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『 年の初めのおみくじ騒動 』
深沢・美香6855)&黒瀬・アルフュス・眞人(NPC1381)


 珍しく忙しい日が続いて、やっとのオフだった。
 黒瀬の場合、暦通りの休暇になることはまずない。
 平日も休日祝祭日も関係ない。クライアントが来るか来ないかで決まる。
 アシスタントを雇っているわけでもないから、自宅の留守番電話とファックス、そしてEメールをチェックして、急ぎの依頼が入っていたならば、たとえ翌日が休みの予定でいたとしても、それは泡のように消えるのだ。
 もっとも、その逆でどれをチェックしても音沙汰なしという時もある。もちろん、その場合は延々と開店休業という名の休日になる。自由業者の世知辛さを味わうことになる。そしてそういうことはなぜだかこちらの懐具合を読んだかのように、大金を使った時に限ってしばしば起きるからタチが悪いのだ。
 だが、ここのところは収入不足に悩まされることもなく、もともと無茶なスケジュールに慣れている黒瀬であっても、そろそろ家で何をするでもなく一日を過ごす休みが欲しいと思っていた頃合いだった。
 そんな待ちに待った休日。
 黒瀬は、家でのんびりと過ごすはずだった予定を返上して、とある神社への道のりを急いでいた。
 朝の遅い時間までベッドから出ずに、朝昼兼用の飯に何を食べようかと考えていた時、一本の電話がかかってきたのだ。
 依頼の電話か。だとすれば、最悪これからの時間が仕事になる可能性もある。黒瀬とて人の心を持っている。電話に出たくない気持ちでいっぱいだった。だが、これが職業病というものだろうか、不承不承ながらも受話器を取り上げてしまった。
 電話に出るなり、耳元でしわがれた声が黒瀬の名を呼んだ。
「助けてくれ……」
 いきなり穏やかならないことを言うその声に、聞き覚えのあるようなないような、と思いながら名を尋ねると、
「ぼくだ、ぼく、助けてくれっ、死ぬっ……!」
声の主は、受話器の向こうで、ごぼ、と重苦しく咳き込んだ。
 黒瀬の耳にガツンという大きな音が突き刺さり、物が倒れたりぶつかったりするようなくぐもった物音が続けざまに聞こえたあと、雑音が混じってまもなく、通話が途切れた。
 プライベートでもつきあう知人友人のたぐいをあまり持たない黒瀬だが、それでもまったくいないというわけではない。
 仕事で知り合ったことがきっかけで、そこそこ親しくなった知人ならちらほらといる。
 電話が途切れたあと、しばらく考えた黒瀬の脳裏に浮かんだ声の主、白鳥神社の神主である彼もそうだった。



 社務所の受付は板戸で閉ざされていた。
 美香としては、今日という特別な日には、神籤筒を使ってやる神籤を引きたかった。
 箱の穴から掴みだしてやるような神籤だと、商店街のくじ引きともさほど変わらない。それにくらべると神籤筒でやる方が本格的に思えるからという、つまるところ気持ちの問題だったのだが、残念なことに、今日はやっていないらしい。
 受付の前の棚の端には、案の定、賽銭箱と一体になっている「おみくじ」と書かれた小さな木箱があった。美香としては選びたくなかった選択だ。しかし、選択肢が一つしかないのだからしかたがない。
「百圓也」と書かれているのを確かめてから、賽銭入れに小銭を落とした。コトン、と寂しい音がした。
 小さな短冊のような籤がぎっしりと詰め込まれている中に手を入れて、少しだけかき回してみる。ガサガサと指先にいくつもの籤が触れてくる。そのどれもが自分を選んでくれと言っているように思えてくる。ひとつを摘んでみてはこれではないような気がすると思い、離してみれば、いや、今のをこそ選ぶべきだったのではないか、などと思う。
 迷ったあげく、中指の先をちくりと角でさしていった籤を美香はつまみ出した。
 小さな短冊だ。そっと深呼吸をしてから、「御神籤」とある包み紙を剥いだ。
 長い間丸められていたせいか、紙は伸ばしてもすぐにくるくると戻ってしまう。なんどか指の間をすり抜けていった紙の端を、今度こそと押さえながら引き伸ばしていくと、「第八十五番」と書かれているのが見え、それに続いて一段二段と小さな文字の羅列がだんだんと現れていく。そうして目に飛び込んで来た文字に、美香は目を見開いた。



