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『【名に込められた想い】 』
雪切 刀也(ea6228)
 オーストラリアとロシアとの往復が、比較的手軽に往復出来る様になって、それなりに時間がたった。
 色々あったが、今ではそれなりに市庁舎と税関のようなものが出来上がり、宿舎やゲストハウスも幾つか出来た。おかげで、アリススプリングスは旅人で賑わうようになり、それなりに町の様相を呈してきた。
 そんな中、今日もアリススプリングスの街に降り立つ1人。行き交う人々に割と欧米の者達が多い中、数少ない日本人。しかし、周囲の人々はその姿を見ると、会釈を返し、目配せをしている。一目置かれているような彼の名は雪切刀也と言った。
「ふう、やっと終わったかな。ただいま、黒曜石」
 チェックしなければならない品物を見物し終え、アリスの自宅に帰ってきた刀也は、奥にいる女性に声をかける。部屋から顔を出した女性‥‥黒曜石は、相変わらず余り表情のないまま、それでも気遣う一言を告げる。
「戻ったか。今日はずいぶんと早いな」
「違うよ。そう言う場合は、おかえり‥‥だ」
 彼女は人の子ではない。人の姿をしているが、精霊だ。足りない部分も多少はあるだろうと言う事で、刀也はその唇に指先を押し当てながら訂正していた。
「むう。お、おかえり。こうで良いのか?」
「そう。人の世界は、そうやって交流するんだよ」
 にっこりと笑顔で褒める刀也。釣られてか、黒曜石もかすかに笑みを見せる。旗から見ていると、どう見ても新婚カップルとしか見えない。この町で重要なポジションを占める『船』の化身なのに。
「では改めて‥‥ただいま」
「‥‥お、おかえり」
 もっとも、その契約者である刀也から見れば、照れくささを隠した年頃の女性にしか見えないのだが。
「それで、用事はもう終わったのだな?」
「ああ。今さっき引継ぎを済ませてきた。これで、明日からは無理をする必要はないさ」
 黒曜石の問いに、そう答えて、何かの書類を引っ張り出す刀也。いくつか印章が押されており、中にはロシア王家のものもある。それを丁寧に机の中へしまうと、部屋のソファへ腰を下ろす彼。
「そうか。ならよかった。お前の生命力が減ると、こちらも困るのでな」
 表情は変わらないまま、そう言って、横へと座る。表情の変え方は分からないが、心配しているようだ。
「そりゃあ、俺1人の体じゃないしな」
 そんな黒曜石の肩を抱き寄せる刀也。若干冷たく感じる体温が、疲れた体にはひんやりと心地良い。
「そ、そこまで拘束はしていないはずだ‥‥」
「言葉のアヤって言うんだよ」
 黒曜石はと言えば、共有物として扱われるのは照れくさいらしく、頬が心なしか染まっている。その横顔を、楽しそうに覗きこむ刀也。ぷーと頬が膨らんでいた。
「むう。人の言葉と言うのは、難しいな。精霊同士ならば、瞑想だけで繋がるものを‥‥」
「それは、兄弟だけだと思うよ。でも‥‥ちょっとうらやましいな」
 色々あったが、障害の取り除かれた今は、遠く離れた精霊の兄弟達と、連絡が取れる。故郷を離れている刀也が、わざとそう言うと、黒曜石は「何故だ?」と怪訝そうな顔をしてきた。
「だって、離れていても、こうして話せるし」
 人は、何かの力を借りなければ、遠くの者と話せはしない。黒曜石の元を離れる事もある刀也は、なによりそれがうらやましかった。
「別に今だって‥‥」
「それもそうだな。ちょっと反応を見てみたかっただけだし」
 困惑する彼女の表情が変わるのが、刀也にはとても面白い。知り合いが、別の知り合いをからかっている気持ちが、わかった様な気もした。
「に、人間とは不思議なものだ。ゆえに、面白い」
 もっとも、黒曜石の方も、そんな風に『気持ちを表すこと』を、興味深い事象と捉えているようだ。口元に笑みを浮かべる彼女に、刀也は「嫌いかい?」と問うた。
「今はそうでもない。だが、ここは疲れる」
 答えは、意外なもの。「え」と固まる刀也に、黒曜石は続ける。
