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『Backstage Pass 』
西村・千佳(ga4714)


 正午を告げるサイレンが、ラスト・ホープの青空に響いて間もなく。
 海沿いのコンサート・ホールの搬入口に、ワゴン車が人目を避けるように滑り込んできた。
「あ、来たっ!」
 平日の昼間、しかも裏口にもかかわらずたむろしていた男性が十数人色めき立つ。
 彼らのお目当ては、ワゴン車に乗っているアイドルの少女。そう
「チカー!」
「チカちゃああん!!」
 今日18時からライブを行うマジカル☆チカこと西村・千佳に他ならなかった。
「道を開けてください! カメラはやめて!」
「うに、お出迎えありがとにゃ♪ 後で会おうにゃ、通してにゃ♪」
 Tシャツとジーンズ姿の千佳は、女性マネージャーの先導で建物の中へと入る。群がるファンに困惑しつつも、笑顔のサービスも忘れない。
「うん、待ってるー!」
「愛してるよチカ!」
 熱烈なコールは、鉄扉が閉まる音と共に遠く小さくなった。楽屋へ続く長い廊下を歩きながら、マネージャーが嘆息する。
「もう、出待ちと入り待ちはマナー違反だってファンクラブの会報にも書いてあるのに‥‥」
「そうにゃね‥‥熱心なのは嬉しいんだけどにゃ‥‥」
「特にカメラは何としても‥‥」
 やめさせなきゃ。そう続くはずの言葉はなく、ヒールの音と声が止まった。
「どうしたにゃ?」
 千佳が訊ねても答えは返らない。代わりに細い身体がぐらりと傾ぎ──。
「うに!? しっかりするにゃ──!!」
 廊下に、倒れた。
「誰か! 誰か来てにゃー!!」
 アイドルの悲鳴に、わらわらと出てくるホールの職員達。
「‥‥さん、聞こえますか!?」
「早く救急車を──!!」
 喧噪の中、千佳は呆然とその様を見つめるほかなかった。



 大鐘楼の鐘の音が、カンパネラ学園に午後の授業の始まりを告げる。
「やばい5時間目のAU−KV演習遅れるっ」
 昼休みのを屋上での午睡に費やしていた笠原 陸人は、慌てて階段を駆け下りていた。
 と、ポケットで携帯電話がメールの着信を告げる。
「んだよ、こんな時にっ」
 気がついてしまっては、見ずにすませられないのが人間心理。彼も例外ではない。
「‥‥千佳さん?」
 しかもメールの送り主は、憧れを抱く先輩傭兵ときたのだから。

─────
FROM:ちかさん
タイトル:
本文:
 笠原くん、一生のお願いにゃ! 今すぐ来てにゃ!
─────

「一生のお願いってなんだろ‥‥ほっとけないな」
 訝しみつつ添付されてきた地図を見た陸人の顔色が変わった。
 何故なら彼女が来てくれと願う場所は。
「‥‥何かあったんだ!」
 マジカル☆チカがライブを行うコンサートホールだったからだ。
「行かないと!」
 中庭に降り立った少年は演習場とは反対側、校門の方へと駆けた。
「うにゅ、笠原くん!? もうすぐ5時間目が始まるのよ〜!」
 顔見知りの女子生徒が時計を指さして叫ぶ。
「ごめん、先生には早退っていっといて!!」



