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『始まりの、その日。〜いざ揺らぐ 』
レグ・フォルワード(ia9526)


 何をやってるんだ、と受付カウンターに突っ伏して、レグ・フォルワード(ia9526)はここしばらく、何度も繰り返した自問を今日も繰り返していた。何をやってるんだ。
 宅配屋スローチネの店内である。さすがに誰か客でもいればこんな、カウンターに突っ伏してうんうん唸っているような醜態は見せやしないのだけれども、人っ子1人居ない店内で、必死に自分を取り繕うのもまた無意味だ。
 それにレグには、1人で居る時にまで自分を取り繕っていられるほどの心の余裕だって、残っては居なくて。

(‥‥ッ、ぁぁぁぁぁ‥‥‥ッ!!!)

 ふとした瞬間に脳裏に浮かび上がる、白の吹雪。故郷のジルベリアに吹くそれではない‥‥先ごろ、依頼の折に見た桜。その、咲き誇る花弁の舞い散る様と、真新しい振袖を纏い花弁と戯れるようにその下に立っていた『彼女』。
 何やら1人で百面相をしていた『彼女』――ソウェル ノイラート(ib5397)に、何をしているのかと問いかければ弾かれたように顔を上げ、けれども何でもない素振りで当たり前の顔を作っていた。それでいてその気合の入りまくった振袖はなんだと、突っ込む事も忘れるほどに、桜の下の彼女は印象的で。
 何をやってるんだ、とまるで何かの呪文のように呟きを繰り返す。繰り返すその度にレグの脳裏に思い浮かぶその光景は、見ていたわけでもないのにまるで遠くから見つめていたかのように鮮明で――ゴン! とカウンターに盛大に額を叩きつけ、痛みのせいばかりではない呻き声をもらす。

「何を、やってるんだ俺は‥‥」

 カウンターに突っ伏したまま、ひりひりする額にも気付かず左手を、見る。今は何も掴んで居ないその手――けれどもあの桜の日、この手がソウェルの肩を抱き寄せたのだ。
 その細い肩の感触は、今でもこの手に残っている。ふとした瞬間に鮮やかに、腕の中の彼女の息遣いまで思い出せるほど。
 気付けば抱き寄せてしまった彼女を、すぐに引き離すのも内心の動揺を悟られてしまうのではと、着物の下から伝わってくる温もりや、かすかに感じる重みを感じながら、眼差しばかりはサングラスの向こうを流れていく桜の花弁を必死に追っていた。
 ぎゅっと、強く握る。すでに起こってしまった事を、ソウェルをたまらず抱き寄せてしまった事を、なかった事には決して出来ない。あの場には何人もの目があったし、ソウェルだってもちろん覚えているだろう。
 それに何よりレグ自身が、あれからしばらく経ってもいまだにその感触を思い起こせるほどに、ソウェルを記憶してしまっている。戸惑い、悩むたびに繰り返し脳裏に浮かぶ、自分がソウェルを抱き寄せた光景は、すでに一枚の絵のように焼きついてしまった。
 ならば彼が次に取るべき行動など、たった一つのように思うのだが――ふぅ、とレグはため息を吐き、握った手をそっと開いた。その中には何もない。空っぽの手の平をじっと、見つめる。
 当たり前にこの手を伸ばし、彼女を抱きしめられるなら、最初からこんな所まで逃げてきたりはしない。それが出来ないからこそ、そうして彼女を危険な目に合わせたくないと思っているからこそ、レグは彼女と『うっかり』再会してしまって以降も、正体を隠し続けているのではないか。
 彼女――ソウェルは、ジルベリアで暮らしていた頃の幼馴染だった。最後に会った時からすっかり大人になり、あの頃よりも遙かに美人になったとはいえ、その面影はちっとも変わってなくて。
 懐かしいと、思うと同時に心が動いた。けれども自分が置かれている状況を思い出せば、その心のままにソウェルに近付くことなど、出来るはずもない。
 思い返す、捨ててきたジルベリアの実家。家を出るのだと決めた頃、レグはあの家に関する色々な秘密を知ってしまっていた――それは、出奔直後には実家からレグに追っ手が差し向けられるほどに、まずい秘密。
 いつ再び、追われる身になるとも知れない。そんな時、そばにソウェルが居たら彼女の身にも危険が及んでしまうだろう。どうかしたらレグに対する人質として利用されるかも知れない。
 だから、決して近付かないのだと決めた。慎重に距離を置き、不用意に近付かないように避けて回り、必要以上にソウェルと関わりを持たないようにした。
 幸い、実家はレグを死んだものと扱ってくれたから、ソウェルはそれを素直に信じている。ならばその嘘を嘘のまま、単なる開拓者仲間として通り過ぎてしまったほうが良い。
 ――そう、思っていた、のに。

