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『茶話小景。〜さくら、ふわり 』
白藤(ib2527)


 神楽の町はもうそろそろ、ぬるんできた空気とちらほらほころび始めた花の蕾に彩られ、そぞろ歩くにも良い季節になってきた。となればちょっとそこらを散歩してこようかと、ほんの少しだけ浮かれた足取りでのんびり行き交う人があちら、こちらと見られるのも当たり前のことだろう。
 見上げれば、春の気配が見える白みがかった青空。時折吹き抜ける風はまだ冷たいけれども、思わず身をすくませてしまうような、身を切られる寒さはそろそろなりを潜めている。
 白藤(ib2527)がふらりと足を踏み入れたのは、そんな神楽の町中にある、とある小間物屋だった。様々の品を扱っているその店には、ほんのちょっとした日用の雑貨に置物、髪飾りや帯留めも並んでいて、外観からしてなかなか感じの良いお店だったのだ。
 何か心惹かれる品はあるだろうかと、白藤はきょろ、と店の中を見回した。傍らにいる弟の一 千草(ib4564)がそんな姉をちらりと見やり、それから同じように、ほんの少しだけおずおずと並ぶ品に目を走らせる。
 ふふ、と千草の表情を目の端に捕らえて、白藤は常から浮かべている笑みに、わずかに優しげなものを滲ませた。
 こうして2人で買い物に、出ようと誘い合わせていた訳ではない。けれども家でのんびりしていたら、義弟に『たまには実の姉弟でゆっくりしたらどうだ』と言われたものだから、せっかくの好意に甘えてやって来たのである。
 何となく心が浮き立っているのは、だから、なにも春が程近くなってきた陽射しや空気のせいばかりではなくて。そんな計らいに感謝をしつつ、ともすれば鼻歌さえ歌い出しそうな上機嫌で、色とりどりで目にも賑やかな小間物屋の店内を泳ぐように、歩く。

「あ。この髪飾りいいなぁ‥‥」
「‥‥どれ?」

 ふいに、足を止めて呟いた白藤の言葉に、ぴくりと耳を動かした千草がひょいと隣から覗き込んだ。これ、とそんな弟に指をさしたのは、ひらりと舞う桜の細工も見事な髪飾りだ。隣には揃いと思われる蝶の帯留めが、まるで桜に戯れるような様子でちょこん、と置かれている。
 良く磨かれた真鍮に、きらりと小さな輝石。いいなぁ、ともう一度呟いたら、パタリ、と千草の尻尾が揺れて、落ちた。
 ぽふぽふ、とそんな千草の肩を叩く。いいなぁ、と思った桜の髪飾りは、そう思わせるだけあってお値段の方もなかなかに結構なものだった。少なくとも、手を伸ばそうと思う前に理性がそれを押しとどめる程度には。
 だから白藤は気にしないまま、行こうか、と弟に微笑んだ。微笑み、クルリときびすを返して小間物屋を出て、じゃあ次は、と振り返り――

