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『芸術家は拍手喝采の夢を見るか 』
白神・空3708)&エスメラルダ(NPCS005)
 ぴんとたった耳、つややかな光沢があり、それでいて高級感を損なわない黒のボディ、アイロンのきいたえりと袖口、ボタンのカフスには、ウサギたちの印象にあった水晶石をはめ込んでいる。くるりと背を向ければ、純白のフワフワとしたしっぽが絶妙な位置で可憐に、それでいて官能的に揺れる。
 ああ、完璧な空間だ。

     ●

 黒山羊亭には、店主であるエスメラルダと白神・空、そして怯える子うさぎのような少女がいた。
「ちょっとの間、この子を……」
 重々しい口調で切りだそうとした空のセリフを、エスメラルダはすっと手を出して制した。
「預かればいいんでしょう。空は野暮用を思い出したけれど、すぐに戻ってくるのよね」
 それくらいわかるわ、とエスメラルダの瞳が告げていた。ありがとう、と瞬きで答え、空はそっと少女に向き直った。ようやく呪いのバニースーツの呪いから解放されたとはいえ、今はようやく自分の置かれている状況について考えることが出来る段階だろう。
「どこへ……行くの?」
 なんでもないことのように尋ねるが、声に不安がにじみ出ている。抱きしめて頬ずりして思い切り泣かせて笑わせてあげたい、と一気に欲望が膨れ上がるが、ニッコリと大人の微笑みでそれを覆い隠し、
「帰ってきたらさっきの続き、してあげるから。いい子で待っててね」
「え……」
 少女は目を白黒させ、言葉を失った。余計に混乱させたような気もする。まあ、ネガティブな事柄で頭がいっぱいになるよりずっといいだろう。そう結論づけ、空は酒場をあとにした。

     ●

 それから空がしたのは、これまでの仕事や趣味でで得た人脈をたどることだった。蛇の道は蛇、とは言い過ぎかもしれないが、集まるところにはそれなりに情報というものが集まる。例えば、少女たちを安く買い叩いては店においている組織。例えば、怪しいバニースーツを着せる店。例えば、自分の作ったコスチュームをより多くの人に見せたいと願う自称アーティスト――
「その人のこと、もう少し聞かせてくれない?」
「いいよぉ。うん、君もバニースーツの良さに気付いちゃったのかい? いいことだねぇ、可愛い子が可愛いカッコをする。それは自然の流れだと思うんだよぉ」
 妙に癇に障る喋り方をする男だが、話を聞き出さなければならない。拳を握り締めながら耐える。
「あの男の、自分の作った服を着せたくて仕方ないっていう男の欲望と、女の子を管理したいっていう店側の要求がうまい具合に合わさったってことらしいよぉ」
 セリフが途切れたと思えばドーナツを頬張る男に尚更苛立ちがつのる。
「それで、その男にはどこで会えるの?」
「たしかねぇ、もうすぐ新作を披露するらしいよぉ。もちろん、極秘でねぇ。……あんまりおすすめしないなぁ。あの組織、結構たち悪いよぉ? 容赦ないっていうかぁ」
「関係ないわ。早く教えて、その場所。知ってるんでしょ」
「……僕の名前、絶対に出さないでねぇ?」
 クスクスと笑いながら、男は癖のある字で新作披露の場所と時間を紙に記した。見たところ、デタラメでもなさそうだ。
 空は立ち去りかけていた足を止め、くるりと男を振り返った。
「ひとつだけ、言わせてくれる?」
「なぁにぃ?」
「バニーガールの素晴らしさは今さらあなたなんかに教えてもらうまでもないわ」

