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『日々を紡ぐための日々、そして。 』
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)


 その人がゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の領地に足を踏み入れて、最初に言われた事がある。

『ゾーラク様。貴女は、貴女自身がこの地に住みたいと願いますか?』
『‥‥? それはもちろん、ここは姫より賜った私の領地ですから。本来ならこちらで居を構え、直接運営するべきなのですが‥‥』

 突然向けられたその問いに、ゾーラクが戸惑いながらも強い眼差しでそう言った。それは、彼女に来訪を希ったときも告げた言葉でもあった。
 その言葉を聞いて、彼女はしばし、見極めるように目を細めてゾーラクの顔をじっと見つめて。

『――ならば、ゾーラク様。貴女は、貴女自分が住みたいと思う領地を強く思い描きなさい。それを、強く願い続けなさい。それが揺らげば領地は乱れ、民は不幸になります――我がリハンのように』

 生徒に教え諭すように、言った後で彼女は小さく、眼差しを揺らして付け加えた。そうして恐らくは無意識に、彼女が捨て去ってきた故郷の方角を振り返った。
 ゾーラクが覚えている限り、そして知らされている限り、彼女が彼女の故郷のことを口にしたのは、それが最初で最後だ。それをもちろん、ゾーラクは咎めたことはない。彼女が彼女の故郷をどれほど愛し、そのために身を捧げていたか、冒険者として彼女たち家族に関わってきたゾーラクも良く知るところだったから。





 ふぅ、と細くため息を吐いた彼女に、思わずゾーラクはいつもより心持ち背筋を伸ばし、ここ数日の施策を脳内で思い巡らせた。彼女がこういうため息を吐いた時は、領主としてのゾーラクを何か怒ろうとする時なのだと、今ではゾーラクも良く知っている。
 だから、考える。一体どの施策がまずかったのか。あるいは自分自身の振る舞いや言動に、なにか彼女の思う『領主像』にそぐわぬものがあったのか。
 すでにこのやりとりを何度も目にしている秘書官が、ちらりとゾーラクと彼女を見比べる。見比べて、けれども何かゾーラクを庇うような口を挟もうものなら、「私は領主様に申し上げているのです」と怒られるに違いないものだから、沈黙を貫くことにしたようだ。
 その態度に、彼女――インディは誉めるような眼差しを向けた。けれども同じ眼差しがゾーラクまで戻ってきた時には、再び元の揺るぎなき光を宿している。
 そうしてインディは、全く臆した様子もなく1枚の羊皮紙をゾーラクの前に広げた。

「この件について、領主様のご判断の根拠をお聞かせ下さい」
「それは‥‥治水工事の許可証ですね。その件についてなら、何度も調査を行った上で予算を確かめ、サインしたのですが」
「その調査報告書は私も目を通しました」

 ぴしりと背筋を伸ばし、あくまで目上の人に対する態度を崩しはしなかったものの、気持ちの上ではインディはゾーラクと対等だ。そして領主として言うならば、彼女はゾーラクの教師でもあった。
 だがそれも当たり前のことなのだと、ゾーラクは思っている。何となればゾーラクはそもそも、地球という場所から落来してきた天界人であり、領主として何が必要なのかなど学んでは来なかったのだから。
 ゾーラクが地球――この国では『天界』と呼ばれるその場所からやって来て、一体どれ程になるだろうか。このアトランティスではゾーラクのように、ある日ふいと地球から何かの拍子でやってきてしまう人間がいて。そういう人間を総称して『天界人』と呼ぶ、ゾーラクはその1人だった。
 けれども縁あって冒険者として、そしてもともと培った医師としての知識や技術を活かして、あちらこちらと精力的に動き回り。その中で縁あって地位のある方々とも関わるようになり――ウィルはフォロ分国内にあるアネット男爵領、その領主たる姫に功績を認められて領地を賜った。
 その、アネット男爵領から分離成立したミール領で。為したいという強い願いはあったものの、為すための方法も領主としてあるべき振る舞いも、何もかもが見たり聞いたりするばかりでしかなかったゾーラクに、領主としての指導をしてくれている1人が、インディなのだ。
 だから素直な態度でインディの指摘に頷くと、きちんと理解できたか確かめるように幾つかの質問が向けられる。それにゾーラクなりの答えを返すと、ようやくインディは『良く出来ました』と労うように頷いて、ちらりと秘書官を振り返った。
 己の領分をわきまえ、実に的確にゾーラクを補佐してくれる秘書官は、インディの眼差しに心得たように進み出る。

「領民から領主様に、春摘みの果実を使った焼き菓子が届いております。お口に合うかはわかりませんが、お疲れを出されませんように、と――」
「民の心が豊かになってきたと言うことです。民を思う領主様のお心が届いているのでしょう」