 さっきの電話はなんだったのか。
 ダイイングメッセージでなければいいのだが、相当に怪しげな物音がしていたから剣呑だ。
 賽銭泥棒ならぬ、賽銭強盗にでも入られたのだろうか。
 時節柄、あり得ない話ではない。
 そんなことを思いながら、黒瀬は住宅街を走っていた。
 あの橋を渡って、坂を上れば白鳥神社が見えてくる。のんびりと道端を行く御老人たちが、疾走する黒瀬の姿に驚いたように足を止めたりしていたが、そんなことに構っている場合でもない。新年早々、知り合いの不幸に遭遇するのは御免被りたかった。が、先程の電話の言葉からすると、時既に遅し、の可能性もぬぐえない。
 住宅街の中からそこだけ黒々とした枝とまばらな緑の繁りが見えていた一角は、組石でできた垣で囲まれていた。近頃は見慣れていた景色だ。石垣伝いに進むと、小さな鳥居が見えてきた。表の門よりも小さい鳥居のある裏門だ。白鳥神社には、こちらからも入ることができる。黒瀬は迷わず鳥居を潜った。
 境内は年が明けたばかりとも思えないほどにがらんとしていて静かだった。
 不届き者が押し入ったと考えるには、静かすぎる。うっそうと繁る木々で囲まれているから、もちろんある程度の物音は遮られるだろうが、一歩境内を出ると民家が立て込んでいる。人が行き来する道も巡っている。もともと静かな界隈だ。白昼に大の男が争うようなことがあれば、聞きつける人もいることだろう。
 裏門から入って見た境内に不審な形跡は見当たらなかったので、先ほど、ここの神主が黒瀬に電話をしてきたと思われる場所、社務所とひと続きになっている住居を覗いてみようと、社務所へと向かった。
 社務所の脇に、ぽつんと着物姿の女性の後ろ姿が見えた。
(なんだ?)
 思わず足を止めた。
 臙脂色の後ろ姿が、凜、と立っていた。
 あまりに大人しく佇んでいるから、一瞬、梅の木が佇んでいるのかと思ったくらいだ。ほんの少しの身じろぎのせいか、後ろ髪からこぼれた髪飾りがささやかに煌めいた。幻のたぐいでもないらしい。手元でも見ているのか、注連縄を巻かれた榊の木の前に立って俯いている。榊の木に白く花のように見えるのは枝に結ばれた神籤だろう。すると、この女性もひいた神籤を結んでいるのかもしれない。
 どうやら普通の参拝客のようだ。こちらにはまだ気付いていないのだろう。
 袂を押さえて、枝に手を掛けている。枝を揺らす動きとともに、結い上げた黒髪が溜息を吐くように揺れた。
 細いうなじ。
 やさしく頼りなげな肩と背中。
 臙脂色に包まれた彼女の後ろ姿に、妙な懐かしさを感じた。
 黒瀬はそっと、彼女へと近づいていった。



