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『嵐の前の静けさ 』
皇・茉夕良4788)&青桐幹人(NPC5230)

「今日は随分賑やかね……」

 皇茉夕良は渡り廊下から中庭を見下ろして、そう感想を漏らした。
 既に放課後にも関わらず、学園内の賑やかさは、昼間とちっとも変わらない。
 生徒達の行き来が激しく、あちこちに色とりどりの布や花、木材が運ばれていくのが見えるのだ。
 最近は怪盗騒ぎで学園祭の前のような浮き足立った空気に包まれていたが、今回は違う。
 学園の中でも、特にバレエ科や演劇科、音楽科は定期的に発表会がある。中でも1番大きな発表会であり、学園の1番大きな祭りである聖祭がもうすぐ始まるのだ。
 だから、こうして授業が終わったら急いで生徒達は銘々の持ち場に散らばって、用意にいそしんでいるのだ。
 今回は本当に学園祭だから、皆楽しそう。
 まあ、結局。
 前の怪盗の件も分からないままだけど……。

「まあ、今は考えていても仕方がないわね」

 茉夕良はそう自分に言い聞かせながら、渡り廊下を渡りきった。
 職員塔の1番上のフロア一帯が、生徒会室になっている。
 今日は、青桐幹人生徒会長に会いに来たのだ。

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 茉夕良はトントンと扉を叩くと、「どうぞ」と神経質な声が返ってきた。

「失礼します」

 茉夕良はできるだけ音を立てないように扉を開けると、青桐は自分の机に座って大量の紙の山に目を通していた。
 目を通した後、ポンと印鑑を押すものと、カリカリカリと何かを書いてどけるもの。
 目の前で紙の山は、ひどい速さで仕分けされていっていた。

「申し訳ありません、今日は忙しかったでしょうか……なら別の機会に……」
「いや問題ない。これが通常だ。聖祭前はもっと忙しくなるから、今日は暇な方だ」
「そうですか……」

 机の紙山が目の前で次々と別の山を作っていくのを、茉夕良は唖然として見た。
 まあ、学科も部活も多いのだから、届けに目を通すのも一苦労なのだろう。
 そう納得した所で、ようやく青桐の手が止まった。

「……ようやく終わった」
「はい、お疲れ様です」

 思わず茉夕良が頭を下げると「別にそこまでかしこまらなくても問題ない」と返した。

「それで、わざわざ生徒会室に来た用件は? 確か、高等部音楽科1年の、皇茉夕良君だったか」
「……覚えてくれてたんですか」
「1度会った学園の生徒は忘れないようにしている」
「はあ……」

 機械みたいな人ね……。
 失礼ながらそう思ってしまうが、別に今日は青桐の批評に来た訳でもないし、忙しいみたいだから手短に済まそう。

「あの、先日はありがとうございました」
「何が?」
「……怪盗と話をさせて下さって」
「……まあ、あれは特例だ。本当なら即君を拘束して反省室にでも入れる所だった。君も怪盗に害をなされなくてよかった」
「まあ……」

 もしかしなくても、自分は運がよかったんだろうか。
 茉夕良はそう思う。
 
「まあ、君は生徒会役員でないにも関わらず、校則に詳しかったからな。少なくとも校則を読んでいる生徒は、裏をかく事をよしとするか、普通に校則に遵守しているかのどちらかだ。そして君は普段は後者にも関わらず前者になっていたようだったから、許可をした」
「はあ……ありがとうございます」

 随分とこう。
 頭が硬いのか軟らかいのか分からない人だわ……。
 茉夕良はまたも失礼な感想が頭に浮かんだが、「まあ悪い人ではないんでしょうね」と即否定した。

「ただし」

 青桐のメガネの弦を押し上げる。
 レンズが光って、途端に表情が読めなくなった。

「正直、どちらの怪盗も学園の敵には変わりないが、先日からいるロットバルト。あれは生徒に危害をなしている以上は即刻排除したい。君も、これ以上危険な事には首を突っ込まないように」
「そ……それは、警告でしょうか……」
「いや、忠告だ。まあ新聞部みたいに面白半分に追いかけているようでもないからな。これ以上生徒に危害が加えられたらたまらない」
「あの……1つだけよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「その……自警団の方々は無事だったのでしょうか?」
「……」

 青桐が一瞬沈黙した後、ため息をついた。

「原因が分からないが、倒れた生徒が起きない」
「えっ……」

 前の時の事を思う。
 そう言えば、ロットバルトは倒れる時、何か言っていたような気がしたけど……。でも……。
 本当に、私は運がよかったみたい。

「聖祭の用意がないのなら、もう帰った方がいい。……正直、これ以上生徒が倒れる所を私は見たくない」
「……はい、あの」
「何か?」
「……お話、ありがとうございました」
「いや」

 茉夕良はお辞儀をした後、生徒会室を出た。
 生徒会室から出た先の窓から見下ろすと、既に空はラベンダー色に変わりつつあるのに、生徒達の行き来が途切れる事はない。
 もう何も……起こらないといいのに。
 それだけを祈った。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年05月30日

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