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『霧咲く村に、百花祝う 』
霧咲 水奏(ia9145)&周太郎(ia2935)

 盛りも過ぎ儚く散りばめられた桜色が爽やかな風に吹かれ舞い、二人の髪を飾る。
 入れ替わりに溢れんばかりに香気を漂わす色彩豊かな花々。鮮やかな緑の精気。
 春は、盛んに生命を輝かせる夏へと道を譲ろうとしていた。
 霧咲 水奏が産まれし故郷へと至る踏み締められた路地。手を携えて共に歩むは周太郎。
 開けた視界に、嬉しげに手を振る村人達の姿が映る。照れ臭く、解かれた指。怪訝の色を浮かべる青い瞳。
「周殿?」
「格好が付かねえだろが。仲良く子供みたいに手を繋いできましたなんて、あの親父さんに報告されてみろ」
「ああ、それは――」
 くすりと。初めてこの村へ周太郎を連れて訪れた時の情景が蘇る。あの時の父の剣幕は相当な物であった。
 決して理解の無い親ではないが、大事な娘が連れてきた男との初対面の挨拶は――村でも語り草になっていると母が後に手紙で伝えてきた。
 その時は知らなかった事だが。周太郎と父のやり合う声は、静かな村の夜‥‥近所中に響き渡っていたらしい。
 あれから幾度か周太郎と水奏は折を見ては村を訪れていたが。
 彼女を慈しみ、厳しく育てた祖父の命日という特別な時を迎えるに辺り、改めてその男が挨拶に来る。
 伝達はまるで戦支度のように矢継ぎ早に。次から次へと家から森から。現れる村人達から二人は祝福の言葉を受けた。
「いつ来ても温かい村だな」
 謂れを厭い、色を入れた眼鏡で隠された紫の瞳が穏やかに緩む。自らの故郷で得る事の叶わなかった、在り来たりの隣人の交流。
 村を守護する霧咲家と同じように慕われ敬われていたはずの一族。幼き頃に奪われてしまったささやかな平凡がここには溢れている。
 膨張する魔の森に瀕した理穴の縁。ひたひたと侵食される危機に晒され戦いを続けながらも、人々は互いを想い合い生きていた。
「はい、温かい村で御座いまする」
 水奏が尊ぶ周太郎の訪問を純朴に喜んでくれる村人達が誇らしかった。
 その村人と気さくに言葉を交わし、彼らを皆気に入ってくれている周太郎が益々愛しかった。

「はるばる遠路疲れたでしょう。さあ、どうぞ奥へお上がりくださいませ」
 既に以前の挨拶で面識のある母。もう気持ちの上では周太郎は大事な婿殿と膝を正して玄関で待ち受けていた。
「いや、お袋さん。そんな堅苦しい格好しなくていいって。俺、そんな上品な柄じゃないから」
 照れくさく手をひらひらと振る周太郎。まだ正式に祝言を挙げた訳でもないのに、そのような扱いを受けるのはどうも座りが悪い。
 綺麗に磨かれた廊下を歩き。一度足を止め閉ざされた障子を開くとそこに――。
 案の定、仏頂面の中年男の姿があった。床の間の書と活けられた花を背に、厳しく。いや全力で厳しさを装って胡坐を組んだ父親。
 脇に退けられるように用意された茶瓶と湯呑。開け放たされた障子の向こうに咲き誇る手入れの行き届いた花咲き誇る庭。
「よく来た、まあ座れまずは一献やろうじゃないか」
 不器用な父らしい歓待の仕方に水奏がくすりと笑う。
 入るなりいきなり怒声という展開も予想していたので、そこら辺は随分進展したのかなと。
 父の威厳に負けず、堂々と真正面に膝を揃え真剣に口元を引き結んだ顔で座り、その鋭い眼光を涼やかに見据える周太郎。
 その肩には緊張が漂う。
「よし飲め」
(父上、それは酒席の作法でござりまする‥‥)
 茶瓶より注がれるぬるい焙じ茶を一口でごくりごくりと煽り、同じようにして周太郎もこの先義父となる男に献を返す。
 何か違うと思わなくもないが。真剣な想いを託した一期一会の作法としては‥‥ある意味正しいのだろうか。
 対抗するかのようにぐいぐいと茶を飲み干し、卓の上にかたりと湯呑を置く父。
 その間に盆に香気漂う新茶を載せた母も来て――奇異な状況に呆れた顔を一瞬見せてころころと笑う。
「あなた、いつの間にそのような物を。お茶は私が用意致しますといいましたでしょう」
「む、そうか」
 ばつが悪そうに顔を庭の花を眺めるように背ける。
「いや、駆けつけ三杯っていうし。喉も渇いてたからちょうど良かったよ」
「なるほど。父上そこまでお考えで御座いましたか。拙者も先の為に覚えておきませぬと」
 全く皮肉でもなく素直に感服した様子の水奏。
 娘と、息子になる男に助け舟を出されるとは‥‥腹立ち紛れに熱い茶をがぶりと飲み、白黒させかけた目を痩せ我慢する父であった。

