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『BAND NEVER OBEY 』
綺咲・桜狐(ib3118)

「ばんど、ねばー、おうべい?んぐっ」
 何その聞いた事のない単語。思い切り棒読み。
 友達の浅葱 恋華に呼び出されたレストランで食べ放題ケーキビュッフェを楽しんでいた綺咲・桜狐。
 じゃじゃ〜んと目の前に差し出された二枚のチケットに書かれた大きな文字を読み上げた。
「幻の解散したバンドの名前!『Crowd2011』で一日限りの復活ステージ、抽選の倍率すごかったんだから!」
 さほど音楽に興味のない桜狐の手応えのない反応、うん仕方ないかと。
 興味がなければ貴重って主張したって意味がないよね。
 購読してた音楽雑誌に付いてたアリーナ席ペア招待券に気合を入れて応募した恋華。
 彼女がまだ田舎に居てライブなんて気軽に見にいけなかった頃が最盛期で、当時はヘビロテで聴いていた。
 その後情報を追いかけていた訳じゃなかったけれど。名前を見たら、やっぱり懐かしかった。
「ね、美味しい食べ物も一杯あるから行かない?」
「美味しい食べ物‥‥ん、奢って貰えるなら行きます‥‥」
「じゃ決まり。お願い、その日絶対に空けといてね」

「う‥‥物凄い人。ん、でも何か色んないい匂いがします」
 冬はスキーもできるような山間の巨大リゾート地。最寄駅を出るなり、人、人、人が道を埋め尽くすかのようだ。
「ああっ桜狐、寄り道はまだよ。会場でも色んなお店が屋台出してるんだから」
 事前に送られてきたパンフレットに載っている地図には様々なエリアがカラフルに描かれている。
 それを開いて、恋華が向かう先の目星を定めるが。ちょっと目を離すと桜狐がふらふらと何処か行ってしまいそう。
「はぐれたら探すの大変だわ。ん‥‥っと、私達が行くのはこっちね」
 袖を掴みながら立ち並ぶ料理店の看板に名残惜しそうに振り返る桜狐だが、慌てて彼女を追いかける。
 
「ようやくチケットが取れたんだから堪能しないとね〜♪」
 少しでも前に!と今から並んでいる長蛇の列。それを尻目に上機嫌で通り過ぎる恋華。
 アリーナは指定席なので入場整理が始まる時間までに充分周囲のイベントを堪能する余裕がある。

「ま、こういう場所で手軽に食べれる物っていうとありきたりのメニューが多いわね」
 焼き鳥、おにぎり、フランクフルト。たこ焼きに焼きソバに揚げ芋、うどんにカレー。
 ‥‥何かまるで物産展みたいな並びまであるわね。珍しい物とかあるかしら。
 桜狐の興味を引くのがほぼ食べ物中心なので、何となく歩く場所はその辺りになった。
 袖を引かれるがままに、まるでおねだりする子供と呆れながらも甘い顔をする保護者のように。
「あれも美味しそう‥‥あ、あっちも同じ看板出てますけど、違いはあるのでしょうか」
「ちょっと桜狐、それも買うの?貴方って娘はぁ〜」
 別の店の前でさっき食べたばかりである。
「さっきのは普通の稲荷寿司でしたけど‥‥豆腐屋さん直営って‥‥」
 わざわざ遠い町からイベントの為に来られたんですか。なるほど旅行とかで行きそうにない場所ですね。
 のほほんと店のおっちゃんと他愛ない会話を交わしながら桜狐の瞳は屋台に並べられたパックの上を揺れ動く。
 ノーマルの油揚げもいいですが、厚揚げも、がんもどきも、ああっ全種類どれも魅力的なのですっ。
 威勢のいいおっちゃんの口上に、上手く乗せられつつ目移りさせながら迷う桜狐の尾が大きく揺れている。
「お嬢ちゃん、今だけ特別サービスだ!三色油揚げがセットで100円にしちゃうよ!」
「三色‥‥?」
 ピクンと立つふさふさの耳。味付け‥‥全部違うのでしょうか。
「こっちは甘辛いノーマル。色が薄い奴は出汁が自慢で、右のは丹波種黒大豆醤油を使った個数限定さ」
「恋華‥‥全部はダメでしょうか?」
 振り返ってじっと見上げる黒い瞳は、何と愛らしい事か。
「良いわよ。全部奢ってあげる。おじさん、全種類一個ずつお願い」
「恋華と半分こしながら食べるのですね♪楽しみです」
「え、まぁ味見くらいなら‥‥入るかしら?」
 身体のラインにぴったりの服だから、そろそろお腹の辺りきつくなってきたんだけど。
 桜狐、その細い身体の何処に食べた物入ってるのよ。不思議でしょうがないわ。

