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『始まりの、その日。〜いざさやぐ 』
ソウェル ノイラート(ib5397)


 何やってんだろ? と店の中をのぞき込み、ソウェル ノイラート(ib5397)は盛大に首をひねった。眼差しの先には、ゴン! と盛大にカウンターに突っ伏した青年が、そのままぴくりとも動かなくなったのが見える。
 あれは痛そうだ、とソウェルは思った。思って、それからまたもう一度、今度は反対側に盛大に首を捻り、呟いた――何やってんだろ?
 宅配屋スチローネの店先である。頼んでいた荷物を引き取りに友人のレグ・フォルワード(ia9526)が営むこの店までやってきたのは良いけれども、店内に入ろうとしたら前述の通り、当のレグがカウンターに突っ伏すわ、かと思えばぶんぶん頭を振り出すわ、不意に宙の一点を見つめて動かなくなるわ、なかなか面白い奇行に走っているので、色んな意味で中に入り難くて。
 思わず足を止め、外から店内を覗き込んでいるうちに、だんだん入る機会を逸してしまった。けれども入らない事には、荷物を引き取る事は出来ない。
 うーん、としばらく悩んだ後に、小さなため息を一つ吐いて、ソウェルは店内に入る事にした。

「‥‥レグ、何やってんの?」
「う、わ‥‥ッ」

 そうして、結構な音を立てて入った後も気付かないレグに呆れ果て、声をかけると友人はカウンターの上からぴょんと跳ね上がった。そうしてソウェルを見た表情には、驚きが滲んでいる。
 ほんとに気付いてなかったんだと、いっそ感心して、ソウェルはまじまじとサングラスの向こうの友人の瞳を透かし見るように見つめた。出会った頃から決して外す事のないサングラスに隠された顔は、けれどもどこか幼馴染に似ていると、幾度も思った事を今日も思う。
 ジルベリアで暮らしていた頃。幼いソウェルにとって大好きだった、憧れだった幼馴染――キリル。
 すでに彼が死んで久しいと言うのに、或いはだからこそ今でも会いたいと願ってしまうあの幼馴染に、レグはどこか似ている。天儀までやってきて、初めて彼に会った時、幼馴染が生きていたのかと錯覚したほどに。
 けれどもレグは、キリルじゃない。キリルじゃないのに、どこか気になって、慕わしくて、傍に居るのがしっくりくる――そんな相手。
 ぼんやりとそう考えてから、レグが驚きの表情で固まったきり、ぴくりとも動かないのに気付いてソウェルは眉を潜めた。それにやっと気付いたように、レグがぎくしゃくと言葉を紡ぐ。

「ソ、ソウェル‥‥どうして、ここに?」
「荷物を引き取りに」

 尋ねられて、当たり前の口調でそう返した。そう返してからソウェルはますます眉を潜め、レグの顔を見上げる――今日、頼んでいた荷物を引き取りに行く事は、レグには連絡してなかったっけ?
 ソウェルはそう思ったのだけれども、レグはなぜか安心した様子で、荷物ね、と繰り返した。一体今の言葉のどこに彼を安堵させるような要因があったのかと、こくりと首を傾げながらソウェルは、うん、と頷く。
 そうしてなぜか、伺うように自分を見てくるレグの眼差しに、一体何があったんだかともう一度、首を捻った。まったく、今日のレグは様子がおかしい。いや、今日に限ったことではないかも、だけれども。

「じゃあ倉庫から取ってくるんで」
「うん」

 ひょいと手を振って店の奥に引っ込んでいくレグに頷いて、ソウェルはカウンターに座り込んだ。見るともなく店内を見回しながら、少し前、桜の日の事を思う。
 天儀に来てから幾つか見た桜の木。そのうちの1つ、もうそろそろ桜も見納めかという頃に、レグのために新しい振袖を着て行った事はまだ、記憶には新しい。
 その、白い花弁舞い散る桜の下で。一体何がどうなったものだか、不意に、彼に肩を抱き寄せられた。

(‥‥あれは、なんだったんだか)

 ふとその時の事を思い出し、ソウェルは苦笑とも、自嘲とも、期待ともつかぬ複雑な笑みを浮かべて、眼差しを店内から外へと向ける。よく晴れた、初夏の訪れを感じさせる昼下がり。
 いきなり彼があんな行動に出るとは思わなくて、何も気にしてないふりを装うのが精一杯だった。そうして『何』と尋ねたソウェルに、彼は何とも言い難い表情でなんでもないと首を振ったのだ。
 以来、何かが変わったのかといえば、けれども決してそんな事はなく。相変わらず、つかず、離れずの距離を保っている友人に、ソウェルとしてもどう対応したら良いものか良く解らないままで。
 確かに何かが変わった気もするけれど、そこに触れてはいけない気もする。ならばどうすれば良いのかと、どうしたいのかと自分自身に問いかけてみても、いまだに良く解らないままで。
 ふぅ、とため息を吐いた先に花嫁行列が見える。天儀の花嫁衣裳は清楚で華やかだ。俯いた花嫁の表情は良く見えないけれども、きっと、これからの期待に胸を弾ませているのだろう。

「‥‥あれ」

 ふと、気付いてソウェルは眼差しを、ゆっくり通り過ぎていく花嫁行列から、店の奥へと巡らせた。レグが荷物を取りに行くと倉庫に消えてから、もう随分経っては居ないか、と思ったのだ。
 カウンターの上を見れば、カンテラが置きっ放しになっている。いくら昼のこととは言え、灯り1つ持たずに倉庫の中に入ったのでは、暗くて文字も良く見えないだろうに。
 やれやれ、とソウェルはカンテラに手を伸ばして火をつけた。いったいあの友人は、何に気もそぞろで灯りを持っていくのを忘れたのだか――そう、思いながらカウンターの椅子から立ち上がり、店の奥へと足を向ける。
 そうして半分ほど扉の開け放たれた倉庫へと辿り着くと、そこは予想通りに薄暗く、中の荷物の形や大きさを見分けるのがせいぜい、といった具合だった。その中で、時折頭を振りながら荷物を探す、レグの姿が見える。
 ちょっとだけ、苦笑がこみ上げてきた。それをそっと噛み殺して、いつも通りの口調を作って声をかける。