 母も交えた和やかな歓談の後、正式に近いうちに祝言を挙げる旨を告げ。
 父と婿の恒例の熱い舌鋒飛び交う儀式も始まり。むんずと襟を掴まれ周太郎は父に連れ去られてしまった。
 もちろん黙って引き摺られるような周太郎ではない。
「霧咲家の男の心得を叩き込んでやろうじゃないか!」
「って、おい。いきなり掃除用具入れに案内するってどういう事だよ!」
「雑巾掛けは足腰の鍛錬の基本である!軟弱者は霧咲家には要らん!」
「――っ!」
「うむ、見掛けによらず中々のものではないか」
 つまりは屋敷のひとつひとつを父が自ら案内という事だが。もう少し穏やかにできないものだろうか。
 それにいきなり案内する場所が間違っているような気がしないでもない。
「男同士のお話もありましょうし。では水奏、私からは主を支える嫁としての心得を」
「はい、母上」
「いいですか――」
 半分以上は、旦那の上手な操縦術だった事は母と娘だけの秘密だ。

「ふぁ‥‥」
「昨晩は父上と積もる話もあったようで御座いますな」
 依頼の時とは異なり、長い緑の髪を自然に流し周太郎より渡された古びた簪を差した水奏。
 目敏くくるりと先端を丸めた地味な誂えの簪に手を伸ばした愛する人に、微笑を浮かべ。
「最後の方は延々同じ話だったけどな」
 大切な娘を託さんとくどくなる話も強い愛情故、羨みとそして我が事のような嬉しさを胸に抱きながら。
「親父さん、これずっと文箱に仕舞っていたらしいぜ。今更恥ずかしくて出せんとか言ってたが似合うじゃないか」
 余計な彩りの無い銀の飾りは怠らず磨き立てられ曇りひとつなく、そも美しい髪を自己主張をせずに映えさせ。
「ゼンマイ、花言葉は夢想‥‥か」
 よく彼女に似合っている。しっかり者のようで夢見がちな乙女。可愛い物を見た時の瞳はそう、無垢な少女のよう。
 絢爛に咲き誇る花々のように飾らず、しっとりと控え。柔らかな物腰の癖に困難な場所にも気骨を見せ息づく。
「水奏に似合うぜ、とっても」

 二人だけで訪れた祖父の墓前。
 綺麗に手入れが行き届き短く刈られた若草。苔ひとつ無いざらりと武骨な石肌に刻まれた霧咲の字。
 近くに湧き出る清水をゆっくりと白木の柄杓で掛け、陽射しに乾いた墓石を潤す。
 睦まじく分け合った線香の煙が春から夏へと変わる香りに入り混じり。
 静かに手を合わせ、瞳を閉じる。
 姿は知らねど、水奏が良く語る偉大な祖父の像は凛と背筋を伸ばしそこに立ち二人を見据えているかのようであった。
 面を上げ瞳を堂々と開き、精悍な表情で周太郎は背筋を伸ばして水奏と並ぶ。
 水奏もまた祖父の声を胸に聞きながら、凛然と面を並べ。武人らしい姿勢で立ち。
 ――同時に頭を下げた。
(今なら、お言葉のひとつひとつの意味が判りまする。霧咲の本懐決して見誤らず、拙者は周殿と生涯を共に過ごしまする)
 隣に立つ伴侶は何を祖父に告げたのであろうか。力強く澄んだ青と紫の瞳は互いを見つめあい。そして微笑んだ。
 初夏の訪れを感じさせる暖気を含んだ風が、二人の前途を祝うように吹き。
 叢から囀る鳥のつがいが高く太陽へ向かって飛び立って行った。
 まるで祝福を告げる鏑矢のように。遠く、何処までも遠く。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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舵天照 -DTS-
2011年06月23日

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