお申し付け下さいね。叶う限りはご用意させて頂きますから――粒餡じゃなくて漉し餡が良いとか、そんなのでもお気軽に」
「なるほど。じゃあ、えぇと‥‥緑茶と苺大福と‥‥桜餅と今日のお勧めで! 千草はどうする?」
「俺は、姉さんと同じもので」

 さっさと注文を決めた白藤に、千草もそう、女性を見上げて注文した。それに『かしこまりました』と頷いて、それぞれの前に暖かなお茶をことんと置き、女性は奥へと引っ込んでいく。
 湯のみは程よく暖かく、まだほんのり冷たさの漂う空気の中で、知らず冷えた身体を暖めてくれた。口に含むと、ほんのり甘い心地がする。
 目を細めて微笑みを浮かべ、含んだお茶をじっくりと味わうように舌の上で転がした。それから何気なく視線を向けると、白藤は髪の先を結わえた紐へと視線を落としていて。

「どうしたの?」
「う、ん‥‥その髪紐、姉さん、本当に大切にしてるな、って‥‥」

 気付いた姉に尋ねられ、どこか触れるのをためらうように、そう答えた。千草の言葉を聞いた白藤は、うん、と微笑みを返す――いつも通りの微笑。
 それにまた、僅かに千草の胸が痛んだ。けれども白藤は気付かない――否、気付かないふりをして、髪紐に柔らかな視線をそっと注いだ。

「─―うん‥‥この髪紐は大切だから‥‥それにお守りだから。千草もその首飾り大切にしてくれてるんだねぇ‥‥」
「これは姉さんがくれた御守りだから‥‥」

 話をそらすように向けられた眼差しに、千草は首元の首飾りをきゅっと握り締める。握り締めて噛み締めるように呟いた、その言葉に「そう」と白藤はまた、微笑む。
 恋人が居なくなったその日から、白藤は笑顔しか浮かべない。まるで、それ以外の表情を忘れてしまったかのように――時に頑ななまでに、微笑みしか浮かべない。
 そんな白藤を、千草はとても心配しているのだけれど。どう言葉にして良いのか解らないまま、千草は握り締めた首飾りをほんの少し引っ張った。

「小さい頃はまだ首飾りも大きかった気がする‥‥」
「ふふ。大きくなったもんね」

 千草の言葉に返された言葉は、優しく暖かい。それを疑うわけじゃない。姉は昔から、いつだって優しいままだ。
 それでも。それだからこそ。
 姉さん、と呼ぶと、ん? と応えが返った。そんな白藤を真摯に見つめ、一言一言、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「あの時、俺に手を伸ばしてくれて有難う‥‥だから俺は此処に居れる‥‥」
「千草‥‥私達は姉弟なんだから‥‥」

 千草の言葉に、白藤が虚を突かれたように目を瞬かせた。だが、千草はふる、と小さく首を振る。
 白藤にとってはきっと、当たり前の出来事だったのだろうけれども。自分にとってはそうではないのだと、首を振る。

「俺は姉さんや妹‥‥新しい家族がいたから、笑える様になった‥‥手を差し出してくれた、あの日から‥‥世界が変わったんだ。─―この首飾りも‥‥あの面も、大切な御守りだ」

 そう、大切な宝物を慈しむように、首飾りを握り締める手に力を込めた。そうして、黙ってしまった白藤に「姉さん」と声をかけ、懐へと手を伸ばす。
 ん? と小さく首を傾げた姉の微笑みは、いつも通りで。それに何となしに寂しさを感じながら、千草の右手は探り当てた紙包みを懐から引っ張り出した。
 白藤が不思議そうに目を瞬かせたのに、これ、と差し出す。

「俺からの贈り物――開けてみて」
「――蝶の、帯留め? あの店にあった‥‥」
「姉さんにきっと、似合うと思って――髪飾りは、無理だけど‥‥薬草の本を買ってもらったお礼に」

 帯留めを買ったのはそれよりも前のことだけれども、きっとそんな理由があったほうが、受け取ってもらいやすいんじゃないかと咄嗟に付け加えた。それはきっと、白藤にも解ってしまったことだろう。
 けれども、姉はその嘘を指摘はしなかった。指摘しないまま、気にしなくて良いのに、と呟いて微かに震える指で蝶の帯留めを摘み上げ、両のてのひらの中に大切に包み込んだ。
 そうしてもう一度、気にしなくて良いのに、と呟いた白藤の顔に浮かんだ笑みは、優しい。いつも向けてくれる笑顔と同じようで、けれどもどこか違うそれ。
 ぎゅっと、帯留めを包み込んだ両手に力が入ったのが、解った。

「でも、有難う‥‥これからも宜しくね?」
「‥‥うん」

 その微笑みに、良かったと千草も嬉しくなって、こっくりと頷いた。きっと今も白藤の中にあるはずの、彼女に微笑みしか浮かべさせようとしない何かを、溶かせたとは思わないけれど、それでも。
 そうして、やって来たお菓子を仲良く食べて。程よい甘さや柔らかさに目を輝かせて舌鼓を打ち、どうせだからお土産も買って帰ろうか、なんて相談する。自分達を送り出してくれた義弟は、今頃、家でのんびり留守番をしていることだろう。
 あの義弟はどんなお菓子なら喜ぶだろうと、白藤が楽しそうにあれこれと挙げるのを頷きながら聞く。入り口の所で持ち帰り用のお菓子も売っていたなと、席を立ってそこに居た生真面目な青年の店員に声をかけると、すぐに頷いて頼んだ菓子を包んでくれた。
 そうしてずっしりと重たそうな紙包みを受け取って、胸に抱いた白藤と肩を並べて店を出る。見上げた空は、ほんの少し日がかたぶいて居た。僅かに、吹き抜ける風に冷たさが増した気がする。

「そろそろ帰ろうか、千草」
「うん‥‥あ、姉さん。あの‥‥また、手を繋いでも、良い?」

 ふわりと微笑んで振り返った白藤に、千草は思い切ってそう言った。きょとん、と姉が1つ瞬きをした後に、もちろん、と微笑んでまるでいつかの繰り返しのように差し伸べる。
 その手を、千草はぎゅっと握った。あの頃よりはずっと大きくなった手。先ほども手を引かれて歩いたけれども、それとはまた違う心地。

(3年前まではいつも、片手は繋がれてたし、な‥‥)

 そうして千草の手を引いて、歩き出した姉の背中をじっと見つめた。その視線に気付いたものか、ひょい、と白藤が振り返る。
 きょとんと目を瞬かせて、それから小さく微笑んだ。そしたら白藤も微笑んで、ぎゅっと手を握り返してくれる。
 それから、家で待つ義弟がお土産を見た時にどんな顔をするだろうと、楽しく想像を巡らせながら帰った――それは、春の声も程近いとある昼下がりのこと。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ib2527  /   白藤   / 女  / 22  / 弓術師
 ib4564  /  一 千草  / 男  / 19  / シノビ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お姉様との水入らずな一時、心を込めて書かせて頂きました。
発注についてはお気になさらずです、むしろ蓮華の方こそお手数をお掛け致しまして、なおかつそれでもご発注下さいまして、本当にありがとうございました(深々と
実年齢が15歳という事でしたので、何と言うか、少し幼い感じになってしまいましたが‥‥だ、大丈夫でしょう、か?(滝汗
リテイクとかはもう、遠慮なく。はい、遠慮なくずずいと!(ぐぐっ

息子さんのイメージ通りの、お姉様との優しくて懐かしくて、暖かなひとときになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年04月25日

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