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『水無月の華 〜神木・九郎〜 』
神木・九郎2895

シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

貴女と、君と……
――水無月の華の祝福を……。


 * * *

 日付が変わる頃にも降っていた雨。
 それが上がり、晴れ間がのぞく外に出た神木・九郎は、先ほどまで掃除のバイトをしていたビルを振り返って、大きく伸びをした。
「さて、だいぶ時間が余ったな」
 言って目を落とした時計の短針は8の辺りを示している。
 ファーストフード店ならばこの時間も営業しているだろうが、その他の店は如何だろう。
 他に時間をつぶせる場所と言えば、コンビニくらいだろうか。
「1度家に帰るってのもありだが……ん?」
 何気なく取り出した携帯。そこに珍しくメールが届いている。
 いや、彼の名誉のために言っておこう。
 別に普段電話やメールが来ないわけではない。
 この場合の「珍しい」とは、いま彼の携帯に残るメールの内容が珍しいというだけだ。
「化け物退治の依頼か、場所は……」
 九郎は都内にある高校に通いながら、探偵業に似た何でも屋を営んでいる。
 その依頼のメールが彼の携帯に届いたのだ。
「交通費は全額支給、報酬もその場で……か」
 条件はかなり良かった。
 場所は電車を走らせていくほどに遠く、正直交通費の方が高くつくのではと危惧した。
 だが交通費は全額支給。しかも報酬は現地で受け取ることが出来、食事面の面倒まで見てくれるというではないか。
「これは行くしかないな」
 これだけ好条件の依頼は早々ない。
 九郎は時間を潰すためにファーストフード店をめざし歩きはじめていた足を反転させると、急ぎ駅の方へと歩いて行った。

 現場は避暑地にも最適なリゾート地。
 九郎は携帯に届いたメールを頼りに目的の場所を目指していた。
 時折、彼の横を車や観光客が通り過ぎるのだが、その数は若干少なめだろうか。
「これも化け物の影響なのか、それとも……」
 昨今の避暑地の現状はいろいろと厳しいと聞く。
 どんなに栄えた場所でもいずれはすたれてしまう、そう言うことなのだろうか。
 そんなことを考えながら進んでいると、目的の場所の看板が見えてきた。

――森のチャペル。

 そう書かれた看板には、ご丁寧にも教会の絵が描かれている。
「……ここで間違いない、か?」
 見直した地図と目的場所の名前を見比べる。
 そうして足を踏み入れた彼の目が見開かれた。
「げっ」
 思わず口を吐いた声に、目にした先客が振り返った。
 金髪碧眼を持つ少しキツメの印象を受ける少女には、嫌なほどに覚えがある。
「……馬鹿女が何でこんな所に」
「あらあらん? そこにいるのは、無神経男かしらん♪」
 似合わない場所にいるじゃない? と、声を潜めて笑うのは、星影・サリー・華子だ。
 それはお互い様だろ!
 そんな叫びをグッと呑み込む。
「……まさかとは思うが、馬鹿女も依頼で来たとか言わないよ、な?」
 彼女が関わるとロクなことが起きない。
 今まで散々振り回されてきた身としては、警戒しても当然だろう。
 だがここに居ると言うことは十中八九――
「当然でしょ? あたしがここに来る理由なんて他にあるわけないじゃない」
「威張る事でもねえ……」
 言葉でも言っているが、さも当然と言わんばかりに胸を張って見せる華子に、九郎はガクッと項垂れた。
「こいつと仕事すんのかよ……嫌な予感しかしねえ」
 九郎は大きなため息を吐くと、渋々と言った様子で華子と共に教会の中に入って行った。