「あれ? ‥‥千草?」
「――ごめん、姉さん! その、栞が気になって‥‥」
「そうなの? だったら買ってあげたのに」

 小さな包みを懐に突っ込みながら、慌てて追いかけてきた千草の言葉に、返した白藤の言葉はちょっと残念そうな響きが含まれていた。それに焦ったような色を滲ませて、これは俺が欲しかっただけだから、と首を振る弟をじっと見つめる。
 せっかくの姉弟水入らずなんだし、今日は千草に贈り物をしてあげるつもりだった。だから、本好きな千草には薬の本とか、そういうのをあげようと思っていたのだけれど――
 こく、と首をかしげると、こく、と頷きが返る。ならば良いかと小さく微笑んで、白藤は千草の手を握り、幼い頃にそうしたように手を引いて歩き出した。向かう先は今度こそ、本屋さん。
 家を出る時、どこに行きたいと聞いてみたら、どこでも良いと千草は言った。「俺は姉さんの行きたい所について行く‥‥。だから行きたい所は姉さんに任せる」と。
 だったら、やっぱり白藤が次に向かいたいのは本屋さんだ。大切な弟の千草が、本を前にして喜ぶ顔を見たいから。貸本と違って本を買うのはそれなりに値が張るものだし、まして専門的な本となれば結構なお値段になるものだけれど、桜の髪飾りのためなら手を伸ばすのすらためらったって、千草の為に出すお金はちっとも惜しくない。
 だから真っ直ぐ本屋に向かった白藤のあとを、千草は大人しくついてくる。まるで2人、小さな子供に返ったようでなんとなく、くすぐったい。
 行き先は特には告げなかったけれども、向かう方向からそれを察していたのだろう、やがて千草の足取りは軽くなってきた。そうして本屋さんの前に差し掛かると、白藤が立ち止まる前にピタリ、と足を止めてしまう。
 本当に本が好きだな、と白藤は微笑んだ。きょろきょろとせわしなく、あちらこちらに動く眼差しは、小間物屋でのどこかためらうようなそれとは正反対だ。
 そんな弟の手を引いて店の中へと足を踏み入れ、千草、と声をかけた。

「千草はどんな本が良い? やっぱり薬の本かな」
「うん‥‥」
「‥‥今日は私からの贈り物だからね?」

 悪戯を仕掛けるような心地で目を笑みに緩めて付け加えると、ぱち、と千草が瞬きした。それから何か言おうとパクパク口を動かして、やがてこっくり頷きを返す。
 そうして、千草が本棚の間をきょろきょろと見回しながらすり抜けて、向かった先は案の定、薬草の種類を絵付きで解説した草紙を集めた辺りだった。あまり数自体は多くないのだけれど、それでも幾つかあるそれを、1冊1冊丁寧にめくって確かめている。
 やがてこれぞと思う1冊を見つけた千草は、ぱっと顔を輝かせて白藤を振り返った後、おず、と尻尾をほんの少し申し訳なさそうに揺らした。ちら、と奥に座る気難しそうな店主を振り返ると、ほんとに買えるのか、とでも言いたげな表情だ。
 くす、と笑った白藤は、店主が告げた金額をきちんと払い、目を丸くした店主からまた視線を逸らした。そうして千草の顔を覗きこんで「良い本が見つかって良かったね」と笑う。
 うん、と千草が嬉しそうに頷いた後、少し、何か言いたげな顔になった。それを見なかった振りをして千草を促し、本屋を出て見上げた空はまだまだ、明るい。
 まだもう少しばかりのんびりしたいような、と何となく視線を巡らせると、一軒のお茶屋さんが目に留まった。神楽に幾らでもありそうな、町にするりと溶け込んだ外観の、けれどもどことなく心惹かれるお店。

「千草。あそこで少し、休んでいこうか?」

 そうと思ったら白藤は、千草に声をかけてそのお茶屋さんに向かって歩き出していた。慌てて追いかけてきて、隣に並んだ千草ににっこり微笑みながら暖簾を潜ると、出迎えてくれた店員らしい妙齢の女性が「いらっしゃいませ、お召し上がりですか?」と声をかけてくる。
 それに頷きを返すと、かしこまりました、と女性は1つ、頷いた。もう1人の店員らしい、生真面目そうな青年にちらりと眼差しを向けながら『おしながき』と表に書かれた冊子を取り、「こちらへどうぞ」と2人を先導して歩き出す。
 そうして静かで居心地の良い店内の、あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせているお客様達のさざめくような声の間を通り抜け、白藤達が案内されたのは対面の席だった。向かい合って座ると、見計らったタイミングでおしながきが差し出される。
 受け取って、おや、と少し首をかしげた。反対側から覗き込んだ千草も少し驚いたようだ。
 めくってみても、メニューはあまり多くはない。お茶屋さん、と言われて誰もが連想するような品揃えだけなのだけれども、それにしてはここにくるまでに机の上に並べられていたお菓子は、もっと種類が豊富だったような。
 白藤と千草の疑問に答えるように、女性がにっこり微笑んだ。