(どうすんだ、俺‥‥ッ!)

 あの、桜の下で。舞い振る白の花弁の中の、ソウェルを見ているうちに気付けばこの手が動いていた。動き、彼女の肩を抱き寄せ――必死に平静を取り繕うソウェルの、少し染まった頬を見て我に返ってももう遅い。
 近付かないと、決めていたのに。彼女を危険に晒すまいと、それだけはするまいと心に決めていた、のに。
 なぜあんな事をしてしまったのだろうと思い、何をやってるんだと自嘲し、自問し、ふと手の中の細い肩を思い出す。そうしてまた、なぜソウェルを抱き寄せてしまったのかと自問する。ずっと、その繰り返し。

「‥‥レグ、何やってんの?」
「う、わ‥‥ッ」

 ふいに言葉をかけられて、文字通り、レグはカウンターの上からぴょんと跳ね上がって、声の主を見た。そこにある、間違えるはずも無い声の主の呆れたような、それでいてどこか無邪気にも見える眼差しが、真っ直ぐ自分に向けられている。
 その眼差しを受け止めて、レグはとっさに、何か悪い事をしていたわけでもないのに、謝りそうな衝動に駆られたのをすんでで堪えた。たった今まで考えていた相手が――ソウェルが、そこに居る。
 黙りこくったレグに、ソウェルが不審そうに眉を寄せた。それにはっと我に返る。

「ソ、ソウェル‥‥どうして、ここに?」
「荷物を引き取りに」

 尋ねたレグの言葉に、尋ねられたソウェルは当たり前の口調でそう言った。その言葉にやっと、ソウェルから頼まれていた荷物があった事を思い出す。
 あぁ、となぜか心から安堵してレグは、荷物ね、と繰り返した。それにますます眉を潜めた彼女は、こくりと首をかしげてそんなレグの様子を観察しながら、うん、と頷く。
 そんなソウェルの様子にどこか、変わった所がないかを無意識に確認した。何かに追われている様でもないし、特に自分と接する態度が変わったという様子でもない。衣服が乱れている訳でもないし、表情に曇りがある様子でもないし、ついでに怪我をした様子もない。
 よし、とひそかに頷く。

「じゃあ倉庫から取って来るんで」

 ひょい、と手を振って店の奥に引っ込もうとすると、ソウェルは「うん」と頷きながらカウンターに収まるところだった。視線をどこかへ向けて、すでにレグの様子は気にも留めていないようだ。
 ほっと、もう一度息を吐く。そうして店の奥、預かり荷物を入れてある倉庫へと、向かう。
 倉庫には、最低限の灯り取り程度しか窓を切っては居ない。一瞬、灯りを取りに戻ろうかと考えたけれども、もう一度ソウェルと顔を合わせるのも何だか気まずくて、レグはそのまま倉庫へと足を踏み入れた。
 まだ昼だから明り取りの小さな窓からは辛うじて荷物の区別がつく程度の光は入ってくる。けれどもサングラスをつけたままでは、宛先の文字まで判別できるものではない。
 ひょいとサングラスを外して胸元にかけ、レグは似たような梱包の荷物を1つ、1つ手に取って、宛名を確かめ始めた。店先で待っている彼女を、意識する。
 時折湧き上がってくる、何やってんだ、という思い。それをぶんぶん頭を振って脇に追いやり、早く荷物を見つけて帰ってもらおうと思い、桜の下の彼女を思う。細い肩の感触。抱き寄せた左手。