 手の中でひらひらと風にそよいでいる小さな紙片を、美香は呆然と見つめていた。
 紙片には五言絶句の漢詩のようなものが書かれていて、その下に厳めしい言葉での訳文のようなものがついている。
 日頃の信心を忘れないように、という教訓めいたことが書かれているのだが、問題はそこではなかった。
「……凶」
 木陰や軒下に残っていた冬の夜気が日の光に溶けだしている爽やかな午前中に、まして、美香にとっては記念すべきこの日に、手の中の神籤の結果はあまりにつれない。
 新年の初詣と考えても、私的な成人式と考えても、幸先がまったくよろしくない。「待ち人 来たらず。」
「失せもの 出ず。」
「病 重し。注意せよ。」
 並ぶ字面のすべてが「凶」を主張していた。
「商い、甲斐無し……。たしかに、甲斐はないけど……」
 凶の下には大凶があるのだし、と思ってみたところで慰められもしない。
「おみくじなんてアテにならないし……」
 そうつぶやいた自分の口調が自分で思ったよりも弱々しいものになってしまったのに、さらに気を落とした。
 手の中の神籤を枝に結びつけて、枝から手を離した。肩が心なしか重い。
 ついさっきまでは、これほど清々しい気持ちを味わったことは近頃ついぞなかった、というほど気分よくいたのに、たった一文字のせいで、これだ。
 腹の立つことに何度輪を作っても枝をすり抜けてくれる神籤を力任せにどうにか結わえ付け、沈んだ気分で榊の枝から離れようとした時。
「お嬢さん」
 いきなり、後ろから声を掛けられた。
「ひっ!!」
 後ろに人がいた。
 ジャリ、とも音がしなかったのに、いつの間に背後に立ったのだろう。足音を聞いた覚えはまったくなかった。
 痛いほど跳ね上がった心臓の上を押さえながら見てみると、割合端正な顔をした青年がいた。
 シャツとジーンズの上にジャケットを羽織っただけの普通の身なりをしているが、髪だけは肩口上のあたりでまばらに切っていて、少し不思議な雰囲気の男だった。
「今、少しいいですか」
「び、びっくりした! は、はあっ?」
 はい、と言うつもりが、声が上擦って語尾の調子が上がってしまった。
 若いのかそれなりの年齢なのか、見た目だけではよくわからない。男は、美香の手元と榊の木を交互に見てから口を開いた。
「えっと、何か……?」
 男は無表情だ。
「少し窺いたいことが」
 目元に表情は無く、作り物めいていると言うべきか、口だけが動いているように見えて少々不気味だ。
「はぁ、何か……」
 その彼が一歩、こちらへと踏み出した。
 青年の視線は美香に定まったままだ。その見かたも、何気なく自分を見ているというのではない。ほとんど凝視する感じに近い。相手の視線が、自分の目元や口元、輪郭から、さらに首から下へも動いていくのが眼球の動きでわかる。
 何を考えているのかわからない目にじっと見つめられて、だんだんと恐ろしくなってきた。
 男が、また一歩、と足を出した。
 昼日中とはいえ、妙な男に遭ってしまった。逃げるにしても、叫ぶにしても、いざとなったら対処できないかもしれないが、心でだけは身構えて、次に来るはずの言葉を待った。
「な、なんでしょう?」
 相変わらず声が上擦ってしまう。
 もしも相手が変質者なら尚のこと、こちらの動揺を悟られるのはよくないと思っても、悪い思考は走り出すととまらない。
 男がすっと、こちらへと向かって手を伸ばした。
 大きな掌が迫ってきた。
「ひゃ!!」
 思わず叫んでしゃがみこんだ。
「なにするんですか!」
 男は、ゆっくりと美香を見下ろした。
「あの辺りで、何か、物音を聞きませんでしたか。人を見かけた、というのでもいい」
「は。はああ?」
 しゃがんだまま見あげると、男の伸べた掌は美香の頭上を越えて、榊の木の向こう、社務所の奥をさし示していた。



