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『風花の約束 』
ウェイケル・クスペリア(gb9006)&流叶・デュノフガリオ(gb6275)&エイミ・シーン(gb9420)

 どれほど時が流れても、どれほど遠くへ行ってしまっても。
 三人の心はいつも共にあって、いつでも、どこにいても、願えばきっとすぐに会える。
 ――ずっと、いっしょ。
 大切な思い出達と、大切な約束。


 須保富学園は活気に満ち溢れていた。
 各クラスの発表や展示物や出店、部活動の発表や教師達による企画。文化祭という一大イベントは、長い準備期間を経てようやく本番を迎えた。
 そして文化祭は、現行生徒会最後の仕事でもある。三年生役員にとっては、学園生活最後の大仕事。張り切らないほうが無理とでも言うように、誰もが駆け回っていた。
 生徒会唯一の一年生であるウェイケル・クスペリアは、各種トラブルの対応に追われている。今も迷子を母親の元に送り届けたところだ。
「迷子発見終了、と」
 もう何件対応したことだろう。朝からずっと走り回っている気がする。少しだけ休憩しようかと思ったとき、副会長の流叶・デュノフガリオが駆け寄ってきた。
「今すぐ体育館に。この文化祭で一番のトラブルが発生する」
 発生「する」。その言葉に、ウェイケルは全てを悟り、流叶と共に体育館へと向かっていった。

 体育館では、演劇部の発表が終わっって二十分の休憩に入ったところだった。
 しかし、誰もが観客席から天井を見上げている。
 ――天井近くまで吊り上げられたバスケットゴールの上に、少女がいた。
「生徒会長!? 危険だから降りてー!」
「落ちる! 落ちる! それから、見えるっ!」
 生徒や教師、それから保護者などの一般客達は口々に叫ぶ。
「スパッツ履いてるから全然平気! 落ちませんよー!」
 天井から繋がるパイプをしっかり握って立っているのは生徒会長のエイミ・シーン。背中には大きなリュックを背負っている。
「スパッツ履いてるから落ちない……って、意味に聞こえた」
「紛れもなくそう言ったんだと思うぜ」
 体育館に飛び込んできた流叶とウェイケルは、同時にそう呟いた。それにしても、何を始めようとしているのか。
 ――楽しいことが優先!
 それは、エイミの信条。その考えの元、皆を巻き込むムードメーカーの暴走生徒会長。
 ムードメーカーはそのままトラブルメーカーでもあり、流叶とウェイケルはいつも振り回されていた。
 ただ、誰かを傷つけるようなことは絶対にしない。だからこそ、今回も皆を楽しくさせようとしているはずだ。
「あとはこのリュックをセットして、紐を下に垂らせばセッティング完了です!」
 エイミはにこにことリュックをバスケットゴールの端にセットし始めた。下では、観客席のパイプ椅子が一斉に撤去され始めている。そして、新体操部員達が鉄棒用の巨大なマットを積み上げていた。
「準備完了、心おきなく達成してくれ」
 積み上げられたマットを見て、ウェイケルは半ば覚悟を決めて呟く。
「完了っ! お騒がせしました、すぐ降ります! あ、その紐、閉会式まで引っ張っちゃダメですよ」
 リュックのセットが完了したエイミは、やたらと長い紐を下に垂らす。そして天井にあるバスケットゴール調整用の扉へと、ゆっくり顔を向けた。
「……落ちる気がする」
「多分、ね」
 ウェイケルと流叶はエイミの動きを目で追う。前進するためにパイプを掴んで這い始めるエイミ。達成感からか、表情は明るくて「足取り」も軽い。
 軽いから――予想通り、滑った。
「――あ!」
 体育館にいる者全てが声をあげる。
「あ……あれ?」
 落下し始めたエイミは目を白黒させて、何かを掴もうと手足をばたつかせる。そして、細くて長い何かをしっかりと掴んだ。
「――あ」
 また、全員が声をあげる。
「あーーーーーーーっ!!」
 眉をハの字に下げて、エイミが叫ぶ。しかしその紐を掴んだまま、真っ直ぐに――落下した。
 ぼすんっ。
 積み上げられたマットが鈍い音を上げると共に、頭上から舞い落ちるのは金色や銀色の紙吹雪。それは、照明の光を反射してきらきらと輝いていた。
「あいたたた……」
 軽くお尻を撫でながら上半身を起こすエイミは、「ま、またやった?」と半ば涙目で頭上を見上げる。
「またやった? じゃないぜ、まったく」
「予想通りというかなんというか……一体何をしようとしてたんだ?」
 マットによじ登ったウェイケルと流叶が口々に言いながらも、エイミに怪我はないか調べていく。
「ぇと、閉会式が終わったら……成功を祝ってみんなの上に紙吹雪をって、思ったんです、けど」
 ぽつりぽつりと、ちょっと気まずそうに言うエイミ。はらはらと舞い続ける紙吹雪は三人の髪に絡んでいく。
「……けど、失敗しちゃいました!」
 えへへと笑うエイミ。流叶は少し何か考えていたが、すぐに「怪我がなくてよかった」といつも通りの微笑を浮かべる。
 ウェイケルはずっと頭上を見上げていた。
 未だ舞い散る紙吹雪、ぱくりと口を開けているリュックはとても大きくて、きっとその中にいっぱい詰まっていたのだろう。
 紙吹雪を一枚手に取ってみる。すると、そこには小さく誰かの名前が書かれていた。
「……え?」
 それは、クラスメートの名前。ウェイケルは他の紙も確認する。他の生徒の名前、教師の名前、用務員や事務員の名前、学校で一番大きな木の愛称――そんな、学校に関係する名前が書かれていた。
「……名前、全部書いたのか……?」
 ウェイケルが問うと、エイミはこくんと頷く。
「自分の名前探してもいいですし、友達の名前と交換してもいいですし、見つけた名前はどんな人なのか調べてもいいですし……この学校の『名前』を全部、書いたのです。だって」
「だって?」
「大事な、文化祭……大事な、思い出ですから!」
 人懐こい笑顔のエイミに、ウェイケルは一瞬だけ呆れ顔を浮かべた。だがすぐに笑みを溢し、流叶と何やら囁きあう。
 そして、「美術部&漫研集合っ!」と声を上げた。その意図を察したのか、居合わせた各部員達が駆けつけてくる。
「予算はないから、印刷室の余ってるプリントの裏にでも描いて、印刷して、学校中に張り出してくれるかな」
 流叶がそれだけ言うと、部員達は詳細を訊くまでもなく頷いて、それぞれの部室へと走っていく。
「閉会式前に散っちゃったけど、これもイベントにしようぜ」
 未だ不思議顔のエイミにウェイケルが言う。
「イベント?」
「そう。閉会式までに自分の名前や友達の名前、好きな人の名前を見つけてもらうんだ。掃除にもなるし、一石二鳥ってやつだな」
 もちろん、全員が参加するわけではないだろうし、見つけられない名前もあるだろうけれど――きっと、誰かが誰かの名前を見つけて、大切にするはず。人気のある生徒の名前は争奪戦になるかもしれないが、それはそれで楽しいだろう。
 エイミは顔を輝かせて頷くと、「徹夜して全員の名前書いてよかった!」と二人に抱きついた。
「じゃ、降りてマットを片付けて、椅子も並べ直そうか。もうすぐ休憩時間が終わる」
 流叶がエイミの背中をぽふぽふと叩き、マットから飛び降りる。
 すぐに片付けにかかるエイミとウェイケルを見て、流叶は目を細めた。
 この文化祭、何ヶ月にも渡って準備を続けてきた。予算や書類と格闘しながら、エイミとウェイケルを影で支えながら。そのためには、労力を惜しむつもりもない。
 片付けが終わったら、ポスター貼りの手伝いもしよう――流叶は心の中でそう呟いた。