(何やってんだ)

 ぶん、と大きく頭を振る。そんな事を考えている場合じゃない、さっさと荷物を見つけなければ――そう、気付けば止まりがちの手に苦笑いしながら次の荷物を手に取った、その時だ。

「――レグ? まだ見つからないの?」
「ソ‥‥‥ッ!?」

 不意に背後から、たった今も考えていた彼女の声が、レグの名を呼んだ。びくりと肩を跳ね上げて、慌てて背後を振り返る。
 そこに居たのは確かに、店頭で待っているはずのソウェルだった。手に灯りを持っているのは、きっと、灯りを持たずに倉庫へ向かったレグの為に、持ってきてくれたのだろう。
 そう、真っ白になりかけた思考でそう考えているレグを見上げる、ソウェルの眼差しは愕然と見開かれていた。一体何が、と一瞬考えて、はっと気付く。

(しま‥‥ッ)

 サングラス。いつもは姿を隠すために必ずかけているそれを、今のレグは着けていない。
 慌てて辺りを見回して、それからやっと、胸元にかけておいたのだと言う事を思い出した。あたふたとシャツにかけたサングラスを毟り取り、焦りながら顔に何とか装着する。
 それから、ちらりと伺うようにソウェルを見下ろすと、愕然と見開かれていた眼差しは半眼になり、ついでにどっかり座っていた。触れれば斬り殺されそうな、鋭い気配。

「キリル」

 そうして彼女が口にしたのは、レグの本名だ。ジルベリアに暮らしていた頃、彼女と幼馴染として日々を過ごしていた頃の名前。その口調と、剣呑な雰囲気が何よりも如実に、彼女が怒っている事を伝えていた。
 怒って――そしてどこか、泣きそうな色も滲ませた、声色。それを聞いて不意に、言いようのない罪悪感が込み上げて来た。
 彼女が自分に『死んだ幼馴染』を重ねているのを知りながら、その幼馴染本人である事をずっとひた隠しにしてきたのは、レグだ。それは彼女を守るためだった。自分がキリルである事が知れれば、彼女にも危険が及ぶと思ったから。
 だからずっと、隠してきて。けれどもその事に、ソウェルが怒るのは当然の事だと思ったし、怒り以外の感情を滲まさせた事には素直に申し訳ないと、思った。思った、けれども。

「ゆっくり、話を聞かせてもらうから」
「あ、あぁ‥‥」

 そう、宣言した彼女の言葉に同時に感じたのは、罪悪感と同時に、脱力感だった。
 あんなにも身ばれしないように注意して、距離を置いて。それなのに桜の下、舞い降る花弁に惑わされたかのように、彼女を気付けば抱き寄せて。どうしてあんな事をしてしまったのかと、彼女を危険に晒すだけなのにとそう、後悔して。
 左手の中の、細い肩の感触を思い出す。僅かな温もり、心地よくすらあったかすかな重み。腕の中の彼女の息遣い。それらの思い出が、目の前で怒れる彼女の姿に取って代わられる。

(俺は‥‥何のために、葛藤してたんだ‥‥?)

 瞳を怒りに閃かせ、逃がすもんかという気迫でもってぐっとレグの腕を掴む、ソウェルに。ここしばらくの葛藤が全部、ひどく無駄な時間を過ごしてしまったような気がしてどうしようもなくへたり込みたくなった、それは初夏の陽射し舞い踊る、天儀のとある昼下がりのこと。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib5397  /  ソウェル ノイラート  /  女  /  24  / 砲術士
 ia9526  /  レグ・フォルワード  /  男  /  29  / 砲術士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

幼馴染さん再会編(?)、如何でしたでしょうか。
こっそりご参加、ってどなたの事かともだもだしておりましたら、息子さんのことだったのですね‥‥orz
大丈夫です、ごろもだしてる息子さんに、蓮華も危うくハートを打ち抜かれるところでした(何の保障

息子さんのイメージ通りの、真剣に悩んでおられたり、精一杯にごろもだなさっている、始まりのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年06月27日

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