「そちらに書かれていないものでも、ご所望のものがあればお気軽にお申し付け下さいね。叶う限りはご用意させて頂きますから――粒餡じゃなくて漉し餡が良いとか、そんなのでもお気軽に」
「なるほど。じゃあ、えぇと‥‥緑茶と苺大福と‥‥桜餅と今日のお勧めで! 千草はどうする?」
「俺は、姉さんと同じもので」

 さっさと注文を決めた白藤の前で、千草もそう、女性を見上げて注文した。それに『かしこまりました』と頷いて、それぞれの前に暖かなお茶をことんと置き、女性は奥へと引っ込んでいく。
 湯のみは程よく暖かく、まだほんのり冷たさの漂う空気の中で、知らず冷えた身体を暖めてくれた。口に含むと、ほんのり甘い心地がする。
 目を細めて微笑みを浮かべ、含んだお茶をじっくりと味わうように舌の上で転がした。それから何気なく髪の先を結わえた紐へと視線を落とすと、千草の視線もまた向けられているのに、気付く。

「どうしたの?」
「う、ん‥‥その髪紐、姉さん、本当に大切にしてるな、って‥‥」

 どこか、触れるのをためらうようにも聞こえる響きに、うん、と白藤は微笑みを返した。それに、僅かに千草の眼差しが揺れる。
 また、気付かないふりを、した。気付かないふりをして、髪紐に柔らかな視線をそっと注いだ。

「─―うん‥‥この髪紐は大切だから‥‥それにお守りだから。千草もその首飾り大切にしてくれてるんだねぇ‥‥」
「これは姉さんがくれた御守りだから‥‥」

 そうして、千草の首元に向けた眼差しを受けて、弟はきゅっと首飾りを握り締める。握り締めて噛み締めるように呟いた、その言葉に「そう」と微笑を、返す。
 あの人が居なくなったその日から、白藤は笑顔しか浮かべない。絶対に泣かないのだと決めた時から、努めて――そして今ではまるで、それ以外の表情をほとんど忘れてしまったかのように。
 そんな自分を、千草が心配してくれている事は、知っていたけれど。「小さい頃はまだ首飾りも大きかった気がする‥‥」と、握った首飾りをほんの少し引っ張りながら、照れたように、懐かしそうに呟く千草に返す表情が、自然、微笑みになってしまうのも心からの事実、で。
 姉さん、と真っ直ぐな眼差しが向けられた。ん? と見つめ返した白藤に、酷く改まった表情の千草が、一言一言、噛み締めるような言葉を紡ぐ。

「あの時、俺に手を伸ばしてくれて有難う‥‥だから俺は此処に居れる‥‥」
「千草‥‥私達は姉弟なんだから‥‥」

 そうして紡がれた千草の言葉に、白藤は虚を突かれたような心地がして、次の言葉を捜しながら弟の真面目な顔をじっと見つめた。それは多分、いまさら礼を言われるのに戸惑ってしまうくらいに、白藤にとっては当たり前の出来事だったから。
 だが、千草はふる、と小さく首を振る。自分にとってはそうではないのだと、その眼差しが、表情が訴えている。

「俺は姉さんや妹‥‥新しい家族がいたから、笑える様になった‥‥手を差し出してくれた、あの日から‥‥世界が変わったんだ。─―この首飾りも‥‥あの面も、大切な御守りだ」

 そう、大切な宝物を慈しむかのような表情になって首飾りを握り締める手に力を込めた弟に、咄嗟に返す言葉もないまま、白藤は千草をじっと見つめた。この髪紐が自分にとっての大切なお守りであるように、その首飾りと、父が与えた狐の面がお守りなのだと大切に紡ぐ、弟を見た。
 いつの間にかすっかり大きくなった、白藤の大切な弟。実の弟と言いながら、血の繋がりはないけれども、そんなものよりもっと確かなもので繋がった、大切な。
 姉さん、と言いながら千草が、懐に手を入れた。ん? といつものように笑顔を返して小さく首を傾げる。それに何となしに寂しそうにも見える笑顔を返し、千草は懐から小さな紙包みを取り出した。
 あれ、と思う。見覚えのあるその紙包みは、欲しい栞があったからと、小間物屋で千草が隠すように懐に突っ込んだものではなかったか。

