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『〜「白」と「黒」の真実〜 』
来生・十四郎0883)&来生・千万来(0743)&(登場しない)


 手に、つかない。
 今までこんなことは一度もなかったのに、と来生十四郎(きすぎ・としろう)は、おさまりの悪い髪をがしがしとかきむしりながら、散らかり放題の古ぼけた机の上を見下ろした。
 退院して程なく、十四郎は仕事に復帰した。
 自分が所属しているのが五流雑誌の編集部で、その扱っている内容はどうであれ、仕事自体は好きなのだ。
 取材に行くのも、まれにカメラマンを兼務するのも苦にならない。
 そんな状況でずっと続けていた仕事なのに、今、目の前にある、どうにも信憑性のかけらもない都市伝説に関する記事が、まったく書き終わらないのだ。
 仕方なくペンを置き、十四郎は毛羽立った畳の上にどさりと横になった。
 原因は、わかっている。
 あの日――日記と写真を見てしまったあの日から、兄とは普段通りに接している。
 兄は兄で、かいがいしくも小うるさく、自分の身の回りの世話を焼いているし、自分は自分で、それを面倒くさそうに振り払いながら、毎日を以前と変わりなく過ごしていた。
 だが、心の奥底では、兄が自分に何を隠しているのだろうかという、強い疑念が渦巻いていた。
 あの日記と写真は、どこで手に入れたのだろう。
 そして、なぜ今の今まで、その存在も、その中身についても、自分に一言も言及して来ないのだろうか。
 わからないことだらけだった。
 表面上は波風立てず、そんなふうに穏やかに日々を送っていたある日。
『お元気そうで何よりです!』
 明るい声で電話をして来た人物がいた。
 従弟の来生千万来(きすぎ・ちまき)である。
 彼はひとしきり十四郎のその後を尋ねた後、『それじゃ、退院祝いということで、食事でもどうですか? 大学の学生食堂でよければおごりますよ! あ、学生食堂ではありますけど、味は保証しますから!』と話を持ちかけて来て、すったもんだの押し問答のあげく、数日後に会うことになった。
 「んなモン、気持ちだけで」と言いかけたのだが、見事に押し切られたのである。
 元々、千万来の家族にはまったく頭が上がらないのだ。
 ひとりぼっちになってしまった、子供の頃の十四郎を、最終的に引き取ったのが千万来一家なのである。
 十四郎からすれば、彼らも兄と同等に過保護だということなのだが、千万来も、千万来の両親も、退院後の十四郎の様子を知りたがった――無論、心配だったから。
 数日後、城東大学の正門で、待ち合わせていた千万来と会った。
「学食はこっちです!」
 誰をもころっと騙せそうな――これは十四郎の主観的な見方であって、決して一般的ではない――笑顔で、千万来は十四郎の袖を引っ張り、大学の中へと連れて行く。
 見るからに嫌な顔をして、十四郎は千万来のなすがままに任せていたが、不意に千万来が足を止め、十四郎を振り返った。
「すみません、僕、さっきの教室に財布を忘れたみたいです。すぐに取って来ますから、ここで待っていてくださいね!」
 忙しい奴だ、と、全速力で走って行く千万来の背中を見つめながら、十四郎は肩をすくめた。
「どれだけ待ちゃいいんだか、わかんねぇな…」
 どこか座れそうなところはないかと周りを見回してみたが、特にベンチらしきものは見当たらなかった。
 しかし、自分の周りを取り囲む「白」に、不思議な既視感を覚えて、小首をかしげる。
「何だ…?」
 と同時に、胸の奥から、ふわふわと妙に温かい何かが湧き上がってくる。
 その「何か」が、東側の建物へ足を向けるように訴えていた。
 他にすることもないからと、十四郎はそちらに歩き始める。
 薄暗く狭い通路が、目の前に伸びている。
 そして、その一番奥に、シミひとつない真っ白なドア。
 上部に、小さなプレートがかかっている。
 病室で赤い日記と写真を手にした時と同じ、ただひたすら嫌な予感が身体中を駆けめぐる。
 この先へ行ってはいけないという、警告に似た予感が、十四郎の足をドアの前で釘付けにした。
 だが、背中を押す声もあった。
『お前にとって、ここは懐かしい場所のはずだ。覚えているだろう、この場所を?』
 記憶はない。
 あるのは、郷愁に似た懐かしさだけだ。
 戸惑い、ためらいながらも、十四郎はそのドアを開けた。
「ここ、は…!」
 見たことのある光景が、そこには広がっていた。
 頭の中で、記憶と視覚が急速に一致した。
 これは、写真の中の風景だ。
 そしてその中に、慌ただしくうごめく複数の人影。
 室内の空気は緊張感をはらみ、影たちは解剖台の上にかがみこんで、作業を続けている。
 十四郎の喉が、ごくりと鳴った。
(あれは…あれは何だ?)
 解剖台に乗せられているのは兎だった。
 メスで切り裂かれた腹から、影のひとりが黒いゲル状の何かを取り出している。
 最大限にまで見開かれたままの十四郎の目が、何を感じたのか、ゆっくりと室内を見回した。
 視線の先には、飾り気のないカレンダーと、ひとつの日付――『1982年11月10日』があった。
「何をしてるんですか?」
 十四郎の背中がびくっと震えた。
 肩にかけられた手から、温もりが伝わってくる。
 その時初めて、十四郎は気付いた――自分が何もない壁の前に立っていたことに。
「…千万来」
 まっすぐ前を見つめたままで、十四郎は背後の千万来に訊いた。
「昔、ここに何かなかったか?」
「ここに、ですか?」
 うーん、と千万来がうなっている。
 その時やっと、十四郎は千万来を振り返った。
 千万来はやや首をかしげ、言った。
「そういえば…昔何かの研究室があったって聞いたことがありますね。でも、20年くらい前に取り壊されたんじゃなかったかな…」
 後半はひとり言のように言い、千万来もまた、何もない壁を見やった。
「いったい何を研究してたんでしょうね」
(何を、だと…?)
 十四郎は、ぐっとこぶしを握った。
 それを今から、調べるのだ――おそらく、自分は絶対に、知らなければいけない真実を。

〜END〜

〜ライターより〜  
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
 
 徐々に明かされる真実に、
 十四郎さんと同様、
 こちらも嫌な予感と緊張感に包まれます…。
 誰も傷つかないといいと思いますが、
 きっとそうはいかないのでしょうね…。

 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です。
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2011年06月06日

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