「大成功でしたね!」
 エイミがほくほくと体育館を見渡す。
 もう誰もいない体育館、静かな学校。文化祭は大成功を収め、生徒達は帰路につく。
 体育館に無数に散っていた紙吹雪は綺麗になくなっており、皆の手に何らかの名前が渡ったことを窺わせた。
 生徒会の三人は、最後の片付けを開始する。忘れ物はないか、どこか傷ついてはいないか――そういったチェックを交えながら。
 ふいにウェイケルが黙り込んでしまった。
「ウェルちゃん? どうした……?」
 流叶が心配そうに顔を覗き込む。
「ウェルちゃ、お腹でも痛いのですか?」
 エイミも駆け寄ってきた。
 ウェイケルはふるふると首を振り、俯いてしまう。
 そして、ぽつりぽつりと心の内を漏らし始めた。
「終わったんだ、文化祭……」
 声は徐々に震え、掠れていく。エイミと流叶は静かに耳を傾けていた。
「そして……みぃやんと、流叶は……春には、卒業」
 瞬きせずに床を見つめるウェイケル、その双眸には涙が溜まっていた。
「……ここで、終わりじゃないよな?」
 涙が零れそうになるのをぐっとこらえて、言葉を紡ぐ。
「……これからも、友達……だよ、な?」
 そして顔を上げ、真っ赤な目で二人を見つめた。その目は、不安で不安で仕方がないと語っていた。
 エイミは頬を緩め、「もちろんですよ?」と真っ直ぐに、ウェイケルの目を見つめ返す。
「ウェルちゃ、私たちはいつでも会えますよ♪」
「だって、大切な友達だから」
 エイミの言葉に添えるように、流叶。軽くウェイケルの頭を撫で、「私たちは、ずっと一緒だよ」と笑む。
 離れていても、ずっと、ずっと――。
 ウェイケルはもう、それ以上何も言わなかった。ただ、気がついたら二人に抱きついて、その温もりを確かめていた。

