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『 ――余りにも非現実的で、子供じみているから。 』
花=シルエイト(ga0053)&宗太郎=シルエイト(ga4261)
 口にするのは恥ずかしいけど、『運命の出会い』はある日ボクの前にぽんと放り出されていた。

 ボクが過ごしてきた今までを平穏と呼ぶのなら、彼との日々は波乱そのものだった。
 ふわふわして、足が地につかない。めまぐるしくて、振り回された心がこんなにもドキドキする。
 理由なんて口にする事もできなくて、無性に惹き寄せられたという点では、まさに『運命』と呼ぶべきだと思う――。


 本当は、最初それが人であると思わなかった。
 公園に何か落ちているなんて珍しくもなんともないから、多少大きかったり変な格好をしている所ですぐには驚かない。
 ……人だ。
 それが人間だったとしても、危険を感じない以上やはり遠い『他人事』だ
 驚きもしなければ、予定を変えて行動を起こす必要性も感じない。
 強いて言うなら、非現実的な光景に、ボク実はまだ部屋で漫画でも読んでるんじゃないのかなぁって考えていた。

 ……行動を起こす必要はない、筈なんだけど。

 よく考えればあれは行き倒れだった気がする、お腹がすいてるのか怪我をしてるのか、よく解らない内にスルーしてしまったのがちょっと悔やまれる。
 勿論、ボクの行動は自分の身を守る点では正しい事。
 ああ、でも変な格好してたし、ボロ雑巾のようだったし。
 スイーツはボク用に買って帰ろう、もし帰り道で見かけたら……。

 ……変なボク。
 助けを求められた訳でもないのに。

 ひょっとしたらもう起き上がっていて、どこかに行ってしまったかもしれない。
 そう考えるとほっとしたような、残念のような気持ちが込み上げてくる。
 でも、そんな想像はあっさりと打ち消された。
 ……いた。
 警察を呼ぶべきか、逃げる準備はどうしようか、ぐるぐる考えながらも近づいていく。
 ボロボロの服はちょっと気になるまでに飾り気がない、表面の粗さは生地にすら見えなくて、麻袋に手足を通す穴を開けただけじゃないかとすら思ってしまう。
 ……生きているのかな。
 自分の息を潜め、そっと『彼』の正面へと回り込んだ。澄ました耳が彼の呼吸を探る、指先が、彼の鼓動を求めて肌を近づける。
「……っ」
 唇が開かれ、漏らされた彼の吐息にボクの体がぴくんと震えた。
 動悸が激しい、倒れている人を前にした緊張と、彼が生きている安堵で心がごちゃごちゃになる。
 ……生きている、生きている。
 今まで考えてもいなかったけれど、男の子にこうして向かい合うのは初めてかもしれなかった。
 どうしよう、どうすればいい?
 おそるおそるといった様子で手を伸ばし、肩を掴んでゆすってみる。
「……ねぇ……」
 男の子の体は、ボクと違ってやや硬い手触りがする。他の所はどうだろうと考えるも、考える止まりで思考がその先に行く事はない。
「食べ物……あるけど」
 不思議な事に、それが目覚めの呪文となった。

 目を覚ました彼は、うんともすんとも言わなかった。
 首を傾げる様子から、一応声は聞こえてはいるらしい、ただ言葉が通じないのか喋れないのか、返事をする事はない。
 買ってきたスイーツを差し出せば、了承を求めるようにボクの方を伺って来て、頷いて見せれば、ぱくりと平らげてしまった。
 食べてくれた事に僅かな安堵がある反面、ボクに出来る事はこれ以上ないのだと頭で理解して、少し淋しくなった。
「じゃあ……ボク、行くね」
 返事が来ることはない、ただ透き通った瞳が、いつまでもボクの後ろ姿を見つめていた。

 ……彼がついてきたのは、多分ボクの姿が見えなくなってから。
 いきなりダッシュで駆け寄ってきた時には、流石に驚いた。
 正直、ついて来られた所で困惑の方が強い。だって言葉は通じないし、どこの誰かもわからないし。
 でも、置いてきても同じ事の繰り返し。挙句、その仕草が妙に頼りなさ気で、結局部屋まで連れ帰ってきてしまった。
 ……これが犬とか猫なら、よくあることで片付いたと思う。
 でも、人間。人間の男の子。
 知らない人に近づいただけでも相当なのに、連れ帰って部屋に上がらせてしまった。
 意思疎通が出来ないせいか、緊張は一向に収まらない。
 よく見てみればぼろぼろなだけでなく怪我もしているようで、一層落ち着かなくなる。
 ……だって、手当をするなら傷口を洗わなくちゃいけないし、それならお風呂も……。

 …………。
 今思い返すと、その最初の頃の方がまだ簡単だったように思える。
 だって、何の反応も返さなかったのだから、こっちさえ気にしなければ特にどうっていうことはない。
 でも鍛えられた体はたくましくて、指で触れると熱を持つかのよう。
 だからドキドキだけは最初からしていたけれど、教えてあげるつもりはなかった。
 とりあえず、彼には『宗太郎』って名前をつけて、ボクの名前が『花』であることを教え込んで……。
 ……今は、ちょっと困るようになった。
 表情は硬いのに、ふとした瞬間に彼は柔らかな微笑みを見せる。大きな掌はボクの頭をすっぽりと覆うから、優しく包み込まれた心が落っこちてしまいそう。
 その癖に、相変わらず言葉の通じない『わからず屋』だから、時々ボクをオロオロさせる。
 下手に気さくで、懐かれてて……。
 ねぇ、ボクは女の子だから君と一緒にお風呂には入れないんだよ?
 どうたしなめればよかったのかわからなかったから、止めるのが遅れて肌寒い。
 ……駄目、今素肌でボクに触れちゃ駄目。暖めようとしてくれないでいいんだよ、そりゃあ寒いけど、すぐに出て行くから……。
 ……。あれ、お腹押さえてたけど、暴れる時に当たっちゃったかな……?