 その青年は黒瀬、と名乗った。
「あの、黒瀬さん、ごめんなさい。ほんとにごめんなさい」
 社務所の裏の神主宅へと向かう間、美香は何度も黒瀬に頭を下げた。
 謝ったのは、黒瀬を変質者扱いしてしまったことについてだ。
「いや、怖がらせてしまった俺も悪い」
 よくあることだ、と言わんばかりに黒瀬は飄々としていた。
「見知らぬ他人にしげしげと見つめられれば、それは、怖く思うのもしかたがない。俺としては、もしやと思って、つい……だったんだが」
「もしかして?」
「ああ、いや。こちらの話だ。それよりも、君はここで誰も見ていない、何も聞いていないということでいいだろうか」
 何か考え込んでいる様子が気になったが、問いには頷いた。
「私もそんなに長い間ここにいるわけじゃないし、その前のことはわからないけど……。ここに来たのは30分ちょっと前ぐらいかしら? 今日は時計を忘れてしまったんです。だから、だいたいの感覚で、30分ぐらい、かなぁ」
「30分前ほどか。俺もあの電話を受けてから、そうだな、約30分経っている、か。君の感覚の誤差を含めてもギリギリ時間が被っているか被っていないか、という微妙なところだな。まあ、いい。さ、ここが玄関だ。鍵は――…いや、開いているな」
 玄関の引き戸を開け放したまま、黒瀬は廊下を進んだ。美香は後ろからついて来るようにと言われた。
 くの字に曲がった廊下の角で聞き耳を立てながら、黒背が革製らしい黒い指ぬきグローブを手に填め込む。大丈夫そうだ、と言うように美香に頷きかけて角を曲がった。
 美香の耳にも、家の中はしんとしていて、物音らしい物音はまったく聞こえない。それよりも、一歩進むたびにギシと鳴ってしまう自分の足音の方がよほど気になる。
 半開きになっていた洗面所のドアを黒瀬がそっと押した。ちょうつがいの隙間から覗いて、さっと室内に踏み込んでいく。何か出て来はしないかと肩を竦めて縮こまっていると、黒瀬は首を振りながらさっさと戻って来て、廊下の奥を指で示した。行くぞ、ということらしい。
 壁伝いに身を滑らせながら、グローブを嵌めた手が廊下にそって並ぶ襖を、次々にすっと押し開けていく。
「荒らされている様子もないな」
 先刻、黒瀬がここに来た理由を聞かされた時、強盗に押し入られたかもしれないという話に思わず震えあがった。何という事件の最中に居合わせてしまったものだろうと、凶を引いたことをさっそく呪った美香だった。「今から様子を見に中に入る」と言った黒瀬に、私は外で待っている、と言うと、下手に近くにいると巻き込まれかねないから帰るなら帰れ、と言われてしまった。
 今から飛んで帰ったとしても、どこからか犯人に見られていて、今後目撃者だと思われてつけ狙われるのも恐ろしい。だったら一緒にいく、と言って、――今に至る。
 それなのに、犯人のいるらしい様子もない。拍子抜けとはこのことだ。それまで迷宮のように見えていた家の中も、普通の他人様の家に思えてきた。まだドキドキと心臓は高鳴っているものの、掛け軸に描かれている絵などをきれいだなぁなどと思って見られるほどの余裕は出てきた。
 黒瀬のシャツの背を握ったまま、台所へと進んだ。
 流しに洗い物の山ができていた。それ以外は、戸棚のガラスが割れているでもなく、テーブルの椅子が倒れているでもない。特に変わった様子も無い、普通の家の台所だった。
「相当放っているみたいだが、皿は濡れている。水も使っていたみたいだ。電話番号からしてこの家に居たことは確かだしな。なのに、部屋を回るだけ回ってあいつの姿が無いとはどういうことだ? 土足であがったような跡もなかった。物が壊れているでもない。電話ではかなりな物音がしていたんだが、当の電話機はここにある……」
「あ、子機じゃないかしら?」
 黒瀬が目を見開いた。
「そうか。持ち歩いていて落とした、とかそのあたりか。そうすればとんでもない音にも聞こえるだろうし、有り得る。ただ、子機なら電波の飛ぶ距離が限られているよな。子機を持って出かけた、などでなければ、家の中にいるはずだ」
「そうねぇ……。あいた!」
 足の裏に突起物があたった。
「どうした?」
「何か踏んじゃった」
 見ると、金属レバーが床から突きだしていた。
「あ、なんだ」
 台所の床に作り付けの、一畳分ほどの四角い枠があり、その端からレバーの部分が飛び出していたのだった。
「保存の利くものを入れておいたりする収納ね」
「俺の家にはなかったが」
「ええとね、このレバーをひっくり返すと取っ手になって、この蓋を持ち上げられるようになるの。小さい頃、これで遊ぼうとしてよく母に怒られたっけ……」
 何気なく口にして、はっとした。閃いた。
「ねぇ、黒瀬さん! これ、結構大きい。ちょっと開けてみていいかしら?」
 黒瀬が止めないのをいいことに、レバーを両手で掴んで、重い蓋を引っ張り上げた。
「重、い…っ。ああっ! いたっ!」
 一畳ほどの空間に、白装束に身を包んだ一人の男が、身体を丸めた姿勢でぎゅっと詰まっていた。
「おまえ! なんでこんなところに!?」
 油に醤油、ペットボトルの水などが入っている収納の隙間に、電話の子機と、一緒に。
 神主はぐったりとしていて、大丈夫か、という黒瀬の呼びかけにも反応しない。床下収納からその身体を引っ張り上げて、抱え、黒瀬がすぐに脈を取った。
「大丈夫だ、脈はある。いや待てよ、脈がやたら速いな……というか」
 怪訝そうな顔をして、腕の中の、今しがたまで収納庫に詰まっていた男を見下ろした。
「熱い。物凄く、熱い」