「人の雑念が多い場所は、精霊には余計なものがたまるものらしい。通りで、兄上が人の少ない場所に潜むと思ったが‥‥」
 人が、大勢の人の中にいると疲れるのと同じ理屈だろうか。そう言えば、兄弟の1人は辺境に住んでいる。
「まぁ、あの人が表に出ると大変そうだしね。けど、大丈夫なの?」
「わからん。こう言うのは初めての経験だが‥‥ふふ」
 長いこと、船の中にいた彼女に取っては、疲労感すら人の子の興味深い事象として感じ取っているらしい。
「そっか‥‥」
 少し、刀也がほっとした矢先だった。
「いや、考えてみれば、この人としての行為が、全て初めてだった‥‥な‥‥」
「黒曜石!?」
 そう話ている途中で、座っていた黒曜石が、刀也の方へと倒れ込んで来る。額を触ってみれば、人と同じ位の体温。普段、常温の石程度の体温が平熱の彼女からしてみれば、かなり高いほうだ。
「ここにいると問題そうだね。よっと」
「‥‥?」
 人の子の場所に長く留まるのはまずいかもしれない‥‥と考えた刀也は、彼女の体を横抱きに持ち上げる。余り重量は感じられないのは、人の姿を維持する能力が低下しているせいだろうか。
「少し、船の中で休んでいた方が良いかもね。俺も明日からは少しゆっくり出来るし、しばらく側にいるよ」
 今は他にも船があるから、黒曜石の船から通うのも、そう悪くはないだろう。既知の夫婦はよく頑張ってくれている。
「‥‥‥ありがとう」
「こ、こくよーせき‥‥!?」
 だが、油断していたせいか、黒曜石が呟いた思わぬひとことに、思わず彼女を取り落としそうになるのだった。

 船がたどり着いたのは、アリスを取り巻く壁の向こう。草原の広がる郊外のエリアだった。
「この辺りまで来れば良いかな」
 確か、近くには知り合いが熱烈なラブコールを送っていた精霊がいたはずである。その影響か、周囲に凶暴な肉食恐竜の気配はない。そもそも、精霊の居場所に対して、自然の一部が牙を剥く事もないだろうと、刀也は判断していた。
「ここは? ああ、兄上のいる近くか‥‥」
 黒曜石も気付いたようだ。今は、どこかへ出かけているらしく、その応えはない。
「どうした? 何かおかしいか?」
「いや、何でもないよ。そうか、アリスじゃ出来ないしね」
 けれど、人の多くない場所で、リラックスしているのか、ゆっくりと手足を伸ばしている彼女。人前は見せない姿に、刀也の頬が自然と緩む。
「確かに、あそこでは色々と結界を維持せねばならんしな‥‥。ここなら、そんな事をしなくても良い‥‥。とても、楽な気分だ。私もだいぶ人の子が進んでいるかな」
 自嘲気味にそう答える黒曜石。
「ここなら、気にしなくても良いよ。それに、俺だって、人の来ない場所で、ゆっくりとすごしたかったんだ。その方が、黒曜石の為にもなるしね」
 そんな彼女を気遣いながら、刀也は星空の元、キャンプセットを慣れた手つきで展開している。以前は野営と言って差し支えなかったが、今はアリスで発掘やら技術革新が進んだ為、比較的容易に快適な天幕が構築出来るようになっている。その為、1時間も立つと、ディナーの用意が出来ていた‥‥。
「一体何をはじめる気だ?」
 その様子を、側から見守らされていた黒曜石が、怪訝そうに首をかしげている。アリスでは余り見かけない料理もあった。
「少し、良いものを手に入れたから」
 一番、異質なのは、刀也が注いだ杯。アリスに時折入荷するロシア産のお酒とも、アリスで作成している葡萄酒とも違う酒。朱色の3段重ねのそれは、どう見てもジャパンの産物だ。
「ジャパンでは、こうして絆を深めるんだよ。それに、ここなら黒曜石も余計な雑念は受けないだろう?」
 外側は彼女と同じ漆黒の塗り。透明な液体を注ぐそれは、疲れるような邪念は欠片も感じられない。むしろ、高貴な香りがした。
「‥‥すまない。気を使わせてしまって」
 向こうから取り寄せたとなれば、それなりに手間がかかっただろう。そこまでして、自分を気遣う刀也に、黒曜石は申し訳ないと言ったセリフを言っていた。
