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『降る花を背に。 』
黒蝙蝠・スザク7919)&ミツカイ(NPC5249)


 散り際の白い花は、闇夜でこそ姿を留める……。
 花弁の一枚一枚が、刹那の思い出であるかのように。

 ああ、春が来たのだ。

 仄かな香りを含む空気が、寂びれを隠せない商店街まで添えられて。
 紫紺で満ちる一方、外灯が瞬き、月見食堂やラジオ店、客のいない雑貨屋も、すべてが急がない宵待ちで、置いてけぼりのまま……。
 気まぐれで覗いた食堂、暖簾の向こう、貼り替えの跡もないお品書きに肩をすくめると、ラジオ店の前まで来た。
 二階を見上げ……だが、明かりはない。
 そして、商店街の脇道、突き当たりから木々のざわめきが聞こえてくる。
 風が背中を押す形で足を運び、爪先を伸ばす。鳥居の石段まで、淡い薄片が流れ着いていた。
 雪の姿と似た舞いは数を増していく。
 ざ、ざ、と規則的に玉砂利を掃く音が少しずつ大きくなると、鬱蒼としていた階段の先、開けた社前で長身の影が立っていた。
“……スザク? か?”
「こんばんわ。お久しぶりだね。ミツカイさん」
 微笑している少女を見つけ、作務衣を着た白い青年は、朱い目を何度か瞬(しばたた)いてから竹箒を持ち直した。
 前に見た時は、草の生えかけていた社の屋根が、修繕されている。宵待商店街の人たちとの友好関係は、きちんと続いているようだ。
“ナんだ? ひとりデ散歩か?”
「お花見に来たんだよ」
“……サくラか。八伏神社モ桜はあル。コの時期はヒトも多くなルのダが……”
 曜日の所為だろうか、今夜、人の気配はない。
“日が落チたな。灯りヲ点けヨウ”
 ミツカイが左手を伸べると、御神灯と社の奥へ続く道、並んだ灯籠に次々青い光りが点っていく。冷気の〈狐火〉は熱をもたらさないが、隠されていた道を照らす。
「あのね。ここの夜桜、観てもいい? ミツカイさんも一緒に、どうかな?」
“…………”
 頭一つ分よりも上の顔は無表情だ。

 ダメ、かなぁ? 社の守護者……だもんね。

 ちょっと残念な気持ちで前髪をいじっていたら、返事があった。
“面白イコとを言う。……付キ合っテもいイぞ”
「ほんとに? 嬉しい」
 スザクの咲く頬笑みへ、ミツカイは目をそばめ、唇の端を少しだけ上げた。

◇◇◇◇◇

 案内で歩くと、深まる黒へ桜花が群れ始め、さらに歩みを進めれば、儚い一輪同士が身を寄せ合いながら、ぼんやり光っている。
「……綺麗……」
 包む薄霧、墨の陰影。空は銀ねず色だが、風が吹き抜けて花びらが踊り、スザクとミツカイを隠してしまうほど降り続けた。
 互いの衣がはためき、無地の部分へ模様が入る。
 耳を澄ませれば静けさと……。小さな落花の感触は絹で、頬や髪、土や石畳を、はらはら撫でる音が聞こえた。
 甘い香りを深く吸い込む。目を閉じれば、

 このまま、闇に溶けてしまいそう。

 再び、ゆっくり両目を開いて驚く。
 頭(かしら)を下げたミツカイの、血色の瞳が、間近でじっと見ていたのだ。
「……なに?」
“大きナ目だ。さゾヤ、夜目もきクことダロう”
「もう、そんな言い方って……」 
“だカラ、おまエには、色々と見えテイるのだろうナ、世の、美しサモ、悲しミも”
「…………」

 降る花は万華鏡と似て、姿形を変えていく。けれど、この神社は、ずっとこのままで……。

「ミツカイさん、まだ、ここに居るよね?」
“ミツカイは、八伏神社に封じらレテいルかラナ”

 それは、いつまでなの?

 続けて問いそうになって、やめた。答えを聞くのも、ちょっと……怖かった。

“どうシた? イテ欲しいのカ? それトモ、スザクが居タいのか?”
 くくく、と、本来の荒御霊(あらみたま)らしい、牙のある、からかいの笑い。
 ひとを深い眠りへ導く春の夜。だが、それに入らない者には、“孤(こ)”であることを染みこませる。
 そっと、ミツカイがスザクの長い黒髪に触れ、青柳が夜露を弾くと同じ、素早く離れて元の位置まで戻った。
“少シ、気持ちヲ軽くしテやろウ”
「え?」

 気が付けば、大きな白狐の背中へ乗っていた。水色が入った毛並みはすべらかで、ふかふかしている。長い尾は七つ。
“今夜ハ曇ッテいるガ……”
 ゆるやかな飛翔で、眼下のおぼろな町明かりが見る間に遠ざかっていく。雲を突き抜け、肌寒いほどだ。
“スザク、上ヲ見てミろ”
「…………!」
 何もかもが、白銀で縁取られている。
 波打つ雲の上で、月は環(たまき)の形で存在し、温度は持たないが、優しく雅やかに輝いていた。

“まタ、来るトいい。待ッていルゾ”

 ……瞼をこすって目覚めれば、自室のベッドの中だった。
 カーテンの向こう、鳥の声もなく、夜明けはまだ遠い。
 ため息ひとつ。だが、チェストの上……。
 宵待商店街と八伏神社でしか見かけない、〈宵待シトロン〉が置かれていた。
 よく冷えて水滴をまとう硝子の表面へ、ひとひら、桜の花びらがとまっている。

 指先で触れると、ただ、笑みがこぼれた。


=了=


PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2011年05月24日

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