「これ。俺からの贈り物――開けてみて」
「――蝶の、帯留め? あの店にあった‥‥」
「姉さんにきっと、似合うと思って――髪飾りは、無理だけど」

 薬草の本を買ってもらったお礼だと、はにかむ様に千草が笑った。けれども小間物屋に寄ったのは本屋で、千草に薬草の本を買ってやるよりも前のことなのだ。
 だからそれは優しい嘘なのだろう。嘘で、けれども千草の真心が何よりこもった、この世に2つとない贈り物であるのには違いない。
 気にしなくて良いのに、と呟いた。呟いて、かすかに震える指で蝶の帯留めを摘み上げ、両のてのひらの中に大切に包み込んだ。
 ほのかに伝わってくる温もりは、ずっと懐に大切に仕舞い込んだまま、いつ渡そうかと機会をうかがっていた千草のものだろう。その千草の優しい気持ちが、温もりとしてこの帯留めに宿ったのだろう。
 もう一度、気にしなくて良いのに、と呟いて、けれども白藤は優しく微笑んだ。浮かべてる笑顔じゃない、柔らかな笑顔――普段、弟に向けているそれが、作り物ばかりだなんて言わないけれども。

「でも、有難う‥‥これからも宜しくね?」
「‥‥うん」

 帯留めを包み込んだ両手にぎゅっと力を込めて、そう微笑んだ白藤を眩しそうに弟は見つめ、こっくりと頷いた。どこか、満足そうに。嬉しそうに。
 そうして、やって来たお菓子を仲良く食べて。程よい甘さや柔らかさに目を輝かせて舌鼓を打ち、どうせだからお土産も買って帰ろうか、なんて相談する。自分達を送り出してくれた義弟は、今頃、家でのんびり留守番をしていることだろう。
 あの義弟はどんなお菓子なら喜ぶだろうと、千草と2人であれやこれやと相談する。入り口の所で持ち帰り用のお菓子も売っていたなと、席を立ってそこに居た生真面目な青年の店員に声をかけると、すぐに頷いて頼んだ菓子を包んでくれた。
 渡された、ずっしりと重たい紙包みを胸に抱き、千草と肩を並べて店を出る。見上げた空は、ほんの少し日がかたぶいて居た。僅かに、吹き抜ける風に冷たさが増した気がする。

「そろそろ帰ろうか、千草」
「うん‥‥あ、姉さん。あの‥‥また、手を繋いでも、良い?」

 ふわりと微笑んで、弟を振り返った白藤に、千草が思い切ったようにそう言った。きょとん、とその言葉を頭の中で繰り返し、白藤は1つ、瞬きをする。
 それから、もちろん、と微笑んでまるでいつかの繰り返しのように差し伸べた手を、千草があの頃よりはずっと大きくなった手でぎゅっと握った。先ほども手を引いて歩いたけれども、それとはなんだかまた違う心地だ。
 このままどこまでも、歩いていくような気がして振り返れば、千草がきょとんと目を瞬かせてから、小さく微笑む。そんな弟の手をぎゅっと握り返す。
 そうして、家で待つ義弟がお土産を見た時にどんな顔をするだろうと、楽しく想像を巡らせながら帰った――それは、春の声も程近いとある昼下がりのこと。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ib2527  /   白藤   / 女  / 22  / 弓術師
 ib4564  /  一 千草  / 男  / 19  / シノビ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ノベルの初めてのご発注に、蓮華をご指名頂けました事にまずは、心からの感謝を。
こちらこそ、本当にお手数をお掛け致しましたorz
また地震へのご心配、本当にありがとうございました、蓮華はこの通りピンピンしております(ぁ
白藤様は被害に遭われなかったとのことで、本当に安心致しました。

お嬢様がイメージておられた通りのノベルになっておりますか、本当にドキドキしております(笑
ほのぼのでシリアスな、心暖まるお話になっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Sweet!ときめきドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年04月25日

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