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『イリス、目覚める時 』
夜神・イリス8457)&三下・忠雄(NPCA006)


 深き夜に、青年の怒号が響き渡った。
 彼の体はよく見れば半透明で、徐々にその形を崩していく。ボサボサの髪は蛇のように動き、クマのできた目は怨念を宿していた。
「イリス……御前も……御前もかぁぁぁ!!!」
 イリスの意外な行動に激怒した青年は、さっと肩から離れていく。
 そして空を覆い尽くさんとする怨霊の姿へと変貌した。それは漆黒のマントを羽織った骸骨のような不気味な姿で、人間であった頃の面影はない。
 しかしマントの内側から、かつて人間であった頃の記憶が映像として流れていた。三下はそれを見て、青年の正体を知る。そう、あの怨念は大学時代の親友だった。
「君は……そうか、そうだったのか」
 三下はやり切れなさを感じながら、じっとマントの内側を見つめる。
 そこには生前の無念がにじんでいた。人間関係の縺れや就職活動の難航など、彼を追い込んだ苦悩が刻み込まれている。三下は唇を真一文字に結んだ。
 それを見たイリスは握った拳を開き、三下に乗るよう手を差し伸べる。
「イリス、マスターを助けたい……力を貸して……」
 今の彼女なら、自我に目覚めたイリスなら、もしかしたら……三下は小さく頷いた。
「できるよ、君になら」
 その言葉を聞いて微笑むと、イリスはマスターのいた場所に三下を乗せ、怨霊と化した青年に戦いを挑むのであった。

 生み出した者と生み出された物の戦いは、接戦と呼ぶにふさわしい。
 理由はわからないが、ふたりはお互いの手の内を読んでいる。攻撃を回避するとビル街への被害は拡大するが、一方的な破壊であった先ほどよりも被害は少なく済んだ。
 その間、三下は無念の魂に語りかける。
 自分が溜め込んだ苦悩が死した後に暴走し、世界への復讐を企む一方で、なぜか青年はイリスという存在を生み出した。それはなぜだろうか。三下は青年に話しながら、じっくりと考えた。
「僕はわかってたんだと思う……イリスを生み出したのは、きっと君らしさがあったからだと思うよ」
 依然として激しい戦闘は続いていたが、マントの映像は音もなくひとつ消えた。
「ここに来たのは、たぶん壊したかったんじゃない。何かを期待してたから、じゃないのかな?」
「マスター……」
 さっきまでとは打って変わって幼い声を出すイリス。漆黒の鎧【F・E・N・R・I・R】によって増幅されるアクションもまた、どこか人間らしさが漂っている。
「僕も胸を張れるほど立派じゃないけど……僕は君を忘れないよ。それが友達だと思うし、君もこうして頼ってきてくれたじゃないか」
 親友の暖かい言葉を聞いた怨念は、いきなり天に向かって叫ぶ。地を揺るがさんばかりに響くその声は、孤独に満ちていた。
 イリスはつらい過去を映すマントがすべて消えたのを確認すると、静かに腕をクロスさせる。
 彼女がこの必殺技を持って生まれたのは、きっとこの瞬間のためだ。破壊光線『フェンリス・ヴォルフ』は何かを壊すだけではなく、何かを救うための力であったのかもしれない。
「マスター……!」
 空に向かってビームが放たれる。それを受ける瞬間、マントに生前の青年の顔が映し出された。
「ありがとう」
 それが怨霊の最期の言葉だった。
 破壊光線がすべてをかき消し、東京に平穏を取り戻す頃、東京は夜明けを迎える。三下はイリスとともに、誰もいなくなった空をしばらくじっと見つめていた。


 その後、イリスは普通の人間サイズになった。
 そして見た目も心も、すっかり三下を慕う少女へと変貌を遂げる。三下は「僕でいいのなら」と、イリスを受け入れた。その後のイリスは、まるで幼子のようだった。

 ある日の午前中、ふたりは無念の魂となった青年の墓参りに訪れた。彼は今、寺の墓地に眠っている。三下はいつものスーツを、イリスは喪に服すかのように黒いドレスを着ていた。
 イリスは墓に水をかけ、三下の真似をして手を合わせた。その仕草はぎこちなくとも、マスターを思う気持ちはたくさん詰まっている。きっと青年も、向こうで笑っているだろう。
 三下も一緒にしゃがんで祈りを捧げるとともに、彼の忘れ形見であるイリスを守ることを誓った。
「ま、僕にできることなんて、たかが知れてるけどね」
「うにゅ? 忠雄、そんなことないよー♪」
 イリスの真剣なフォローに照れながら、三下は「また来るから」と言い残して墓地を去った。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年05月09日

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