 それから1時間ほど後。
(ここが‥‥マジカル☆チカのライブの舞台裏‥‥)
 首から通行証‥‥いわゆるバックステージパスをぶら下げた陸人は、コンサートホールの楽屋で、緊張した表情を浮かべていた。
「ごめんにゃ笠原くん、急に呼び出して。マネージャーが過労で倒れちゃったのにゃ。幸いたいしたことはなかったんだけど、数日間は安静が必要なのにゃ‥‥。明日は事務所から代わりの人が来るから、今日だけ笠原くんにマネージャーの代わりをお願いしたいのにゃ」
 Tシャツにジーンズ姿の千佳が、申し訳なさそうに手を合わせる。
 マジカル☆チカにお願いされて断れる男なんて、ラスト・ホープ中探したって見つからないだろう。
 とはいえ、陸人が責任の重さを感じないわけでもなく。
「ち、千佳さんの頼みだし、事情はわかりました‥‥。でも、ほんとに僕なんかがマネージャーさんの代わりでいいんですか」
 自信なさげな少年の両手を、アイドルががっしと握った。
「もちろんにゃ。とりあえず今日のスケジュールはこの手帳に書いてあるから、これに沿ってうごくにゃ。と、いうわけで笠原くんよろしくなのにゃ♪」
 ひょいと手帳を手渡された陸人、どうやら覚悟を決めたようだ。
「じゃ、ちょっと見せてもらいますね」
 パラパラとめくった頁には、細かい字でびっしりと予定が書き込まれている。
(うわあ‥‥千佳さんいつ寝てるんだろ‥‥)
 驚きを飲み込みつつ、今日の日付をチェック。
「えっと‥‥14時から『にっこりしちゃう動画』生放送出演‥‥?」
 文字列を読み上げ、しばしぽかんとした陸人は、壁の時計を見上げた。
 時刻は既に、13時30分。
「って、千佳さん、14時から『にこ生』のお仕事入ってますよ!」
「にゅ、忘れてたにゃ!」
「は、早く着替えてくださいっ! 僕はその間に向こうの方と打ち合わせしてきますからっ」
 もはや尻込みしている暇など、何処にもなかった。

 ラストホープ全域に配信されているインターネット番組『にっこりしちゃう動画生放送』(通称にこ生)。
 メディアとしては従来のテレビに遠く及ばないが、若年層を中心に人気急上昇中の新しい媒体である。
 その「にこ生」でマジカル☆チカのコンサート直前特別番組が配信されると告知されたのはわずか1週間前。
 平日の昼間であるにもかかわらず、多くのファンが配信開始を、自宅のパソコンの前で待っていた。
 時計の針が、15時を指す。
「さあ、いよいよ始まりました『にこ生!』 今日はなんとあのマジカル☆チカが、コンサート直前のバックステージから登場です!」
「こんにちはにゃ♪ マジカル☆チカなのにゃ」
 司会の紹介に続き、千佳がカメラに手を振った瞬間、ものすごい数のコメントが画面を埋め尽くした。

キタ──チカちゃんきた────!
チカかわいいよチカハァハァ
チカちゃあああああん愛してるー
チカちゃんこんにちにゃ────!!!!!
マジカル☆シュート!!
チカチカチカチカチカチカチカチカチカチカ
俺の嫁は今日も大人気だな

 俗に「弾幕」と呼ばれるコメント群と、止まることなく上昇を続ける視聴者数のメーター。
 セットの死角でリクはモニタを呆然と見上げていた。
「よかった間に合って‥‥それにしても凄い人気だなあ、今始まったことじゃないけど」



 千佳が約90分の「にこ生」出演を終えて間もなく、コンサート・ホールは開場の時刻を迎えていた。
「チケットは1人1枚ずつお持ちの上、3人ずつでお並び下さい。入り口で手荷物検査がございますので、鞄の蓋をあけてお進みください。ご協力をお願いいたしますー」
 場外整理スタッフが大声を張り上げる中、集まった観客たちはホールへと順に歩を進めてゆく。
 期待に満ちたざわめきが客席を埋め尽くす裏側。
 千佳は楽屋に戻り、ステージ衣装とヘアメイクの最終調整を受けていた。
「チカちゃん、ちょっと顔こっちに向けて」
「うに、こうかにゃ?」
 2人のスタイリストがつきっきりで、豊かな金髪を結い上げ唇に紅を筆で入れる。
 フリルとリボンのたくさんついたドレスを纏った千佳を、陸人はただ眩しそうに見つめていた。
(すっごい‥‥童話に出てくるお姫様みたいだ‥‥)
 憧れの眼差しに気がついたアイドルが、いたずらっぽく笑む。
「笠原くん、僕の顔に何かついてるかにゃ?」
「い、いえ何も」
 まさか馬鹿正直に、見惚れてましたと言えるはずもなく。
 一日マネージャーは慌てて、タイムテーブル表に目を逸らした。
「ちかさん、開演は18時で、それに先駆けて17時45分に舞台裏からMC入れて下さい。えっとそうですね、ケータイの電源切ってとか非常口の場所見といてねとかそんな感じの注意事項です」
「オッケーにゃ。毎回やってるから大丈夫にゃ。原稿ももう作ってきたにゃ」
「‥‥えっと、そんでもって開演後1曲目1メロまでは照明オフです、足下気をつけてマイク位置まで歩いて下さいね。2メロからライト全開、3曲目まではノンストップです」
「うに、最初はとばして行く感じにゃね」
「4曲目手前でMC、5曲目、6曲目のあとにセットチェンジが入りますので、チカさんも一旦袖に戻ってきてもらいます。衣装チェンジして、7曲目はバラードになります‥‥」
 そこまで一息に言い終えた陸人の顔を、ヘアメイクを終えた千佳がそっと覗き込む。
「うん、ありがとにゃ。ほら、笠原君がそんな緊張してどうするにゃ」
 そして、ついとテーブルの上のノートパソコンに手を触れた。
 液晶画面いっぱいに、客席の様子が映る。どの顔も、皆キラキラしていた。
「すごい、お客さんがいっぱい」
「僕はファンの皆から、少しずつパワーを貰って、お返しに夢とワクワクを届けるお仕事をしているのにゃ。笠原くんは今日、立派にお手伝いしてくれたにゃ。あともう少し、一緒に頑張ろうにゃ」
「は、はい」
 頷きあう2人の真横で、扉が音を立てて開く。プロデューサーだ。
「マジカル☆チカ、時間だ! そろそろ出よう」
「はいにゃ」
 千佳が、ぎゅっと陸人の手を握った。
「笠原くん、行くにゃよ♪」