「いいんだ。俺が君と杯を交わしたかったから。こうして、セッティングをしたのはその為さ。どうかな? 具合は」
「ああ。だいぶ回復した。やはり、人の雑念は私達に影響を及ぼすのかもしれないな」
 逆に、酒や刀也の純粋な思いに持たされるのは、心地良い。急速に充電されて行くような気がする。
「じゃあ、しばらくはココから通うか‥‥なんだか、新婚みたいだね」
「しんこん? すまない。良く説明してくれないか?」
 苦笑する刀也。耳慣れない言葉に、黒曜石が首をかしげると、刀也は彼女の手を取って、自分の頬に重ねていた。
「こうして、一緒に暮らす事。かな」
「契約ではないのか?」
 アリスでも時折行われる式に立ち会った事はある。誓約書にサインをしていたその光景は、黒曜石に取っては『契約』に見えたのだろう。だが、刀也は首を横に振った。
「それとは少し違うかな。心を、感じる事。絆を紡ぐこと。ほら、あいつらもそうだっただろう?」
 そういえば、その式を挙げた者達は、何れも仲睦まじく寄り添っていた覚えが黒曜石にもあった。そう、ちょうど今の刀也と自分のように。
「ああ、覚えがある。あのようにすればいいのか?」
 頷く刀也。それを見た黒曜石は、すいっと彼にその身を預け、支えるような格好となる。手にした杯に、透明な液体が注がれた。
「乾杯」
「‥‥乾杯」
 3度、時間をかけて飲み干す。ロシア産には遠く及ばないが、葡萄酒にも似たそれは、心なしか甘い気がした。それと同時に、こめられた熱い想いが染み渡って行くような気がする。
「不思議な、飲み物だな」
 今まで酒と言えば、旅の気分を高揚させるものでしかなかった黒曜石にとっては、目新しいモノに写ったらしい。
「そうかな? ああ、精霊だと飲みなれていないんだっけ」
「いや。だが美味しいものだな。それと‥‥」
 不安そうな刀也に、黒曜石はそう言って首を横に振った。そして、寄せていた体に腕を伸ばし、耳元に唇を近づける。
「‥‥‥‥ありがとう」
 小さな声で。
「黒曜石‥‥」
 人の感情をここまで表すことの少なかった鉱石の姫に、刀也は愛しさを抑え切れない。それは、引き寄せられた体を抱きしめると言う行為となって現れる。
「あの、さ。お願いがあるんだ。黒曜石に」
 杯を置き、離れないようにしっかりと支えながら、刀也は口火を切った。「なんだ?」と怪訝そうに腕の中から見上げてくる黒曜石の目を見つめ、ごくりと喉を鳴らす。
「名前で、呼んでもらって良いかな? ずっとそうじゃなかったからね。それとも、気恥ずかしい‥‥とか?」
 かぁっと黒曜石の頬が染まった。
「そ、そんな、ことは‥‥」
「人にとって、名前は大事なんだよ。気味に、黒曜石と言う名があるように」
 それは、彼女も充分分かっていることのようだった。そう、彼女の生きていた時代でも、名前は発動の媒体となる位特別なものだったのだから。
「‥‥なんと、呼べば良い?」
 そっと、囁くような声で尋ねてくる。
「俺の名前で」
 よどみなく答える刀也。
「わかった‥‥。その、とうや・・・・でいいのか?」
 つっかえながら呼ぶそれは、感情が露になっている証。けれど、決して後ろ向きではなく。
「うん。それでいい。やっぱり名前で呼ばれると嬉しいな。大事な相手なら、なおさら」
 ぎゅ‥‥と、抱きしめる腕に力が篭る。黒曜石がその細い体を震わせ「ば、ばか‥‥いたいよ‥‥」と零すが、刀也は腕を放さなかった。
「ありがとう。それと、これはお返しだよ。黒曜石‥‥」
 そう言うと、彼は黒曜石の顎をくいっと持ち上げる。
「ん‥‥」
 触れ合うは唇のぬくもり。重なるは、捧げられた想い。
(‥‥悪くない、気分だ)
 目を閉じた黒曜石から、刀也の心へ、そんな声が聞こえたような気がした‥‥。
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2011年06月13日

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