「――レグ? まだ見つからないの?」
「ソ‥‥‥ッ!?」

 よほど驚いたのだろう、びくりと肩を跳ね上げて、レグが弾かれたように振り返った。そんな彼を見上げて、口を開きかけたソウェルは――自分がいったい、何を言おうとしていたのかすら忘れて、振り返った青年を愕然と見上げる。
 トレードマークともいえるサングラスを、今の彼はかけていなかった。カンテラの柔らかな光の中に、だから彼の素顔は余すところなく浮かび上がっていて。

(まさか‥‥?)

 その面影を、ソウェルが忘れるはずはない。今でも胸の中に鮮明に、強い憧れとして宿る幼馴染。死んでもう二度と会えないからこそ、決して手の届かぬ存在として大切に抱く思い出。
 そう、幼馴染は――キリルは、死んだはずなのだ。死んだはずだというのに、それでも。

「キリル」

 半眼になり、どっかりと座った眼差しで、ソウェルは揺らがず彼をそう呼んだ。まるで何かを隠すように、慌ててサングラスをぎこちなく装着した、彼の行動に言いようのない怒りがこみ上げてくる。
 その時の感情を正確に言い表すのなら、それはきっと『殺意』が一番正しいだろう。ソウェルはその時、自分でも驚くほど静かに、冷たく、そうしてこの上なく、怒り狂っていたのだから。
 何かを隠すように。そう、彼はずっと、ソウェルに自分のことを隠し続けていたのだ。ソウェルが彼に、キリルの面影を見ていることを知りながら、自分がその幼馴染である事を黙っていたのだ。
 キリル。憧れていた、今も強い憧れを抱く、幼馴染。あの幼馴染が目の前の、レグと名乗り、呼びかけていた青年であることを、ソウェルは疑いもせず確信していた。
 サングラスをかけた面立ちに、どこか幼馴染に似ていると、思っていて――けれども、すでに手を伸ばしようもない彼とは全く別の気になる存在だった、レグが。なくしたと思っていた、永遠に手の届かぬ場所に行ってしまったはずの、キリルだという事。

(‥‥‥ッ)

 深い、ともすれば今すぐ撃ち殺してやろうかという怒りの中に確かにある、なくしてなかったのだという安堵。ソウェルが手を伸ばせばすぐに触れられる場所に、ずっと彼は居たのだ。
 それだと、いうのに。

「よくもまぁ、しらっばっくれて‥‥」

 ぼそり、剣呑に呟いた言葉はレグの耳には届かなかったようだ。怒れるソウェルを見下ろす、サングラスの下に隠された瞳がきっと、困っているだろう事は何となく想像がついた。
 だから、ガシッ、とレグの、キリルの腕を掴む。ここで手を離したら、今度こそこの幼馴染はどこかに行ってしまって、二度とソウェルの前には姿を見せてくれないのではないか――そう、思って。

「ゆっくり、話を聞かせてもらうから」
「あ、あぁ‥‥」

 半眼のまま、睨み上げたらレグはぎくしゃくと頷いて、それからどこか気の抜けた様子でがっくりと肩を落とした。けれども、肩を落としたいのはこっちの方だ、とソウェルは思う。
 こうなったら、彼が死んだと聞かされたその経緯から、納得できるまでとことん聞き出さなければ気が済まない。一体なぜ、キリルは死んだとされたのか。なぜ、レグと名乗って天儀にいたのか。なぜ、ソウェルと再会しても何も言ってくれなかったのか。それで居てなぜ、あの桜の下でソウェルの肩を抱いたのか――

(‥‥あれ?)

 しっかりと腕を掴んで、店頭へと引っ張っていきながら、一体何から聞き出すべきかせわしなく頭を巡らせていたソウェルはふと、自分の思考に疑問を覚えて首をひねった。一体なぜ、そこに辿り着くのだろう?
 ひょい、とレグを振り返ると、観念した様子でおとなしく引きずられていた青年が、サングラスの下で戸惑った気配がする。憧れの幼馴染に似ていると思っていた、けれども時を経るごとにそれだけじゃなくなってきた、人。

(レグはキリルで、それを隠してたんだから、怒るのは当たり前、だよね?)

 当たり前、なのだけれどもなぜその先に、桜の下のことが加わるのか。そんなの、今は関係ないはずなのにどうして気になってしまうのか。
 うーん? と首をひねってから、そんな事よりまずは話を聞かなくちゃ、と我に返ってまた歩きだした、それは初夏の陽射し舞い踊る、天儀のとある昼下がりのこと。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib5397  /  ソウェル ノイラート  /  女  /  24  / 砲術士
 ia9526  /  レグ・フォルワード  /  男  /  29  / 砲術士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
また、別場所では本当にご迷惑&ご心配をお掛け致しまして申し訳ございません(全力土下座

幼馴染さん再開編(?)、如何でしたでしょうか。
お嬢様にとってはこう、ひどく嬉しく、腹の立つ再会であられたのだろうなぁ、と‥‥(苦笑
というかあの、お嬢様がなんだか大胆なのか鈍いのかよく解らないことになってしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか(汗

お嬢様のイメージ通りの、衝撃的な(?)始まりのノベルであれば、良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年06月27日

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