 18時。
 バックバンドの奏でるギターが、夢の時間の始まりを告げる。
「マジカル☆シュート☆アタックにゃー!!!」
「お約束」のフレーズで、アリーナから3F席まで超満員の観客の興奮は、一気に最高潮まで駆け上った。
「チカちゃあああああああん!!!!」
「チカ────────────!!」
 ステージのバックに据え付けられた巨大モニタに、マジカル☆チカが大写しになる。
「『みんなに会えて嬉しいにゃ! 今日はめいっぱい、チカとのデートを楽んでにゃ♪』」
 それは舞台袖で見守る陸人の知っている「西村千佳」とは全く違う、別世界のアイドルで。
「踊る準備は出来てるかにゃ♪」
 目も眩むようなライトと歓声と熱気の中、彼女は歌い踊るのだ。
「『いっくにゃ─────☆』」
 シングルカットされたばかりの新曲に、定番のナンバーが2曲続く。
「『会場のみんなも好きな人のこと考えて、胸がドキドキしたりするのかにゃ? チカは好きな人のことを考えると、きゅんってなっちゃうのにゃ♪』」
 可愛らしいMCボイスに続いて、甘いラブソングのイントロが鳴り響く。
 それはキレイだけど、決して叶わない恋の歌だ。
 同じ空気を吸っているのに、手の届かない遠くに居るアイドル。
(こーいうのを、切ないっていうのかなぁ)
 満場のファンと陸人は、似たような思いを抱いてマジカル☆チカをじっと見つめていた。
 とはいえ、マネージャーは仕事中でもありまして。
「あ」
 仕事用の携帯電話が、ポケットの中で震えたのに気づき、慌てて袖の奥へと走る。
「はいマネージャー代理の‥‥あ、明日の『MECL』取材の件ですねっ。スタイリストと確認取って、あとで折り返します」
 手短に切ってポケットに戻すも、間がいいのか悪いのか、次から次へとかかってくる。
「6月30日のHMMVインストアライブですね。打ち合わせ時間の変更‥‥はい、明後日の10時30分から‥‥うけたまわりましたっ」
「1st写真集『ねこのしっぽ』の撮影について千佳ちゃんを出せ? 今公演中だから無理ですってば!」
 立て続けの3本を片付けたタイミングで、舞台もセットチェンジ。
 段取り通り千佳も、舞台袖に帰ってきた。
「笠原くん次の服渡してにゃ!」
「あ、はいっ」
 オレンジと黄色のドレスの次は、白の少し大人っぽいドレス。
「うに、ありがとうにゃ♪ ‥‥大丈夫にゃ? 疲れてないにゃ?」
(ちょ、千佳さんに心配させてどうすんだよ僕!)
「元気ですよ! ほらこのとお‥‥」
 慌てて笑顔を作る陸人の首に、驚きの早着替えを終えた千佳がぎゅっと抱きつく。
「千佳さ‥‥」
「にゅ、元気充電♪ 頑張ってくるにゃ!」

