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『足跡を辿る旅路 』
桂木 涼花(ec6207)


 ぽくぽく、かぽかぽ。
 ぽくぽく、かぽかぽ……こきみよい蹄鉄の音。
 規則的なリズムで、王都パリからのびる大きな街道をゆくのは一組の人馬。太く、ずんぐりとした馬は、この辺りではあまり見かけない――蒙古馬だ。
 馬を連れ行く旅人が被っている日除けの笠も、ノルマン王国で良く使われている笠とは違う。
 その笠が、遠い海を越えた先に在る国――ジャパンの旅笠であることを、この国の人々は知っている。


●着
「この辺りはもうランス地方……のはずなんですが」
 桂木 涼花(ec6207)が歩みをとめれば、徒然の相棒である蒙古馬の歩みも止まり。
 街道から見える辺りの様子を、ぐるりと眺めた。
 眼前に広がるのは、見渡す限りの葡萄の棚田。
 開花時期を迎えた葡萄畑には、小さな白い花が無数に咲き、青々とした葉色とのコントラストが美しい。たくさんの虫や動物。植物たちが命を謳歌する季節――生命に満ちた初夏の色合いだ。
 景観に違わず、涼花が通ってきた街道も、たくさんの人々が行き交い、活気に溢れていた。
 パリからのびる街道の一つを擁し、豊かな領地であるランスを治めているのは、涼花にとって縁ある人物。いずれは、己にも縁浅からぬどころではない土地になる……はず。……などと目の前でこぼせば、かの方の眉間に皺が増えるか、己の額を指ではじかれるだろうから言えないけれど。
 だからこそ、涼花は一度、ただの一旅人、一冒険者として訪れてみたかった。
 日々を交わす手紙の中で、さりげなく街の様子や好きな場所、思い出などを訊ねてみれば、装飾の少ない簡潔な文章ながらも、領地を思う気持ちが伝わってくる。
 手紙には『案内する』と書かれていたが、自分の目で見てみたかったから……それに、
(「こういう知り方も、『あり』ですよね」)
 今は、隣りにいない誰かに、あるいは自問自答するように、そっと胸内で呟いた。
「それにしても、パリから大分あるんですね……」
 急ぐ旅でもなし、ゆるゆると景色を楽しみながら来たこともあるが、4日目にしてようやくのランス入り。ノルマン王国でも主要な街道が走っているとあって、泊まる場所に苦労はしなかったが、それにしても遠い。
「確かにこれではあまりパリにいらっしゃらなかったのもやむを得ないのでしょうか……」
 ランス領を治め、国境沿いを中心にノルマン国内中を回る分隊の長とあっては、王都パリで余り姿を見かけなかったのも、もっともかもしれない。
 パリで藍分隊を見かけることが多くなったのは、ノルマン王国に限らない――地獄の住人達が、世界へ一斉に侵攻を始めた頃。人ならざるものとの戦争が激化したからこそ。地獄の門が閉ざされた今、本来の役割に戻っていくのだろう。
 となれば、一緒に時間を過ごすことは、これから難しくなっていくのかもしれない。
 小さく息を吐き、涼花は再び歩き始めた。


●経
 ランスを預かるカルクラフト家は、王家と縁戚関係にある大貴族だ。
 けれど、一度没落し、一族は離散した――ノルマン王国が滅びた時のことである。
 復興戦争に勝利し、ようやく国を取り戻した頃、民は疲弊しきっていた。
 かつての実り豊かな故郷を取り戻すため、カルクラフト家の兄弟達は動き始めた。
 兄は騎士として国に仕え、弟妹は国に仕える兄を支えることを選んだ。
 地位や財を巡り、骨肉の争いを行うものも少なくない。兄弟仲が良かったことは、先のカルクラフト家当主にとって、最も恵まれたことだったろう。
「おかげで、上のえらいさんの妙な争いで、とばっちりを受けることもなかったしね。良い方々だと思うよ」
「そうなんですね」
 宿泊を決めた宿屋の一階で営業している酒場で食事をとりながら、それとなく領主やその一族の評判などを聞いてみたところ……それはもう色々聞くことが出来た。気の良い女将さんから、食事に来ていた客達から。
 領主一家が暮らす膝元だからか、パリで伝え聞くより、はるかに具体的なものばかり。
「でもねぇ……先代さまから跡を継がれた今のご領主さまは、ほら。あれ、王国の白い騎士さまだろう? ランスでお見かけすることもなかなかできないし、それに……」
 途切れた女将の言葉が切れた。続きをうながすように、首をゆるりと傾げる。
「ご兄弟の仲は本当に良いそうだからねぇ。奥様をお迎えになるのに1番の障害は、子爵さまだろうねぇ」
「あー……本当にご領主さまを尊敬されているのが、みていて分かり易いくらいわかるもんな!」
「だよねぇ!」
「………………」
 笑い合う店の人々の会話に、涼花は思わずスープを吹き出しそうになった。
 こらえた自分をほめてあげたい。
 涼花は、ちょっと遠い目になった。異国に嫁ぐというだけで大変なのに。
 いやいや相手は大貴族、予想はできていたはずだ。……たぶん。
「まあね、王様がとうとうお妃さまを迎えられたんだから、うちの領主さまもね」
「………………………………」
 視線が泳いでいるのが自分でもわかった。
 女将さんと目が合わせられない。
 涼花は、あれやこれやのもやもやを、スープとともに流し込んだ。