 ……そんな、日々だった。
 情景は昨日のように思い返せるのに、今や宗太郎の現状からかけ離れた、過去の事だ。
 宗太郎が口にすることは決してなかったが――彼は、とある研究施設から脱走した『実験体』だった。
 脱走して、交戦して、負傷した。それが、花に拾われるまでの経緯だ。
 そしてある日に気づいた、追っ手がすぐ近くまで迫っている匂いに気がついてしまっていた。
 やり過ごせればいいと思っていたけれど、気配は迫るばかりで、宗太郎はこらえ切れず花の家を飛び出していた。
 花に気づかれてなければいいと、そう思う。
 自分が離れれば花に何かあることもないだろう。花が気づいて、自分を追いかけない限りは。

 一ヶ月の脱走生活で、身なりはかなり汚れていた。
 花と一緒にいる時はいつも花が綺麗にしてくれていたから、決して初めてではない逃走生活なのに、どこか違和感を覚えてしまう自分がいる。
 花の声も、長い間聞いていない。
 会話なんて出来ないから、いつも花が一方的に喋るだけだけど、花は時折、置いていかれた子供のように顔を曇らせる。
 言葉はわからない、でもその気配だけはいつまでも心に残っていた。
 触れないとわからないけど、花は本当に小さかった。
 軽く抱っこ出来るくらいで、膝に載せても多分自分の方が目線は高い。
 膝の上が不安定なのは当然で、バランスを取るために膝へ食い込む肌の感触は何より確かに思い返された。
 “衝動”の名前を、宗太郎は知らない。
 抱き上げる度に花は恥ずかしそうにむくれて、肩に手を添え、しがみつくように体を寄せてくる。
 むき出しの太ももが足を滑り、挟みこんできて。大丈夫かな? と伺ってくる顔を見れば、熱が膨れ上がるようにこみ上げてきた。

 二人のすぐ間にある、困惑。
 宗太郎は自分の体の変化が理解出来なくて、すぐ近くに花がいて、これをどうしたものかと困り果てる。
 花との言葉は通じない、花は気にしない、花が近づき、俺に触れそうになって――。


 ……多分、脱走中に思い返す事じゃない。
 何をしているんだと、漏れるのは呆れのような笑み。
 巻き込まないために花の下から離れたというのに、ここまで温もりを心地良く思う自分がいて、どうしてもそれを振り払う事が出来ない。
「……」
 そして、振り払うつもりがない。
 どうにか出来る、どうにかしたい。あんなに追っ手を恐れていた筈なのに、花一人のためにぶつかり合う気になるのははたしてうぬぼれだろうか。
 そもそも、今から帰って花に受け入れて貰えるかもわからないというのに。
 ……でも。
 思いつめていたのを馬鹿馬鹿しく感じる、だって俺は既に『したくてしょうがない』のだから。
 他の選択肢なんてないし、わかってる以上後ろ向きに考えるのは全く建設的じゃない。
 勿論、不安じゃないなんて事はないけれど……。


 ――響くチャイムの音は、夢想と混じり合って、果たして現実なのかどうかよく解らなかった。
 置いて行かれた、それが彼によるものだと認めるのが悔しい。
 泣きはらした感触は頭を朦朧とさせ、現実と夢想の境界を曖昧にする。
 彼が戻ってくる事は何度も夢想した。手指が虚空を掴み、ありもしない彼の体温を求めている。
 ……ボクは、ボクは……。
 抱っこされるのも、落ち込んだ時に優しく撫でて貰うのも、好きだったなんて今更認めた所で何になるだろう。
 だから、一度目のチャイムを聞き逃した、二度目のチャイムで、ようやく我に帰った。
 ……ボク、チャイムの使い方って教えたっけ。
 湧き上がった喜びはすぐにしぼんでいってしまう、だって、今まで何度も想っては傷ついてきた夢だから。

 どん、どん。

 玄関の直前、扉を直接叩かれて動悸が早くなった。
 ……ああ、ボクはやっぱり素直じゃない。こんなにも期待しているのに、そんな事はないとまだ首を横に振る。

 扉を開け、飛び込んでくる感触だって最初は認められなかったくらい。
 ボクからすると大きすぎる体も、心に沁み込んでいく温もりも、ちゃんと覚えていたというのに。
「……っ」
 ごちゃごちゃした言葉なんていらない、言いたいことは色々浮かんだけれど、何より先んじたのはもう離れたくないという思いだから。
 口にするのは一言のみだった。

「……おかえり」


 …………。
 ……。


「でも、花。俺やっぱり言って欲しいな」
「何を?」
「俺のこと、好き?」
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2011年06月20日

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