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『災厄というのは常に前触れもなくやってくるもの。 』
ガイ3547)&(登場しない)
というか、いきなりやってくるから災厄ってもんなんのだが、この際それは無視しよう。
ちょっぴし変わっているが、なるべくだったら遠くから見守りたいお役立ちなご近所さん―鍛え上げられた最強の筋肉を求め、日々修行に明け暮れる『闘神集団』の城に近隣の町代表ご一行様が半狂乱の涙目状態で駆け込んできたのは春の日差しがうららかな午後のことだった。

「どうか……どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅうか、お助けくださいぃぃぃぃぃぃっ!」
「嫌がらせかぁ?嫌がらせに決まってるぅぅぅぅぅぅ〜わしらの町が繁栄してるのが、そんんんんんなに気にくわんのかぁぁぁっ」
「あ〜ぁぁっ、お花畑でキレイなてふてふが踊ってるぅぅ〜ふふふふふふのふふふふふうっふ〜」
「時の狭間が見えるのじゃぁぁぁぁっぁぁぁッ!」
意味不明・支離滅裂な雄叫びを上げて泣きつく代表の7割。
涙流しながらくるくると回ったり、床を転がったり、踊ったりという代表が2割。
それらをキレイさっぱり無視し、まともかつ冷静な判断で平身低頭する残り1割の代表にさしもの闘神集団も面々も言葉をなく、その場で生ける石像と化す。
「錯乱者多数で申し訳ない。じゃが、事態は凄まじいほど深刻なのですじゃ……」
大きくため息をこぼし、生暖かい眼差しで他の代表たちを一瞥すると、まともな代表の長老が大きな―重いため息をついた。

その光景を目の当たりにして、豪胆なガイもさすがに顔色を変えた。
薄緑色のねっとりとした物体が森の木々のありとあらゆるところに張り付き、うねうねと動き回っている光景なぞ、気持ちのいいものではなく、精神衛生上悪いことこの上ない。
タチの悪いことに物理攻撃を受けた分だけ分裂・増殖する奇妙キテレツな軟体生物・スライム。
普通は洞窟や古代迷宮などの暗くて湿気の多い場所に生息して、ひたすら地味に獲物が来るのを待って襲い掛かるという魔物なんだが、どういう訳なのか、突如この山に大量発生。
通りがかりの隊商や旅人たちに襲い掛かるわ、麓の町まで降りてきて手当たり次第に暴れだす。
それでも自警団や傭兵が追い払いはするのだが、剣や槍といった武器に加えて防具、さらには衣服を吐き出した消化液で溶かしまくるという迷惑極まりない副産物を起してくれた。
お陰で町は昼間でも人っ子一人歩けない状態になり、隊商たちも近寄らず、このままでは町が滅びる!と超緊急事態に陥った。
並の用心棒では埒が明かないと思った被害町の代表たちは決死の思いで闘神集団に泣き付いてきたのである。
「これはまた」
「なんというか……」
「まぁ、はっきり言って」
長老たちの話を聞いてはいたが、ここまでひどいとは思ってもいなかったし、駆除しても無尽蔵に現れるのでは傭兵連中では手こずるのは間違いない。
にしても、この光景ははっきり言って――
「気持ちわり〜!!!」
ねちゃねちゃ、ぬるぬると身体を動かして近づいてくるスライムの大軍にガイはげんなりとした表情で瞬時に気を纏わせた拳を振り落とした。
波状に放たれた青白い闘気の波動を喰らい、ゼリー状の身を震わせ、たちまち無数の煙となって消えていく。
「手分けして地道に退治していくか」
「……そうだな」
うんざりとした顔で皆と顔を見合わせると、ガイはもっともひどいと思われる山の中へと踏み込んだ。