 インディも秘書官の後ろから、笑みを含んだ声色で付け加えた。その声色は作ったものではないと感じられたから、どうやら彼女の意にも沿ったものだったらしい。
 ありがとうございますと、頷いて口に運んだ焼き菓子は、ゾーラクが子供の頃から慣れ親しんだ、砂糖やバターやクリームをたっぷり使ったそれとは掛け離れていたけれども、とても美味しいものだった。





 ミール領は本来――そして今でも揺るぎ無く、とある目的の為にゾーラクが所望し、与えられた領地である。それはすなわち、虜囚となった人々を受け入れ、フォロの復興に貢献できる土地が必要だった、という事だ。
 苦しんでいた人々を、救い出しても受け入れるための土地までは用意出来ないのではないかと、当時のゾーラクは考えて。ならば自分が、冒険者として築き上げた財を投げ打ってでも、と考えたのは彼女にとって、さほどおかしな思考ではなく。
 だがその願いこそあっても、あくまで彼女は医者であり、冒険者だった。その事も、ゾーラクは解っていた。だからこそ、縁あってインディと知り合い、彼女がとある罪を被って死刑になろうとしているのを知って――ならば我が領に、自分の代わりに領地を差配できる人材として受け入れたいと、申し出たのだ。
 その申し出自体は、当のインディに幾つもの穴を指摘されたのだけれども。結果として彼女は『亡命』という形を取ってミール領へやって来て、領地の差配というよりはむしろ、頼りない新人領主であるゾーラクを少しでもマトモな領主として育て上げることに、心血を注いで、居る。
 正直に言えばその『指導』は、時折インディが見せる優しさと、領民たちとの暖かな触れ合いがなければ、決して乗り切れそうにはないものだったけれども。

『あの方は、どういう方なのでしょうか』

 昔、秘書官が不思議そうにゾーラクに尋ねた事がある。

『こう見えても私も、数々の貴人にお会いした事があります。その中にあっても恐らくは、あの方は見劣りをされないでしょう。けれどもあの方は進んで質素なドレスを纏い、私や領主様の下に自らを置かれる。高貴な生まれの方には、そうできる事ではありません――あの方は、どういう方なのでしょうか』
『インディ様は、我が領に故あって亡命なさったさる領主のご令嬢。それ以上でも、それ以下でもありません』

 秘書官にそう答えると、そこから何を悟ったものか、そうですか、と彼は頷いた。そうして以降、インディの素性を尋ねるような事は、一度も彼は口にしない。
 その事実に、本当に素晴らしい秘書官だとゾーラクは信頼を深めつつ。時折、秘書官の言葉を思い返し、インディの質素で飾り気のないドレスや、女官のように簡素に結い上げた髪や、領主様とゾーラクを呼ぶ声を、思う。
 インディ――イングレッド・ロズミナ・カートレイド。ウィル中央からは遠く離れた広大なリハン領の、領主家の長女として生まれた彼女は、正妻の娘が生まれるまでは次期領主としての教育を受け、家庭教師たちに『この方なら素晴らしい領主におなりです』と誉めそやされたという。
 けれども別の側室に長子が生まれ、その3日後に正妻に次女が生まれた。その、誰もが領主たりうる権利と正当性を持ち、誰もが決定打を持たない状況を利用して、当時から小領主達が跋扈していたリハン領を1つにまとめる為の計略を立てたのも、幼いインディだったとか。
 その計画の中で、インディは当然のように自らの死を組み込んだ。彼女の義母たちがそれを悲しみ、救って欲しいと冒険者に頼んだにも拘らず、彼女は最後までリハンのために自分は死ぬべきなのだと主張した。
 結果として彼女は冒険者達の説得と、義母達のわがまま過ぎるお願いを聞き届けて、ミール領への亡命に同意したのだけれど――

「領主様。領主様の理想は、揺らいではいませんか?」
「はい」

 とある午後。執務室でハーブティーを飲みながら、書類の決裁の合間にふと尋ねられた言葉に、揺るぎなく頷く。それに、誇り高く揺るぎなき貴婦人は満足そうに微笑み、そうですか、と頷きを返す。
 この領地に自分が住みたいと思うかと、一番最初にインディは問うた。それは、領主自らが住みたいと願わぬ土地に、一体誰が住みたいと願うのか、という意味だと後にインディは言った。
 誰かの為を思って領地を得たのなら尚更に、自分自身が住みたいと願う理想の領地を作りなさいと。けれどもそれは、自分だけが楽しむ為の、自分を甘やかすための領地ではない事を覚えておきなさいと。

『領民の誰もが、誰かを犠牲にする事なく幸せでいられる場所――領主はそのための飾りに過ぎぬと心得られる事です。その幸せを永劫に守るための仕組みを作ることそこ、まずは領主様が取り組まれるべき事です。領主様自らが差配し続けなければその幸福を維持できぬなら、領民の永劫の幸せは守れません』