 そんなこんなで、うっかり時間が結構過ぎていた‥‥。

「わふ〜っ!みんな久しぶりだね〜。今日はめいっぱい楽しんでいってね!」
「四年ぶりのステージだにゃっ、BAND NEVER OBEYのみらくるまじかるステージ!始まるにゃん!」
 セクシーな長身、恋華と少しだけ雰囲気の似た燃えるような真紅の髪の女性とフリフリアイドル風の金髪の少女。
 往年と変わらない姿と衣装で現れたユニットのメンバーに会場が耳をつんざく程に沸き立つ。
 巨大ステージに入りきれなかった観客の為に設置された大型モニターに映るその様子を眺めながら。

 各所に据えつけられた簡易テーブルも人で溢れかえり。
 芝生の上にやっと落ち着ける場所を探して、両手が一杯になっていたプラスチックのパックを思い思いに並べる二人。
「恋華、アリーナ席に行かなくて‥‥いいのですか?」
「今からじゃとても通り抜けられないわよ。ここでも充分聴こえるわ」
 まあ、生歌を聴きたかっただけだしね。指定席って言っても、曲が始まったらきっと中はもみくちゃだわ。
 ここで桜狐の幸せそうな顔を見ながら、聴く方が‥‥いいかな?
「あ‥‥この曲。田舎のCD屋でいっつも流れていた奴だわ」
「私も聴いた事‥‥あるかもです」
 割り箸を手にしたまま無意識に一緒になって口ずさむ恋華。ずっと聴いてなかったけど結構詞とか覚えているものね。
「確かバラエティ番組のエンディングだったかしら。そっちは見てなかったんだけど」
 あ、その油揚げ全部食べていいわよ。稲荷寿司だけでお腹一杯だわ。
「ん、では遠慮なく。でもやっぱり稲荷寿司が一番美味しいです〜♪」
 本当に心底幸せそうに頬張っている。
 やれやれ、ライブを堪能するのはまた今度ゆっくりと、かしら。
「ふふふふっ」
 堪えきれず明るい笑い声が唇から洩れた。
「どうしました、恋華?」
「何でもないわ、桜狐」
 ほら、頬にご飯粒が付いてるわ。すっと伸ばした指先。
 あまりに表情が可愛くて、ついツンと突付いてしまった。
「ひゃうっ!?」
「ごめん、ごめん。つい突っつきたくなっただけ」

 ずっと続いていたアップテンポのナンバーが終わりを告げ、眠気を誘うようなバラード。
 陽射しに温められた芝生が心地良い。
 ふわぁと洩れる欠伸。
 あれだけあったパックが全部空になっている。
 半分以上、いや八割方。平らげたのは桜狐だ。
「ごちそうさま‥‥です」
 何だかこの曲聴いてるとお昼寝したくなりますね。
 食べてすぐ寝たら‥‥えっ牛になるのですか?
 えっと、この尻尾が牛みたいになっちゃうのでしょうか。
 真顔で言う桜狐にまたも笑いを誘われる恋華。
「それはないから。あ〜、でも二人で牛になるのも面白いかもね〜」
 二人のふさふさの尻尾が牛のようになった姿を想像して、やっぱりプッと吹き出してしまう。
 あ〜可笑しいと青空を見上げ両腕を広げて転がる。服が汚れるのなんてお構いなしだ。
 桜狐も並んでころんと横になり、楽しそうな恋華を見つめ。
 その表情は静かだが、尻尾が大きく揺れて気持ちを表していた。
「こうして横になって並ぶと恋華の目が同じ高さにありますね」
 いつもは長身の恋華を見上げるばかりだけれど。腕を伸ばしその滑らかな毛並みの垂れた耳に触れる。
 と思ったらスヤスヤと寝息。伸ばされた腕がそのままに。
(はやっ!?)

 結局ライブが終わるまでぐっすりと。
 そんな桜狐の寝顔を楽しみながら、恋華は子守唄のように次々と変わる古い歌を呟くように口ずさみ。
「お嬢さん達、イベントは終わったよ。こんなとこで寝てたら風邪ひくから帰んなさい」
 いつの間にか恋華もつられて眠りに落ちていたようだ。
 くたびれた制服姿の警備員に遠慮がちに起こされた時には、すっかり日も傾き。
 花咲く広葉樹の長い影が二人に投げかけられていた――。

〜 了 〜


■登場人物■
【ib3118】綺咲・桜狐/女性/外見年齢16歳/獣華遊撃隊・おきつねさま
【ib3116】浅葱 恋華/女性/外見年齢20歳/獣華遊撃隊・おいぬさま
■スペシャルコンサート『Crowd2011』ノベル■ -
白河ゆう クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年06月09日

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