 かくしてコンサートは滞りなく進む。
「『ニッポンの青森県では、りんごのコトを何ていうか知ってるかにゃー?』」
 クイズコーナー。
「『この曲はチカがハーモニカで作ったにゃ。聞いてくださいにゃ』」 
 バラード。
「『よーし、みんなおっきな声だしてにゃー!』」
 ファンと一緒に合唱。
「『アンコールありがとにゃー☆ まだまだ遊びたりないにゃー?』」
 2回のアンコール。
「『今日はとっても楽しかったにゃ♪ またみんなに会えるのを楽しみにしてるにゃ☆』」
 そして別れを惜しむファンへの投げキッスで幕を閉じた。
 照明が灯り、客席は2時間余りの夢から醒める。
「只今をもちまして、全公演を終了致します。どなた様も気をつけてお帰り下さい‥‥」
 無機的なアナウンスが流れる中、観衆は満足気な顔で出口へと向かい始めた。
 幕の下りたステージの内側で、慌ただしく機材の解体が始まる。
「おわった‥‥」
「ふぅ‥‥終わったにゃー。お疲れ様にゃね♪ と言いたいところだけどまだなのにゃ!1」
 緊張の糸が切れたのか、舞台袖でへたへたと座り込んでしまった陸人の元に、ドレスを着たままの千佳がものすごい勢いで走ってきた。ヒールの高い靴だけ脱いで、何故かスニーカーである。
「笠原君急ぐにゃ! 出待ちに捕まる前に脱出にゃ!」
「え、あ、はいっ」
 熱心なファンの中には、会場から出る千佳を待ちぶせする者もいるのだ。
 もちろん陸人は『出待ち』の意味すら知らなかったが、とりあえず一緒に長い廊下を走って、搬出口に横付けされたワゴンに飛び乗った。
 何しろ2人とも能力者である。本気になれば早い早い。



 コンサートホールからほど近い、小さい公園。水銀灯が照らすベンチに、ふたつの人影が座っていた。
「代金はマネージャーが後で払うから、何でも好きなもの食べられるのに‥‥これでいいのかにゃ?」
 舞台の「魔法」が解け、Tシャツとジーンズ姿に戻った千佳が隣に座る陸人に問う。
 2人の間に置かれているのは、湯気を立てるコンビニのフードが数種類と、ジュースのペットボトルだ。
「マジカル☆チカを独り占めできるなんて夢みたいですよ。『からあげさん』全品コンプリートも地味に嬉しいし♪」
 陸人はチキンのホットスナックを手に取る。ひとつ口に放り込んだ後ペットボトルに手を伸ばし、1本は自分の膝に、もう1本は千佳に差し出した。
「にゅ、じゃあささやかだけど打ち上げといくかにゃ♪」
「うん、お疲れ様でした! かんぱーい」
 封をあけたペットボトルが、夜空の下でべこん、と音を立ててぶつかる。
「ラスト・ホープ中探しても、マジカル☆チカと公園で打ち上げできるのなんて、僕だけだよなあ」
 炭酸の効いたジュースを一気に呷った少年は、ここへ来てようやくくつろいだ笑みを浮かべていた。
「ん、今日は本当に有難うなのにゃ。助かっちゃったにゃ♪」
「エヘヘ、お役に立てて良かったです。マネージャーさんにお大事にってお伝え下さいね」
「あ、僕からのお・れ・いがあるにゃ。目をつぶるにゃ」
「え、なんだろう? ‥‥こうですか?」
 からあげを飲み込み、バカ正直に目をつぶった少年を、千佳は赤い瞳で見上げる。
「うに、それでいいにゃよ‥‥」

 白い水銀灯の下、二つの影がすっと重なった。





(おしまい)




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ga4714/西村・千佳/18/女/ハーモナー
gz0290/笠原 陸人/17/男/ドラグーン


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千佳ちゃんこんにちはです! クダモノネコです。
マネージャーの代役を、笠原くんにお任せ下さりありがとうございました!
ちゃんとお仕事できたかな? お楽しみいただけたなら幸いです。
■スペシャルコンサート『Crowd2011』ノベル■ -
クダモノネコ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2011年06月08日

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