 * * *

「つまり、ここで結婚式を挙げようとすると、化け物が現れるって事だな」
 九郎は出された麦茶を口に運びながら呟いた。
「そうなんですよ。結婚式を挙げようと新郎新婦が教会に入ると、いきなり化け物が出てきて式を台無しにしてしまうんです」
 教会のオーナーはそう言って頭を抱えた。
 どうやら避暑地の閑古化はこの教会にも影響を及ぼしているらしい。
 このまま嫌な噂が立ちでもすれば、教会は一気に潰れてしまうだろう。
「まあ、場所は良いんだ。化け物を退治すれば客足も戻るだろ」
 教会は森というよりも林に近い木々に囲まれた静かな場所にある。
 少し建物は古いが石で造られた荘厳なそれは、見るものを圧巻する。それに中に設置された巨大なパイプオルガンも見物だ。
 石の教会で聞くパイプオルガンはさぞ綺麗だろう。
「それで、あたしたちはどうすれば良い訳? 結婚式場に張って、化け物が出るのを待てばいいの?」
 華子は相変わらずデカい態度でソファに座っている。その脇に置かれている白布に包まれた長物は、彼女の武器だろう。
 九郎はそれをチラリと見やってからオーナーを見た。
「流石に新郎新婦を危険に晒す訳にもいきませんし、偽の結婚式を催して誘き出せないかと」
――偽の結婚式。
 この言葉に九郎の米神がヒクリと揺れた。
「おい、まさかそれって……」
 先程感じた嫌な予感がまさか現実のものになる? 麦茶を握り締め、プルプルと小さく震える九郎。
 それを知ってか知らずか、彼の隣で華子の目が輝いた。
「やるっ! あたしが偽の花嫁さんやるっ!!」
「ぅおい!!!」
 ハイハイ! と勢いよく挙手して身を乗り出した華子に、オーナーは「話が早くて良いですね」とニコニコ顔だ。
 元々、オーナーは2人に新郎新婦役を頼もうとしていたようで、華子の申し出後に詳しい説明をしてくれた。
「――つまり、化け物はまず新郎新婦に襲い掛かるわけだな。んで、その為に俺らにその役を演じて欲しい、と」
 スッカリ脱力した九郎の腕やら服やらが濡れている。
 それは先ほどの華子の挙手が原因だったりする。
「良いじゃない。アンタだってそのまま濡れて仕事なんて嫌でしょ?」
「……誰のせいだ、誰の」
 華子の挙手に思いっきり突っ込みを入れた手に、実は麦茶を持っていた。
 結果、勢い良く振り上げた飲み物は宙を舞い、自分の腕と服を濡らしたわけだ。
「何よ、そんなにあたしと式を挙げるのが嫌なわけ?」
「あ?」
 何をあたりまえなことを――そう言おうとしたのだが、案外本気っぽく落ち込んでいる華子に、二の句が出なかった。
「まあ……結婚というか、ウェディングドレス……だっけか? ああいうのに、馬鹿女でも憧れるんだな」
 どんなに強がっても、どんなに馬鹿で無鉄砲でも、華子が女の子であることには違いない。
 そうなると、例え襲われる役で仕事とはいえ、ウェディングドレスを着て式を挙げるというシチュエーションは憧れなのだろう。
「仕方ねえな。けど相手役は俺で大丈――」
 大丈夫か。そう、問いかけようとした彼の目が見開かれる。
「……あの馬鹿、どこ行った?」
 先程まで隣にいたはずの華子がいない。
 まさか怒って帰ったのだろうか。
 そう思った時、今までの遣り取りを見ていたオーナーがポツリと呟いた。
「星影さんなら先に控室に行きましたよ?」
「何ぃぃいい!?」
 そう言って大きく叫んだ彼に、オーナーはきょとんとして目を瞬き、首を傾げたのだった。