 片付けも終わり、すっかり陽は落ちてしまったが、三人は行きつけの喫茶店でお疲れ会を開いていた。
 ささやかではあるが、大切な友とのひとときは何よりも楽しい。
「忙しすぎて自分の名前と、二人の名前を探すの忘れたぜ」
 メロンソーダを飲み干し、ウェイケルが唸る。体育館には何も残っていなかった。三人の名前は誰かが持っていってしまったのだろうか。
「心配無用ですよ♪ ね、ルカちゃん」
「そうそう」
 エイミと流叶が顔を見合わせて頷きあい、ごそごそと何かを取り出した。
「じゃーん!」
 自慢げにエイミが見せるそれは、「ウェイケル」と書かれた紙。
「こっちも」
 そして流叶が見せるのは「クスペリア」と書かれた紙。
「そ、それ……」
「こっそり見つけて、二人で分けたのです♪」
 にこにこと笑むエイミに、ウェイケルはただ呆然とするばかりだ。
「それから、私たちの名前は……ここ」
 流叶がウェイケルの髪に手を伸ばす。そしてくしゃくしゃとかき混ぜ、二枚の紙を抜き取る。
 そこには――エイミと、流叶の名前。
「ど、どういうことだ?」
 未だ状況が把握できていないウェイケル。流叶は紙を彼女に握らせて頷いた。
「偶然って、すごいな。私たちの名前が、みぃちゃんの紙に絡まってたなんて」
「片付けのときにウェルちゃんの髪の隙間から見えて、私たちもびっくりしたんですよ!」
 流叶とエイミが口々に言うと、ウェイケルは手の中の紙をじっと見つめた。
「……ずっと、一緒だぜ。どこにいても、絶対にすぐ会える。……ずっとずっと、友達……」


 月日の流れるのは早く、学園は卒業式を迎えていた。
 卒業するエイミと流叶、それを送る、ウェイケル。
 送辞は、一年生ながらもウェイケルが果たす。彼女は周囲からの推薦もあり、来年度の生徒会長となることが決まっている。
 答辞はエイミ。折りたたまれた紙を広げ、ゆっくりと読み上げていく。読み上げながら、学園生活のあれこれを思い出し――ふいに、涙がこみ上げてきた。
 エイミは言葉に詰まる前に、紙をぐしゃぐしゃっと握りつぶす。
「ふぅ、堅苦しい挨拶はヤメ!」
 その行動に、ざわめきよりも笑顔が会場に広がる。
 最後の最後まで、トラブル――それも誰もが楽しくなる――を起こす生徒会長。
 それも今日で終わりなのだ。誰もが、寂しさを覚えていた。
 エイミはマイクの電源を切って大きく息を吸い込む。
 彼女が何を言うのか悟った流叶は、静かに立ち上がる。それに釣られて立ち上がる卒業生たち。
「――須保富学園は最高です!」
 体育館に響き渡る声に、卒業生達が呼応する。
 在校生や保護者、来賓、そして教師達の拍手が、卒業生達を包み込んだ。

「次は任せたよー? 会長さん♪」
 校門で、卒業証書の筒を抱えたエイミがウェイケルの背中を軽く叩く。
「頑張るぜ、まかせときな! そして二人とも、卒業おめでとう!」
 胸を張るウェイケル、しかしその目は赤くて俯きがちだ。どうやらまた涙を堪えているようだ。
 エイミと流叶とウェイケル。三人に訪れる、一時の別れ。
 きっと、夕方には行きつけの喫茶店で会うに決まっている。でも――この学園での「三人」は、これで終わりなのだ。
「……ウェルちゃん」
 流叶が優しく声をかけると、ウェイケルは反射的に顔を上げた――瞬間。
 ――パシャリ。
「……え?」
「しっかり、半泣き顔撮った。いつまでもめそめそしてんじゃないよ?」
 にっこりと笑み、流叶がカメラを見せる。
「ちょ、ちょっと、何撮ってんだよ!」
 ウェイケル流叶からカメラを奪おうとするが、しかし流叶はエイミにカメラをパス。
「これは大事な思い出のひとつなんだから、大事にしますよ♪」
 エイミが笑う。
 その、とき。
 ひらり。
 空から、白い花弁が舞い降りてきた。
「……ゆ、き?」
 ウェイケルは思わず手の平でそれを受け止める。じわりと、溶けてゆく白。
 晴天の、青い空。
 しかしはらはらと舞うのは、紛れもなく雪。
「風花……だ」
「綺麗ですね……」
 流叶とエイミもまた、空を見上げる。
「……覚えてるか? 文化祭のこと」
 ウェイケルが呟いた。
 体育館に舞い散った、あの紙吹雪。
 ウェイケルは生徒手帳に挟んでいた二枚の紙を、二人に見せる。
「覚えて、る」
 二人は同時に頷いて、やはりそれぞれに紙を見せた。
「――ずっと、一緒」
 そして三人一緒に言葉を紡ぐと、抱き合って空を仰ぐ。
 静かに静かに舞い散る風花は暖かく、三人を包み込むようだった。



   了
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2011年06月24日

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