●至
 欧州諸国は春から夏にかけ、冬小麦の収穫時期を迎える。
 ノルマン王国においては、初夏。

『一面、黄金色に染まる。
 ジャパンでは稲穂だが、この国では麦穂の黄金の大地だ』

 そう几帳面な文字で綴られた手紙は、しっかりと懐にある。
 故郷に広がる黄金色の大地で揺れるのは稲の穂。豊かな米の実り。
 ノルマン王国で実りを湛えるのは、麦穂。
 主とする糧1つとっても異なる国で生まれ育ったけれど……米も麦も、人々が生きるために必要な糧であることにかわりはない。

『金の大地……実りの色に染まった麦穂と、地平線に沈む夕日を見送るひと時はとても美しい。
 若い頃は、1日を生き抜くことが出来た想いはあっても、美しいと思って景色を眺めることなどなかったからこそ、天地の恵みに感謝し、一日を生き抜くことが出来たことに感謝するひと時が、今は好きだ。
 実りを得るために働く人々の姿をみることも好きだがな。
 剣や槍でなく、鋤や鍬をもつ姿こそ尊いと思う。』

 濃い藍色のインクで綴られた文面。
 折につけ交わす便りの数は、もう幾つになったことだろう。
 どれも文箱に大切にしまってある。
 涼花にとって、本人を前にした緊張をしないですむためか、手紙の中のかの方のほうが、気安い。
 言葉少なく寡黙な性質にみえるが、ひとくせもふたくせもある同僚達に比べれば少ないだけで、社交界での大貴族らしい振る舞いも聞こえてくる。

『王都パリに比べるべくもないが、ランスの実りの秋も素晴らしいと私は思っている。
 次の収穫祭には案内しよう。』

 収穫祭の頃にふるまわれる新酒の葡萄酒。
 ジャパンの米酒も、産地や米、水によって味がかわるが、やはり葡萄酒も違うらしい。
 領主へ納められる葡萄酒は確かに美味いが、杜氏達が『味見』する葡萄酒を分けて貰って飲むのが好きなのだと、手紙にはここだけの話……と書かれていた。
 作りたて、あるいは熟成を待つ酒にかこつけて、領民と過ごすひと時が好きなのだろう。
 それはまたの機会だが、今回の旅で分けてもらったこの酒もきっと気に入ってもらえる……はず。最後の最後で気弱になるのは、まだ見逃してもらうとして。
 かの方からの便りに綴られる結びの言葉はいつも変わらない。
 次に会える機会を楽しみにしていることと、涼花の息災を願う飾り気の無い率直な言葉。

『涼花殿の故郷についても、今度ゆっくり聞かせてほしい。
 本来ならば、ジャパンを訊ね、礼に則った挨拶をしなければならないが、それもままならない現状……涼花殿に甘えてしまう形で申し訳ない。
 今は未だ、いつと約束できないことが申し訳ないが、必ず行こう。』

 黄金色に染まった大地の彼方、地平線に沈んでいく太陽は、滲むようなとろりとした橙色。
 夕暮れの中、茜に、金に、温かな色合いに染まる景色を眺めていた涼花は、笠を手にそっと立ち上がった。
「パリに、帰りましょうか」
 とん、と首を叩くと、相棒は心得たとばかりに小さく鼻を鳴らした。
 交わした約束があって、あの方の故郷の土産を内に、土地に触れて知ったものもある。
 次に会う時に驚かせることが出来るだろうか……小さな悪戯心と満ち足りた気持ちを抱え、背を向けた。再び訪れるまでのしばしの別れ。
 今度、ランスの城を訪れる時は、二人で一緒に。
WTアナザーストーリーノベル -
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Asura Fantasy Online
2011年06月24日

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