 * * *

 荘厳な雰囲気の教会。
 その入り口に立ち、花嫁を待つのはタキシードに身を包んだ九郎だ。
 あの後、彼は相当な葛藤を繰り返し、最終的に「仕事のため!」と言い聞かせてなんとか自分自身を納得させた。
 まあ、それ以上に華子が聞く耳持たなかったというのが実情なのだが、流石に彼女のせいにするのも悪い――と、普段のお人好し成分が顔を擡げてしまった。
 結果、こうして花嫁役の華子を待っているのだが、一向に姿を現す様子が無い。
「ったく、真似事なんだからさっさと支度すればいいだろ。あんなのは着れば良いだ、け……」
 ぼやく声が止まった。
 視線の先に居るのは、教会の関係者に引かれてやって来る華子だ。
 彼女は白のプリンセスドレスに身を包み、普段とは違ったお嬢様っぽい雰囲気で近付いて来る。
 元々の見た目が悪くない為だろうか。
「そんなに見れなくもないか」
 本人が聞いたら激怒しそうな一言を零し、隣に立った華子を見る。
「……おい」
 妙にしおらしく隣に立った相手に声を掛ける。
 いつもなら嫌味の1つでも飛んできそうなものだが、まるで言葉を発さないのはオカシイ。
 そう思い顔を覗き込んだのだが、やはり華子は華子だった。
「ぶふぅ!!!」
 突然吹き出した挙句、顔面に唾を飛ばしてきやがった。
 これには流石の九郎も米神に青筋を立てて華子を睨み付けている。
 だがそんな事などどこ吹く風。
「あははははは! あんた、超似合わなぁい!!!!」
 お腹を抱えてヒーヒー笑う彼女に、ドッと疲れが出てきた。
 もう怒るのも馬鹿らしい。
 そんな勢いで息を吐くと、係員と目が合った。
「あの……そろそろ始めても、よろしいでしょうか?」
 おずおずと申し出られた言葉に、九郎は慌てて頷くと、いつまでも笑い続ける華子の頭を叩き、前を向いた。
 そしてこれ以降、式はつつがなく進み――
「ぇ……いや、ここまで進むって……」
 確か化け物は教会に入ると襲ってくると言ってなかっただろうか。
 だが式は順調に進み、既に誓いの言葉まで終わっている。
 となると、この先に待っているものは……。
 九郎の背筋にツッと嫌な汗が伝う。
 対する華子は、式が退屈になってきたのだろうか。先程からウツラウツラとし始めている。
 これもある意味問題なのだが、九郎にとって問題なのはこの先なのだ。
「――では、誓いの口づけを」
 やっぱりかーっ!!!
 そう心の中で叫びながら、周囲の「やれ!」という視線に冷や汗が頬を伝う。
「お、おい、馬鹿女……っ!?」
 流石にこれは無理だよな。
 そう問いかけようと隣を見た瞬間、九郎の顔が硬直した。
「……何故、寝る」
 いや、確かにさっきまで眠そうにしていた。
 だからと言って式の最中に寝る馬鹿が何処にいる。
「大馬鹿女……」
 ガックリ項垂れる九郎。
 それに係員によって向き直される華子。
 かなり強引に立ち位置を整えられて向き合うと、九郎は口元を引き攣らせ、チラリと牧師を見た。
「さあ、誓いの口づけを」
 微笑みながら伝えるその声が有無を言わせてない。
「……これも仕事の内……仕事の内……」
 くっ、と視線を外して近付ける顔。
 そしてあと少しで誓いのなんらかが達せられる。そう思った時、悲鳴が上がった。
「よしっ、出たか!」
 目を向けた先に居たのは、タキシード姿にシルクハットのミイラ男だ。
 ミイラ男は、教会の中で黒い弾を生成して、新郎新婦に突っ込んできた。
 この姿に九郎の拳が握り締められる。
 そして――
「もっと早く出てきやがれぇっっー!」 
 渾身の力を込めて振り下ろされた拳がミイラ男の胴を貫いた。
 あまりにもあっけない結末だが、この一撃でミイラ男はその姿を消した。
 跡に残ったのは、タキシードとシルクハットの2つだけだ。
 これを見る限り、もう化け物は出てこないだろう。
 九郎は化け物が退治出来た形跡を見つめ、そして、その場にしゃがみ込んだ。
 その脳裏にあるのは、化け物退治よりも前、そう、誓いのなんたらのシーン。
「あ、危なかった……」
 ドッと溢れてくる安堵の溜息――の直後、彼の脳天を凄まじい衝撃が走った。
「!?!?!?」
 何が起きたのかサッパリわからない。
 咄嗟に振り返ったその先に居た白いドレスの化け物――基、華子の姿にサアッと血の気が引く。
「お、おい、馬鹿女……それ、なんだ……?」
「さあ、何でしょう――ねっ!!!」
 ぶんっと振り下ろされたのは華子の得物である日本刀だ。
 かなり本気の勢いで振り下ろされたそれに、九郎が間一髪のところで避ける。
「あんたのせいで、頭にこぶが出来たでしょ!」
 どうも九郎が化け物を相手にした際、彼は華子の腕を放したらしい。
 その結果、彼女はその場で仰向けに転倒。
 頭を強打してかなり大きなこぶを作ってしまったようだ。
 それを聞いた九郎は、急ぎ立ち上がるとその場を駆け出した。
 これに華子が凄まじい勢いで追いかけてくる。
「待てーっ! 責任もって斬らせろぉっ!!」
「ば、馬鹿か!! 斬られるとわかってて誰が待つかっ!」
 こうして九郎と華子の追いかけっこが始まったのだが、このやり取り、実は日没まで続いた。
 そして最悪なことに、この騒動で多数の物品が壊れ、彼らの報酬はすべてそれらの為に持って行かれたのだった。


―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『水無月・祝福のドリームノベル』のご発注、有難うございました。

初めて発注文を見た時、「これ誰得? 私得?」とか思ってしまいました。
結果、かなり自由に、そして楽しく書かせて頂いたのですが、如何でしょうか?
もし九郎君はこんなこと言わない! とかありましたら遠慮なく仰ってください。

ではこの度は、ご発注ありがとうございました!
水無月・祝福のドリームノベル -
朝臣あむ クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年06月28日

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