 もはや勝手知ったる家の中だった。
 押し入れから出してきた布団一式を畳の上に敷き、美香に「大丈夫です。世話はかけたくないです」などと喚く白鳥神社の若き神主を、言うことを聞きなさいとばかりにむりやり布団に寝かしつけた。
「きっとインフルエンザよ。体温を測ってびっくりしたわ。40度超えてるじゃない。病院に行かなきゃだめ。今、黒瀬さんが車を持ってくるって。どう? 私の声、聞こえてる?」
 床下収納から救出された神主は、鼻水を啜りながら顔を赤くするやら青くするやら、目を白黒させている。見知らぬ若い女性にいきなり看病されて何が何だかわからずにいるという様子だ。
「だ、大丈夫です。な、なんでだ? 黒瀬を呼んだのは覚えてるけど……」
「一部始終は、元気になったら黒瀬さんから聞いてください」
 しきりになんでだどうしてだと言っている男の額に、絞った濡れタオルをびたんと乗せる。
「ひいい!」
 ゾクゾクと悪寒に肩を震わせている男の汗を拭きながら、美香は悲鳴には構わずに唇を尖らせた。
「それよりも、私のほうがなんでって言いたいわよ。どうしてあんなところに入っていたの?」
「それが、ぼくも覚えていないんだ。別に、あんなところに入ろうと思っていたわけじゃないんだけどなぁ」
 首を捻って、いててて、などと言った男が、しばらくしてから「あ」という顔をした。
「美香さん、わかった、思い出した!」
「思い出せた? よかった、何があったの?」
「ぼく、腹が減ってたんです。でも何か作るような気力も体力もなかったし、このままだったら家の中で飢え死にするぞ、と思って。それで黒瀬さんに電話かけたんですけど。つまり、レンジで温めて食えるようなものを探してて、転げ落ちちゃったんでしょうね。ぼくってばつくづくドジだなぁ。あはははははー……」
 決まり悪さ半分謎が解けた晴れやかさ半分というような表情で頭を掻いている。
 二の句も継げずにがっくりと項垂れた美香の後ろで、ギシ、と足音がした。
 うわぁ、という顔で美香の背後を見あげた神主の表情からもいやと言うほど想像が付いた通りに、黒瀬が仁王立ちで立っていた。
「さぁて、車持ってきてやったが、それだけ喋れて食欲もあるんだって? なら、心配いらんよな。ほら、とっとと自分で運転していきやがれってんだ!」
「うわぁ、ごめんよぉ! でも、そう冷たいこと言わないでさ、ほら、すぐそこまでだし」
「黙れ、人騒がせな奴め! おまえなんかのために戦闘態勢に入った俺がばかばかしくてならん!」
「美香さぁん! 助けてくれ、コイツ怖い! すっごい怖い! 顔が鬼!」
 縋るように見つめてくる神主に、美香は、ふん、と鼻を鳴らした。
「もう! あなたはいいじゃない。待ち人も来たし、病もなんだかんだで軽そうだし。あ、でも、私も失せものを発見できたってことになるのかしら?」
 喧々囂々と言い合っていた二人がぴたりと動きを止め、そろってきょとんと美香を見た。
「何の話だ?」


 その後。
 神主のウィルスを大量に吸い込んでしまった美香もまた、黒瀬に連れられて病院に行くハメになったことは言うまでもない。





<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年05月10日

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