 インディの言葉は理想に高く、実現に困難に思われたけれども、恐らくは彼女が本来、自らが領主になったらやりたかったことなのだろう。そうして、そうあれと弟妹達に教えてきたことなのだろう。
 もし、彼女が何の障害もなくリハン領の領主となっていたら、どうなって居たのだろうか?
 ふとその事を思い、そう言えば、とゾーラクは声をかけた。

「ご子息は、お健やかにお過ごしのようですよ。身分は剥奪されたものの、領主代理の恩情で不自由のない生活を送っておられると聞きました」
「‥‥ッ」

 先日小耳に挟んだかの領の話を伝えると、インディは軽く息を呑んだ。それからどこか遠くを見る眼差しになって、そうですか、と呟いた。

「‥‥まだ、あの子達は甘いですね。不要な恩情をかけては規律が乱れると、あれほど教えたのに」
「インディ様はお厳しいですね。けれども、あまりに規律で縛っては領民の心が竦みますし――私は、ご子息がお健やかで良かったと、思いましたよ」

 きっと領民の皆様も同じお気持ちではないでしょうか、と。告げると少し、瞳が泣きそうに緩む。そうして瞳を揺らしながら、ありがとうございます、と呟いた。
 インディが自らの死を前提に、リハン領から貴族達の膿を吸い出すべく立てた計画――そこには当然、彼女自身の息子の死も含まれていた。彼女に息子が生まれた時、リハン領の彼女を報じる貴族達は、時代を次ぐ男児が生まれたことこそ、彼女が時期領主に相応しいという竜と精霊のお導きだと主張した。
 けれどもいつの頃からか、インディの中で、息子はその計画から外されたのだ。

「――あの子は、私と共に反乱の旗印として死ぬ為の息子でした。あの子が生まれた時、私はだから、これで計画がより完璧に遂行出来ると心から安堵したものです」

 ぽつり、とハーブティーをすすり、珍しくインディは自分からその事を口にした。

「けれども、私はあの子が、可愛くなったのです。可愛いと思ってしまい、あの子と共に居る幸せを噛み締めてしまったのです。その時私は、あの子を生んだ事を後悔しました。愛おしかったからこそ、あの子を生まなければ良かったと思った」
「殺す為のお子だったから、ですか?」
「ええ――どうしても、計画を頓挫する事はできませんでした。私はリハン領のために、領民のために、領主家のために、何としても私とあの子の死を持って、永らくの混乱を収めたかったのです」

 だが結局、インディは息子を計画から外すことを決め、自らの死でそれを購うと決めた。そしてそれすら、冒険者と義母達の願いに負けて、頓挫した。
 それは――今でも彼女の中で、後悔として残っているのだろう。誰よりも自分に厳しく、誰よりもリハンを愛している彼女にとって、その事実は今でも許し難い事なのだろう。
 けれども、ゾーラクは知っている。以前1度だけ、インディの元にどこかから、無記名で送られてきたカードがあった。
 ばらばらの筆跡で『元気です、元気ですか』とだけ書かれたカード。それが届いた日、インディはゾーラクと秘書官に断って1日自室に引きこもり――声を殺して、泣いていた。
 それがどこから送られてきたカードなのか、ゾーラクは知らないし、知ろうとも思わない。ゾーラクが知っているのは、インディの愛する故郷と愛する家族は今も、彼女を反乱の首謀者として、殺す為に探しているという事だ。
 だがきっと、またそのうちに謎のカードは届くのだろう。その日にはまたインディは自室に引きこもり、声を殺して泣くのだろう。
 それらをも知っていて、ゾーラクはそれについては何も言わないまま、そうですか、と頷いた。そうして書類に目を通して、ひところに比べて随分と平和になったものだと噛み締めながら、許可のサインを記した。
 厳しく、誇り高く、揺るぎ無く。けれども優しく人を慈しむこの貴婦人が、願わくばこの先もミール領に留まり続け、ゾーラクを叱咤しつつ、支えつつ、共に歩んでくれることを、心から願っていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢  / 職業  】
 eb6105  /  ゾーラク・ピトゥーフ / 女  /  34  / 天界人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

新人領主様の奮闘記(?)、如何でしたでしょうか。
シナリオコンテンツが終了してもう随分になりますが、いまだ彼女の事をお気にかけて頂けていたことに、心からの感謝を。
もう、新人領主様が彼女をお引取り下さってから、1年半以上も経つのだなぁ、と思いますと本当に感慨深いものがあります。
相変わらず、こんな感じの人で申し訳ございません(ぁ

新人領主様のイメージ通りの、厳しくも優しい『その後』のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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Asura Fantasy Online
2011年05月20日

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