無駄に柔らかい身体を尺取虫のようにしならせて襲い掛かってくる大量のスライム。
しかも木の上から雨あられの隙間なし。
やれやれと頭を掻きながら、ガイは右拳を固めて狙いを定め、視界に広がる薄緑の軟体物体に向かって渾身の気合とともに繰り出す。
拳から繰り出された炎のごとく燃え上がった紅に染まった闘気に触れた瞬間、薄緑色のゼリー状の物体が鈍い音を上げて燃え上がり、消し炭と化す。
その隙に足元から近づいていたスライムたちが数十体、群れを襲い来る。
「全く……よく沸いてくるなっ!!」
軸足をしっかり大地に踏みしめ、ガイは遠心力を生かして思い切り左足を真横に振りぬく。
強烈な衝撃をまともに喰らって吹っ飛ぶスライムたちをつかさずガイは振りぬいた左足をそのまま大地に向かって真正面にふり落とす。
さらなる衝撃波―『大地の衝撃』が地響きを上げ、木々を揺らし、その影に潜んでいたスライムたちがたちどころに消滅していく。
仲間が次々に消し飛ばされたのを目の当たりにしながら、怯えることもせず、むしろ怒りを露に驚異的な数をなして襲い掛かるスライムたち。
見た目にはねちゃねちゃ、うねうねとゼリー状の物体が寄せ集まって果てしなくぶ厚い半有色透明な粘着性たっぷりなアメーバになっているのだから気持ち悪いこと、この上ない。
しかも全て足元から迫り来るので、下手に足を踏みだせばスライムに分裂・増殖されてしまうだけでなく、滑って転ぼうものならたちまち
全身をスライムに覆われて窒息させられること、間違いなし。
なんとか助かっても身に纏っていた物は全て溶かしつくされて、裸で逃げるしかなくなるので、下手に助けを求めることもできない迷惑二乗のおまけつき。
実際、そういう被害が続出してたのだが、鍛えられた筋肉こそ全てな『闘神集団』に属するガイには無用な心配であった。
「先は長いしな。一気にカタを付けさせてもらう!」
『大地の衝撃』を繰り出した足を軸に、流れるような動きで逆足を蹴り上げる。
ゴウという音を上げ、衝撃波とともに放たれた青い気の刃がスライムたちを分裂不可能までに切り刻み、焼き尽くす。
桁違いな力の違いにスライムたちが動きを止める。
その隙を見逃さず、ガイは雄叫びを上げてその中心へまで一気に駆け、立ちはだかった一匹のスライムを踏み台に飛び上がると右足を地面に落ちる勢いそのままに強烈な一撃を繰り出した。
辺り一帯の空気が激しく振動し、水面に波紋を描くように広がる青い気が木々を大きく揺れ動かす。
声なき断末魔をあげ、気に飲まれて一帯に潜んでいた大量のスライムが消滅したのを認め、ガイは大きく肩を慣らすと木々の向こうに見えた巨大な岩肌に口を開けた洞窟に目を向けた。
これだけ大量のスライムを呼び出すならば人目につかないだけでなく、その生育に充分な湿度が保たれている場所が必要だ。
豊かな水源地であるこの山の洞窟であれば充分に条件を満たしている。
その証拠にガイが洞窟に足を踏み入れた途端、行く手を阻まんと消し飛ばした倍の数のスライムたちが襲い掛かってきた。
生き残るための本能なのかどうかは分からないが、単調な攻撃しかできないスライムなど超一流の武道家たるガイの敵ではない。
気を充分に纏わせた蹴り技を数回繰り返すだけで面白いように蹴散らされていく。まぁ一歩進むたびに倍かける倍のスライムたちが出てくるものだから蹴散らすのが非常に面倒なことこの上ない。
湿度が異様に高い洞窟に何度目かの『大地の衝撃』を浴びせ、視界が急に開き―目の前に現れた光景にガイは唖然とした表情を浮かべた。

「ななななななななっ、なんだぁぁ!??お前は」
薄暗い洞窟内を照らすかがり火と大量の札が吊り下げられた紐で結ばれた四方の岩柱。
さらに地面に描かれた不可思議な文様と円陣に所狭しとばかりに杯やら燭台やらが並べられた祭壇。
なにより明らかに妖しげな儀式していたぜい!と言わんばかりの真っ黒なローブを着込んだ魔導師然とした男が挙動不審バッチリな態度で慌てふためく。
「麓の町からスライム退治を頼まれてたんだが……」
しばし沈黙した後、ガイは呆れたように頬を掻きながら円陣に目をやる。
陣の中心からぬるりと湧き出すスライムを思いっきり目撃し、滝のような汗を流して動揺しまくる男に冷ややかな眼差しを向けた。
「お前が犯人か」
「いいいいいいいや、違うぅぅ!ぼぼぼぼぼぼぼぼぼっぼくはここでちょっとした研究をだねぇぇぇぇっ」
「俺の記憶が正しければこれは召喚の魔法陣だよな?」
「ち……違う!!これはだねぇぇぇぇぇっ」
少しばかり低くなったガイの問いかけに男は大げさに手を振りながらまくし立てた途端、ぼとりと袖から落ちる書物が1冊。
―超図解・初心者でも良く分かるスライム召喚法!これであなたも召喚士
表紙に大きく書かれた題名に男は見事な彫像と化し、ガイは小さく息を吐き出した。
「で、なんだってスライムなんぞ呼び出した?」
「……たかった……」
「何?」
ぼそぼそとつぶやく男にガイは珍しく眉間にシワをよせ、睨みつける。
開き直ったのか、男は涙目になりがらやけくそのように胸を張り、大声で怒鳴り返す。
「女の子がスライムに襲われるとこが見たかったんだよぉっ!!コンチキショ!!!」
「……はあぁぁぁぁ?」
「ねちゃねちゃ、べたべたの生き物にかわいい女の子が襲われて泣くなんて、ある意味男のロマンだろぉぉぉっ!!そーゆー願望なんて誰だって持ってるじゃないかぁぁぁっ!!ちょこっとかなえたくらいで文句言われる筋合いなんて」
「大いにある!!」
頭を掻き毟りながら悔しげに地団太を踏んで怒鳴りまくる男の言い分を皆まで言わせず、ガイはえぐり込むようにそのふざけた顔面に拳を食らわす。
キレイに弧を描いて吹っ飛ぶ男を無視し、ガイは行き場のない怒りをぶつけるように最大級の気を練り上げ、未だにスライムを吐き出す魔法陣目掛けて『煉獄気爆弾』をぶち込む。
放たれた超特大の『煉獄気爆弾』は魔法陣の中心点で猛烈な爆風を巻き起こしながら、全てを塵以下まで消し飛ばした。

「全く……はた迷惑な奴だ」
手加減無用に殴ったので未だに意識が戻らない男にさるぐつわをかまし、わざと険しい獣道を引きずりながら仲間との合流場所を目指す。
くだらん欲求のために何の罪もない町の者たちがどれほど迷惑をかけたのかを思うと怒りを通り越して呆れるしかない。
そんな暇があるならもっと筋肉を鍛えるとか技を磨くとか、建設的なことができないのかとガイは胸の内でぼやきながら男をあちこちにぶつけまくりながら引きずり続けた。


FIN

PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2011年05月02日

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