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『【Angel Fingertip3】 』
白鳥・瑞科8402)&鬼鮫(NPCA018)

 白鳥瑞科の、長くすらりとした美脚が空を切る。深いスリットのシスター服は無残な状態になっていたが、彼女自身には致命的な傷は見受けられない。
 武器という武器を使い果たした白鳥は、鬼鮫の得意分野らしき格闘戦に持ち込まれ、苦戦を強いられていた。
「なんだ、この程度か?」
 鬼鮫がくつくつと笑いながら、少しだけ曲げた食指を突きつける。
「勘違いしないでいただけます? “この程度か”だなんて、自惚れが過ぎますわ」
 顔を顰めなければならないほどに全身はぎしぎしと軋んでいたが、白鳥はそれと気づかれないように平然を装った。
 ロンググローブを通して床上の砂粒が痛い。切れた唇から滲んだ血も乾いていたが、張り付いた髪の一筋を乱暴に引き剥がし、
「まだ序盤ですもの。貴方でいうところのお楽しみはこれから、というわけですわ」
「強がりもそこまでいけばあっぱれだな。――なんだ、そんなに上層部(うえ)から褒められたいのか? それとも、俺はそれだけの懸賞金でも掛けられているのか?」
「っ……」
 あまりの暴言に白鳥は歯噛みした。
 武装審問官の仕事は影である。光り当たる場所で微笑むシスター達はこぞってアガペーを唱えるが、審問官の愛は違う。
 愛すべき人々に害をもたらすモノ、それらと共に仇なす者らを駆逐することこそが“愛”なのだ。たとえ己が影を歩むことになろうとも、神聖な愛とはそうあるべきなのだと思う。
 護る為の攻撃を愛と呼ぶことを、いったい誰が責められようか。
「“褒められたい”かですって? “高額の懸賞金”ですって?」
 白皙に薔薇色の頬が硬くこわばる。怒りで我を失いそうになるのを、白鳥は必死でこらえた。
 薄汚れた裾を払いながら、よろりと立ち上がる。鬼鮫の刺すように冷たい視線を真っ向から受け止めてやり、
「自分と同じ価値観でわたくしを語らないでくださいなっ」
 沈みかけた虹彩の光を青い炎に変えて、白鳥は床を蹴った。
 左上段から鋭い蹴りを放つ。鬼鮫はそれを左腕で受け止めた。がっしりと掴んだ白鳥の左足首を、握り潰すように渾身の力で圧力をかけてくる。喉まででかかった悲鳴を押さえ込み、白鳥は右足一本で跳躍。そのまま半身を左へ捻り、勢いそのままに右の蹴りを鬼鮫の側頭部へ叩き込んだ。
 白鳥の足を掴んでいる以上、鬼鮫に逃げ場はなかった。白鳥の蹴りはすべての力が分散されることなく、男の左側頭部を打つ抜いた。
 骨を覆う肉を裂き、奥で息づく厚い頭蓋が鈍い音を立てた。
 常人ならば即死である。
「何度も同じセリフを言わせンなよ。この程度なのかよ、武装審問官ってぇヤツの戦力は。それともお前の能力は最低クラスか」
 ぎろりと睨んだ鬼鮫の左目は、衝撃で切れた毛細血管からの出血で真っ赤に染まっていたが、時間を巻き戻したみたいに血の色はすう、と薄くなり、数秒で嘘のように消えたのだった。
(「この男の再生能力に驚いている暇はありませんわ……っ」)
 白鳥が、ほんの僅かの間だけ思考を戦闘から切り離した瞬間に、鬼鮫は容赦のない拳を二発も浴びせてきた。
 初めに右肩、次に左肩。まるでラウンドノーズ型の弾丸みたいに重い拳である。瀕死にならないのは実際の弾丸ではないからだが。
 大きく後方へよろめいた白鳥へ、執拗に鬼鮫は同様の重い拳をふるう。
 両手をクロスさせて頭部をガードするが、いたぶる事が好きなのだと豪語するだけあって、鬼鮫の攻撃は拳であったり肘であったりと卑劣極まりなく、一旦、後ろへ跳ねて距離を取ると、白鳥の脳天へ向けて踵を振り下ろした。
 その攻撃を瞬時に感知し、横へ逃げたがその分肩への直撃を喰らう。派手な音を立てて鎖骨が折れた。
「ぃっ……!!!」
 痛い、と叫びそうになるが堪える。弱みを見せれば目の前の男は純然と悦ぶだけなのだから。
 もはや蒼白としか呼べない顔色ではあったが、白鳥も負けじと反撃に転じた。
 負傷した左肩をを庇うように下げ、回転胴回し蹴りを決める。折れた鎖骨が大きく外れて激痛が走ったが、構わず二撃目を放つ。
 通常なら一発で仕留められるのに、今回ばかりは本物のバケモノを相手に戦っているようだった。一発で無理なら二発。それでも駄目ならば連続で足を使うのみだ。
 肩を壊された白鳥に残された唯一の武器は、足だけである。右に左と鬼鮫を翻弄させながら周到にトドメの一発を狙うが、逆に体力を削ぎ落とされていることに気づいていなかった。
 無意識に左腕を押さえ、肩を庇う白鳥。
 せっかく与えた傷も、目の前で何度も治癒されていった。その光景を見せつけらる度に白鳥の心は折れそうになったが、武装審問官としての尊厳を支えに立ち向かう。
 蹴り主体の攻撃では単調になってしまう。痛みを堪えて動く右腕を振り上げた。拳を強く握り、男の鼻面めがけて打ち下ろす。
「つまらねえな」
 そんな呟きが真横で聞こえた。
 白鳥は、ぎくりとして視線を向ける。バーリングで白鳥の拳を弾き飛ばした鬼鮫の顔が、すぐ真横にあった。
 そこから先はまるでスローモーションのように感じた。鬼鮫の細かな表情さえ目に留まるのに、全身を打ち抜く男の拳を見切ることができないのだ。
「……キャアァァァッッ」
 もはや唇を噛み締めることも、掌で声を覆い隠すことさえもできなかった。
 ズンッ――!
 頚骨の急所をわざと反らした肘の一撃で、白鳥は床の上へもんどりうった。
 彼女の為に誂えられた戦闘服の端々は無残にも破れ、水滴を滑らせる艶やかな美脚も今は血と砂に塗れていた。
 コルセットの中へ窮屈に収められていた柔らかな胸はその大半を露わにさせていて、真珠色の肌に鬱血の痕をいくつも浮かび上がらせている。
「見るヤツが見ればそそられる格好なんだろうが、俺は少しタイプが違っていてな」
 頭上から空恐ろしいセリフが降ってきた。
 どうにかふんばり、半身を持ち上げて鬼鮫を見上げる白鳥。その双眸に滾る炎はまだ消えてはいない――だが。
 頭をモノのように蹴り飛ばされ、白鳥は昏倒しかけた。ぐらぐらと回る意識を必死に掴み、攻撃の意思を見せた。
 無様と評されるかもしれないが、大きく脚を開き、身体を支えて立ち上がる。もはやスリットとは呼べなくなってしまった戦闘服の裾は、彼女の下半身を隠すことはなく、ただ扇情的に陽光の中へすべてを晒していた。
「……あぁ」
 けっきょく白鳥の脚は自身を支えることが出来ず、床へとくず折れた。
 あられもない姿を敵に晒すことに強い屈辱感を感じながら、ただじっとこちらを見下ろす男への憎しみを、白鳥はふつふつと募らせていく。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
高千穂ゆずる クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年05月06日

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