     ●

 何の変哲もない、潰れた一見の酒場。そこに、鼻歌交じりに飾り付けをする一人の男がいた。造花をいけ、レースをあしらった布飾りをぐるりとホールに巡らせる。星の形のガラスの飾りを天井に吊り下げて星空を作る。ろうそくをあちこちに立てて、ガラス飾りの反射がより幻想的な空間を作り出していた。ふと、鼻歌が止まる。やれやれ、と肩をすくめ、
「……誰だい、僕の崇高なる空間に土足で足を踏み入れるのは」
「すぐに帰るわよ。こんな趣味の悪いところ」
 入り口から堂々と入っていった空は、ぐるりと室内を見まわし、それから空間の主を視界に収めた。
 シルクハットを重ねてかぶっている痩せ型の妙な男。
 それが、彼の外見を表す言葉だった。道化師も霞んでしまうほど派手なスーツに装飾過剰なマントを羽織り、口元はにやけたまま固定されている。片眼鏡の内向こう側の瞳は、どこか遠く――現実を超えたどこかを見つめているかのようにみえた。首から双頭の小鳥のような笛を下げている。
「あの馬鹿げた服を作ったのはあなたね」
「馬鹿げた? そんな服は作ってないよ。僕が作ったのは、完璧に愛らしい少女という芸術品を作る素晴らしい服さ!」
 男は舞台上で役者がするように両手を広げた。
「くだらないカフスで体の自由を奪って、笛の音で心も麻痺させて人形に仕立て上げる馬鹿げた服でしょう」
「理解してくれないんだね。――少女たちは自分の見せ方を知らない。どれだけ魅力的なのかわかってない。だからこそ僕が、その魅力を最大限に引き出して、彼女たちの一番素晴らしい瞬間を演出してあげるんじゃないか」
「彼女たちがそれを望んでいるとでも?」
「親に売られた彼女たちに望みなんてあるのかい? 彼女たちは物同然だった。僕が彼女たちを芸術に昇華させているんだ」
 片眼鏡の男は、自分の正しさを微塵も疑っていなかった。
「あなたのところから逃げ出してきた女の子を見たけれど」
 このままでは埒があかない、と空が新たな切り札を口にした時だった。男は嬉しそうに手を叩いて、言ってはならない一言を発した。
「あぁ、あの不良品!」
 体中の血が沸騰するのを感じた。それでも、なんとか会話を続ける。
「不良品、って?」
「手や足の動きはカフスで操れるんだけど、彼女たちの思考は特殊なうさ耳によって制御されてるんだよ。完璧だと思ってたんだけど、ひとつだけ不良品が混ざってたみたいだ。悪いね、教えてくれて。早く直さなきゃ。……で、その不良品はどこ? 早く見せてくれよ」
「……あの子が不良品なら、あなたはなあに?」
 静かな声音に潜む怒りに、男は全く気づかなかった。
「さっき言ったじゃないか、僕は芸術家だよ。ようやく僕の芸術性を理解できるパトロンと巡り会えたんだ。良い芸術家は、良いパトロンと出会うことでその実力を遺憾なく発揮できるんだよ」
 言っていることは正しい。けれど、何かが決定的に違う。
「あなたの言い分は分かったわ。……違うな、分からないけれど、分からなくていいと思ったんだ」
 空はつぶやいた。声に出すことで、自分の今の気持ちを知る。
「燃やされるのと引き裂かれるのとどっちがいい?」
「ん?」
「両方? なるほど、それもいい考えね」
 今日披露する予定だった新作を「引き裂く」か、催し物会場であるこの酒場を「燃やす」か。そのどちらかだけで、この男を裏の世界から追放するには十分だ。新作を用意できないとあれば彼の「パトロン」からの覚えも悪くなるだろうし、火事になれば必然的にその話は表の世界まで漏れていく。そんな「失態」を犯す男を、今後誰が雇おうと思うだろう。
 男が声を上げるまもなく、全ては破滅へと向かっていた。
 彼のパトロンであった男達が来たときには、会場は煌々と夜の闇を照らす巨大な松明と化しており、孤高の芸術家は千々に引き裂かれた彼の「作品」の中に埋もれて気を失っていた。パトロン――裏の世界でそれなりに顔の広いその男は、このような事をする人物に即座に気がついた。
「なるほど……あいつに知られちまったか。そろそろこの男も店もも潮時かね。割と便利だったが、残念なことだ」

     ●

「空さん……!」
 黒山羊亭に戻ってきた空を迎えたのは、少女の抱擁だった。抱きついてきたかと思えばガバっと顔を上げ、
「あなたを待っている間、エスメラルダさんのお手伝いをしてたの。……もうすぐ出来上がるわ!」
 洗脳が解けた少女は、ずいぶん元気な性格のようだ。操られていた時とは違う生き生きとした動きで、少女は一度カウンターの向こう側に消える。しばらくして再び姿を見せたとき、その手には熱々のマドレーヌと紅茶の乗った盆があった。少し早めのティータイムだ。
 冷めかけの紅茶を、葡萄酒か何かのように飲み干し、空は「野暮用」の話をした。少女は空と一緒になって怒ったり呆れたりして、話を盛り上げてくれた。
「うさ耳で人を操ろうだなんて、とんだ《イカレ帽子屋》だったわ」
「全くです! ひどすぎます! あの……他の女の子たちも助けられないんですか?」
「それはこれから」
「どうやって助けるつもり?」
 問いかけるエスメラルダに、
「これがあれば、なんとかなるんじゃない?」
 空は道具袋から金色の物体を取り出した。
「なんですか、これ……」
「笛よ。あのうさ耳を操るためのね。これでみんな助けられるはずだわ。ウサギたちが一斉にあたしのところに来るのよ。楽しみ」
「さすが空さん! スケールが違いますね!」
 盛り上がる二人をよそ目に、エスメラルダはそっとつぶやいた。
「……うさ耳って、帽子の範疇に入るのかしらね」
 声は誰にも聞こえることなく、春の空に吸い込まれていった。


End.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
月村ツバサ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2011年05月02日

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